7 魔族を穢した冒険者よ、罪は命で購うがよい
……なにをしている?
距離が離れているせいで状況がよくわからない。
「またか、ゲノゲ。まったく」
「お前さんが慰めてくれるならいいんだが、させてはくれぬだろう? ヒカーミよ」
「貴様のハンマーの柄みたいにデカいものが私に入るか! 壊れるわ!」
「もうやだ、ゲノゲったらあ。……ウチらは馬車の中でシようね、サオ! にゃははは」
「ふふ。しょうがないな、ウルルは」
「だって、
静かな森の中で、冒険者どもの会話だけが届いてくる。
microRONIの
「くわえろ。この滾りを鎮めてみせろ、ほれほれ! せねば、それこそ潰してやるぞ!」
【
――森の中に轟音が響く。木々が揺れ、深緑の葉が何枚も散った。
ドワーフが片手で振り下ろしたのはショートハンマーか。瞬間、火柱を上げていた。
ドワーフ特製の
噴き出した炎によって加速した一撃が、腐葉土の大地を大きくへこませた。
「ゲノゲ! スライムに当てたら……」
眼帯女が突っかかるが、ドワーフは笑い飛ばす。
「げははは! ただの脅しだぞ。ほうれ、おとなしくなったわ」
亜人種の小男はハンマーを握ったまま、尻を出した腰を前後に振った。座り込むスライムの顔に向かい、何度も何度も打ち付ける。
その行為がなにか、俺はようやく理解した。
なんて、ことを!
「魔王さま……!」
従魔のオズも声を震わせる。
ヒトどもは魔族と違い、生殖器なるものを使って交配する。
今あのドワーフは、一方的にそれをしていた。己の欲望を満たすため――無抵抗な下級魔族の口腔を犯して。
……よくも、穢らわしい真似を!
「おほほほう! スライムの粘液が絡みついて、こいつはたまらんわ! ほれ、もうイクぞ! イクぞイクぞイクぞーーー!」
逝け。
パァァン!
microRONIに組み込んだグロック18Cは
森の中に銃声が一つ響き渡る。
手にしていたハンマーが落ちて、くぼんだ腐葉土に消えた。
【魔王アハトの奇襲攻撃!】
【KILL 1】
さすがは
「お見事です魔王さまっ」
オズが小声ではしゃぐが――今の一撃は、失態だ。
最初の標的はオオカミ
だが後悔はない。犯されていた下級魔族を早急に解放できたのだから。
「ゲノゲ!? おい、ゲノ……まさか、死っ、死んで!?」
「にゃああ! 魔王? 魔王って出たよ! どこ!?」
「今の音はなんだ、魔法攻撃!? どこからボクらを……!」
今のうちだ。俺は寝そべったままわずかに
向こうも俺に気付いたのか。オスオオカミがこちらに顔を向けると同時に身構えた。
【
両手から失わせていた、魔法の輝きを再び纏う。
……それが、どうした?
パァァァン!
【KILL 2】
どんなに鋭利な魔法の爪を付加しても、しょせんは近接戦用――反射的に両手で防御したところで、弾は爪の間をすり抜けた。
額の真ん中を撃ち抜かれて、オスオオカミの体が力を失い、頽れた。
「サオ? サオ……死んだ!? 嘘お!?」
黄色いメスネコが慌てて駆け寄る。
が、次の瞬間オスオオカミの死体を蹴飛ばしていた。
「にゃあぁぁああ! 挿れるしか能がないくせに、この役立たずが! ウチは盛ってんだよ! イヌっころで妥協してやってたのに、使えねえな! せめて勃たせたまま死」
「ウルル! 狙われるぞ!」
眼帯女が叫び、ネコ
パァァン!
敵ながらいい判断だ。3発目で倒れ込んだのは、メスネコを庇った眼帯女となった。
おかげでキルとはいかなかったか。地面に倒れ込んだものの、まだ動く。
「……ヒカーミ!」
「ぐあああ! ち、治癒魔法を……ウルル……!」
「にゃははは、ウチ抜けるわ。魔王なんかと戦う気はなかったし、ほらウチ、回復専門職だしね? ばいばい、ヒカーミ!」
長い尾を振って、黄色いメスネコがしなやかに駆け出した。
「心配しなくても、ウチが生き延びればパーティ全滅も防げるってことで。ギルドの預金はぜーんぶ引き出しとくね! 最期までせいぜいそこで魔王を足止めしといてね!」
「ウルル? お前、戻ってこい! バカ、なんのための癒し手だと……ヤることしか頭にない低脳な
「……さすがは冒険者。クズですね」
オズが鼻で笑う。
然り、だ。仲間割れとはなんと無様な。
それに、逃げ出したメスネコはとんだ間抜けだ。
「にゃっはあーーー!」
四つん這いになり、ネコ系
だから偶然、こちらへ向かって走ってきた。ぐんぐんと近づいてくる。
動いている標的を狙うのは厄介だ。しかし真っ直ぐに近づいてくる相手なら、止まっているのと同じこと。20m、10m……。
そこまで近づいて、メスネコの両目で瞳孔が開いた。地に伏せた俺を見つけたか。
毛を逆立てて、慌てて横に跳ぼうとするも――もう遅い。
パァァァン!
「キャーン!」
黄色い体が朱に染まり、腐葉土の地面を転がった。
【KILL 3】
「ウルル!? ウル……」
後は眼帯女のみ。俺は
「あは、あはははははははははははは! 魔王があッ!」
眼帯女は立ち上がっていた。
む? かなりの深手を負っているはずだが。
「卑怯者めえ! 姿を見せて……いざ、私と尋常に勝負しろ!!」
無駄に大きな胸の横を押さえ、ふらついている。
なぜ薬草の類を使わない? もしや、回復職任せで備えを怠っていたか。
だからこそ終わりを覚悟して、最後の力を振り絞り――。
「いいだろう」
地に伏せていた俺も立ち上がった。
「受けて立ちますか。さすがです、魔王さま!」
従魔オズは諫めない。俺とともに、隠れていた幹の陰から外に踏み出す。
それだけではまだ眼帯女は気付かない。周囲を見回すばかりだが……。
「魔王アハトとその従魔オズはここです! 愚かなヒトよ!」
オズの声が静かな森に反響し、眼帯女の動きが止まった。
「バカな!? あんな、遠くだと!」
40m離れていることに驚いた様子だ。
俺はmicroRONIを携えて接近していく。メスネコの死体の横を回り込み、15mにまで近づけば、
立ち姿勢で
「お前が、新たな魔王か……」
眼帯女の顔色がはっきりとわかる。脇腹の出血がひどいせいで、かなり青ざめていた。
少しばかり体液を失ったくらいでこのザマか。本当にヒトは脆い生き物だな。
「……どうやってこんなにあっさりと私たちを追い込んだのかは、もういい。私もこの傷では、癒し手がやられた今、もたないだろう」
「お黙りなさい、ヒト風情が」
俺の代わりにオズが冷たくあしらった。
「ヒトごときと魔王さまが話されるとでも? 恥を知りなさい!」
「いや……私の誘いに応じてくれただけで、感謝だ。魔王よ!」
女が右目の眼帯を乱暴に取った。
ほう? その下から現れたのは水晶のはめられた義眼だ。
己の目を捧げて得た呪具の類か――。
「東華の国一の召喚術士ヒカーミが今、残りの命の灯火を振り絞り、ここに呼び出さん! 業火を纏いし裁きの駿馬を!」
【召喚成功――
義眼が煌めき、
ゴバアッ!
女の背後にあった大型の馬車が、いきなり炎に包まれた。
召喚術。――従魔のごとく、物質を核として、擬似的に生命を造り出す魔法だ。
『BROAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
熱波が木々の間を吹き抜けた。
鋼の馬車を取り込む形で出現したのは、身の丈4mはあろう燃えさかる巨馬だ。
なるほど、馬車に馬がいなかったのはこういう理屈か。
「この馬車型の触媒には、屋敷一軒ぶんほどの金をつぎ込んである! 私の自慢の愛馬だ! 行け、
『BAOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
「魔王を……狩れえ!」
主の声に従って、炎の巨馬が地面を焦がしながら蹄で抉った。
燃える鬣を、尾を、炎の鋭利な刃と化し――こっちに向かって駆け出そうとする。
その前に、俺は
パァァン!
召喚術士の義眼が砕けた。
まったく呆れる。そんなとろくさい攻撃が、俺に当たると思ったのか?
本当の隻眼となった女が驚愕の表情を張り付かせ、胸を揺らして大きく仰け反る。今にも跳ねるところだった炎の巨馬へと倒れ込んだ。
呪具と繰り手を失った召喚獣が、巨馬の形を崩壊させる――。
『GYAAAAAAAA……!』
大量の炎をまき散らし、ぶつかった主の体を一瞬で焼き尽くしながら。
【KILL 4】
【冒険者生存数 0/4】
【掃討完了――魔王の勝利です】
「お見事です! さすがは魔王さま、敵が仕掛けてくるより早く片付けられるとは!」
「口上が長い。口だけはよく回る相手だったな」
散華の熱風が俺たちにも届いたが、それで終わりだ。召喚術士の女は死体の欠片も残さなかった。
死に様の潔さだけは褒めてやろう。
「それでは、アイテムの回収をしておきますね」
【震撃のショートハンマー×1】【ドワーフアーマー×1】【ドワーフヘルム×1】【ドワーフブーツ×1】【3705C】【癒しのペンダント×1】【猫耳ピアス×1】【草染めの服×1】【4620C】【鋼の篭手×1】【牙狼の胴衣×1】【鋼のブーツ×1】【2814C】【封術の飾り×1】【戦闘馬車×1】
オズが手を叩き、いつぞやのように素材と
炎の巨馬を失った鋼の馬車まで、魔力の輝きに黒く染まって掻き消えた。
さすがに燃え尽きた女の死体からは、落とした眼帯くらいしか得られなかったが……まあいい。馬車のぶん、素材は十分集まった。
これで新しい銃器を生成できるはず。
microRONIも悪くないが、より遠くまで狙える銃が欲しいところだ。
そうなれば弾も9㎜だけというわけにはいかない。専用の弾薬も必要になるし、倍率の高い
しかし、それらの生成は後回しだな。
「生きているか?」
冒険者の攻撃でへし折られて、横たわる太い幹の下。
そこにべちゃりと張り付いた、青い粘液があった。
召喚獣の熱気に少しあてられたか? だが……。
「確認しますね」
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【スライム】
魔族/Lv1
HP:2/15
MP:8/8
所持金:6C
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オズが胸元にスライムのステータスを表示した。
かなりのダメージを負っているが、MPはちゃんと残っている。
「大丈夫そうですね。低レベルの魔族ですから、完全な肉体の修復には少し時間がかかるでしょうが……」
ヒトはHPの一割を切れば瀕死だが、魔族は0でなければ問題ない。
魔族の体は魔力で生み出したものだからな。MPが十分あれば再生が可能だ。
そして今、ゆっくりと……粘液の塊でしかなかった青いスライムの姿が変化を始めた。膨れ上がり、オンナの形を取り始める。
「ほう」
俺は目を見張る。美しい――成熟したメスのスライムだ。
ダメージのせいで半透明の体はまだくすんでいたが、透き通る艶やかな長い髪と、水晶のごとく煌めく瞳を持っている。
魔力の低い下級魔族だから、俺やオズのように衣服を生成できない。裸体のままだ。
そのぶんすらりと伸びた肢体や、しっかりとくびれた腰とたわわに揺れる大きな胸が見て取れる。
――本当に巨乳のスライムだな、彼女は。膨らみの一つが俺の頭より大きそうだ。
う、と自分の控えめな胸を押さえたのはオズだった。
「わ、わたくしも完全体であれば、負けないくらい魅力的でしたよ? ええ、たぶん!」
「ふ」
「笑わないでくださいませ、魔王さま! もう」
まったく、なにを意識しているのやら。