第13話 ゲーマーズとフライングゲット 転

天道 花憐


 部活もそこそこに帰途についてもなお、私は三角君からのアドバイスを反芻はんすうしていた。

「すぐ否定から入らず、まずは素直な気持ちで……」

 そんなの普通は難しくもなんともないことなのかもしれない。けれど子供の頃から常に「目立つ外見に負けない礼節を」と心がけてきた身としては、本音の方を優先して表に出すのを心がけるのは、左利きを右利きに矯正するようなものだった。

「(とはいえこの天道花憐、一度やると決めたことは、とことん突き詰める人間)」

 たとえ女に二言があろうとも、天道花憐に二言はない。

「否定から入らない。素直な心で応じる……」

 ぶつぶつと何度もつぶやきながら道を歩く。と、前方からやってきた明らかに周囲を見ていない女子生徒集団の一人と、肩が軽くぶつかりかけた。

 直前に気付いてギリギリ回避した少しチャラい女生徒が、軽く謝罪を口にする。

「っと、ごめーん」

「ああ、いえ、こちらこそ……」

 とそこまで言いかけたところで、私はハッとする。そうして、改めて仕切り直し。

「はい迷惑でした。あまり歩道で横に広がらないようにして下さい」

「え!? あ、う、うん……」

 突然の辛辣しんらつな言葉にぽけっとして立ち止まる女生徒達。そのまま険悪な雰囲気になるかと思われたその矢先。

不躾ぶしつけな物言い、大変失礼致しました。では、私はこれで」

 私は深々と頭を下げると、にこりと微笑ほほえんでから背を向け、颯爽さつそうとその場を去る。

 そうしてしばらく歩いたところで……私は、充実感と共にぐっと拳を握りこんだ。

「(完璧ね!)」

 きっと三角君の言いたいことは、こういうことだったのね。先に本音ありきで、後から多少取り繕う。実際やってみると、意外と気持ちがいいかもしれない。

「(いい調子よ私。すぐ『いえ』とか返さず、まず素直に本音で応じて、それから補足やフォローを入れていく。これよ。これなんだわ)」

 私は思わずフッと前髪を手できつつドヤ顔で笑んでしまう。やはり私は意志の力が強い。そこは私自身、美点と思う部分の一つだ。役者の父の血なのだろうか。私は昔から一度「こうなる」と決めたら、いつだって、ちゃんとその理想像を体現してきた。

 今回だってそうだ。「先に本音を出す」と決めたその当日から、既にこの身につけよう。私は私の才能が恐ろしい。

 自信をつけた私は意識改革のリピートをやめ、改めて前を見て歩き出す。気付けば既に繁華街へと差し掛かっていた。

 折角だからゲームショップの一軒ものぞいていこうかしら。そんなことを考えながら街の中を歩いていると、ふと……。

「(あれは……)」

 前方から髪を振り乱して猛ダッシュでこちらに近付いてくる女生徒を見つけた。一瞬ギョッとしたものの、徐々に近付くにつれて、どうやらそれが自分のクラスメイトらしいと気付いた私は、すれ違いざまに慌てて彼女へと声をかける。

「星ノ守さん?」

「…………!?」

 勢いづいて少し私を通りすぎてしまいながらも、彼女は急ブレーキをかけてこちらを振り返る。

「て……天道さん?」

 胸に鞄をぎゅっと抱きしめ、はぁはぁと息をせき切らせながら応じる彼女。

 正直あまり接点のないクラスメイトではあるので、私はどう対応したものか迷いながらも、まぁとりあえず当たり障りのない挨拶から始めようと――。

「(ハッ!? 違うじゃない天道花憐! まずは素直な気持ちからよ! そうよ!)」

 危ういところでそう気付いた私は、荒く息を吐く彼女に、笑顔で声をかけた。

「一瞬ワカメの塊が飛んできたのかと思いましたよ」

「突然の精神攻撃!」

「ああ、でも、勿論もちろんいい意味でですよ?」

「そしてすごく雑なフォロー! なんですか!? なんですかこれ!?」

 星ノ守さんがいきなり涙目だった。……おかしいわね。何か間違ったかしら……。

 私はこほんとせきばらいし、笑顔で仕切り直す。

「すいません、見知った顔だったので、つい声をかけてしまいました」

「え? あ、はは、はい、その、ここ、光栄です、自分なんかにわざわざ……」

 なにやら私を前に緊張しているのか、もじもじと毛先をいじり出す星ノ守さん。

 私は三角君からのアドバイスを念頭に置きつつ、会話を続けた。

「が、正直星ノ守さんとは全然親しくないので、何を話していいのか分かりません」

「それ言います!? 声かけた側が、それ言います!? た、確かにそうなんですけど……」

「勿論、いい意味でですよ?」

「あのあのっ、そのフォロー、全然万能じゃないですからね!?」

 なるほど、そうか。いけない。素直に気持ちを言う方に意識のリソースを割きすぎて、フォローの方が雑になっていたかもしれない。気を引き締めなさい、天道花憐。

 …………よし。

「星ノ守さんって、美人でスタイル良くて色も白くて、ホント素敵すてきね!」

「不気味な突然の褒め殺し! ここ、これは、新手のイジメか何かなのですか!?」

 おかしい。星ノ守さんが震え出した。私の褒め言葉は完璧だったはずなのに……。それでも星ノ守さんのリアクションが想定外になる要因なんて……考えられる可能性は一つ。

「うふふ。星ノ守さんって、変わった方ね」

「ええええええええええ!?」

 なんだかとてつもなく心外そうな顔をされてしまった。うーん、やっぱり星ノ守さんは変わった子だ。イマイチコミュニケーションが成立していない。

 このまま不毛な会話を続けても仕方ない。私は自らの心の内を探ると、今最も彼女にきたい話題を探し当て、それをそのまま口にしてみた。

「最近雨野君とはどうかしら?」

「はい?」

 意味が分からないといった様子で首を傾げる星ノ守さん。私はにこにこと続けた。

「ですから、雨野君との関係です。何か進展はありましたか?」

「は、はぁ。……あのあの……自分、天道さんにそれを訊かれる意味が今一つ……」

「ハッキリしない人ですね! それは私にも分かりませんよ!」

「ええええええええ!?」

「ただなぜか訊きたかったのです。それでどうなんですか、雨野君とは」

「ど、どうと言われましても……その、まあ、相変わらずですけど……」

 おどおどと応じる星ノ守さん。

「……相変わらず、ですか……」

 私は以前ゲーム同好会のお試し活動をした際のことを回想する。確かあの時雨野君と星ノ守さんは、互いを下の名前で呼び合い、はたからじゃ痴話喧嘩げんかにしか見えない言い合いをしていたわね……。

「…………いいなぁ」

「何がですか!? 天道さん!? 今の話に何かうらやましがられる要素ありました!?」

 ぽやんと本音をつぶやいてしまっていると、星ノ守さんがまたも心外そうにツッコンでくる。……この子、普段大人しい割にはツッコミとリアクションは激しいわね。そういうところも雨野君に似ているかも。雨野君に……似て……。似て……。

「…………ずるい……」

「ですから、何がですか!? 天道さん!? なぜ急にねているんです!?」

 胸の前で両手の人指し指をいじいじと絡め合っていると、星ノ守さんがいよいよ混乱した様子で詰め寄ってきた。

 ……いけない。よろいを脱ぎ過ぎて、どうにも本音が漏れだし過ぎている気がする。

 私は数回素早く深呼吸を繰り返すと、軽く天道花憐の鎧をまとい直すことにした。

「ふふっ、ゲーム同好会がいつまで続くか、見物ですわね!」

「急に!? なんですかその唐突なお嬢様ライバルキャラ的立ち位置! 天道さん!?」

「失敬、ちょっと間違えたわ。こほん。……あら、ご機嫌よう、星ノ守さん」

「それも急に!? い、いえ、まあ確かにそれはいつもの天道さんっぽいです

けど……」

 どうやらなんとか鎧の纏い直しに成功したらしい。私は改めて会話を再開させる。

「それで、星ノ守さん。今日のゲーム同好会はもう終わったのかしら?」

「え? あ、あのあの、そうと言えば、そうなんですけど、そもそも今日は同好会にもなっていないといいますか……」

「? どういうこと?」

 そう私がたずね返したタイミングで、中年サラリーマンさんが「失礼」と私達の脇をすり抜ける。気付けば、私達は歩道の真ん中で立ち止まってしやべってしまっていた。男性に「すいません」と謝罪した後、とりあえず星ノ守さんとは歩きながら喋ることにする。

 聞けば、彼女も本来街中の方に用があったらしい。ならなぜ猛ダッシュで真反対へ駆けてきたのか。それを訊ねると、彼女は少し頬を染めながらも、端的にことのあらましを説明してくれた。

 彼女の話を全て聞き終えた私は、胸の前で腕を組んで大きく息を漏らす。

「まったく、上原君にも困ったものね」

 若干軽そうな人物だとは思っていたけれど、まさかそんなに見境がなかったなんて。

 しかしそんな私の評価に、星ノ守さんが「いえっ」と慌ててフォローを入れてくる。

「上原さんはとっても優しい人です! そんな、困った部分なんて、全然!」

「そうかしら。話を聞くだに、色んな女性と接点あるみたいだけれど……」

「? そうなんですか? でもでも、あの、特定のカノジョさんとかがいるわけじゃないなら、別に問題ないのでは……」

 星ノ守さんのその言葉に、私は少し引っ掛かる。

「それなのだけれど。……その、私もうろ覚えのうっすらとした情報で恐縮なのだけれど、確か彼にはカノジョさんがいるって話を聞いたことがあるような……」

「ええっ、そ、そそっ、そうなんですか?」

「ええ。それこそ、あの、例のアグリさんという方がそうだとかって……」

「え?」

 私の言葉に目を丸くする星ノ守さん。彼女は一瞬、ごくりと息をむと。

 次の瞬間――けらけらと、腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ、天道さん、それは誤情報ですよぉ! だってだってアグリさんは、ケータのカノジョさんですもん! 上原さんとは関係ないですよ、はい!」

「でも、私はそういう話を周囲から……」

「ああ、それはきっときっと、アグリさんがケータのカノジョだからこそです! ほらほら、友達のカノジョと二人で喋ることぐらい、よくあるんじゃないでしょうか! 自分はぼっちなのでそういう経験一切ないですけど! たぶん!」

 憶測の割には妙にキッパリ言い切る星ノ守さんに、私は少しされる。

「(そ、そうなのかしら。確かに友達のパートナーと何らかの相談事で喋る機会はあるかもだけれど……)」

 それにしたって、正直なところ、やっぱり雨野君がアグリさんと付き合っているというイメージは湧かない。上原君の方が全然しっくり来る。けれど……。

「(も、もしかして私ったら、雨野君が付き合っているという事実から、ただ目をらしたいだけなんじゃ……!)」

 あわあわと頭を抱える私に、星ノ守さんが妙に上機嫌に続ける。

「えへへへへ、びっくりしましたぁ。上原さんがお付き合いしているだなんて。天道さんったら、意外にお茶目ちゃめな勘違い乙女さんですねぇ」

「う、うぅ!?」

 あぁ、そうなのかしら。私ったら、事実から目を背けるあまり、お茶目な勘違いの説を積極的に受けれようとしていたっていうの? 星ノ守さんのように、真実をしっかりと見定める曇りなき眼と心を、しっかりと養うべき

だったのかしら!

 私がぐるぐると頭を悩ませる中、星ノ守さんはこの話題に決着がついたと見たのか、サラリと話を変えてきた。

「ところで……天道さんって、ケータと仲悪いんですか?」

「…………え?」

 その意外な質問に、私は雨野君のカノジョ問題で悩むのを中断して顔を上げる。

 星ノ守さんはどこか不思議そうに首をかしげて続けてきた。

「えーと、そのその、二人の関係が正直自分、よく分かってなくてですね。あのあの、ケータが天道さんにゲーム部誘われたことと、だけどそれを彼が断わったこと、ぐらいまでは分かるんですけど……」

「ええ、その通りよ。そこは何も間違っていないわ」

「ふむふむ。ということは、普通に考えて、ケータと天道さんってちょっと微妙な関係というか……ぶっちゃけあまり良くない関係のはずですよ……ね?」

「それは……」

 そこで私が説明の言葉を詰らせている間にも、星ノ守さんは先を続けてくる。

「でもでも、この間、天道さん、同好会のお試し来ていたじゃないですか。ケータいるのに。ということはもしかしたら意外と円満な断わり方だったのかなーと思ったのですが……なんだか二人とも、やっぱり会話とかぎこちないですし。特にケータなんか、自分には暴言吐きまくりなのに、天道さん相手だと妙にかしこまっていますし」

「そ、それはどちらかというと貴女あなた達の関係性が特殊なのでは……」

「そうだとしてもです。やっぱりケータと天道さんの関係性って、なんだか不思議だなぁと思っていまして。それでそれで、実際の所、どうなんでしょう? 仲悪いのですか? じ、自分と天道さんは、もしかしてケータ大嫌い仲間ですか? わくわく」

「え、あ、いえ、その……」

 私は思わず言いよどむ。改めて言われてみれば……私と雨野君の関係は、奇妙だ。

 確かに彼女の言う通り、雨野君側は私に気を遣っているフシが多分にある。きっと部活勧誘を断わった件が彼の中でも尾を引いているのだろう。

 では、私の方はどうなのか。

「(ゲーム部の件に関しては……今も残念ではあるけど、怒ってたりは、しないわね)」

 正直断わられてすぐは「どうして!」という想いから怒りにも似た感情を彼に抱いたけれど、それは割合すぐに消えてしまった。

 ……では、それはなぜ、いつ、どうして消えたのか。

「(……そうだ。確か、彼と上原君が口論しているのを見て……そこで彼が……)」

 ゲーム部の……私のことを、真剣に想っていてくれたことを知って。それで……。

 そこまで考えたところで、自分のほっぺたが尋常じゃなく熱くなっていることに気がついた。星ノ守さんが私を心配そうに覗き込んでくる。

「どど、どうされました天道さん!? 顔真っ赤です! 大丈夫ですか!?」

 あわあわと私を心底心配してくれている様子の星ノ守さん。本当に雨野君と似て純粋でいい子だ。そういう意味じゃ。やっぱりアグリさんよりも、ずっとずっと彼にお似合い。

「うぐ!?」

「て、天道さん!?」

「む、胸に、謎の刺すような痛みが……!」

「一大事じゃないですか! きゅ、救急車を……!」

「待って星ノ守さん!」

 スマホに手をかける彼女を、私は慌てて止める。

 そうして、心配そうに顔をゆがめる彼女に、私は、ニッコリと微笑みかける。

「この熱、この動悸どうき、この痛み、正直最近しょっちゅうなの。だから大丈夫よ!」

「余計駄目じゃないですか! むしろなぜそれでまだ病院に行かないのですか!」

「分からないわ。ただ、私の心が叫んでいるの。『病院は違う気がする』と!」

「駄々っ子ですか! 子供じゃないんですから、ちゃんと病院行って下さい!」

「…………。…………それでも私が、イヤと言ったら?」

「なんの駆け引きですか!? そ、そんなシリアスな顔で言っても駄目です! て、天道さんがなんと言おうと、じ、自分が嫌われようと、それでも救急車は呼びますからね!」

 物わかりの悪い子供に手をやく母親のように、厳しく、それでいて優しく……涙目でスマホを操作しようとする星ノ守さん。

 私はそんな不器用で優しい彼女に、やっぱり雨野君の影を見るも……今度は不思議と心が落ち着き、急速に顔の熱が引く中、今度は心の底からの笑みを見せて彼女に告げる。

「本当にもう大丈夫だから」

「…………。……た、確かに、もう落ち着いているみたいですけど……けど……」

 いまだスマホを手放そうとしない星ノ守さん。私はそれに一度微笑んだ後、再び街中へと歩き出す。と、慌てて私を追って、横に並んできた。

「……ほ、本当に、大丈夫なんです……よね?」

「ええ、おかげさまで。ありがとう、星ノ守さん」

「い、いえ、自分は何も……。……というか、あの、むしろ、すいませんでした……」

「? どうして謝っているの?」

「あのあの……えっと、自分、無駄に大騒ぎしてしまって……。い、今思い

返すと、大袈裟おおげさにも程があったかと……。あぅ……恥ずかしい……」

 今度は星ノ守さんの方が顔を真っ赤に染める番だった。彼女は両手で顔を覆って、うーうーとうめき出す。

 私はそんな彼女をなんだかとても安らかな気持ちでしばし見つめた後……ふと夕暮れの空を見上げ、先程の話の続きを切り出した。

「……今私が星ノ守さんへ抱いている気持ちと、ほとんど同じなんだと想います。私が、以前から雨野君に抱いていた気持ち」

「へ? 今の私への気持ちと……ケータへ抱く気持ちが同じ、ですか?」

 顔を隠すのをやめ、首を傾げる星ノ守さん。私が「そう」と笑顔で応じると、彼女は少し考えるりを見せた後、難しい顔で答えた。

「……この世から消えてなくなれ、ゲスな下等生物め、ですかね?」

「貴女の自分や雨野君に対する評価の低さって、ちょっと戦慄せんりつしますね」

「えへへ、照れますね」

「うん、照れるところじゃないですね」

 そんな他愛たわいないやりとりを交わした後。私は改めて彼女に微笑みを向けると、正直に、照れることなくその言葉をぶつける。

「私は今、貴女と友達になりたいって……親しくなりたいなって、思っています」

「…………」

 瞬間立ち止まり、私を見つめてぽーっとする星ノ守さん。私も歩みを止めて待つこと数秒。突然、彼女は露骨にわたわたと慌て出した。

「そ、そんな、天道さんが自分なんかとなんて!……お、おお、恐れ多いっ!」

「恐れ多いって」

 最近雨野君からもそのワード聞いた気がするわね。似た者同士にも程がある。

「それ以上に、ケータが天道さんの友達だなんて……恐れ多すぎて、万死に値します!」

「貴女の中で雨野君って一体どれだけ下の存在なの……」

 なんだかもう、私が悲しくなってきたわ。こんなにも似た感性の者同士がいがみ合うことって、世の中あるのね。ちょっとしたカルチャーショックよ。

 そうこうしている間にも、星ノ守さんはこほんと咳払いをすると、どこか照れを隠すように私から少し視線を逸らしつつ喋り出す。

「じ、じじ、自分としてはその、天道さんさえよければ、よ、よろ――――」

『はい、よろこんでー!』

 突然近くから大きな声が割り入ってくる。改めて見ればそこは、丁度飲み屋さんの前だった。注文が連続で入ったのか、中から何度も威勢の良い店員さんの声が繰り出される。

『はい、よろこんでー!』『はい、よろこんでー!』『はい、よろこんでー!』

「…………」

 そうして、気付けばいつの間にやら……星ノ守さんが、涙目でうつむいてふるふるしていらっしゃった。

「(ああっ、控えめに私の申し出を受けようとしていた矢先の猛烈な飲み屋挨拶で、場の空気が変な感じに! これは言えないわ! 彼女、この状況下で今更『よろこんで』のワードは言えない! 使いたくない! 飲み屋にのっかりたくない!)」

 とはいえ、やはり星ノ守さん的にはパッと代案も浮かばなかったらしい。というか、飲み屋さんが未だに連呼しているせいで『はい、よろこんで!』が私達の頭を埋め尽くし、それ以外の言葉が考えられない。かくいう私だってそうだ。

 結果、彼女はしばらく震えた後……キッと涙目で私を見据えたかと思うと、次の瞬間にはこちらに背を向け、叫びながら脱兎だつとごとく駆け出した!

「なんかすいませんでしたぁ―――――――――――――――――――!」

「なんかこちらこそ――――――!」

 去りゆく彼女の背に、私は慌ててそれだけ返す。

 そうして星ノ守さんの姿が見えなくなるまで見送った後……私は、フッと思わず力ない笑みを漏らす。

「どうしてこういう歩み寄りが……雨野君相手にはできないのかしらね、私って……」

 自分は思っていたよりも不器用なのかもしれない。

 そう思うと、なんだかいてもたってもいられず。

「……素直な気持ちで。否定から入らず。そして、星ノ守さんみたいに純粋に……」

 結局またぶつぶつとそんなことを呟きながら、また一人、帰路を歩き始めたのだった。


雨野 景太


 アグリさんと別れて帰宅した僕は、家族との夕食と入浴を手早く済ませた後、「今日は早めに寝るよ」とだけ告げてそそくさと自室へと引きこもった。

 夜九時。部屋の照明を消し、布団をかぶり――その上でおもむろにゲーム機の電源を入れる。テレビ画面に映し出されたのは、まあ見事なまでにギャルゲーギャルゲーしたタイトル画面だ。ニヤリと微笑むオタク少年。

 ……い、いや、待って、僕をどうしようもないヤツだと思うのは少しだけ待って。

 家族に隠れて寝間着でひそひそとギャルゲーをやっているのは事実なのだけれど、それは、多少僕なりの決意があってのことで。というのも……。

「(明日天道さんに友達の申し込みを行う前に……これだけは、クリアしておきたい!)」

 決意のまなしで、恋愛シミュレーションゲーム「きんいろ小細工」のタイトル画面で微笑むヒロインの一人、フラウ・ヘブンリーを見据える。

 そう、今日こそは……たとえ不毛な作業ばかりの徹夜になろうとも、攻略

情報を見ずに彼女への告白を成功さようと、僕は心に決めたのだ。

「(そうしたら……きっと、明日、自信が持てる気がする。勇気が出せる気がする)」

 殆ど願掛けや神頼みに近い作業だ。それでも、ゲームの中の天道さん似ヒロインの一人もオトせない人間が、現実の彼女と友達になれるものか。

「(上原君なんかに言わせれば、それとこれとは話が全く別なんだろうし……僕も頭では分かっているけれど……でも、こればっかりは譲れない。僕は、フラウをオトす)」

 かつてここまで真剣に恋愛シミュレーションゲームに臨む男がいたであろうか。

 僕はコントローラーを慣れた手つきで操作すると、既読スキップ等を多用してフラウの攻略を開始した。

 まずはいつもの如く慎重に、フラウに関わる選択肢の一つ一つを精査して、全て彼女の気に入る反応で応じてみる。が、これはこれまでにも散々試した手法。当然の如く、やはり最後の場面でフラれてしまった。開始四〇分で、一周目撃沈。

「(まあ想定内だけれど……くそ、相変わらず先が見えない)」

 ゲームで詰んだ際にどういう状況が一番キツイかって、僕的には「何が悪いのか分からない」時だ。アクションゲームで強い相手にテクニック不足で負け続けても、「次はいけるんじゃないか」という希望は常にある。それに、たとえ自分じゃ無理だとさじを投げる結果になる程敵が強かった場合でも、やるだけやって駄目だった、という達成感めいたものはある。謎解きの解法が想像さえつかない程難しいゲームなども、これに近い。

 だが、本来勝てるべきものが勝てず、解けるべきものが解けない状況は話が別だ。

 アクションだったら、本来充分回避できてしかるべき敵の攻撃が、謎の判定で直撃したり。謎解きゲームだったら、問題の要件を充分に満たした「絶対これで正解だろう」という解法が、正解と判定されなかったりする時、僕はひどい絶望を感じる。

 しかもそれがバグ等でもないというのなら、もう、お手上げだ。

 僕にとってフラウ攻略は、まさに今、そういう状況に陥っていた。またこのゲームは無駄に選択肢が多いゲームであり、総当たり的な手法は正直あまり現実的じゃないし……それやるぐらいなら、最早もはや攻略情報を見るべきだ。僕は僕の力でフラウを攻略したい。

「(僕なりの正解は既に何度も提示しているのに……それじゃ駄目だと言われる。……だったら……正直気は乗らないけど……)」

 そこまで考えたところで、本日二回目のチャレンジを開始。今回は……逆転の発想だ。

「(だったら、僕が『これは嫌われるだろう』と思う選択肢ばかりを選んでみる!)」

 まあ、これでクリアできたら、それはそれで複雑なんだけどさ……。

 そんなことを考えながら告白の場面まで辿たどり着く。まあ当然の如く、けんもほろろな振られ方をした。二周目撃沈。

「(そりゃそうだ。フラウの落とし物を届けず自分のものにし、フラウが不良にからまれた時は一目散に逃げる主人公の、どこにれる要素があるっていうんだよ)」

 というかそもそもそんな外道選択肢を用意しておくスタッフもおかしい。アイ○ムの作品か何かかと疑うレベルだ。

 しかし、こうなってくるといよいよ分からない。大まかに見て、僕の選択肢を選ぶ感性自体はそう間違っていないはずなんだ。なのに告白が成功しない。これは一体……。

 悩みながらも、とりあえず手はコントローラーを操作し続け。漫然と周回を重ねる。そのまま二周ほど不毛に終えたところで、僕は一旦いつたんコントローラーを置いて、ベッドに寝転び布団にくるまった。……時刻はもうじき深夜0時を回ろうとしている。

「(……やっぱり、僕は、そもそも天道さんみたいな人とは相性が致命的に

悪いってことの、暗示なのかな……)」

 流石さすがにここまで光が見えないと、そんな弱気な発想にもなってくる。世間的に問題なくクリアできるはずのものが、僕にはクリアできない。……自分がなぜぼっちだったのかをもう一度、大好きなゲームからさえも突きつけられているようだ。

「(……自惚うぬぼれていたのかなぁ、僕……)」

 天道さんと自分が月とスッポンなのは重々自覚していたつもりだった。なのに今、こんなに悔しいっていうのは……僕がどこかでやっぱり、彼女ともっとお近づきになりたいなんておこがましい願いを抱き続けていた証だ。……自分から、部活への誘いを断わったくせに。なんて浅ましくて卑しい人間なのだろう。でも……それでも……。

「…………」

 むくりと起き上がり、再びコントローラーを握る。以前の僕なら、ここらでもう諦めていただろう。ゲームは、楽しんでなんぼ、なのだから、と。無理することじゃないと。

 その根本の価値観自体は今も変わらない。けれど……。

「(このゲームだけは……ただの遊びじゃないんだ! 簡単に諦めたくない!)」

 決意も新たに、本日五周目に挑み始める。そうして最初の選択肢が現われたあたりで、ふと、スマホの通知ライトが点灯しているのに気がついた。

「(そうだ、ゲームに集中するために、音も振動も切っちゃってたんだ)」

 僕はプレイを一時中断すると、ロックを解除してスマホを確認する。

 すると、最近アグリさんに無理やり入れられたばかりのメッセージアプリの通知と、ソシャゲの通知が一件入っていた。

「(おお、アグリさんと上原君からだ。なにこれ、超うれしい)」

 設定したばかりの時にお試しでメッセージを送り合ったことはあったけれど、それ以降では初めてだ。

「(ああ、僕の人生にもこんなことがあるのだなぁ……)」

 友達からチャットが来るなんて。じーん。僕はしばしそんな小さな幸せをみ締めたのち、うきうきとアグリさんからのメッセージを確認した。

〈あまのっち、今日は明日に向けてよく寝とくんだよ!〉

〈顔の血色とかって、人の印象決める上で超大事なんだからね〉

〈間違っても今日徹夜でゲームとかしないように!〉

〈あ、流石のあまのっちと言えどそこまで馬鹿じゃないか。ごめんね。おやすみ〉

「ホントすいませんでしたぁぁぁぁぁ!」

 ベッドの上でスマホに向かって土下座する。そうして、即座に返信。

〈ご心配ありがとうございます! 不肖雨野、感無量でございます! しからば!〉

 緊張と慣れなさで、変な文になってしまった。が、なんとなく勢いは伝わった気がする。

 僕は息を整え直すと、口直しのためにも、上原君からのメッセージを開く。

〈おい雨野、お前なんか明日天道に接触するらしいじゃん〉

〈そういうことなら、折角だから人集めておいてやるよ!〉

〈衆人環視の中で大々的にやろうぜ、そのイベント!〉

〈そこで天道から友達宣言の一つでも出りゃあ、そりゃお前、一気に地位向上だぜ!〉

〈いやぁ、名案だ名案だ! んなわけで既にバリバリ動いてっからよ!〉

〈まぁ、これで失敗したら目もあてられねぇけどなwwwww〉 

「『wwwww』じゃないでしょうがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 なにしてんの!? この人一体、なにしてくれてんの!? 上原君!? キミなんか超面白がっていない!? いや、元々僕の人間関係面白がっているフシはあったけども! っていうかなんで成功する前提なのこの人! 僕と天道さんの関係性、絶対甘く見てるって!

 僕は慌てて返信を打ち始める。

「余計なことしないで……っと。……………………」

 が、そこまで打ったところで、やはり文章を取り消す。そうしてしばし考えた後、改めて、文字を打ち込んだ。

〈ありがとう。上原君の期待、正直重いけど、応えられるよう頑張ってみる〉

 そう返して、溜息をつく。

「……こんなに僕のために動いてくれる人に……無粋なツッコミしちゃ駄目だよな」

 そりゃ僕と天道さんの関係を過大評価している部分はあるし、余計なお世話だと思わないこともないけれど。

 でも、僕のためにここまでしてくれる友達には、やはり感謝しかないから。

 僕はそのままホーム画面を呼び出すと、通知のあったソシャゲアプリを起動させた。確認してみると、なんとこちらでもメッセージが一件入っている。珍しい。

 早速開いてみると……それは案の定、僕が唯一交流のあるプレイヤー《MONO》さんからだった。

〈がんばろう〉

 たったそれだけの文章。いつもながら超簡素。恐らくは、今やっている期間限定のレイドボスを、協力して倒そうね、みたいな意味なんだろうけど。

「(きっと《MONO》さんは、照れ屋で不器用な方なんだろうなぁ)」

 けれど、だからこそ、僕はこの人が大好きで。……この薄いつながりに救われて。

〈うん、がんばろう〉

 僕はそれだけ返すと、クエストをこなし、上原君やアグリさんから特にメッセージが返ってきていないのを確認すると、スマホの画面をオフにする。

 が、僕はしばらくそのまま……自らのスマホを、ジッと見つめ続けた。

「(……ありがとう、アグリさん、上原君、MONOさん)」

 気付けば、さっきまでどん底だった気分が、すっかり救われている。

 僕は気合いを入れ直すと、スマホを脇に置き、代わりにコントローラーを持ってテレビ画面を見据えた。

 そこにいるのは、フラウとはまた別の、主人公の幼馴染なじみのヒロイン。このゲームの最初の選択肢は、彼女と下校を共にするか、しないかの部分からなのだ。

 当然、フラウを狙う以上は彼女と親しくなんてしていられない。僕はいつものように、一緒の下校を断わる選択肢を――。

「……待てよ」

 そこで僕は、はたと手を止める。……もしや……。

 それは、今までの僕に全くなかった発想。しかしそれだけに、妙な確信が胸を満たす。

 僕は十字キーをもう一度操作すると、下校の誘いを受ける方の選択肢を選んだ。

「(もしかして……)」

 頭の中に「ある可能性」を描きながら、そのまま、フラウに限らず、出てくるヒロイン全員にいい顔をする。幼馴染とデートに出かけ、後輩キャラの窮地を救い、先輩キャラの頼み事を快く聞く。ハーレムエンドを目指すでもない限り、本来ギャルゲーであまり使うべきではない手法、八方美人。それを、僕はあえて淡々とこなす。

 当然、そんなやり方ではフラウと過ごす時間が減る。今までは見られていたフラウとのデートイベントが見られなかったりさえする。しかし、それでも……。

「(これは……もしかしたら……)」

 僕は自らを突き動かす妙な確信に従って、八方美人を貫き続けた。

 そうしていよいよ迎えた――最終告白のシーン。

 主人公が、いつものように切り出す。

「僕と……僕と、付き合って下さい!」

 もう、ここ数日で最早何度聞いたか分からない彼の一生懸命な告白台詞ぜりふ。そしてそれはこの後のフラウの台詞も同様で、いつも通りなら彼女はこれに困り顔で――。

「……うれしい……」

『え?』

 画面の中の主人公と、僕の反応が重なる。だって、今画面の中に映るフラウの顔は……。

 これまで見たこともない、幸福感に満ちた、泣き顔で。

 彼女はそのままにっこりと……頬を涙でらしたまま、照れ臭そうに微笑ほほえんだ。

「はい、よろしくお願いします。……皆に優しい、大好きな私のヒーロー」

 そのまま、彼女の笑顔が光に包まれるかのようにフェードアウトし、祝福の曲と共にエンディングロールが流れる。

「…………」

 が、僕はただただ、画面の前でただただほうけ続けた。

「(クリア……できた?)」

 それが、全く信じられない。何が信じられないって、僕がゲームで完全に袋小路にはまった時は、これまでほぼ百パーセント、もう自力でクリアは不可能だったから。攻略情報見たりとか、色々なことに妥協してやり過ごすのが関の山で。

 なのに今回は……見事に、エンディングを迎えられて。それも、自分の力で――。

「(……いや、違うか)」

 そう思い直して、脇に置いたスマホを見つめる。……僕がこの着眼点「フラウとの関係性ばかりに重きを置くのをやめる」ということに気付けたのは、アグリさんや上原君、そして《MONO》さんのおかげだ。

 たとえ恋愛中だろうと、自分達以外の他者をぞんざいに扱っていい道理なんてない。当然だ。この世界は決して、二人だけで成り立っているわけじゃないのだから。

 ……それは、ぼっちだった僕には……とにかく友達を一人作ることに必死だった僕には、全くない発想だった。だからこそ、僕だけずっと、フラウが……周囲の人々全てを心から大事に思っている彼女が、攻略できなかったのだ。

「……ありがとう」

 僕はもう一度だけ、スマホに向かって礼を告げると。

 フラウの笑顔で終わる幸福な後日談をゆっくりと鑑賞した後、ゲーム機の電源を切り、布団をかぶり直した。

 今の僕に、もう、明日への不安はない。けれど、自信がついたっていうのとも少し違う。

 ……気付いたのだ。

「(たとえ天道さんに嫌われていたとしても……僕はもう、充分に、幸せ者なんだ)」

 ベッド脇のスマホを見つめてそんなことを考える。

 だったら……今更何を恐れることがあるというんだ。

 僕は首もとまでタオルケットに埋まると、頭の中で「きんいろ小細工」の主人公の勇姿を頭の中に何度も反芻させつつ、充足感に満ちた眠りの中へと落ちていったのだった。

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