第二章 一四歳になった少年 6

 第二の試練もこなした僕たち、ようようと第三の試練を求めるが、その試練を用意するの女神はとんでもないことを口にした。

 彼女に試練の内容をたずねると、僕たちにこう言う。

「あんたたち、私の目の前でチューをしなさい」

「…………」

「…………」

 僕とルナマリアは思わずちんもくしてしまうが、いつしゆんだけ早く気を取り直した僕が再び質問をする。

「……今、チューをしなさい、と聞こえたような気がするけど」

「聞きちがいじゃないわよ。チューをするの」

「さっきは僕とルナマリアがそういう関係になるのをこばんでいたような」

「もちろん、今も拒んでいるわよ。あ、そこのむすめ、うちのウィルちゃんとキスしたくらいで正妻を気取ったら許さないからね」

 びしっと指を突きつけるミリア。

 ルナマリアはなんとも言えない顔をしている。

「まあ、でもふたりがってしまって、旅に出るのは事実。しかもウィルの初めてのガールフレンドなんだし、キスまでは許しましょう。本当はいやだけど、どうせかげでぶちゅっとするなら、ファーストキスは目の前で見たい。ううん、《転写》の魔法で絵にして取っておきたい」

 と言うとミリアは、キスシーンをる気満々になる。

 なんでもロマンチックな一枚が撮れればふたりの仲を認めてくれるらしいが、当然、僕はきよする。

「いくら母さんでもそんなことを試練にする権利はないよ。断固拒否する」

「あら、外の世界に行きたくないの」

「行きたいけど、その試練は駄目」

 ルナマリアも厭だよね? と尋ねると、彼女は、「厭ではないかも……それで試練を果たせるならば楽ですし……」とほおを染めた。

 その姿を見てミリアはニヤニヤとする。いけない。このままだとなし崩し的にキスをさせられる、そう思った僕は逆に提案をする。

「ミリア母さんは僕とルナマリアのきずなを見たいんだよね? これからいつしよに旅を続けられるか調べたいんだよね?」

「まあ、ていに言えば」

「ならばちゃんとした試練を用意してよ。ふたりが今後、協力していけるか計れるような」

「むう、ちよう正論ね」

 さすがのミリアも聞く耳を持ってくれるというか。キスだけで旅立たせるのはどうかと思ったのだろう。てゆうか、僕は確実に反対すると思っていたようだが、ルナマリアが乗り気なのが計算外だったようだ。そうなるとあまのじやとして別の試練にしたくなるのがミリアだった。

 ミリアはうでを組むと、しばし目を閉じ、考え始める。

 しばらく考え込むと、ミリアは言った。

「分かったわ。じゃあ、ふたりで一緒に薬草を採ってきて」

「薬草?」

「そうなの。実は最近、おしようののりが悪くてね。てつのしすぎではだれているの。だからお肌に良い薬草を採ってきてほしいの」

「それならお安いようだけど、楽すぎない?」

「そんなことないわよ。ふたりに行ってもらうのはりゆうの穴だから」

「竜の穴!」

 僕は声を上げるが、その単語でルナマリアもきつなものだとさとったようだ。

「竜の穴とは竜が住む穴なのですか?」

「そうだよ。テーブル・マウンテンの北にあるんだけど、危険だから森の動物も近寄らないんだ」

「そんなところにある薬草を採ってくるのですね」

「しかも母さんの美容のためにね」

 ため息を漏らすが、断るつもりはない。たしかにあの穴をふたりでぼうけんできるのならば、外の世界でも通用すると認めてもらえるだろう。

「分かった。今からその薬草を採りに行くけどなにか注意点はある?」

せいらん草はこの時季、あまりいてない貴重な花なの。竜の息で焼かれないようにしてね」

「分かった」

「竜の穴は一〇階層まであるけど、花が咲いているのは第三階層と第一〇階層だけよ」

「なるほど、他に注意点は?」

「期限は明日の正午まで」

 空を見上げる。もう夕刻だった。

「分かった。じゃあ、今からけるね」

 とミリアに背を向けるが、ミリアはハンカチを持ったか、忘れ物はないか聞いてくる。まるで子供あつかいであるが、いつものことなので気にせずすべてを持ったことを伝えるとそのままルナマリアと北へ向かった。

 かなりの速度で歩く。

 あっという間に神々の住まいを出立すると、僕たちは竜の穴に向かった。


 ウィルたちがいなくなると、けんしんであるローニンが治癒の女神ミリアに話しかけてくる。

「ミリアよ、お前、ウィルを旅立たせる気あったのな」

「なにそれ? どういう意味?」

「いや、だってお前の用意した試練は楽勝だっただろう」

「キスはウィルが拒むと思っていたわ。本当はキスを拒んだことを口実に落第にしようとしたのだけどね。あのどろぼうねこが乗り気だったのが計算外だったわ」

「いや、そうじゃなく、竜の穴のほうだ。あれはウィルならば楽勝だろ」

「そうね。ウィルならば簡単に手に入れるはず。安全に、じんそくに」

「なら試練はこなしたも同然じゃないか」

「私の試練は聖蘭草を私のもとへ持ってくることよ」

「手に入れればすぐ帰ってくるだろう」

「そうかしら、うふふ」

 ミリアはあやしく微笑ほほえむ。なにやらわるだくみをしているようである。

 この女神は昔から悪巧みが得意であったし、そもそも今回の旅に一番反対なのは彼女なのだ。

 ミリアは幼きころからウィルを猫可愛かわいがりしているし、一番、ウィルを手元に置きたがっている。

 女親ゆえに仕方ないところもあるが、ウィルが可愛くて仕方ないようだ。

 その点、ローニンとヴァンダルは男の子はいつか旅に出るもの、という共通認識があった。

 ──あったが、実はローニンはミリアをおうえんしていた。あまりそりが合わない女神であるが、今回ばかりは彼女のわるに期待を寄せている。

 男の子はいつか旅立つものだが、ウィルにはまだ早いと思っていたし、その時期はおそければ遅いほどいいと思っていた。

 あと数年は一緒に剣をり、いわかりながら星をながめたかった。

 それが剣神とうたわれたローニンのいつわらざる心境であった。


    †


 強行軍で竜の穴を目指したが、竜の穴が見える手前で火を起こす。

 そこでテントを張り、一夜を明かすのだ。

 朝になったら竜の穴に飛び込むが、それまでに英気を養う。

「竜は夜行性だからね。今、飛び込めばこちらが不利だ。じっくり身体からだを休めて万全の体調でいどみたい」

 僕はそう言うとかかえていたなべに水を張る。

 しおけのベーコンをカットして入れ、だしを取る。

 鍋に家から持ってきた野菜を入れる。

 それをコトコトとむと良いにおいがしてくる。

 ルナマリアは、

「ウィル様は料理がお上手ですね」

 とめてくれる。

「そうかな」

「お上手ですよ。ベーコンと野菜を切るぎわがいいです。トントンとリズミカルです。これは手慣れているしよう

「山では当番制で料理をするからね。昔は母さんと父さんが順番に作っていたけど、最近は僕もローテーションの一角なんだ。ミリア母さんよりも上手うまいよ。包丁さばきだけは」

「ミリア女神様ですね。最初、キスをしなさいと言われたときはおどろきました」

「たぶん、母さんのじようだんだとは思うけど」

 もしもそくとうでOKし、キスをしてたらどうなったのだろう、とルナマリアのくちびるを見てしまう。

 桜色に染まった彼女の唇はとてもやわらかそうだった。

 思わず頰を染めてしまう。彼女に光がないのは幸いだった。僕は素数を数えると努めて冷静になる。

「……そ、そういえばルナマリアは料理はするの?」

「はい。は自分ですべてをこなさなければなりませんから」

「包丁で指を切ったりしない?」

「目が見えない分、しんちようになるのでそれはないです」

「良かった。じゃあ、旅をしていればそのうちルナマリアにも作ってもらえるね」

「お口に合うかは分かりませんが。──ウィル様がさり気なく作ってしまったから忘れていましたが、食事の用意は基本、私がします」

「え? それは悪いよ。当番制にしよう」

「私はウィル様の従者です。身の回りのことをするのがお仕事です。以後、メイドのようにお使いください」

 と言うと彼女は木の皿にベーコンと野菜のスープをよそい、それを僕にわたす。とても器用で目が見えないようには思えない。

 僕はスープを受け取ると彼女にたずねる。

「──君は本当に目が見えないんだよね?」

「はい。幼き頃、地母神に仕えるために、私は光を失いました。目が見えなくなるれいやくを飲んだのです」

「なぜ、そんなことを?」

「地母神に仕えるためです」

「生まれたときから巫女だったの?」

 彼女は首を横に振る。

「いえ、私は貧農の生まれです。五人兄弟のすえむすめだったのですが、両親が流行はやりやまいで死んでしまったため、しん殿でんに引き取られました。そこで巫女の適性があると分かり、巫女になったのです」

「じゃあ、半分強制じゃないか」

「そんなことはありません。宿命ですね。巫女になる前日、神の声を聞きました」

「神の声?」

「はい。私が巫女になること。そしてその一〇年後、身命をささげるべき勇者様と出会うことを告げられました。そのしんたくはすべて実現しています」

 にこりと微笑むルナマリア。

 そう感はない。彼女にとって巫女としての使命を果たすのは息をするのと同義なのかもしれない。

 そう思った僕はそれ以上、なにも言わなかった。

 彼女がよそってくれたスープを平らげると、その後、木の歯ブラシでいつしよみがきをし、毛布にくるまった。

 ねむしゆんかん、彼女は言う。

「神の予言を聞いた瞬間、神のいきを感じた瞬間、とても幸せな気持ちに包まれました。──今もです。勇者様とき火の前でるのはとても心地よい。大きな存在にまもられているかのような安心感を覚えます」

 彼女はそう言うと早々に寝息を立てた。

 初めて会った人間の前でも寝られるのは冒険慣れしているためだろうか、それとも──。

 一方、僕はというととなりに女性がいるというじようきようまどっていた。ミリアなどがはだかで僕のベッドに入ってきてもなにも感じなかったが、ルナマリアが横にいると思うとなかなか眠りにつけない。

 僕は眠るためにルナマリアから視線を遠ざけると、おおかみの数を数える。

 四三びき目の狼ですいがやってきてくれたが、その後、眠るのにさらに一〇〇匹近く数える。なぜならば四四匹目と四五匹目の狼がシュルツとヴァイスというおすめすの狼だったからだ。夫婦の姿をした彼らはとても仲良しだった。

 再びルナマリアを意識してしまった僕は、なんとか彼女を振りはらうと、根性で眠ることに成功した。

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