14 たかだか千の愚者どもよ、群れれば勝てると思うたか?
考えるより先に、俺の腕が動いていた。
白いローブの下から出したグロック18C。それを、並び立つヒトどもの隙間にねじ込んで――
パッ!
グロックのスライドが動き、先端に着けたFD917
観客席に詰めかけた、やかましいヒトどもの声に掻き消される程度のもの。
しかし、確実に弾丸は発射されていて……。
次の瞬間、40m見下ろした先で赤毛の英雄が仰け反っていた。――当たった!
見事にヘッドショットだ。離れていてもわかる、確かな「手応え」があった。
渦を巻いていた大量の水が、ばしゃりと落ちる。掴んでいた七つの剣を取り落として。
地下空間で、赤毛の英雄が頽れた。
やった……俺は!
「ナナ様!?」
「いかがしたのですか!」
配下の女どもが慌てて駆けつけた。ナナは仰向けに倒れたまま動かない。
巨大テントの下にいる数百人の観衆も、異変に気付き騒然となった。
「お見事です!」
俺の背後でオズが跳ねる。
その声と銃を構えたままの俺に、側にいたヒトどもがざわつき始めた。
「なんだ? あれ」
「今の……は?」
まずい。英雄を1発で仕留めたのはよかったが、我を忘れて発砲していた。
ナナの倒れた地下空間を取り囲む、観客席にいるすべてが冒険者だ。
初めて見る俺の銃に怪訝な顔をするのはまだ、ほんの数人程度だが……。
「~~~~~~~!」
助かったイムが目を見開き、俺に向かって言葉にならぬ叫びを上げていた。
逃げて! ――こんなときでもあのスライムは、己よりも魔王の身を案じるのだ。
しかしもう遅い。
【魔王アハトの奇襲攻撃!】
ここにいる冒険者どもの傍らにも、いくつも同じ文字が現れる。
「魔王!? えっ」
「なに、マジかよ! まさか!?」
ついに、ばれた。
ならば……俺の取るべき行動は、先手を取ること。
パッ! パッ! パッパッ!
俺は
「ギャア!」
「げぶっ!」
黒い
1
それは、銃を活かすための距離。
……怒りの衝動が過ぎ去った後、俺の思考は一気に冷えていた。
冷静に――相手を近づけさせないための障害物を、無数の死体で築き上げる。
「うわああっ、なんだなんだ!?」
「どうなってんの! し、死んだの? ねえ!」
「あいつが……まさか!?」
死体の中心に立つ俺は、そのぶん注目を集める。しかし冒険者どもはまだ理解が追いつかない様子だ。
その隙にマグキャッチを押して、空の
同時に腰のポーチから予備
カシッ、バシャッ!
残弾0で後退しきっていたスライドも、いつでも撃てるように戻す。
「……~~~~~!」
イムはまだ俺に向かって叫んでいた。
いいのだ。俺は着ていたローブの、邪魔なフードに手をかけた。
覚悟はもう決まっている。
「冒険者ども。貴様らの蛮行は……万の死に値するぞ」
フードを下ろす。見せつけるのは銀色の髪から生えた、漆黒のねじれたツノ――。
魔王の証を目にして、数百人のヒトどもが一斉に狼狽えた。
「否。今宵は万には及ばぬが、ここにいる者どもの血肉で溜飲を下げるとしよう」
「さすがです! あえて自ら正体を明かすとは! ……さあさあ、その目に刻むがよい! ここにおわすは新たなる魔王、アハトさまなり!」
オズが隣に出てくると、胸飾りと
「愚盲な者どもよ。魔王さまの御前である。無様にひれ伏すがよい!」
瞬時に黒いドレスを形成し、短いスカートを翻しつつ、従魔は薄い胸を張る。
「できぬなら……英雄をも一撃で屠った我が主の力の前に、絶命するのみぞ!」
然りだ。俺はグロックからFD917
もう音を消す必要はない。今は邪魔だ。足元に投げ捨てる。
代わりにオズが拾いに来るが、そのときにはグロック18Cのセレクターレバーを、
パパパパパパパパパ!
冒険者どもが動く前に、17発すべてを瞬く間に撃ち尽くす。
「ぎゃあああ!」
「ぐがっ」
「いぎ!」
【狐独な魔術師 フォーゲツ Lv45】
【駆け出し
【花の香りのエルフ スイレーン Lv37】
【毒物研究家 モクモク Lv59】
【遊び人 キンジー Lv14】
【ドワーフ
【砂漠の宣教師 ニチェコ Lv31】
【KILL 25】
着替えたオズの表示を横目に、そいつらを一掃した。
……キル数は先程倒した連中と、最初の英雄ナナを足した値か?
【冒険者生存数 975/1000】
「クソおおお!」
「ざけんな……魔王が向こうから来たんだ!」
「いいねえ、あたしが殺して英雄になるわ!!」
【
【
【
【
【
次々と冒険者どもが、
こいつらはけっして侮れない。HP66しかない俺は、どの冒険者からの攻撃でも一発食らえば終わるだろう。
ならば――先にすべてキルすればいい。
「出でよ!」
【グレネード
俺の手の中に現れたのは、オズの握った拳ほどの小ぶりなもの。安全レバーのついた、黒く塗られた球体だ。
表面には「M67―MAO8」の文字がペイントされていた。
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■M67grenade(MAO8)
重量:397g
起爆時間:5s
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オズの胸元に表示が出る。M67ハンドグレネード――手榴弾。
一世代前のM61は紡錘形だったが、より投げやすい球状に作られた代物だ。
銃を持つ手でまずは、安全レバーに絡みつくクリップを外して捨てる。
これで、レバーに刺さる円い輪っかがフリーになった。その輪っかに指をかけて、ピンを引き抜けば――。
カンッ!
M67の安全レバーが宙に舞った。
同時に聞こえたのは解放されたバネが跳ね、時限信管を叩いた音。
「ふ」
俺は冷笑とともにM67を投げ捨てていた。
ヒトどもがひしめくこの場所は、地下に沈んだ完全な窪地だ。最上段にいる俺の手からこぼれた手榴弾は、下る段差を簡単に転がっていき……。
バンッ!!
きっかり5秒でM67が炸裂した。重なる死体に阻まれながらも、魔王である俺に最も近い距離にいた、正面にいる連中の中心だ。
目の色を変えたそいつらの姿が、一瞬で白煙に呑まれる。
重い爆風が――ヒトどものいる観客席全体を揺らし、頭上の天幕をも突き上げた。
飛び散るのはヒトの血肉だ。ああ……なんと醜い。
「ギャアアアアアアア!」
「痛い痛い痛いいいい!?」
「耳が、耳がああ~~~~!」
M67は炸裂手榴弾だ。爆発と同時にばらまかれた大量の破片が、周囲を巻き込む。
その破片の速度は一つ一つが銃弾ほどで、ヒトの肉などズタズタに引き裂いた。
多くの冒険者が【HP マイナス221】【HP マイナス189】【HP マイナス212】と負傷し、爆発の中心にいた連中はまとめて即死だった。
【KILL 49】
「なんという、派手な! さすが魔王さまです!」
新たな総キル数を前にオズが微笑む。
M67の殺傷範囲は、半径15mくらいか。
倒れた英雄ナナのいる、観客席に囲まれた地下の底。ナナの配下や
地下にはまだスライムのイムがいる。片腕を失ったイムは爆風の煽りは受けたが、青い体をふよんと揺らしただけで終わった。
これ以上のダメージは、下級魔族のスライムにはきついからな。
「イム! 貴様はそのまま伏せていろ!」
俺は銃を持たない左手を突き出した。
今はもう、手榴弾を掴んで捨てた穢れた手だが……あのときイムの口づけを受けた、左の甲を見せつける。
――誓いは果たす。必ずな。
M67はそのための派手な目くらましだ。
「爆裂系魔法? 詠唱なしで!?」
「見えない攻撃も……魔王の魔法かよお!」
「どうなってんだああ!」
冒険者どもが混乱する。攻撃魔法の準備に入りかけた者や、弓やボウガンの遠距離武器を構えた連中も、大勢がひしめく中で態勢を確保できない。
この時間を稼ぎたかった!
グロックの空
「はい、こちらですね!」
屈み込んでいた従魔の手には、下ろしたバックパックから出した、一際長い
33発のロング
もちろんグロックに装填するなり、俺は全弾ヒトどもに叩き込む。
今度は俺のいる位置から遠い、奥や左右の観客席を適当に狙って。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
「ぎっ!」
「ぐげええ!!」
【KILL 62】
否。ある程度狙いをつけたのだが、弾数の割にはキルできなかったか。
負傷者は多く出たようで、ぎゃあぎゃあ騒ぐ声のもとに、癒しの光をかざす回復魔法の使い手が駆けつける。
やはりロング
だから。
「オズ」
「……すぐに!」
俺はロング
その間に「出でよ」の呼びかけで生成するのは、またM67だ。
【グレネード
今度は2つ。黒い球体をそれぞれ両手で握りしめ、こすり合わせるようにまとめてクリップを外し――二つの輪っかを口で噛む。
同時にピンを引き抜いて、俺は高々と手榴弾を投げ放った。
――血塗れの観客席を駆け上がり、逃げようとする者どもがいた。
「や、やってられるか!」
「魔王があんなに強いなんて、聞いてないし!」
「やべえよ!?」
それを俺が許すと思うか?
バンッ!! バンッ!!
立て続けに空中でM67が爆ぜた。頭上の天幕を穴だらけにしつつも、降り注ぐのは破片の雨だ。
「うわああああああああああああ!」
「げッは!!」
「ごふアッ」
地下にくぼんだ観客席。その上部にいた者ほど、落ちてきた無数の破片に貫かれる。
【KILL 104】
ついに総キル数が三桁に達した。
【HP マイナス21】
「ふん」
最上段の端に立つ俺にも多少降り注いだが、オズを庇ってあえて受ける。
ヒトどもには当たり所が悪ければ致命傷になるものでも、魔族は別だ。着ていたローブは穴だらけだが、魔力で紡ぐこの体はすぐに自己修復できる。
従魔のオズも同じだが、その手を止めさせないためだった。
「魔王さま! これで……よろしかったでしょうか?」
オズが俺に捧げたのはmicroRONIだ。
内部には彼女の手で、預けたグロック18Cが収められている。
「然り。褒めてつかわそう」
「はい! 光栄の至りです!」
特殊なスキルFPSは俺だけのもの。
しかし俺と同調する従魔も、学べば理解することができる。一度見たことのあるmicroRONIへのグロックの合体ならば、簡単にこなすのだ。
しかも応用が利く。すでにmicroRONIの下には、黒光りする大きな円盤が取り付けられていた。
装填されたのはバックパックの中にあった、とっておきのドラム
さあ――。
「ちくしょう! やるしか……!」
「そこどけえ! 邪魔だアアア!!」
【
【
【
火、土、風――様々な属性の魔法陣があちこちで起動し、いくつもの魔法武器が煌めいた。鮮やかな炎が生まれ、観客席の一部が盛り上がり、旋風が巻き起こる――。
冒険者どもが皆、態勢を立て直そうとしていた。
――もう遅い。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
俺は銃弾の雨を降らせた。
70発ほどが収められたドラム
だから、なんだ? 弾が切れればまた造ればいい。
【KILL 156】
あちこちで呻きが聞こえるが、まだまだヒトは生きているからな。
「もっと、出でよ! もっとだ!」
【マガジン
作り上げるのはもちろん、新たなドラム
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
【KILL 202】
「た、助けてくれえ!」
死体の中から血を噴き出しながら、懇願する者も現れた。
……知ったことか。
この地で貴様らヒトどもは、どれだけの魔族の命を弄んだ?
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
俺は【マガジン
microRONIでの安定した弾道のおかげで、冒険者どもを余すことなくキルできる。
ヤツらが反撃に出る隙など与えずに。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!