第一章 元勇者は一人では眠れない 5
屋敷から飛び出したシオンの目に飛び込んできたのは──破壊された庭園だった。
色とりどりの
まるで、巨大な
「なんだ、これは……?」
「だいじょぶ、シー様!?」
「ご無事ですか、お
フェイナとナギが駆け寄ってくる。アルシェラとイブリスも、シオンの後に続いて外に出て、荒れ果てた庭園に絶句した。
「──なんだぁ? ここには、色っぽい姉ちゃんとガキしかいねえのか?」
嘲るような声。
庭園の向こうに、荒々しい風貌の男が立っていた。
ボサボサの髪と
薄汚い
いや──一目で盗品とわかる、と言った方が正確かもしれない。
「俺の名はガーレル・ゲア。ちったあ名の知れた盗賊だ」
こちらが尋ねるよりも早く、男は自分から得意げに名乗った。
(やはり、か)
シオンに驚きは少ない。
身なりから予想はついていた。
ガーレル・ゲア。
今朝読んだ新聞で、記事になっていた男だ。
粗野な
「盗賊風情が、この屋敷になんの用だ?」
「はっ。ガキと話すことはねえよ。とっととパパを呼んできてくれねえか、お坊ちゃん?」
鼻で笑うガーレルに、シオンはムッと顔をしかめた。
「
「はあ? おいおい、冗談はよせよ、クソガキ」
肩をすくめるガーレル。
しかしシオンや、他のメイド達の雰囲気から察したのか、
「……マジかよ。どこの金持ち坊ちゃまなんだ、お前は? 美人なお姉ちゃんを
と、下品な笑みを浮かべて言った。
シオンは相手を
「ガーレル・ゲア。お前は宮殿に侵入し、盗みを働いてきたそうだな」
「ほう。こんな片田舎までもう情報が伝わってたか」
「『
「ああ──殺しちまったよ」
平然と、ガーレルは言った。シオンは眉を
「殺した……? お前が、か?」
「ああ。全員な」
「なぜだ? 盗賊とは言え、仲間ではなかったのか?」
「仲間だったよ。気のいい
悪びれもせず、恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに語るガーレルに、シオンは怒りにも似た不愉快さを抱いた。
「っと、俺の話なんざどうでもいいんだよ。おい、クソガキ。命が惜しけりゃ、持ってる金と財宝を全部出しな」
「悪いが、この屋敷に大したものはない」
「とぼけんなよ。こっちには情報が入ってんだ。ここの屋敷に、たんまりと財宝が
それは、やけに確信めいた口調だった。
(……宮殿の誰かが口を割ったのか? あるいは、極秘記録でも盗み見たのか……?)
シオンの存在は、この国にをおける重大な機密事項だ。
しかし機密であるということは──知っている者は知っている、ということだ。
口止め料としてどれだけの金額を支払ったかという記録は残っているだろうし、今の
(さっきまでの口ぶりから察するに、僕の正体までは知らないようだ。ただ、僕が王室から受け取った財産だけを知っている……ならば、考えられるのは──)
「おい、どうしたんだ、クソガキ。黙ってんじゃねえよ」
「……ふん。いずれにしても、貴様のような賊に渡す金はない」
「はっ。ずいぶんと偉そうなガキだぜ。お前らも大変だな。こんなこまっしゃくれたクソガキのお守りをしなきゃならねえなんてよ」
嘲笑を浮かべながら、ガーレルはメイド達へと視線を移した。一人一人、品定めするように眺めて舌なめずりをする。
「へへ。上玉
「お断りいたします」
まっさきに答えたのはアルシェラだった。にこやかに
「私がこの身を
「はいはーい、右に同じぃ」
「まあ、ありえねえな」
「同じく」
フェイナ、イブリス、ナギも、同様に強い拒絶を示した。
「がははっ。ああ、そうかよ。ずいぶんとそのちびっこにご執心のようだな」
にべなく拒絶されたというのに、ガーレルの表情に怒りはなく、ただ余裕だけがあった。シオン達を単なる子供とメイドと見下しているからこその余裕なのか。
それとも、なにか奥の手があるからなのか。
「だったらよぉ──」
口の端に笑みを刻んだまま、背中の剣に手を伸ばした。
「──そのチビが死んだら俺に仕えてくれるかい?」
ゆっくりと剣を振りかぶる。するとわずかに布がまくれて、
瞬間──シオンは目を見開く。
(バ、バカな!)
心臓が跳ね上がる。
動揺が顔に出てしまう。
(あの剣を……なぜこの男が持っている!?)
油断、と言えば油断だったのだろう。
たかが盗賊と侮っていた。
魔王を倒した自分が、盗賊程度に後れを取るはずがないと、高を
それゆえに──失念していた。
ロガーナ王国の宝物庫に、なにが保管されていたかを。
だが、信じられない。
幾重にも結界が張り巡らされている宝物庫の奥で、最も厳重に保管されていたはずのアレが、まさか盗賊程度に盗まれるなんて。
「『聖剣メルトール』……!」
シオンが
それはつまり、終わりを意味する。
ガーレルはただ、聖剣を空振りしただけ。横に払っただけ。シオンとの距離は民家二軒分ほどあったにもかかわらず、ただその場で剣を振った。
空を切り、空間を切った。
「しまっ──」
回避も防御も間に合わない。
次の瞬間には。
そして、一線。
シオンの首が──
細い首に入った一本の線により、頭部と胴が
切断面からは大量の血液が噴き出し、小さな頭部は地面を転がる。