1章 こういうのが好きなんですか?

蜜柑の日

 目の前の女子高生が、教室の中で蜜柑の皮をむいている。きれいなむき方だ。普段から食べ慣れているのかもしれない。

「むき方を褒められるとは思いもしませんでした。北斗さんも、お一ついかがですか?」

 彼女は、目線で机の上を示した。机の上には、彼女の蜜柑がまだ三つ置かれている。

「いや、いい」

「そうですか」

 興味なさそうに、白い蜜柑の一房を口の中へと運んだ。おいしいのだろう、若干口元に笑みが浮かんでいる。

「浮かんでますか?」

「そうだな、浮かんでる」

「蜜柑がおいしいからですかね」

 言っている間にも、一房、また一房。彼女の口の中へと、蜜柑が消えていく。

「缶詰のやつを容器に入れてくるとかならともかく、皮がついたままの蜜柑を持ってきてる人間は初めて見た」

「そうですか。私はいつだったか、蜜柑がお昼ご飯だという方を見たことがありますよ」

「……なんでそんなことを」

「その人の家に、蜜柑しかなかったのかもしれません」

「それはまた、過酷な生活だな」

「そうですね。実際のところは、どうだったのか知りませんけど」

 そう言って、最後の一房を口に含んだ。やはり笑みが浮かんでいる。

「ところで」

「なんでしょうか?」

 彼女が二つ目の蜜柑に手を出したところで、話題を変える。話題は、彼女について気になっていたこと。

「思考を読むって、耳に入ってくる感じ? それとも、脳に直接入ってくるとか?」

 皮をむきながらも、彼女は答えを考えているようだった。皮をむき終わり、一房、二房と口にする。もう一つを手に取ったあと、再び口を開いた。

「脳に直接、というのが近いですね」

「近い?」

「はい。私はもう『こういうもの』だと思っているので感覚は伝えにくいのですが、しいて言えばそのほうが近い表現だと思います」

「一般人でいう、呼吸の仕方を説明しろって感じか」

「呼吸?」

「当たり前すぎて、説明するのが難しいって意味だ」

「ああ、そうかもしれません。私にとっては、呼吸と同レベルですし。ですが呼吸とは違って、人に説明したところでまず伝わりませんからね」

 それもそうだ。好奇心で聞いてみたけれど、それ以上の興味が湧く話題でもなく沈黙が訪れる。その沈黙で、二つ目の彼女の能力について思うことが出来た。

「聞きながら思ったんだけど」

「はい」

「普段はともかく、テストの時とかカンニングし放題じゃないか?」

 彼女は『気付いちゃいましたか』とでも言いたげに目を細める。いかにもな悪い顔だ。

「ふふ、気付いちゃいましたか」

 口調も、どことなくいたずらっ子のようである。おそらくほかの人には見せないだろう表情に、不覚にもドキッとする。語尾に音符がついているのは間違いない。決してバレないズルを白状しているのだから、そういうふうにも見えてしまうのだろう。

「もっとも、一切勉強をしないでテストに臨めるだなんてことはありませんよ。自分が理解していなければ、誰かの思考を読んだところで、どれが答えなのか分かりませんし」

「暗記物なんかは、わりといけるんじゃないか?」

「そうですね。前の席の人が暗記の得意な方なので、とても助かっています」

 先ほど蜜柑を食べていたときよりも、笑みが深くなっている。いいのか、それで。

 彼女は、さらに続ける。

「ああ、ゲームなんかも得意ですよ。最近は誘われることがないのでやっていませんが。してみます? ババ抜き」

 如月が鞄からトランプを取り出すのを見て、思わず笑ってしまった。

「条件が悪すぎる」

 勝てるわけがない。思考を読むなんて、対人戦では手札を知るよりも有効な手だろう。どうやったって、ジョーカーの位置を意識しないわけにはいかない。

 考えれば、ほかにも彼女の能力を有効活用出来ることだってあるだろう。そうなると、ちょっとうらやましく思えてきた。うまく使えば、かなり人生が有利になるだろう。

「なんであれ、この能力を欲しいとは思わないほうがいいですよ」

 彼女は、からからと声を上げて笑った。楽しそうに聞こえるけれど、どこか諦めを含んでいるように聞こえる。そこで俺は気が付いた。彼女にとってのそれは、欲しいものではなかったことに。

「そうだな」

 俺は、自らの軽率な思考を恥じた。

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