第二章

【自覚】

あんどうくんが私の部屋にいる。いや、何で? 夢かしら……)


「ひゃぁっ!」

「あ、あさくらさん……?」


(朝倉さん、固まったと思ったら、奇声を上げたけど……やっぱり体調が悪いのかな?)

(ダメだわ……ほっぺをつねったけど痛い。痛いってことは──現実? え、現実!?)


「ななな、何でもないわ! ただ……いきなり、安藤くんが現れてビックリしただけよ! それより、何で安藤くんがいるの!?」

「え、ああ、そうだよね。いきなり来てごめん……。実は学校のプリントを届けるついでに、お見舞いに来たんだ」

「ふぇ……安藤くんが私のお見舞いに?」

「う、うん」


(やっぱり、部屋に上がるのはまずかったのかな? でも、朝倉さんのお母さんが──、

『ついでだから、あの子に会ってくれるかしら? その方があの子も喜ぶわ。ウフフ~♪』って、言うから上がったけど……)


「そういえば……朝倉さんのパジャマ、ピンクのクマさん柄って意外と可愛かわいらしいね?」

「へ? ──って、みぎゃぁああああああ! わわ、私ったらパジャマ姿のまま……ッ!?

 いやあぁああああ! あ、安藤くん……見ないでぇ!」

「あ、朝倉さん!?」


(朝倉さん、今更パジャマ姿なのに気付いてベッドの中にもぐっちゃったよ……。別に、そこまで恥ずかしがらなくてもいいんじゃないかな……? だって、見ているのなんて俺だけだよ?)

(ヤダヤダヤダ! 私ったら、安藤くんになんて姿を……せめて、見られたのが別のともだちならそこまで恥ずかしくないけど……でも、よりにもよって安藤くんだけはダメよ! だって、安藤くんの前でだけは、私はいつもどおりの『完璧美少女』でいたいんだから!

 ──って、何で安藤くんにだけそう思っているのよ!? べ、別にこれは……

 そう! 唯一のラノベ仲間である安藤くんにガッカリされて、ラノベの話ができなくなるのが嫌なだけなんだからね!)

(お、あさくらさんの顔だけベッドから出てきた……まるで、亀みたいだな)


「そ、その……取り乱してごめんなさい」

「う、うん」

「今日は来てくれて……ありがとう」

「朝倉さんは体調大丈夫なの?」

「ええ、この様子なら明日は学校に行けそうだわ」

「そうか。なら、良かった。実は今日、これを朝倉さんに渡そうと思って……」

「え、これは──ラノベ? それに二冊も……」

「この前、書店で朝倉さんにラノベをプレゼントするって言ったでしょ? でも、あの後いろいろあって、結局うやむやになってたから……」

「うぅ……そ、それはゴメンなさい……」


(そ、そうだったわ……。あの時、私が変なことを言って、あまつさえ自分の家に招いたせいで、あんどうくんからラノベをプレゼントしてもらえなかったのよね……って、え?)


「まさか、これは……」

「うん、その時に朝倉さんへ買えなかったプレゼントだよ。あの時、朝倉さん俺が好きなラノベを読みたいって言ったから……好きなラノベを選んで持って来たんだ」

「あ、安藤くん……」


(ヒャッホォオオオオオ──イィイッ! 安藤くんってば、あの約束を覚えてくれてたのね! しかも、二冊くれるなんて!)

(一つは無難に朝倉さんの好きそうな異世界モノにしたけど、朝倉さんがすでに読んでいる可能性もあったから、予備として異世界モノじゃないのも選んだんだよね)


「ま、まぁ……ありがたく受け取ってあげるわ!」

「うん、そうしてくれると、俺もうれしいよ」

「一体、どんなラノベかしら? えーと……『異世界はガラパゴスとともに』?」

「うん!」


(おっ! この反応は朝倉さん、読んだこと無いみたいだな!)


「これは『な●う』の異世界転移モノでも特にオススメの作品だよ!

 主人公は『ガラケーを異世界でも使える能力』を持って異世界転移するんだけど、その異世界では文明がポケベルで止まっていてね。せっかくの能力も異世界にガラケーが無ければ宝の持ち腐れ……そこで、いちねんほつした主人公が異世界でガラケーを開発しようと産業革命を起こす物語なんだよ!」

「なるほど……知識チートを使って俺スゲー系の作品ね。実に私好みの作品だわ! それと、もう一つは……『君のカルビをめたい』? え、これ一般文芸じゃないの?」

「そう! それは『な●う』では珍しく一般文芸で出ている『な●う』作品なんだよ!」

うそ! 『な●う』の作品で一般文芸で出てるのがあるなんて、私初めて知ったわよ!」

「これは『ぼっちの男子高生』が『学校一の美少女』に恋をする話なんだけど──」

「え……」


(『ぼっちの男子高生』? 『学校一の美少女』? なんかその設定、今の私たちに似てないかしら? なら……『主人公がヒロインにれている』って部分も──ッ!?

 ももも、もしかして、あんどうくん! 私達と似ている設定の小説を渡すことで、さりげなく私にアプローチしているつもりなの!? まさか……いや、でも!

 そ、それしか……。どど、どうしましょう! 私、今彼に求婚されているのね!?)


「あわわ……」

「でもね。実はその美少女の正体はバンパイアで、主人公は──」


(いや~、この小説は最近読んだ中でも特にお気に入りの作品だったんだよね! あさくらさんも俺が好きな作品を読んでみたいって言ってたし、一度読んでもらって感想とかを言い合いたい! それにしても、この小説の設定かで読んだ気もするんだよな……。

 何だっけ?)


「あ、あああ……ありがとう」

「うん!」

「あ、ありがたく受け取っておくわ!」


(どうしよう……これって返事をした方がいいのかしら? でも、もし違ったらこの前の本屋さんでの二の舞に──とりあえず、無難な返事をしましょう!)


「安藤くん、今日はお見舞いに来てくれて本当にありがとう……。実はで落ち込んでたから、少しさみしかったのよ……。でも、あんどうくんが来てくれて元気がでたわ!」

あさくらさん……」


(そうだ……。朝倉さんはを引いていたんだ。なのに、俺は彼女の心配よりも……)


「朝倉さん、ごめんなさい! じ、実は俺……朝倉さんを心配してお見舞いに来たって言うのはうそだったんだ!」

「え!? ど、どう言うこと……?」

「朝倉さん『心配してお見舞いに来てくれたら誰でもうれしい』って、言ってたよね?」

「え、ええ……」

「俺、本当は別の目的があって、朝倉さんの所に来たんだ……」

「別の……目的? あ、このプレゼントのラノベを渡しに来たのよね!?」

「ゴメン……違うんだ」


(え……じゃあ、まさか!

『朝倉さんのお母さんに会って、もう一度、あの巨乳を見たかったんだ!』

 とか、言わないわよね!? そんなこと言われたら……私、泣いちゃうわよ!?)


「じゃあ、何が目的だったの?」

「…………」


(言え! 朝倉さんに、ちゃんと言って謝罪するんだ俺! じゃないと、風邪で寝ていた朝倉さんに失礼じゃないか!)


「ほ、本当は……」

「どうせ、安藤くんも巨乳が──」


(やっぱり、これは夢──)


「俺がただ、朝倉さんに会いたかっただけなんだ!」

「──って、ほぇ?」


(何ですって……? ただ、『私に会いたかった』だけ──)


「ほ、本当にゴメン! あさくらさんは病気なのに、俺は自分のことしか考えてなくて!

 あ、朝倉さんもで寝ているのに迷惑だよね……?」

「……ひゃぃ?」


(ほ、ほえぇえええええええ! ちょちょ、ちょっと待って!? まってまてまてまて! ウソ!? な、何これ! 胸の奥が温かくなって……き、気持ちがあふれ出して止まらない!? あぁ、もうダメ! 今の言葉のせいで──、

 ニヤついちゃうのよぉおおおおおおおおおおおおお!)


「み……見ないで!」

「あっ……」


(朝倉さん、ベッドの中にもぐり込んじゃった……。まぁ、そうだよな。親切でお見舞いに来てくれていると思った相手が、実は『ただ会いたかった』なんて理由で来て、寝ているのを起こされたんだ……普通は怒るよね)


「ぅぅ~……」

「朝倉さん、ゴメンね? 今日はこれで帰るから……」


(あ、あんどうくん! 帰っちゃった……)


「…………」


(……本当は分かっていた。でも『それ』を認めるのが怖くて……。だから、私はその気持ちに気づかないようプライドと言う名のふたをして見ないふりをした。

 だけど、その蓋は彼の言葉で完全に粉砕されてしまった……。一度、その気持ちに気づいてしまったら、もうせない。

 私のちっぽけなプライドなんて、あふれ出るこの気持ちの前では無力で──、

 ついに、私はその気持ちを自覚してしまった……)


「どうしよう……私、安藤くんに恋してるわ」

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