5 主のために我がすべてを奉げること、何の躊躇いがあらんや

【冒険者が現れた】



 放たれた鮮やかな魔法光が、ダンジョン深部の大空間を染め上げる。

 その中で「我」は、漆黒の鱗に守られた魔竜の巨体を持ち上げた。


『無粋な! 何者です! ここが魔王セプテムさまの寝所と知っての狼藉か!』


 魔竜の「我」とともにいた、黒いドレスの女がわめく。

 幼女の姿より背が高く、長く伸びた手足を持つ乙女。一世代前の従魔オズだ。


 セプテム――それが七度目の転生を経た「我」の名だったな。

 そしてここは魔族領域に残された、最後の地下遺跡だ。

 始祖の魔王「ウーノ」が遺せし、魔族繁栄の時代の名残……。だが今は「我」が身を隠すための拠点となっていた。


 そこにまた冒険者どもが侵入を果たしたのだ。


『ルオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 従魔に下がっていろ、と命じる代わりに「我」は吠えた。

 翼を広げ地下空間を揺るがして、ヒトよりも遥かに大きな足で一歩踏み出す。


 これまで六度、魔王は敗北を重ねた。そのたびに魔族の安息の地が奪われ、今はこの地下遺跡周辺のわずかな領域が残るのみ……。

 もう敗北は許されない。


 そのために得たのがこの巨体と、どんな魔法も跳ね返す全身の黒き鱗だ。



----------------------------------------

【魔王 セプテム】

魔族/Lv99

HP:66666/66666

MP:666/666

所持金:666666C

----------------------------------------



 オズが紋章の浮かぶ胸元をはだけ、美乳とともに「我」のステータスを見せつける。

 圧倒的なはずの数値だが……ヒトはEXPを取り込むことで、どこまでも強くなる種だ。



【■■の聖騎士■■ Lv1■9】


【騎士■■■■■ Lv12■】


【騎士■■■ Lv■17】


【騎士■■■■ Lv13■】


【従者■■ Lv■1】



 訪れた冒険者どものほとんどが、「我」を超える三桁のレベルに達した連中だった。

 しかし、表示がよく見えない。システムに欠落が生じている。なぜ?


 なるほど……これは欠損した記憶の断片。

 魔王が「我」であったときの、最後の……。


『ようやく辿り着いたぞ! 魔王セプテム!』


 凜とした女の声が放たれた。白銀の全身鎧を着込んだ集団の、先頭に立つ女騎士だ。


『抜剣!!』


 彼女のかけ声とともに全員が腰の剣を抜く。

 その数、およそ二十本――。


 最後尾にいた無数の鞘を身につけた一人が、次々と宙に剣を投げていた。



自動魔法オートマジック発動】



 それらの白き刀身が纏うのは煌めく水だ。騎士どもの周囲に噴き出した水柱に支えられ、それぞれがそそり立つ。

 魔法で操られた無数の刃に遮られ、先頭に立つ女騎士の顔は――わからない。


『■■の聖騎士■■が率いる、この誇り高き聖■■王国■■■騎士団が……今日こそ貴様を討伐してみせよう!』


 ――そして記憶がいきなり飛んだ。


『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 断末魔の叫びを「我」は上げていた。自慢の猛毒のブレスで倒した三人の騎士に続き、もう一人が死体となって混ざるところだ。水を纏いし剣もこれですべて床に落ちる。


 だが残った最後の一人が「我」の背後から、拾い上げた剣を突き立てたのだ。

 深々と刺さった白き刃の先端が、魔竜の胸を貫通していた。

 体内の心結晶コア・ハートをも貫く一撃だった。



必殺の一撃クリティカル・ヒット!】



 魔族はたとえ魔王でも、心結晶コア・ハートに直接ダメージを受ければ致命傷となる。破損し、命の鼓動が消え――魔力で実体化させていた肉体が崩れ始めた。

 死して世界から消滅するのだ。


 それでも魔王だけは、転生をこなす特別な個体。体内に宿した壊れた心結晶コア・ハートは、肉体を構成していた魔力とともに虚空へと取り込まれていく。

 代わりにこの世に残されるのは、魔王の一部として生み出された従魔のオズだ。


『魔、王、さ……ま』


 魔王の魔力でかりそめの命を得ているだけの従魔も、その体を維持できなくなる。媒体として造った黒い石板の姿に戻った。


『いつか、ま、た……あなたさまの、来世、で……』


 その言葉を最後に、六度の敗北で小さくなっていた石板が、さらに半分に割れる。


 ――うち片方は「我」の心結晶コア・ハートとともに、虚空へと吸い込まれた。

 だがもう半分は、「我」を倒した女騎士の手に渡り……。



          §



 従魔オズがその身に綴ってきた魔王セプテムの物語は、EXPとしてあの女騎士を急激に成長させたか。


 これまでもそうやって圧倒的な力を手にした冒険者は、自身を「英雄」と名乗る。

 だが――「我」を倒した女がその後どんな英雄になったのかは、もうわからない。

 死ねば意識も知覚も無になり、次の転生までなにもない虚空を漂うのみ。


 それでも、常にかすかなぬくもりは感じていた。ともに混ざり合った従魔の気配だ。


「魔王さま」


 一握りの欠片となっても、石板従魔タブレットのオズだけは常に魔王の側にいる。

 その声を聞きながら俺はこんこんと眠り続けるのだ。


「魔王さま……」


 む? しかしここまではっきりと聞こえたことはあっただろうか。


 転生前の俺は意識のない、ただの魔力の粒子に過ぎない。

 再び自然と収束するまでは、従魔のオズも深い眠りについているはずだが……。


「ああ、魔王さま……!」


 小さくもやわらかな体の重みを俺は感じ取っていた。

 そして、ぬくもりが唇に触れ――。



 はっと瞼を開いたとき、眼前に目を閉じたオズの幼い顔があった。


「はむっ、ん……魔王さま、はあっ」


 一心不乱にやわらかな唇を重ね、小さな舌を絡ませてくる。

 口づけ――キス。魔族にとって特別な意味を持つ行為だ。

 オスとメスの間でのみ交わされる、性的なまぐわい。


 魔力で肉体を紡ぐ魔族も子作りはする。種によって繁殖力に差はあれど、オスがメスに口づけし、魔力を注ぎ入れることで成されるのだ。

 だが今のオズがしているのはその逆だ。


「くちゅ、れろっ。お慕い申しておりますぅ、魔王さま……」


 俺と体を重ね合わせ、絡めた舌と唇でオズが魔力を流し込んでいた。

 魔族のMPは、時間の経過で自ずと回復するものだ。だが口づけを介しての供給を受ければ、もちろんそれだけ回復も早い。


 俺が意識を取り戻せたのもそのおかげだ。

 ただし、魔力を注ぎ込む行為は――魔力が揺らぎ、快楽を伴う。


「んっ、はあっ、魔王さま魔王さまあ」


 オズはすっかり夢中になって俺にキスし続けていた。


 ――愛いやつだ。俺からも舌を絡ませてやれば、びくりとして顔を離した。


「あ……目覚めたのですね、魔王さま。し、失礼しました。このようなこと勝手に……」


「構わぬ。続けろ」


「あむっ……ん、ひゃい、魔王さまぁあ」


 オズは嬉しそうに微笑むと、再びむしゃぶりついてくる。くちゅくちゅといやらしい音を立てながら、また魔力を注ぎ始めた。

 頬もすっかり興奮で上気しているようだが――よくわからない。


 それもそのはず、周囲はすっかり暗くなっていた。


 夜の闇に包まれた森の中だ。そこに俺は寝かされていて、木々の隙間からわずかに見えた星空だけが、静かに俺とオズを照らす。

 体の下に敷かれているのは黒い布だ。……俺が生成したパラシュート?


 わざわざ俺を寝かすために持って来たのだろう。しかもあの草地から移動して。

 冒険者どもの死体がある場所を嫌ったか、倒れた俺が誰かに襲われる危険を避けるためか? ふ、さすがは俺の従魔だ。


 だが、ときに従魔は己の身を顧みない。


「魔王、さ、ま……」


 濡れた唇を離したかと思うと、恍惚の表情のままオズの体がゆるりと闇に溶け始めた。


 俺の命令通り、魔力を注ぎ続けたからだ。

 自身を構成する魔力のすべてを使い果たし、消えていく。


 ころん。


 代わりに俺の胸元に落ちたのは、黒い石板の欠片だった。

 ――従魔は造られた魔族。心結晶コア・ハートの代わりに物質を核とするため、自身の魔力を使い果たしても死にはしない。


『平気です……魔王さま』


 肉体を失ってもオズは気丈に、魔力の波動で声を届ける。


『わたくしの中にあった、御身の魔力をお返ししたに過ぎません。しばし時をいただければもとの姿に戻れるかと……』


「十分だ。しばらく休んでいろ」


『はい、魔王さま』


 胸の上で石板の欠片を撫でれば、オズは声を弾ませた。


 従魔のおかげでどうにか動けるようになった。身を起こし、まずは現状を把握する。

 星明かりの下で腰に触れれば、ポーチのついたベルトがきちんと巻かれていた。

 もちろん右の太股には、グロック18Cの収まるホルスターがある。ポーチの中にある4本の予備弾倉マグを確認するついでに、空のポーチに石板の欠片を仕舞い込んだ。


 他の装備は? 大丈夫だ。

 シーツ代わりに敷かれたパラシュートの側には、オズに預けた小型バックパックもあれば、最後に生成したコンバージョンキットもあった。


 ……こいつのせいか?


「オズ」


『はい。ただいま』



----------------------------------------

【魔王 アハト】

魔族/Lv99

HP:66/66

MP:144/6666

所持金:653555C

----------------------------------------



 石板の姿でも主の意を汲み、ポーチの隙間からオズがステータスを表示させた。


 オズの献身もあってMPが4から回復しているが……6000以上もあった数値がここまで減るとは。

 やはり俺のスキルFPSによる変換生成クリエイトは、大量にMPを消費するらしい。銃を願ったのに、パーツでしかないコンバージョンキットしか出せなかったのもMP切れのせいもあるか。


 ――それと、素材か?


『魔王さま、残っている保有アイテムはこちらになります』



----------------------------------------

【白き加護のローブ×1】【獣の毛皮×1】【魅惑の舞装束×1】【約束の髪飾り×1】【羽根飾りのサンダル×1】

----------------------------------------



 鋼鉄製の防具や武器もなければ、金属製の装飾品の類まできれいになくなっていた。

 造ったのは弾倉マグと弾薬が中心だったが、ここまで消費するものなのか。素材の質も関係しているのかもしれない。


 それに弾も金属製だからな。俺は予備弾倉マグを一つ取り出し、弾薬を確認した。

 黒く染まってはいるが、弾頭は剥き出しの鉛か。スキルFPSのおかげか指で触れれば感触でわかった。しかし、鉛は素材になかったはずだが……。


「否、違うな。オズ!」


『はい?』



----------------------------------------

【魔王 アハト】

魔族/Lv99

HP:66/66

MP:144/6666

所持金:653555C

----------------------------------------



 怪訝そうな声を出しながらも、オズがもう一度ステータスを呼び出した。


 間違いない。所持金が初期値の「666666」から減っている。

 倒した冒険者どもからアイテムとともに、キャストも奪ったはずなのに。


 ――この世界で流通する通貨キャストは、鉛製の硬貨だ。

 魔族繁栄時代に、この大地のあちこちで鉛が手に入ることから、システムを介して流通させていたもの。今でもシステム内にその経路が残っており、俺が666666キャストを持って転生したように――魔族は最初からいくらか所有して生まれ落ちる。


 それをヒトどもが魔族を狩って、入手して使うようになったのだが……なるほど。


「鉛のキャストを弾頭に生成していたのか。それに」


 黒い弾薬を一つつまみ出せば、内部に魔力の波動を感知できた。

 よくよく集中しなければわからないくらいのものだが、鉄でできた筒状の薬莢カートリッジ内には、俺の魔力が凝縮されているらしい。


 これが銃の中で火薬の代わりに反応し、鉛の弾頭を飛ばすようだ。


「……要するに弾の確保には、キャストとMPの両方がいるわけだな」


『さすがです魔王さま。わたくしごときにはよくわからない御身のスキルですが、ご理解されたようですね』


「然り。俺の手にしたこの力は……略奪を強いるものだ」


『なんと』


 オズが驚くのも無理はない。


 魔族は元来、闘争を好まない――。冒険者どもの蹂躙に抗ってきただけだ。

 最強の魔族である魔王も例外ではなかった。記憶の大半は欠けたままだが……これまでの七度の魔王の生はずっとそうだったはず。魔族領域内に拠点を構え、静かに暮らし続けていたのだ。


 それももう終わりだ。予備弾倉マグに弾を戻してポーチに仕舞うと、今度はグロック18Cを手にした。


「オズ。ここはどこだ?」


『はい、地図を出します』


 ポーチの隙間からオズが空中に投影したのは、輝く光の像で描いた、六つの大陸が絡み合うサーガイアの姿だった。

 だが花びらのように集まった大陸の輪郭だけで、その中身はほとんど空白だ。


 東端の一画、わずかな箇所だけに森の木々が書き込まれ、そこに俺の現在位置を示す【×】印が刻まれる。

 それだけだ。他にない。


 ……魔族の支配領域がもう存在しない証だった。


「なにもかも奪われたか。冒険者どもに」


 失うものはなかった。身を守るためにこもる拠点もない。だからこそこんな、なにもない地に降り立ったのだ。

 ならば――すべてを奪い返すのみ。


 パァン!


 俺は頭上の星空に向けてグロックを撃った。

 無駄撃ちではない。この世界に向けた、決意の1発。


「いいだろう。この銃は魔王アハトの業だ! そのために手にした力ならば……俺は」


『覚悟を背負い、御身自ら命を奪い続ける道を進むというのですね。さすがです!』


 ポーチの中で石板の欠片が震えた。


『たとえそれが呪われた道になろうとも、わたくしはもちろん最後までお供いたします。魔王さま!』


 呪い?


「ふ」


 銃口マズルから夜気に消えていく煙を見ながら、俺は嗤う。


「否。違うな、オズ。呪いなど……もう目の前にあるではないか」


 ――世界の道理から外れた、銃器という形でな。

関連書籍

  • 8代目魔王はFPSで冒険者どもをKILLしたい

    8代目魔王はFPSで冒険者どもをKILLしたい

    ひびき遊/冬ゆき

    BookWalkerで購入する
Close