第14話 ゲーマーズとフライングゲット 結

上原祐


 昼休み、天道がまた雨野の元を訪ねる。

 登校するなり、俺はF組の生徒達へとそんな情報をそれとなく流した。

 薄く、不確かで、そもそも俺という発信元さえ特定されていない……そんな信憑性しんぴようせいも何もあったもんじゃない噂。

 しかしだからこそ、人は興味を抱く。現に……。

「ねぇねぇ、実際そこんところどうなのさっ、上原!」

 ゴシップ好きの美嘉は、案の定食いついてその話題を振ってきた。この俺が噂の源流とも知らず。

 朝のHRホームルーム前。教室に入ってきた雨野が周囲の妙な空気に戸惑い、少しキョドりながらも自分の席へと向かうのを見守りながら、俺は美嘉に「さあ」と返す。

「別に天道と親しいわけじゃねぇからな俺は。天道の動きまでは分からねぇよ」

「んー? まあそっか」

 美嘉が素直に納得した様子で引き下がる。ちらりと周囲にたむろする他メンバーをちらりと確認すると、割と鋭いところがある玲奈と大樹あたりは、少しいぶかしむような視線を俺に送ってきていた。俺は二人から視線をらし、朝のことを回想する。

 実際、美嘉への回答は嘘と真実が半々ぐらいだ。天道とそこまで接点がないってのは真実だけど、実際彼女を昼休みにF組へ呼び出したのが俺ではあ

り。

「雨野から大事な話があるみたいだから、昼休み、うちのクラス来てくれよ」

 朝の早い段階でA組を訪れて俺がそう切り出した時の、天道の顔ったらなかった。

「(昼休みに告白で呼び出されるのなんざ日常茶飯事なくせになぁ)」

 それが、雨野からの大事な話、と聞いた途端に、明らかに動転した様子で目が泳ぎ出す始末だ。ただ、すぐに赤面とかしなかったあたり、告白とかそういう方面への勘違いはしておらず、どちらかというと天道は悪い想像をしているようでもあった。

「(まあ、天道の場合、しょっちゅう雨野にフラれているわけだからなぁ)」

 部活勧誘をふいにされ、星ノ守や亜玖璃の存在にやきもきさせられ、ゲーム話では毎回違った価値観を突きつけられ。そんな相手からの「大事な話」となれば、そりゃ、浮かれるよりも先に身構えちまうっつうもんだ。

 しかしこれもまた、養殖リア充を自負するこの俺、上原祐の巧みな作戦の一つだ。

「(事前に悪い想像をさせておいた方が、友達申請の成功率はぐっと上がる!)」

 そう、それは商売や詐欺の基礎テクニックにも似ている。元々五万円で売ろうと思っている商品でも、先に十万円と言ってから、今だけ五十パーセントオフの五万円で大放出と言った方がお得感出るのと同じ。

 事前に天道を不安にさせ、「ゲーム同好会入らなかったことに対する何かかしら」「最近私雨野君に失礼なことしたかしら」「もしかして、目立つのがイヤだから二度と自分に関わらないでくれ、みたいなことなんじゃ……」等と不安にさせて半日過ごさせることで、いざ雨野の本題……「友達になってくれ」提案を聞いた際の安堵あんど感を増幅!

 これにより、天道が「ああ、そんなことなら勿論もちろんOKよ」と返してしまう確率はほぼ百パーセント!

「ふふふ……雨野よ、これが勝ち組のやり方だ」

「祐、ドヤ顔でなにぶつぶつ言ってんだ?」

 気付いたら雅也に気味悪がられていた。俺はこほんと一つせき払いして席を立つと、「トイレ行くわ」と教室を出る。その際、ちらりと雨野に視線を送っておいた。

 教室を出てのろのろと廊下を歩いていると、背後から小走りで駆け寄ってくる足音。

「上原君、なに?」

 俺の隣に並んで訊たずねてくる雨野。俺は彼をちらりと横目で見て応じる。

「ああ、トイレ付き合えよ雨野。流石さすがに今の教室じゃ話しづらいことがあってよ」

「…………」

「おいこら雨野、お前なぜ引く」

 気付けば雨野が足を止めてしまっていた。

「……ごめん上原君、僕、そういうのじゃないから……」

「おい待てこらてめぇ。その手の勘違い、お前側にされるのはすげぇ腹立つんだが」

 にらみを利かすと雨野は黙って再び隣に並んできた。そうして一つ溜息ためいきをついた後、本題を切り出してくる。

「上原君。天道さんが昼休みに教室へ来るって、なに?」

「お、既に耳に入ってたか。誰から聞いた?」

「キミ達を含めたクラス内の会話から」

「相変わらず陰気な盗み聞きぼっち野郎だなぁ」

「勝手に他人の告白をマッチングするいじめっ子体質よりはマシだと思うけど」

 むすっとした様子で返してくる雨野。どうやら、珍しく少し本気で怒っているらしい。そういや最近少し忘れがちだったけれど、こいつは元来、譲れない部分ではそこそこ気性が荒いというか、意外と攻撃性の高いタイプだった。

 そのまま教室群を抜け、更にトイレの前を少し通り過ぎた人通りの少ないあたりまで来たところで、俺は壁に背を預ける。

「確かに勝手に色々やったのは悪かった。お前が嫌だってんなら、即取り消すぜ」

「い、嫌っていうか……」

 少し詰る雨野に、俺は続ける。

「そう。実際、お前は今日動くつもりだったし、動くとすれば、結局俺を通して天道を呼び出す流れにはなっていただろう? 直接アウェーのA組訪ねて天道に挑むとか、ハードル高ぇもんな」

「う……それは、そう、なんだけど」

 以前ぼっちの星ノ守に話しかけるだけでも大分緊張した様子のコイツだ。A組の天道を訪ねるなんて、とてもじゃないが無理だろう。

 雨野は図星を突かれて動揺しながらも、それでもまだ不満げに俺を睨んでくる。

「そりゃ、色々気を回してセッティングしてくれたことには感謝しているけれど……でも、やっぱりこういうのって、もっとこぢんまりやるべきことなんじゃないかなぁ。二人きりないしは、上原君みたいな友達や知り合いが多少立ち会っている、ぐらいでさ」

「昨日メッセージでも送ったろ? 大勢の生徒が見守る前で……もっと言うとF組でやることによって、お前の地位向上も狙っているんだって」

「別に僕、自分の地位を向上させたくて天道さんと仲良くなりたいんじゃない」

 少しドキッとするほど男らしいまなしで俺を見据えてくる雨野。……ったく、相変わらず面倒な部分で芯がありやがるんだよなぁ、こいつは。そこが美点でもあり……そして、そここそが、こいつにおいそれと気軽な友達ができない要因の一つなんだが。

 俺は頭をいて、俺なりのロジックで対応する。

「……前にお前と小競り合いした時も言ったけど、俺はやっぱり、浅い人間

関係だって大事だと思うぜ」

「…………」

「お前の言い方を借りるなら、雨野にとって下らなくても、俺や他の人間にとって大事なものって、あるんだ。アニメや漫画や……それこそゲームの中じゃ、地位や名誉にこだわるヤツって、ロクでもねぇかもしんねぇけどよ。でも俺は、やっぱりそれらは生きる上で必要なことだと思うし、手に入れる努力をすべきだと思うぜ」

「それは……」

 雨野の瞳が揺れる。……俺は今、少し、勝手なことを言っている。こいつは基本、そんなこと分かった上で、それでも、自分の趣味や意思が大事なタイプなんだ。俺とは少し物事の優先度が違う。だから俺のロジックを押し付けるのはおかしい。

 しかし、それでも……。

「なぁ雨野、俺が今一番嫌いなタイプの男って、どんなヤツか分かるか?」

「なに突然。……どうせ僕みたいなウジウジしたタイプとかって言うんでしょ?」

「惜しいけどちょっと違うな。それは二位だ」

「僕結構嫌われてるね!」

「一位はな……」

 俺はそこで少しめて、彼の瞳をしっかり見据えて告げる。

「『地位や名誉に拘らないという名誉』を求めているようなやからだ」

「…………」

「本当に功名心がなかったり、譲れないプライドが一流だったりする類の馬鹿ばかは尊敬するけどな。群れない自分をカッケーと思いたい程度の理由で孤高を貫くのは、生き方や信念じゃなく、向上心を欠いたナルシストの怠慢だ」

「……手厳しいね」

「いやお前がそうとは言ってねぇさ。どちらかと言えばお前は、本当に馬鹿なタイプだ」

「て、照れるね」

「それも決して褒めてはいないがな」

「そうなんだ……」

 しゅんと落ち込む雨野。こいつの感情、忙しいな。いや、俺がそうさせてんのか。

 ……仕方ない、ここらで軽く俺の言いたいことをまとめよう。

「なぁ、雨野。これは、お前達の今後のためでもあるんだ。ちょっと想像してみろ。たとえばお前と天道の間でだけ友達関係が結ばれた場合……その後お前らが二人で外歩いているところを見た他の生徒達はどう思うよ?」

「……あ、そっか……」

 目を見開いてハッと何かに気付く雨野。俺は更に続けた。

「他人に承認されない関係ってのは、結構厳しいんだぞ、雨野。ロミオとジュリエット……にたとえるのは少しやりすぎかもだが、世の中、人と人との関係は当人達さえ了承していればそれでいいってもんでもねぇのさ」

「確かに。僕なんかが理由もなく天道さんと仲良くしているのは不気味だよね」

 いや、流石にそこまでは言ってないんだが。とはいえここでフォロー入れても面倒なため、俺はそのまま話を進める。

「つまり、友達申請時に少しは周囲に人がいた方がいいんだよ。それも、無責任に軽く情報を拡散してくれる程度の薄い知り合いのいる場がベストだ。まるで無関係な人の行き交う街中でやったってしゃーねぇからな。で、全ての条件を満たした上で、お前が一番りやすい場所といったら、もうそれは――」

「二年F組の教室! それも人がちゃんといて、時間もたっぷりある、昼休みあたり!」

「そういうことだ」

 俺が微笑ほほえむと、雨野はどこか興奮した様子で俺の手をガッとつかんできた。

「流石上原君だね! やっぱりすごいなぁ! ごめんね、僕、浅はかだった

よ! ありがとう! 本当にありがとう!」

「いやいや、なになに」

 謙遜する俺。そうこうしていると、廊下にチャイムの鐘が鳴り響いた。雨野は慌てて俺に声をかけつつ、教室へと引き返す。俺もその背を小走りで追いながら……ひそかにニヤリと悪どい笑みを浮かべる。

「(――と、そこまではあくまで表向きの理由よぉ!)」

 雨野の背中を見つめながら、俺は「くくく」とほくそ笑む。

「(俺の本当の狙いは、亜玖璃の様子を観察することにある!)」

 今日の昼休みのイベント。当然、亜玖璃も様子を見に来ることになるわけだが。

 そこで、雨野が天道に友達申請をする際……俺は、多くの生徒達に紛れて、しっかりと、亜玖璃の様子を観察させてもらう! 雨野に好意アリ疑惑のある、俺のカノジョをなぁ!

「(雨野の知り合いだけが見守る程度の状況じゃ、亜玖璃は素直なリアクションを隠しちまうかもしれねぇからな! それが、人のあふれる教室という場ならどうだ! いちいち咄嗟とつさ のリアクションまで繕ったりはしねぇだろう! 天道に大注目が集まる教室において、亜玖璃は自分がじっくり見られているなどとは夢にも思わないだろうからなぁ!)」

 それこそが俺の狙い。

 この状況下で雨野に天道へ挑ませることで、亜玖璃の、素のリアクションを探る。

 そもそも亜玖璃と雨野が本当にただの友達なら、亜玖璃は雨野を心から応援し、そして天道との友達関係成立の暁には素直に喜ぶことだろう

 しかし、そこでもし亜玖璃が少しでも複雑そうな表情を見せようものなら、それはもう、間違いなく黒。亜玖璃が雨野にかれている証だ。

「(……まあそんな中でも実際一番最悪な反応は、亜玖璃が、気まずそうに彼氏たる俺の様子をうかがっている、とかなんだけどな……)」

 亜玖璃と雨野が強固にデキている場合、俺がセッティングした天道への挑

戦イベントなんざ二人にとっては完全に茶番……つまりは俺の顔を立てて行っていることにすぎないわけで。そりゃ亜玖璃も気まずい表情で俺を見るっつーもんだろう。……うわ、想像しただけで震える! まあここまで最悪のケースはないだろうけど!

「(なんにせよ、これでカタがつくはずだ。亜玖璃の率直な気持ちが、分かるはず!)」

 そう、これはわば、雨野の友達申請イベントに見せかけた……亜玖璃に対するリトマス試験紙イベントだったのだ!

「(養殖リア充の策士家っぷりをめんじゃねえぞ!)」

 誰にともなく、心の中で雄叫びをあげる。中学時代の俺が、今までで一番こちらを見下す目をしていた気がするが、関係あるか! 黙ってろよガリ勉野郎! お前の育んだ頭脳は今立派に役立っているぞ! 

 そうそう、そしてあともう一つだけ、二年F組で雨野友達申請イベントを起こすのにはオマケの理由がある。それは、星ノ守を立ち会わせられるということだ。

「(少ない人数の立ち会い環境だとあいつ断わりそうだけど、この状況なら野次馬的に見に来るだろう。で、雨野と天道の友達関係が成立すれば、嫉妬心をあおれるだろうし、成立しなかったらしなかったで、雨野への同情からぼっち同士のシンパシー、そしてときめきへと流れるように感情はシフトするはず! どっちに転んでも俺は美味おいしい!)」

 我ながら……俺は俺の頭脳明晰めいせきさが恐ろしい。世の中、こんなにも人間関係を熟知し、巧みに操れる男子高校生がいるだろうか。いや、いまい。

 俺は雨野に続いて教室へと入り、自分の席に着きながら、抑え切れない笑いを漏らす。

「ふふふ……くく…………くふふふふふ!」

「いや、だから祐。正直キメェって、今日のお前。ガチで友達やめたくなるんだけど」

 そんな雅也の言葉を聞き流しながら、俺は一人、人間関係のプロフェッ

ショナルを気取り、気味悪く笑い続けたのだった。


亜玖璃


「(昼休みにあまのっちが友達申請かぁ……)」

 三時間目の授業中。亜玖璃は退屈な古文の文章が書かれた黒板をぼんやりと眺めながら、指先で器用にくるくるとペンを回していた。

「(……きつけといてなんだけど、しょーじき、うまくいく気がしないなぁ……)」

 はぁと溜息をつく。

「(なんだろ……特にコンキョないけど、予定通りにことが運ばない予感がする。亜玖璃のこの手の勘って、凄く当たるんだよねぇ……)」

 あまのっちの話を聞く限り、天道さん側にまったく脈がないとは思えない。あまのっちは基本自虐的だから、あんま希望的な観測で話を盛っている感じでもなかったし。亜玖璃的には、そんなに悪くない関係なんじゃないかなーとは、思う。けれど……。

「(なーんだろ。あまのっちと天道さんの、あの、こっちが思っている通りにはいかなそうな感じ。不思議)」

 誰が悪いというわけでもなく……強いて言うなら、二人の巡り合わせみたいなのが致命的に悪い感じ?

 亜玖璃はペン回しをやめると、ノートに丸と矢印で簡易的な人物相関図を書き始める。

「(あまのっちは、天道さんが好き……というか、憧れてる、と。亜玖璃は、祐が、好き。いや大好き。ここは完全に確定でいいんだけど……)」

 そこから先、ペンが進まない。……天道さんや祐からあまのっちや自分に矢印を伸ばすもののの、そこに感情が書き込めない。更には「星ノ守千秋」という人物名も登場させてみるものの、これに関しては本当に何も分からない。

「(あまのっちはこの子が嫌い……とは口では言っているけど、明らかに仲良さそうだしなぁ。うーん。まぁ、このままじゃ進まないし、憶測含めて書き込んでこうかなぁ)」

 そう決めて、今度は確定とは言い切れない情報も書き込んでみる。

「(天道さんからあまのっちは……まあ……普通? 嫌われてるとかは、ない気がする。亜玖璃とあまのっちは、戦友。で、祐から天道さんは……。……好き疑惑、と)」

 祐から天道さんへ続く矢印の横に、「好き?」と書き込む。……ペン先がふるふると震えた。……うぅ、泣くな亜玖璃! 泣かないの! 亜玖璃強い子!

「(さて、問題はこの子だね……)」

 星ノ守千秋。しょーじき天道さんよりも読めない子だ。いまいち分からない。まあ、一応分かっていることだけ書くと……。

「(明らかに祐に気は……あるよね?)」

 星ノ守千秋から祐への矢印に、「好き?」と書き込む。……まあ祐は世界一カッコイイから、女の子に好かれるのは仕方ない。ショックじゃない。ショックじゃないもん。

 問題は、祐が彼女をどう想っているのかってことなんだけど……。

「(星ノ守千秋……あまのっちから聞くだに、大人しいぼっちの、まるでえないオタク女子だってことだけど……)」

 なぜかあまのっちは彼女を過小評価する傾向にあるみたいだから、イマイチ信用できない。事実、彼女チョー可愛かわいいし。だけど……。

「(でも祐の好みのタイプって……明るくて軽い系だったんじゃ、なかったっけ?)」

 少なくとも亜玖璃はそう思っていたから、今の亜玖璃になったわけで。

 でもよくよく考えてみると……今の亜玖璃に祐が超食いついていたかというと、そうじゃなかった気がする! 今も昔も、祐は亜玖璃に優しくて、そういうとこホントにいいなって思うし、いやもう超好き、ホント好き、ああ、祐……。

「(…………はっ! いけないいけない、なんか思考飛んでた!)」

 集中しないと。授業じゃなくて、人物相関図に。

「(改めて考えてみると……もしかしたら、祐って、誰でも好きなのかも)」

 思えば祐は誰にでも分け隔てなく優しい。つまり……明るくて軽い系が好きなんじゃなくて、明るくて軽い系「も」好き、だったんじゃ。

 そう考えると、最近の行動にも色々合点がいく。いくけど……。

「(うぅ……)」

 やばい、瞳に涙があふれてきた。なにこれちょーまずいんですけど。教室でおいおい泣き出しちゃう勢いなんですけど。それは駄目だ。カレシを想って授業中にめそめそ泣き出す女とか、重くて怖すぎる。それは分かっている。落ち着け。落ち着けー、亜玖璃。

 ……ふぅ。よし……書くよ……。

「(祐から星ノ守さんへの矢印は……)」

 ペン先をガックガクと震わせながら、「好」とまで書いたところで――ぐしゃーっとルーズリーフを破り去る。隣の席のおさげ眼鏡委員長さんに軽くにらまれたけれど、亜玖璃はそれも無視して頭を抱えた。

「(なにこの凄い抵抗! 天道さん相手ならギリギリ許せるけど、元々の亜玖璃……地味っ子で冴えなかった頃の亜玖璃にちょっと似ているタイプの星ノ守千秋を祐が好きかもしれないって仮定するの、すんごく嫌だ!)」

 やっぱりこれだけは認められない。認めたくない。……いや、これまでにもあまのっちと一緒に散々証拠場面みたいなの見てきたけれど……や、やっぱりほら、まだ分からないよ! うん! そうだ! 亜玖璃の勘違いかもしれないもんね!

「(そ、そうだよ、まだ分かんない。だから……あ、改めて確認しよう! そうしよ!)」

 そこで亜玖璃はハッといいことを思いついて、机から頭を上げる。

「(そうだ! 昼休みのあまのっちの友達申請イベント! あれで測ろう、

祐の気持ち!)」

 降って湧いた名案に心が浮き立つ。

「(まず、祐が本当に天道さんを好きなら、なんだかんだいって、あまのっちの友達申請成功はいやなはず。友達たるあまのっちの手前仕方なくお膳立てはしているけれど……とはいえ嫌なものは嫌なのだから、その感情は絶対表情に出るよね!)」

 わざわざ人が大勢いる教室で、気持ちを取り繕ったりしないはずだもんね!

「(そして、実は星ノ守さんこそが本命っていうのなら……祐はあまのっち達じゃなくて、きっと星ノ守さんを見るはず! あまのっちを星ノ守さんが実際のところどう思っているのか、気になるはずだもの! 必ず、彼女の反応を覗う!)」

 これで少なくとも祐が天道さんと星ノ守さんのどっちが好きなのかは分かるはず。

 ああ、でも……。

「(祐がこのタイミングで亜玖璃の方を覗っていたりするのが、実は一番最悪のパターンかも。だって……浮気候補が一堂に会している中でカノジョの様子を覗うって、もう、ガチのナンパ野郎の思考だもん! まあ祐に限ってそんなことはないだろうけどね!)」

 なんにせよ、昼休みに全てが分かるのは事実なわけで。

 つまりは、このあまのっちの友達申請イベント……祐の視線に着目することで、彼の気持ちを測るリトマス試験紙的イベントになるっていうことだね!

「(ああ、それにしても亜玖璃はなんて賢い女なの! 流石祐のカノジョにしてあまのっちの師匠! 自分で自分の狡猾こうかつさが恐ろしい!)」

 授業中にも構わず、私の口から、思わず小さな笑いがこぼれる。

「うふ……ふふ……くふふふ……」

「あ、亜玖璃さん?」

 隣の委員長の心配げな顔もスルーしながら、亜玖璃は一人、人間関係のプロフェッショナルを気取って気味悪く笑い続けたのだった。


星ノ守千秋


 昼休みに天道さんがケータの元へと赴くらしい。

 そんな情報を休み時間にクラスメイトから聞いた――正確にはクラスメイトの会話から盗み聞いた自分は、ソシャゲのスタミナ消費作業をピタリとめて一人黙考しました。

「(天道さんが……ケータに用事? なんだろう……)」

 ちらりと天道さんの様子を覗ってみる。噂の当人たる彼女は今日も教室の中央で多くの生徒達と談笑を交わし合っていた。相変わらず女たる自分でも見とれる程に美しい。眼福とはこういうことを言うのかも。……なんだか溜息が出ます。

「(こんなの、そりゃ上原さんに限らず誰もが好きになりますよねぇ……)」

 恋のライバルなどと言うのもおこがましい。教室の隅で気配を消してソシャゲに励んでいる自分とは大違い。っていうか、今日は家を出てからまだ一言も発していない気がします。三時間目終わりの休み時間なのに。……自分の声帯、そろそろ退化するんじゃ。

 そんなことをぼんやり考えながら天道さんの様子を覗います。当然といえば当然なのだけれど、天道さんやお友達の皆さんは昼休みのことについては特に触れていません。噂をしているのは、あくまで彼女を少し遠巻きに見守る面々であり。

「(信憑性が薄いってことなのかな? いやいや……でも……)」

 自分は改めて天道さんを見やります。……ふーむ。

「(普段の天道さんは、人に何かこそこそ噂されてたりしたら、それに対して事実なら事実、違うなら違うって、割とキッパリ言っちゃう人だったような……)」

 彼女という人はそういうところが非常にサバサバしているからこそ、今日のかげりがない人気につながっていたりもするわけで。

 そう考えると、教室であからさまにケータとのことが噂になっているのにもかかわらず、それに彼女がリアクションをとらないということこそが、むしろ状況のただならなさを表現しているようでもあり……。

「(ま、まさかまさか。そんな、ホントにケータに会いに行くなんて……)」

 なぜか自分の中に動揺が走ります。

「(だってだって、本当に理由が見えないです。ゲーム部への勧誘はもう終わっているのだから……天道さんがケータに会いに行く理由なんて……)」

 二人の事情を多少は知っている自分でさえ今一つピンとこないのですから、他人に色々邪推されても仕方ありません。まあ、ただ……。

「(噂されているような、恋愛じゃあないと思いますけどね。ケータと天道さんの間で交わされる何かなんて……精々、友達になって下さい的な?)」

 それは可能性あるかも。……そのその、あんまり積極的に認めたくないことですけれど、やっぱり自分とケータは感性が似ています。そして自分は少し前から、ゲーム好きの天道さんとお近づきになりたくてそわそわしていたりするわけでして。

「(もしかしたら、天道さんから行くというより、呼び出されたのかもですね、ケータにとってF組は一応ホームですし)」

 そこまで考えると、途端に興味がせてきました。別にケータが天道さんに挑んで玉砕するとこなんて、見たくもありません。同族だからこそ、それは本当にいたたまれない。

 自分はやれやれと溜息をつくと、改めてソシャゲを……再開させようとして、はたと手を止めました。

「(ん? でもケータって、カノジョさんいるんですよね? アグリさんっていう。なのに、他の女生徒呼び出したりするんですかね?)」

 恋愛沙汰ではなさそうとはいえ、ちょっと変な気もしてきました。すると、

昨日の天道さんの発言が急に思い出されます。

「(そういえば天道さん……なにやら『アグリさん、実は上原さんとデキてる疑惑』を語っていたような……)」

 正直うっすらとしか覚えていないですけれど、そんなことを言っていた気がします。

 自分はスマホから視線を上げ、再びそわそわとし始めます。

「(そんなそんな、まさかですよ。だって自分、ケータとアグリさんが二人でいるところ見てますし。なによりケータのアグリさん愛が深いのも実感させられていて……)」

 そこで突然、自分ははたとひらめきます!

「(もしかしてもしかしてっ、ケータのアグリさん愛って凄く一方的だったりします!?)」

 まるで雷にでも打たれたかのように身体がこわります。

 ……まさか……。でも、そう考えると色々辻褄つじつまは合います。ケータとアグリさんは常々釣り合わないというか、どうしてミジンコみたいな存在とあの美人さんが付き合うのかと疑問に思っていましたけれど。それもこれも全部……。

「(アグリさん側からの愛情はないと仮定すると、色々説明がつきますね!)」

 あわわわと自分の唇が震え出します。

 じ、自分には分かります。ケータと同族の自分には!

「(だってだって、自分やケータは、凄くちょろいです!)」

 誰かに少し優しくされたらすぐ懐いちゃうし、それが異性なられもする。それがぼっち歴の長い自分やケータという生き物。

 本来アグリさんは、自分達とは別世界の住人。だけどそれがもし……もし、なんらかのキッカケで、ケータに軽くでも優しくするようなことがあったらどうですか。

「(ケータは一発で惚れておかしくないです!)」

 そう確信して一人うなずく自分。だけど本来ならアグリさんはケータみたいなミジンコ、相手にしないはず。だけどそれが実際はカレシ・カノジョ関係に発展しています。

 それはなぜか。

 ……答えは一つ。

 今、恋愛探偵星ノ守千秋の超絶恋愛推理が冴え渡ります!

「(ケータは、アグリさんにもてあそばれているんだー!)」

 たった一つの真実が、そこにありました。

 世界の恐ろしさの片鱗へんりんを垣間見た自分は、一人、ガタガタと震え出します。

「(ケータ相手に身体目当てとかはないだろうから……お、お金、だろうなぁ。ゲーセンで遊ぶ時におごらされたり……。お、思えば、二人で喫茶店入っているアレも、奢らされているんじゃ……!)」

 考えれば考える程、自分の中で確信が積み上がっていきます。

「(お、恐ろしい。だ、だから自分達みたいなのは、ひきこもってなきゃ駄目なんです! リア充属性の方達は悪魔なんです! 自分達なんか、ちょいちょいとてのひらの上で転がせてしまう、天使の皮をかぶった悪魔なんです! あ、上原さんは違いますけどね)」

 ケータのチョロさに、自分は心底あきれます。まったく、少し優しくされた程度で異性に惚れるだなんて、ホント駄目なチビです。まったく。

「(か……確認しないと!)」

 自分は決意の眼差しで顔を上げます。……ケータのことなんか大嫌いですが、流石に同族がリア充に引っかけられているのは見るに耐えません。

「(じ、自分が、目を覚まさせてあげないと……!)」

 そこまで考えたところで、更にこの恋愛探偵、気付いたことがありました。

「(そうか……! 天道さんへの友達になって下さい告白は……ケータからの、SOS! アグリさんに直接別れは切り出せないケータなりの、精一杯のSOS!)」

 同族の切なる願いへと気付いてしまった自分の瞳に、軽く涙がにじみます。

「(分かりました、分かりましたよ、ケータ。今日の昼休み。自分……貴方あなたのメッセージと、小悪魔女の実態を確認するため、F組にせ参じてあげます! 天道さんも、彼の言葉、しかと受け取ってあげて下さいね!)」

 ギンッと強い眼差しを天道さんに送ると、何かを察したのか、彼女がこちらを振り返ります。それに対し、仰々しくゆっくりと頷く自分。

「(……こくり)」

「???」

 不思議そうにされる天道さん。……まったく、大した役者さんです。頭の良い彼女のことですから、本当はアグリさんの悪行の全てに気付いていて、だからこそ、あんなミジンコケータの誘いにも乗ってあげているのでしょう。なんて優しい人なのでしょうか。

 自分はもう一度だけ、天道さんに強く頷き返すと。

 ずっと保留していたスマホを手早く操作し……現在戦っていた、妖艶な女性型レイドボスを、これでもかと全力で撃破してあげたのでした。


天道花憐


 昼休み。A組からF組の教室へと向かう道すがら。

 私はいつも通り、毅然きぜんとした態度で堂々と胸を張って歩きながらも……内心ではこれ以上ない程の動揺を続けていた。

「(ああっ、やっぱり分からない! 私が雨野君に呼び出される理由ってなに!?)」

 朝一番に上原君を通じて呼び出しを受けて以降、私の中では今日一日中、ずっと疑問や不安が渦巻いていて。そしてそれは、これからまさにF組へ赴かんとするこの段に至ってなお、まるで収まる気配がない。

 C組の前を通過しながら、私は必死に思考を巡らせる。

「(正直一番可能性あるのはやっぱり……絶縁宣言よね)」

 顔から血の気がサッと引いていく。それはとても考えたくはないケースではあるのだけれど、私と雨野君の微妙な関係性を考えれば、最もしっくりくる答えでもあり。

「(穏やかなゲーム環境を臨む彼にとって、私との交流って、百害あって一利なしですもの。ばったり会った際も、いつも居心地悪そうだし……)」

 それにゲーム部を巡るちょっとしたいざこざもある。私も雨野君も、互いにまだ少し気まずさは引きっているというか。

 だから、普通に考えて、いまだに私と雨野君にちょくちょくしやべる機会があったこと自体が、本当はおかしかったのだ。結局私はゲーム同好会も断わっているわけだから、基本的に雨野君とは無関係。だというのに、性懲りもなく一緒に散歩したりしていたわけで。

 一応、私も自分が周囲から見て特別な存在であるという自覚はある。謙遜はしない。

「(雨野君、小心者だから……私に絡まれるの、やっぱりいやだったのよね……)」

 自意識過剰、ではきっとないだろう。実際私は目立つ。流石にそれを鼻にかけてまではいないつもりだけれど……どうだろう。それも少し怪しいか。少なくとも、ナチュラルに自分が誘ってあげたのだから雨野君はゲーム部に入って当然、なんて思い込んでいたあの頃の自分は、どこかでおごっていたのだろう。

「(私って……迷惑な人間なのかもしれない)」

 自分の能力には自信がある。努力して生きてきた自覚もある。人望や信頼だって、能力に見合う程度には、あると思っている。

 けれど、そんな自分が「魅力的な人間」であるかは、正直疑わしいとも思っている。

「(少なくとも……雨野君にとって、心許せる人間では、ないんでしょうね……)」

 彼の上原君や星ノ守さんに接する態度と、私に対するそれとでは、ハッキリと違う。

 彼はいつも私にドギマギして……居心地悪そうで……気を遣ってくれてば

かりで……でも、私の意見に対して「違う」と思う時だけは、ハッキリ意思を表明して。

「(それって……どう考えても、あんまり良い関係ではないのよね)」

 D組の前を過ぎたあたりで、周囲にバレないように小さな溜息をつく。

 そのまま少しの間落ち込むも……次の瞬間には、私は再びキッと前を見据え、気合いを入れ直した。

「(しっかりなさい、天道花憐! たとえ自分にとって決して好ましくない事態に直面しようと、せめて、堂々と、自分らしく振る舞うことだけは貫きましょう!)」

 天道花憐という女は、本番に強い女だ。いくら直前まで迷ったところで、覚悟を持って臨む大事な場面では、まるで最初から揺らぎなど一切なかったかのように、毅然と振る舞うことができる。そういられるよう、心がけてきた。

 E組の前を通過しながら、私は自分に言い聞かせる。

「(もうこうなったら腹をくくるしかないじゃない、天道花憐! 素直に、ありのままに、彼の言葉に対応しましょう!)」

 そう、素直に、ありのままの自分で臨むだけ。三角君からアドバイスを受け、星ノ守さんに実践させてもらったあの手法を、今こそ完璧なカタチで用いるのだ。

「(まず雨野君の言葉を真摯しんしに聞く。で、今度はそれに対し、私は変によろいを着て否定したりせず、素直な気持ちで、思ったことを返せばいいだけなのよ)」

 なんてことはない。物事の本質はいつだってシンプルだ。

「(私は、雨野君と、正面から向き合う。それだけよ)」

 私は決意を新たにすると、爽やかな笑顔でF組の教室へと足を踏み入れた。

「失礼します。雨野君はいらっしゃいますか?」


雨野景太


「失礼します。雨野君はいらっしゃいますか?」

 天道さんが教室の入り口へとその姿を現わした時、僕の心臓は口から飛び出さんばかりに跳ね上がった。

「(き、来た! 来ちゃった!)」

 今日一日ずっと覚悟していた場面とはいえ、あの天道さんが僕の名前を使った呼び出しに応じるという状況がイマイチ信じ切れず、案外来ないんじゃないかなとさえ思っていたところだったから……。

「こ、ここ、こここ、こちらです!」

 教室中の視線が天道さんに集まる中、僕はみ噛みで震える手を上げつつ立ち上がる。

 すると、今度は多くの視線が一気に僕へと向けられる。……う、うぅ!

 天道さんは相変わらず素晴らしく余裕のある、天上人がごとき笑顔で優雅に微笑むと、まるでモデルさんみたいに綺麗きれいな姿勢と歩き方でこちらに向かってきた。

 噂のせいで他クラスからまでも野次馬の集まった大混雑の教室を、モーゼの奇跡が如く割って歩いてくる天道さん。

 以前のゲーム部へのお誘いの時を超える注目状況に僕は一瞬立ちくらみしかけるも、隣にいてくれた上原君に「おいっ」と腕を掴まれ、ハッと意識を取り戻した。

 ふと教室を見回すと、上原君は勿論、少し遠巻きにアグリさんがいて……更に、天道さんを追いかけるようにして、教室入り口にチアキまで顔を出してくれていた。

 そして、そのそれぞれ全員が……他のニヤニヤした野次馬達と違い、どこか真剣味を帯びた表情を見せている。

「(みんな……僕のために……そこまで……)」

 じーんと感動に浸る僕。ワカメを含むのはしやくだけれど……でも、こういうのを、友達っていうんだろうなぁ。ありがたいなぁ。

「こんにちは、雨野君」

 僕の前までやってきた天道さんが、にこやかに挨拶をしてくれる。僕は一

瞬「こここっ、ここっ!」とニワトリの如く喉を詰らせるも、しかし、もう一度上原君をはじめとしたみんなの顔を見ると……心が不思議と落ち着き、今度は天道さんとしっかり視線を合わせ、堂々と応じられた。

「こんにちは、天道さん。今日はわざわざすいません」

「いえ、構いませんよ。それで……」

 天道さんは一瞬言葉を詰らせかかるも、すぐに立て直すと、笑顔で訊ねてくる。

「それで、雨野君。今日は一体、どういう要件なのかしら?」

「え、ええ。それなんですけど……その……」

 と、そこまで言ったところで、教室中から濃密な視線が集まっていることに気がついた。

「(そ、そりゃそうか。今までは皆、多少は気を遣ってちらちら盗み見る程度だったけれど……今日は『これからなにかありますよ』と告知してからの、これだもんな……)」

 僕の一挙手一投足に過剰な注目が集まっているのがヒシヒシと伝わってくる。

「…………?」

 黙り込んでしまった僕に、天道さんが首を傾げる。僕はあわあわと唇を震わせながら、とにかくなんとか場を繋がないとと、賢明に喋る。

「え、えと、その、えーと……えーと……ひ、非常に、言いにくいことなんですが……」

「っ!」

 と、そこで天道さんの顔がひどく悲しげにゆがむ。僕は不思議に思って首をかしげた。

「? て、天道さん? どうかされました?」

「い、いえ、なんでもないわ。続けて、雨野君。……覚悟はできているわ」

「は、はぁ」

 か、覚悟? 僕が友達申請するだけなのに、天道さん側にそんなの必要か?

 と、そこまで考えたところで、僕ははたと気付く!

「(そ、そうか! 断わる覚悟か!)」

 それに気付いてしまい、愕然がくぜんとする僕。……す、既に勝負が決している、だと?

 静止してしまった僕に、天道さんが声をかけてくる。

「雨野君? どうかしたかしら?」

「え? ああ、いえ……。なんでも……」

 しょんぼりと肩を落としながら、そう応じる僕。

「(……もう……やめてしまおうかな?)」

 そんな考えがむくりと頭をもたげる。

 だってこんなの……やる価値がない。勇気を振り絞る意味がない。

 負け確定イベントのボス戦で貴重な回復アイテムを消費するようなものだ。

「あの……天道さん。その、やっぱり、なんでも……」

 そう言いかけながら、もしかしたら怒っているかなと、上原君の様子を盗み見る。

 と、しかし、彼は……。

「(えー? なんか全然明後日の方見ているんですけど!)」

 意味が分からない。この場面において、僕以外の何かを熱心に見つめていらっしゃる。

 っていうか、気付いたら、アグリさんも、チアキまで、僕をまるで見ていなかった。……な、なんだこれ。なにしてんの、皆。この状況で他に視線送るって、一体どういう……。

「(はっ! 違う! これは……そうか!)」

 瞬間、僕は三人の意図に気付く。彼らは、薄情なヤツらだというわけじゃない。本当に薄情なら、そもそも僕の様子を見に来ないはずだ。そしてただの野次馬根性でもない。それだったら、僕と天道さんの動向をちゃんと見るはずだ。

 では、この場面であえて僕から視線をらすという行動を取る意味とは、何か。

 そんなの、一つしかない。

「(皆……僕に、気を遣って……!)」

 僕が視線に弱いことを知っている彼らは、この場面で心がくじけそうになっている僕に対して……最大限に気を遣ってくれているのだ!

 知り合いたる自分達が視線を逸らすことで、多少なりとも、僕の負担を軽減してくれようと! 本当は、成り行きを見たくて見たくて、しょうがないはずなのに!

「(皆……そこまで……僕のことを……!)」

 僕の心に、再び光が差し込んでくる。

 ふと思い出されたのは……昨夜クリアした「きんいろ小細工」のこと。

「(そうか……そうだよね。皆の力を借りて臨むこのイベント……たとえ負けが見えていたって、それは僕が全力で臨まなくていい理由にはならない!)」

 玉砕が決定しているからって、何だ。こんなにも素晴らしい友人達の力を借りておいて、僕は、彼らにおめおめと逃げ帰る背中を見せるつもりか?

 違うだろう、雨野景太!

 モブキャラだろうが主人公じゃなかろうが、そんなことは今関係ない!

 これは、人として、男としてどうなのかって話だ! つまり……。

「(情けなく玉砕する姿を、友人達にしかと見届けて貰ってこその……男!)」

 覚悟を決めた僕は、改めて、真摯な瞳で天道さんを見据えた。

「…………っ!」

 僕の態度変化に、天道さんも居住まいを正し、教室全体にも緊張が伝播でんぱする。

 そんな中、僕は、相変わらずどっかに視線をやる友人達を微笑ましく見守った後。

 勇気を持って、切り出したのだった。

「天道さん、僕と――」


 上原祐


「(ぎゃああああああああああああ! 亜玖璃がなんか超絶気まずそうにこちらを見ているぅうううううううううううううううううううう!?)」

 雨野と天道の友達申請イベントが着々と進む中、俺は現在……そんなこと心底どうでもよく、ただただ、想定しうる中でも最悪のパターンたる亜玖璃の反応に仰天していた。

「(こ、こ、この状況下で亜玖璃が俺を見ているっつうことは……つまり……つまり、彼女が雨野と完全にデキていて、この茶番劇を俺に申し訳なく思っているっつうケースじゃねぇかぁああああああああああああ!)」

 しかもなにあの、超絶気まずげな表情! 気まずいのはこっちだわ! だってもうガチじゃん! これ、確定じゃん! 浮気どころか、むしろあっちが本命なの確定じゃん!? 嘘だろ!? だってそんな、いつの間に……雨野となんて……! 

 そんな、俺の激しい動揺をに。

「天道さん、僕と――」

 その傍らではいつの間にやら、雨野の友達申請イベントが佳境を迎えていた。


 亜玖璃


「(ぎゃああああああああああああ! 祐がなんか超絶気まずそうにこちらを見ているぅうううううううううううううううううううう!?)」

 あまのっちと天道さんの友達申請イベントが着々と進む中、亜玖璃は現在……そんなこと心底どうでもよくって、ただただ、想定しうる中でも最悪のパターンたる祐の反応に仰天していた。

「(こ、こ、この状況下で祐が亜玖璃を見ているっていうことは……つまり……つまり、祐がガチの女好きナンパ野郎だったってことじゃん! 天道さんでも星ノ守さんでもなく、あえてカノジョの亜玖璃の様子を、しかもあんな気まずそうに覗うなんて……完全に裏でカノジョへの裏切りを働きまくっている証拠じゃんかぁあああああああああ!)」

 しかもなにあの、超絶気まずげな表情! 気まずいのはこっちだよ! だってもうガチじゃん! これ、確定じゃん! 祐が浮気常習犯なの確定じゃん!? 嘘でしょ!? だってそんな、いつから、亜玖璃を見限って……!

 そんな、亜玖璃の激しい動揺を他所に。

「天道さん、僕と――」

 教室の奥ではいつの間にやら、あまのっちの友達申請イベントが佳境を迎えていた。


 星ノ守千秋


「(ぎゃああああああああああああ! 上原さんとアグリさんが、なんか超絶気まずそうに見つめ合っているぅうううううううううううううううううううう!?)」

 ケータと天道の友達申請イベントが着々と進む中、自分は現在……そんなこと心底どうでもよく、ただただ、想定しうる中でも最悪のパターンたる二人の反応に仰天していた。

「(こ、こ、この状況下で二人、気まずげに見つめ合っているってことは……つまり……つまり、上原さんとアグリさんが裏で完全にデキていて、この茶番劇を非常に居心地悪い思いで見守っているってケースじゃないですかぁああああああああああああ!)」

 しかもなにあの、超絶気まずげな表情! 気まずいのはこっちですよ! だってもうガチじゃないですかっ! これ、確定じゃないですかっ! ケータを都合の良い男として使いつつ、アグリさんの本命は上原さんで確定ってことじゃないですか!? っていうかもしかして上原さんも満更じゃない!? 

嘘でしょ!? だってそんな、いつの間に……ケータを差し置いて……! 

 そんなそんな、自分の激しい動揺を他所に。

「天道さん、僕と――」

 教室の奥ではいつの間にやら、ケータの友達申請イベントが佳境を迎えていた。


雨野景太


「天道さん、僕と――」

 そう切り出した刹那、僕の胸にここ最近の様々な出来事が走馬燈のように流れる。

 クリクレ3を欲しがっていた宮本さん、チアキとの喧嘩けんかだらけな同好会風景、三角君がなんだかゲーム大会で優勝したらしいという吉報、天道さんとのメダルゲーム対決。

 そうして、特に印象深く想起されるのは、やはりつい最近の出来事だ。

 何度も何度も見た「きんいろ小細工」の玉砕風景。あの主人公の告白台詞ぜりふは今でも夢に見るぐらい頭にこびりついている。

 昨日アグリさんと過ごしたファミレスの風景。あそこで僕は、今日天道さんに挑むことを決意したのだ。ほんっと拍子抜けする程軽かった、アグリさんの告白に倣って。

 回想を経て覚悟を決め直した僕は、一度言葉を句切ると。

 緊張が高まりすぎた場をほぐすように、一度軽く咳払いをする。

 そうして、改めて。

 きんいろ小細工の告白風景や、アグリさんの過去話を胸に、改めて、天道さんの瞳を見つめ、言い直したのだった。

「天道さん、僕と――」


天道花憐


「天道さん、僕と――」

 そう真摯な瞳で切り出してくる雨野君を見た刹那、私の胸に去来したのは、昨日からの出来事だった。

 告白を冷徹に断わる姿を三角君に目撃され、あんまり鎧だけで対処しないよう諭され、星ノ守さん相手に実践してみた、あの一連の出来事。

「(まず素直な気持ちで答える。そして、すぐに否定から入るのをやめる……)」

 あれからずっと自分に言い聞かせてるそれを、今一度、自らの心に浸透させる。

「(いつもの、ほとんど初対面の人からの軽い告白断わるのとは、わけが違うもの。彼は……雨野君は、今の私が最も尊敬する人間の一人。そんな彼の言葉なんだ。それがたとえ、私の否定であろうとも。私は、作り物の……鎧の天道花憐じゃなくて、ちゃんとまっさらな私、天道花憐の心そのもので答える義務がある)」

 そう決意し直してことに臨む。すると、彼もまた何か決意し直した様子で、言葉を仕切り直してきた。

「天道さん、僕と――」

 丁度良い。私はここぞとばかりに、「否定から入らない」「素直な気持ちで」の信念に従い、少しだけ食い気味に彼の言葉に肯定で応じておくことにした。

「はい――」


 雨野景太


 そうして、多くの生徒達が証人として見守る中、運命の瞬間は訪れた。

「天道さん、僕と付き合って下さい」

「はい、よろこんで」

 ……………………。

 ……………………………………………………………………………………………………。

 …………………………………………あっ、僕今ちょっとだけ台詞間違え

――――。

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 刹那、校舎全体を揺らす程の、集団による驚愕きようがくの声が響き渡る。

 ――こうしてこの日。

 前代未聞の、その場の誰もが――当人達さえも――予想だにしなかった意外な格差カップルが、ここに、期せずして誕生してしまったのだった。

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