6 姿を見せずに殺す術、それこそ魔王の一手なり!
闇に包まれた森の中で、俺は決意した。
ならば行動するのみ。旅立つにはいい、静かな夜だ。
『よもや、魔王さま御自らが打って出ることになろうとは……いえ、さすがとしか言いようがありません!』
腰のポーチで、石板のままの従魔がまた騒ぐ。
『特異なスキルもそうですが、これまでの魔王さまとは違うのが魔王アハトさま、というわけですね!』
……スキルFPSの力を行使するには、素材を狩り続けなければならない。それだけのこと。
俺は生成した装備品を拾い上げた。寝床代わりに敷いていたパラシュートは捨て置くが、他は大事な武器弾薬だ。バックパックを自分で背負い、コンバージョンキットは
グロック18Cとは違い、収められるホルスターが今はない、というのもあるが……星明かりをきらりと弾くのは、キットの先端についたレンズだ。
コンバージョンキットは中が空洞だが、小型のライトが仕込まれていた。
フラッシュライト――レンズは、魔術師の片眼鏡から生成したものか。
側面のスイッチをカチリと押し込めば、森の闇を裂いて一筋の明かりが伸びた。
『わあ! すごい輝きですね、魔王さま』
ふむ。魔法光などとは質の違う、真っ直ぐ放ち続けられる閃光だ。
暗闇の中からでも狙いをつけるためのものだが、夜の森を進むには助かる。
なにせ俺のスキルはFPSだけで、【
「オズ」
『はい』
オズが空中に大きな十字を投影した。
地図の端に重ねて表示することの多い、方角を示すもの。
それを頼りに行き先を決める。俺がいたのがサーガイアの東端だから……。
「西へ向かうか」
『さすがです。魔王さまの赴く道こそが、覇道となることでしょう』
俺は森の中を歩き始める。
バックパックに詰めた弾薬の重さが肩に食い込むが、こんなことでは疲れない。魔力で構築した魔族の体は、ヒトのようにヤワではないのだ。
それに普段は睡眠も必要ない。
――この夜深き中では、さまよう冒険者どもは休息を取っているだろう。闇に紛れて行動する方が魔族にとっては安全だ。
それはきっと、他の魔族たちも同じはず。
『どこかで魔族と落ち合えればよいですね、魔王さま』
「うむ。然り、だ」
『今はわたくししかお側におりませんが、ぜひとも魔王軍を再興しましょう!』
こんな東端の領域にも冒険者どもがいた。
ならばEXPを狙われる魔族も、この地に多く潜んでいる。……最後の領域も奪われ、安全に暮らすこともままならないままで。
魔王が敗北を続けたせいだ。魔族を救い、魔王軍を立て直すことは俺の務め。
もちろん冒険者どもと遭遇すれば、すべてキルしてな。
§
しかし、おかしい。
森の中を歩き続け、夜が明けて……コンバージョンキットのライトが必要なくなっても、一体の魔族とも遭遇することはなかった。
「確かに妙ですね、魔王さま」
すっかり日が高くなった頃、魔力を回復させたオズがようやく幼女の姿に戻る。俺からコンバージョンキットを預かりながら、首を捻った。
「本当に、ここまで魔族の気配がないなんて……。わたくしの魔王さま復活の言を聞いたなら、近くの魔族たちは我先にとはせ参じてもよいくらいですのに」
従魔らしいが、無理を言う。
確かにこれまでは拠点となる場所に降り立てば、いつもわらわらと魔族たちが集まってきたものだが……。
否、それよりも――魔族が棲息している気配がない?
そのときオズが、木々のかすかな揺れに気付いた。
「あれは……! ただの小鳥ですか、はぁ」
確かに、飛び立つ鳥の姿があった。
ヒトはともかく、獣などは本能的に魔族を恐れる。本質的に自分たちとは異なる存在だ、と察して近づいてこない。
だから魔族がこのあたりを住処としているならば、鳥がいること自体あり得ない。
地図で見たとおり本当に、魔族はすべての領域を奪い取られたということか……。
「大丈夫ですよ魔王さま、魔族はそう簡単に絶滅などしません。魔族の繁殖力は、他の種を遥かに凌駕するものですから!」
「然り、だな」
だとしたら、なにかしらの理由で
そんなことを考えていたとき、ざあっと風が吹き抜けた。
日の光を受ける森の木々が、緑の葉をざわめかせる。そこに俺ははっきりとした異音を捉えた。――破壊音?
聞き間違いではない証に、オズも大きく目を見開く。
「魔王さま!」
「風上の方向か」
明らかに不自然な音だ。これはおそらく……。
俺は背負っていたバックパックもオズに押しつける。ホルスターからグロック18Cを抜いた。
従魔の胸元の紋章からは、何の警告表示も出てこない。まだ向こうはこちらの存在に気付いていないという証だ。今のうちに風上への移動を始める。
この東端の「深き石森」は、魔族繁栄時代以前の、石の巨大建築物が埋まる場所だ。
建物の姿はほとんどが朽ちたが、そこに食いついた木々が硬い石の肌を得て、石柱のごとく並び立つ。故に、太い幹に身を隠しつつ移動ができた。
また地面から時折顔を出す、風化した建物の残骸を避ければ、厚い腐葉土で俺とオズの足音が消える。
「殺すんじゃないよ!」
声が聞こえた。俺はオズとともに、一本の大樹の陰で足を止める。
そっと遠くを窺えば……いた!
およそ40m先か。まず目に飛び込んできたのは、こんな森の中にまで入ってきた立派な馬車の姿だった。
鈍色の装甲に覆われた戦闘馬車だ。金持ちの冒険者が移動拠点として使う代物である。
……馬がいる? 俺は警戒する。
獣は魔族の気配に敏感だからだ。しかし、なぜか姿が見えない。
代わりに捉えたのはヒトどもだ。
俺の目はかなりいいらしい。小さくしか見えなくとも、相手の容姿がある程度わかる。
片目に眼帯をした女が、背の低い男を蹴りつけていた。
その周りにいたのは体毛に覆われた、亜人である
「魔王さま」
【炎の召喚術士 ヒカーミ Lv84】
【下劣なるドワーフ戦士 ゲノゲ Lv44】
【牙狼拳
【青猫の癒し手 ウルル Lv56】
【冒険者生存数 4/4】
従魔のオズが胸元にそっと情報を表示した。
ドワーフに、オオカミ系とネコ系の
とりわけオオカミやイヌの
「にゃはぁん! さすがはサオ、あの硬い木をへし折って退路を防ぐなんて、頭いい!」
「逃げ足の速いヤツだったから、先回りしただけさ」
黄色い毛並みのメスネコと、灰色のオスオオカミの会話が離れていても届いてくる。
……確かに、馬車の側にある石肌の大樹が一本、根元から倒されていた。
俺が聞いた異音は、あの硬くて太い幹がへし折られたときのものか。
すらりとしたオオカミ
「よくやってくれたね。それに比べてゲノゲときたら、まったく!」
眼帯女がいっそうドワーフを踏みつける。
「生け捕りが優先って言っただろ! たかがスライムだけど希少なメスだよ。こいつが依頼どおりの個体なら大儲けできるってもんさ、それを……このトンチキが!」
「わかっておる、わかっておるぞ、ヒカーミ。だが俺のドワーフ族としての血が、こんな程度では滾らぬと騒ぐのだ! ハンマーで叩き潰すくらいはせぬと!」
「それをするなと言ってるんだ、この戦闘バカ!」
「おおう! もっとなじってくれい!」
眼帯女に尻を蹴られたが小柄なドワーフは、げははと下品に笑い飛ばす。
「痛みこそ戦士の真よ! しかし、だからこそせっかくの獲物を倒せぬというのはなあ」
獲物? ――スライム?
いた、魔族が! 俺は遠目に、動けない有様の下級魔族を捉えた。
倒れた木の側にへたり込んでいたのは、一体のスライムのようだ。
しかもメスだ。長い髪も成熟した豊満な体もすべて、美しく青く透き通っていた。
救わねば! 魔王としての使命感が心をざわつかせる。
たとえ最下級のスライム種であっても、俺の大事な配下なのだ。見捨てるわけなどあるものか!
「さすがです魔王さま」
オズが差し出したのは、預けていたmicroRONIコンバージョンキットだ。
然り、これがあれば……!
コンバージョンキット。別名、
その名の通り
下側にあるハッチを開くと、内蔵されていたT字形のパーツが取り出せた。
microRONIはグロック専用。パーツをグロック18Cのスライドに被せれば、きっちり噛み合う。
そのグロックをキット内部に押し込んで、ハッチを閉じれば――見事、
T字形パーツの左右が、キットの外に突き出ていた。指を引っかけてグロックのスライドを動かせる「チャージングハンドル」だ。
もっともすでに初弾は装填済みで、ハンドルを引くまでもない。
後は……狙うのみ。
俺やオズのいる位置は、見つけた冒険者どもからはわずかに高所。立ち上がって狙えばすぐに見つかる。
だから腐葉土で汚れるのも構わず地面に伏せた。隠れていた木の幹から半身を外に出し、microRONIで狙いをつける。
――コンバージョンキットは、
それどころか
故に俺は今まで、一丁しかないグロックを組み込もうとはしなかった。
「ふ」
しかし、狙い撃つならコンバージョンキットは必須だ。
実際、射程内ぎりぎりの4~50mでの狙いは「やっと当たる」という程度だ。
だがコンバージョンキットによって増えた重量が、跳ね上がりを抑えてくれる。
それに後部についた
それに――キットの長さのぶんだけ、
弾丸の通り道が長いほど弾道が安定し、より精度の高い射撃が可能になるのだ。
そしてmicroRONIの上部には、専用の
「フリップアップ式か」
普段は折りたたまれた状態の、
最初の銃声で、こちらの存在は気取られるだろう。
故に、まず優秀な鼻からキルする必要がある。
徹底的に身を隠すことこそが、狙撃を優位に行う術だ。
「辛抱たまらんわ! 殺さなければいいんだろう?」
だが
そいつはスライムの前で、いきなりズボンを下げていた。