一億年ボタンを連打した俺は、気付いたら最強になっていた ~落第剣士の学院無双~ 1

二:落第剣士と剣術学院 2

 予想外に早くグラン剣術学院へ到着した俺は、食堂でいつもの『格安のり弁当』を食べて時間をつぶす。ついさっき朝食を食べたばかりなのに、何故かとてもおなかいていたのだ。そうして予定時間の五分前には、決闘の場である体育館へ向かった。

 そこで俺は──あつとうされることになった。

「な、なんだよ……これ……!?」

 早朝だというのに、体育館にはあふれんばかりの生徒がめかけていた。

「うわっ、落第剣士様の登場だぞ!」

「やっといなくなるのね! 毎日馬鹿みたいに剣をって、ほんと見苦しかったのよ!」

「ドドリエルには感謝しないとな! 学院のやつかいものを追いはらってくれるんだから!」

 同級生から、耳をふさぎたくなるようなヤジが雨のように降り注ぐ。

「ど、どうして……!?」

 そんな風に俺がこんわくしていると、クスクスとわざとらしい笑い声が聞こえた。

 声のする方を見れば──体育館の中央にドドリエルとその取り巻きがいた。どうようかくせない俺をしりに、彼らはニヤニヤといやらしいみをかべている。

「あはっ! 逃げずに出てきたことだけはめてやるよ、アレン?」

「ど、ドドリエル! なんだよ、これ……! こんなの聞いてないぞ!?」

 体育館に詰めかけた生徒を指差して、そう問い詰めた。

「いやぁ、僕もびっくりしてるんだよ……。どこかから僕とアレンが決闘するという情報がれたみたいでねぇ……。全く、あくしゆな奴もいたもんだ」

 ドドリエルはそう言って、わざとらしくかたすくめる。

「お、お前……っ」

 ちがいない。俺との決闘をれ回り、学院の生徒をここへ集めたのはこいつだ。しゆうじんかんの中、俺におおはじをかかせるつもりらしい。本当に、どこまでも性格の悪い奴だ。

「落第剣士をぶっ飛ばせー!」

「きゃーっ! ドドリエル様ぁ! がんってー!」

 ドドリエルの勝利と、俺の無様な敗北を望む生徒たちの声が飛びう中──一人の男性教師が体育館へ入ってきた。彼はいつしゆんだけ生徒たちの数と無茶苦茶なせいえんおどろいたものの、その後は特に何を言うこともなく、こちらへ向かって歩いてきた。

「えー、それでは……。ていの時間となりましたので、ドドリエル=バートンとアレン=ロードルの決闘を開始いたします」

 どうやら、このじようきようとがめもしないらしい……。決闘はたがいの条件が同等でなければならない。そして当然ながら、こんなれつあくな環境での決闘なんて公平でもなんでもない。

(中立であるはずの学院側が、この状況になんの口出しもしないということは……)

 学院側も、俺を追い出したがっているということだ。

(くそ……っ)

 めんの状況に、俺はみすることしかできなかった。

「ゴホン。両者、準備はよろしいですね? それでは──始め!」

 そうしてこれ以上ないほどひどい環境の中、たんたんと決闘の開始が告げられた。

「一瞬では終わらせないよ、アレン? ジワジワと痛ぶってやる……お前が泣いて許しをうまでなぁ!」

 ドドリエルはこしに差した剣を引きき、ぎやく的な笑みを浮かべた。

「……めてかかると、痛い目を見ることになるぞ!」

 それに応じて俺も剣を抜き、へその前に置く。剣術における基本中の基本の型──せいがんの構えだ。

 ピンと張りつめた空気がただよい、互いの視線がこうさくする。

 そんな中、俺はチラリと奴の剣に視線を落とした。刀身にある美しいもんが遠目にも見て取れる。どこぞのめいしようが打ったわざものだと、あいつがよくまんしていたものだ。

 一方、俺の剣は一振り千ゴルド──どこにでも売ってある最低ランクの一振り。

(多分……いや確実に、俺はこの勝負に負けるだろう)

 剣・技量・才能──どれを取ってもドドリエルに打ちできるものはない。

(だけど、ここで退くわけにはいかない……っ)

 こんな俺にだって、剣士としての──男としてのほこりがある。

(母さんを馬鹿にされて、おめおめと引き下がれるもんか……っ)

 心の中でとうを燃やしつつ、ドドリエルの目をジッとにらみ付けた。

 あいつの剣はめの剣。まるで雨のようなとうの連撃で、相手にはんげきすら許さないごうの剣だ。真っ正面からの斬り合いをいどめば、まず勝ちの目はないだろう。

ねらうはカウンター、一撃必殺だ……!)

 あの天才だって人間だ。失敗もすればミスだってする。

(だから、この戦いはただひたすらに奴のもうこうしのぐ!)

 激しいけんげきの中でほんの一瞬のすきいだし、そこへ全力の一撃を叩き込む。

 勝つことはできなくとも、最低でも手傷は負わせる──それが俺の戦略だった。

(さぁ、こい……!)

 俺は精神を集中させ、ドドリエルのみ込みを待った。

 だけど、俺の予想に反して奴は一向に攻めてこなかった。

 それどころか一定以上のきよを取ったまま、こちらに近寄ろうとさえしない。

(……何だ? いったい何をたくらんでいる?)

 ドドリエルの『らしくない行動』をしんに思っていると、

「アレン……っ。お前、……!?」

 奴は先ほどまでの不敵な笑みを引っ込めて、厳しい形相でこちらを睨み付けた。

「……何を言っているんだ? 質問の意味がわからないぞ?」

「とぼけるつもりか、落第剣士の分際で……っ!」

 ドドリエルはくやしそうに歯を食いしばり、かなりの間合いをしたまま、すり足で俺の周囲を回り始めた。一方の俺は、視界の中心に奴をとらえたまま正眼の構えをけんする。

(……あいつの気はそう長くない)

 ドドリエルが俺のことをよく知っているように、俺もあいつのことをよく知っている。

 短気でしよう──きつすいの天才はだであるドドリエルが、このきゆうくつ退たいくつな睨み合いを続けられるわけがない。きっと今におそかって来るだろう。

 そうして一分、二分と時間が経過したそのとき──とつぜん、奴が構えを変えた。

(……来る!)

 そして次の瞬間、

「うぅおおおおおおおお!」

 はくこもったすさまじいたけびをあげ、ドドリエルは一直線にけ出した。

「……っ」

 その凄まじい気迫にされそうになりながらも、俺は心を強く持ってしっかりと目を見開く。しかし──そこに広がっていたのはあまりに光景だった。

(……え?)

 いつまでっても、ドドリエルはりかかって来なかった。

 いや、もっと正確に言うならば……。あいつはまるで子どもがチャンバラごっこをやるときのような──わざとらしくゆっくりな動きでこちらへ向かっていた。

(あいつ、何を考えているんだ……?)

 その疑問は、すぐに解消された。

(なるほど、そうか……。俺なんかとは、しんけんにやる価値もないってか……っ)

「お前には本気を出す価値すらない」──ドドリエルは言外にそう言っているのだ。

 ただただ悔しかった。まさかここまでにされるとは、思ってもみなかった。

 せめてけつとうぐらいは、あいつも本気でやるものだと思っていた。

ちくしよう……っ)

 強くこぶしにぎめ、悔しさに歯を食いしばったその数秒後──ようやく間合いを詰めてきたドドリエルがこうげきを放つ。

時雨しぐれりゆう──五月雨さみだれッ!」

 まるで「けてくれ」と言わんばかりの大味で雑なきが、何度もり出された。

(こんなの……わざわざ受け流す必要もない)

 欠伸あくびが出そうになるほどゆっくりな連撃、俺はそれを最小限の動きでかわしていく。

「なっ!?」

 突きをち終えたドドリエルは、か顔を真っ青にしながらそくに後ろにび下がる。

「あ、アレン……? ぼ、僕の剣を全てさばき切るとは、今日はツイてるみたいだね……っ」

「……は?」

「でも、今ので僕の体もようやく温まってきたよ。次の一撃は、今の三倍は速い! さっきのようなラッキーはもう二度と起こらないぞ……!」

「いや、お前は何を言って──」

 俺が疑問を口にしたそのとき。

「時雨流奥義──むらさめッ!」

 ドドリエルはぐ剣を突き出しながら、再びこちらへとつげきしてきた。

 さっきのような連撃ではなく、一点集中型の突きだ。しかし、

(少し速くなった……のか?)

 その一撃は、ぜんとして子どもの遊びのはんちゆうを出ない。

 それに何より気になったのは──突きを放っているあいつが、あまりにも隙だらけだったことだ。これではまるで、「斬りかかってこい」とちようはつしているかのようだ。

(くそ、どこまでも人を鹿にしやがって……っ)

 たびかさなる挑発にしびれを切らした俺は、天高く剣を振りかぶった。

「この……にやれ!」

 そうしてかくのつもりで放った斬り下ろしは──七つの斬撃となってきばいた。

「なに!? か、はぁ……っ!?」

 全ての斬撃をその身に浴びたやつは、たまらず剣を手放して体育館のかべまでき飛ぶ。その直後、会場はつばむ音すら聞こえるほどに静まり返った。

「……は?」

 予想外の展開に、俺は思わずけな声を出してしまった。

「ど、ドドリエル=バートン、せんとう不能! 勝者、アレン=ロードル!」

 しんぱんを務める男性教師が結果を告げてからも、体育館は異様なせいじやくに包まれていた。

 このとき俺は確信した。

(夢じゃ、ない……!?)

 時の世界で過ごした十数億年は、決して夢やまぼろしなどではないことを。

(ドドリエルの動きが異様におそく見えたのは……。決してあいつが手を抜いていたからじゃなかった……)

 実際は、俺がドドリエルよりもはるかに強くなっていたんだ!

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