第7話 星ノ守千秋とすれ違い通信 後編

「げ、ゲーム作ってるだぁ?」

「そそっ、そうなんです」

 恥ずかしそうにうつむきながら、学校近くの公園のベンチに座り、紅茶味の豆乳をストローですする星ノ守。

 俺はそれを隣でボンヤリと見つめながら、あれ、俺今なにしてんだっけと考える。

 星ノ守のイメチェン事変から既に一週間。気付けば今や俺は、なぜかすっかり彼女の相談役的ポジションに収まってしまっていた。

 いや最初は、その大幅なビジュアル変化っぷりに伴うアフターケア的な意味で、その容姿に合うファッション小物程度の相談を受けていただけだったのだが。次第にその悩み相談は彼女の内面的なこと、そして雨野に関する愚痴(これは元々か)にシフトしていき。

 また、最近どうも亜玖璃の付き合いが悪く、俺の放課後予定が急にぽっかりあくため、余計に、いつもバス待ちで暇を持て余している星ノ守の相談にかかりきり状態になり。

 そんな調子であれよあれよと一週間が経過した、本日。

 いよいよ、ゲーム制作趣味の吐露という、最早俺のカバーすべき範囲をとうに超える相談がもたらされたわけで。

「それで、そのそのっ、上原さんに、ゲーム制作のアドバイスも頂きたく……」

「あー…………」

 いや、頼って貰うこと自体は嬉しいが、流石にそろそろおかしいだろう。俺は三ツ矢サイダーの200 ミリリットル缶を飲み干すと、力強く脇に置いてから切り出した。

「あ、あのさぁ、星ノ守」

「はいはいっ。なんですかっ、上原さん!」

 キラキラとした瞳で俺を見上げてくる星ノ守。……やべぇ、なんか、いつの間にか俺、こいつに凄ぇ懐かれてる?

 俺は少し引きながらも、星ノ守に告げる。

「ゲームに関する相談なら、俺より、身近にもっと適任が居るとお前も気付いて――」

「……ペッ!」

「そんなキャラに似合わない渋い顔で唾吐く程イヤかよ!」

 いや実際に唾は吐いてないのだが、本気で嫌そうなのは充分伝わって来た。

 俺は思わず嘆息する。

「お前らさぁ、絶対もっと仲良くできるだろう? なんでそこまで意地張るわけ?」

 俺の質問に、星ノ守は豆乳パックをベコッと凹ませつつ応じる。

「意地とかじゃないです。譲れない主張とプライドの問題です」

「うん、それを意地って言うんだけどね」

「べべっ、別に自分は、ケータのことなんてどうでもいいです。なんとも思ってないです。関わりたくもないんです。いっそ異世界に転校して欲しいぐらいです」

「本人若干喜びそうな展開だな」

「でもでもっ、上原さん。……か、彼は今、《イージスⅧ》、どこまで進んだか、分かりませんか? な、なーんて……」

「めっちゃ気にしてんじゃん!」

「ききっ、気にしてません! 自分はただただっ、ケータより少しでも先にクリアしたり、レアな武器防具の入手ややり込み要素を網羅して、ドヤ顔してやりたいだけですぅ!」

「だから、めっちゃ意識してるよなぁ!? 星ノ守、本来早解きとかしない人だろ!?」

 俺が追及すると、バツが悪くなったのか、星ノ守はポケットからスマホを取り出して、さもメール通知でも来たかのように、いそいそと操作し始めた。……お前、雨野と同じで、基本メールしてくる友達とかいないだろうがよ……。

 軽く覗き込んでみると、案の常、星ノ守ソーシャルアプリをしてやがった。……って、ん? あれ、このゲームって……。

「雨野もやってる……」

「はいぃ?」

「あ、いや、なんでもねぇ」

 すんごい嫌そうな顔で振り向かれたので、慌てて誤魔化す。星ノ守が再び操作を始める中、俺はそぉっとそれを観察する。……と。

「(あ、やっぱり。雨野のやってるヤツだ。ったく、どんだけ気が合うんだよお前ら……)」

 もうホント結婚しちゃえよっていうレベルだ。どうしてこんだけ価値観合う二人が、「萌え」に対する意見の違いという、俺から見りゃあまりに馬鹿馬鹿しい争点で決裂しなければいけないのか。神様は無慈悲……っつうか、いや、こいつらがアホだ。

 ぼんやりと星ノ守のゲーム模様を見守っていると、ふと、雨野も貰っていた救援要請とやらが届いた。相手の名前は……《ツッチー》とか言うヤツらしい。…………。……あれ? なんかそんなプレイヤーネーム、以前どっかで見た様な……。

 頭のどこかに引っかかりを感じつつ、更にゲームを見守る。どうやら、星ノ守は救援要請を受けるようだ。その受諾画面において、星ノ守のプレイヤーネームも見えた。

「(《MONO》、か……。へー……。《MONO》ね。《MONO》。……。………!?)」

「わわっ、え、う、上原さん!?」

 思わずガッと背後から星ノ守の肩を掴むと、彼女は慌てた様子で顔を赤くしてこちらを振り返って来た。俺は「わ、わりっ」と手を放しながらも、思わずあわあわと訊ねる。

「ほ、星ノ守。お前……それ……その……《MONO》って名前で……や、やってんの?」

「え、あ、はい、そうですけど……」

「で……その……今救援要請来た《ツッチー》っての……割と、昔からの付き合い?」

「あ、ですですっ。あの、こういうのって基本その場限りの浅いコミュニケーションなんですけど、この人はですね、いっつもいいタイミングで助けてくれたりして、凄くいいお付き合いをさせて貰ってるんですよ。リアル友達がいない自分にとっての……数少ない、凄く良き理解者の一人って、いうんでしょうかね。……あ、あのあのっ、大して言葉も交わしてないのに、何言ってんだお前と思われるかもですけど……」

「…………すぅ」

「う、上原さん?」

 俺は、深く深く息を吸い込むと。そこが、公共の場にもかかわらず。しかしそれでも……それでも俺は、ベンチから立ち上がり、彼女の正面に周りこんだ上、彼女の肩を両手でガッと掴んで真剣にその瞳を見つめて――叫ばずには、いられなかったのだった。

「運命の人すぎんだろうがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「!? ふぇ、な、なんですか!?」

 目を白黒させて動揺する星ノ守。彼女は何か勘違いした様子で顔を真っ赤にして照れ、視線を逸らすが、今の俺に色々配慮している余裕もない。

 俺は、勢いで、しかし声のボリュームは下げ、その分真剣味を加味して、訊ねた。

「お、お前、雨野のこと、本気でどう思う!?」

「え? 好きなドラマに出てくる事務所ゴリ押しアイドル以上に嫌いですけど」

 即答だった。俺は思わず頭を抱え込んで叫ぶ。

「なんでだよ!」

「いやいやっ! え、それこそ、なんなんですか!?」

「恋しろよ! そこは恋しとけよ! 完全にハッピーエンド見えてるじゃねえか!」

「はいぃ!? いやいやっ、それどう考えても自分にとってバッドエンドですけど!?」

「……っかぁ! くそっ、主人公 《補正》こそありながらも、主人公 《適性》が絶望的に無いもの同士が出逢うと、こんな馬鹿げた状況になるのかよ!」

「……えーと、あのあの、上原さん? じ、自分の豆乳、飲みます?」

 気付けば、俺の突然の奇行に、星ノ守が若干おびえて豆乳を薦めてきていた。

俺はそれを断りながら、確かに一旦落ち着くべきだと頭を冷やし、ベンチに戻る。

 しばらく息を整えた後、俺は、少し考えてから、星ノ守に改めて切り出した。

「星ノ守。もう一度確認するが……お前、雨野のこと、ツンデレ的に好きとかは……」

「まったく無いです。無人島に二人で残されたら舌を噛むレベルです」

「あそう……」

 マジな目の本気否定だった。それを受けて、俺は改めて作戦を検討する。

「(運命的なこの状況を説明するのは簡単だが……現時点でそれやっても、互いに嫌悪感抱くだけかもしれんぞ、これ。い、一体どうするのが正解なんだか……)」

 いや完全に第三者ではあるのだけれど、目の前でここまで「惜しい」状況を見せられると、そりゃソワソワはするわけで。天道に関してもそうだけど、漫画やラノベの主人公とヒロインを応援しちまう感じに超近い。面白すぎる。

 星ノ守の方を見やると、彼女は俺を多少気にしながらも、ソシャゲの救援要請の締切り時間が差し迫っているのか、スマホに視線を落としてタップ操作していた。

 俺は、とりあえず少し探りを入れてみることにする。

「星ノ守さ……ええと……そうそう、なんで、お前、《MONO》なわけ?」

「え? あ、はいはいっ、このネーミングですか。すっごい単純ですよ」

「単純? ああ、『ほしのもり』の、『のも』の部分をひっくり返してとか――」

「いえいえっ、母の旧性が《物部もののべ》なので、そこから貰ってです。ほら、ネット関係って少し自分から遠くしたいじゃないですか。あ、ですから、その流れで《のべ》ってハンドルネームも使ってますよ。主に、ゲーム作る時とか」

「運命の人すぎんだろうがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 再び絶叫し立ち上がる俺に、星ノ守がびくんと怯え、公園に居た親子連れがそそくさと俺から距離をとる。俺はすぐに「あ、すいません」とぺこぺこ頭を下げて座るも、興奮は全く抑えきれなかった。《のべ》かよ! 《のべ》なのかよっ、お前! なんだこれ!

 既に救援要請クエストを終えたらしい星ノ守がスマホをしまって本気で俺に動揺の視線を向ける中、俺はこほんと咳払いして、今一度、訊ねる。

「星ノ守。お前、雨野に男としての魅力とか……感じないか?」

「男としての魅力云々以前に、自分、今や彼の人間としての尊厳さえ認めてないです」

「いくらなんでも嫌いすぎんだろう!」

 なんなんだよこの二人は! ここまで人は、人を嫌いになれるもんなのかよ!

「お前ら、一点を除いて趣味が完全に合ってるだろうがよ……」

「だからこそです! そこまで同じ経験しながら……それでも《萌え》を擁護するその感性が、ホント信じられないです! 自分のダークサイド見ている気分なんです!」

「……あー……」

 要は、同族嫌悪の最上級か。なまじ共通点が多すぎるだけに、それらの経験を踏まえて出す結論が別だと、途端に、激烈な対立を起こす。

 俺は思わず頭をくしゃくしゃと掻いた。

「(やべぇ。これは、案外根深いぞ。こいつら、ゲーム部の一件からも分かる通り、無駄なプライドだけは超一流だ。だとすれば……いくら状況が運命的でも、それを明かして得られるメリットは現時点で皆無! でもこのまま互いに敬遠しあって接点を無くしてしまうには、あまりにも……)」

 ここまで運命的状況が揃っていて、しかし互いに距離とったまま疎遠とか、絶対無いだろう! マジで! でもこのままだと、二人が積極的に会うことは絶対に無いわけで。

 俺がぐるぐると悩んでいると、なにか気を遣ったのか、星ノ守が話題を転換してきた。

「えとえとっ、あの、それで、ゲーム制作に関する相談なんですが……」

「ああ……なんかそんなこと言ってたっけ」

 頭ではどうにか雨野と星ノ守を引き合わせられないかと思考を巡らせながら、星ノ守の相談に応じる。

 彼女は豆乳の残りをちびちびストローで吸い上げながら、切り出してきた。

「元々自分、趣味で簡単なゲーム作って、ネットで公開していてですね……。でもでもっ、そのっ、なんていうか、実は評判がイマイチでして……」

「ああ、知ってる。なんせお前、《のべ》なんだもんな……」

 こんな大人しそうなフリして、中身意外とえげつないんだよな……。俺が嘆息して呆れていると、突然、星ノ守が驚いた様子でガタッと立ち上がって俺を見つめてきた。

「も、もしかして上原さん、自分のゲーム知っているんですか!? 全然マイナーなのに!?」

「? ああ、まあ、その、実は一本だけ最後までやったことあるぜ。っつーのも……」

 話の流れ的に、サラッと雨野のことを明かしちまおうかな、なんて思ったその矢先。

 星ノ守はその瞳をキラキラ輝かせて、俺の目を見つめてきた。

「こ、ここっ、これはもう、ホントに運命としか思えないですね!」

「そうきたか!」

 違ぇんだよ! 確かに運命なんだけど、それは、俺じゃねぇんだよ! そう説明したいものの、しかし、なんか勝手に超盛り上がっている星ノ守を見ると、どうにも雨野のことを切り出しづらい。俺はとりあえず、軽く確認してみることにした。

「ええと、星ノ守。お前のフリーゲームさ。もし……もしもだぜ? もし、雨野がお前を制作者だと知った上で、プレイすることなんかあったりしたら……」

「……自分は、カラスに生きたままカラダをついばまれて、自然に帰ります」

 やはり目がマジだった。俺は頭を抱える。

「(ど、どうすんのが正解なんだよこの状況! 客観的に見て雨野と星ノ守は完全に運命の人だ! このまま互いに距離をとるとか、マジでありえない。あんまりだ。だけどこのままじゃ、いくら状況が揃っても、どうにも……)」

 俺が悩みに悩んでいると、星ノ守はまた相談を再開させてくる。

「それで、あの、上原さんは、自分の……《のべ》のゲーム、どうでしたか?」

「え? あー…………その……なんつうか……ど、独創性に富んで――」

「あ、もう結構です」

 何か察した様子で引き下がる星ノ守。お前等、そういうとこだけは鋭いな!

 星ノ守は深く嘆息する。

「自分は最初、完全に趣味でゲームを作ったんです。誰かに見せるとかでもない、自分だけのゲームを作りたかっただけで」

「ああ、そういうのは誰にでもあるな。漫画や小説書いてみたりとか」

「ですです。で、いざ出来上がってみると、その、愛着湧いてしまって。それで、ネットで公開してみようかなー、って。……そしたら、ホント数件なんですけど、いい感想貰えて、すっかり舞い上がっちゃって、二作目、三作目とやるようになって……」

「楽しそうでいいじゃねえか」

「楽しそう……ですか。確かに、楽しいは、楽しいんですけど……」

 そこで星ノ守は唇をきゅっと噛み締めた。どうやら、ここからが本題のようだ。

「でもでも……最近、良く分からないんです。というのも、自分が好き勝手楽しく作ったゲームってその……上原さんもそうですけど……」

「評判良くないわけだ」

 そりゃ、あれじゃなぁとは思う。ホントに独創的すぎる。

「でもでも逆に、人の感想意識して無難に作った作品は……その……」

「評判良いわけだ」

 こくりと頷く星ノ守。そういや、雨野もなんか言ってたっけ。《のべ》のゲームでも二作目だけは比較的まともで、ランキングにも軽く入ったことがあるとか。

 星ノ守は苦笑いする。

「そ、その、大した作り手でもないのに、なにいっちょ前に悩んでんだって自分でも思うんですけどっ。それでもその、答え、全然出なくて。今は結局好きなもの作っているんですけど……やっぱり評判は全然で」

「ただ創る行為が好きってんなら、それでも別にいいんじゃねえの?」

「……そう割り切れたら、簡単なんですけどね。一度人からいい感想貰うと……その喜びが、忘れられなくなるわけでして……」

「じゃあ、いい感想貰える作品作りしたらいいじゃんか」

「そ、そう思って超無難な二作目作ったわけなんですけど。でもその、それはイマイチ、褒められても、そこまで激しく嬉しくはなくてですね……」

「まあある意味お前の本来の作風否定に繋がるわけだしな……」

「ですです! いえ全然嬉しくないわけじゃないんですよ? 実際、また好き勝手やった三作目でコケたら、自分落ち込んだわけで。でもでもいつか、自分の本当の作風こそが受ける日が来るんじゃないかと信じて、今もやっているわけですが……」

「やっぱり、うまくいかねぇと」

「ですです。だから、実は次はまた、無難なヤツ作ってみようかなと思っていまして」

「な、なんか無限ループ地獄だな」

 世の中のクリエイターなんつうものは、多かれ少なかれそんな逡巡の繰り返しなのかもしれんが。実際そこに答えなんかねぇんだろうし。

 俺が正直割とどうでも良い気分で「で?」と話を促すと、星ノ守が続けてきた。

「でもでも実は、一人、自分の本当の作風こそを……好きって言ってくれる、凄く奇特なファンの方が、いてですね」

「……ああ……それどうせ、《ヤマさん》とかってハンドルネームのヤツだろ?」

 雨野が話していたハンドルネームの一つを挙げてみる。星ノ守は肯定してきた。

「? え、どうして……って、あ、はいはい、そっか。ブログのコメント欄見てくれたりしたんですね? そうなんです」

 いや、もう、なんでお前らまだ付き合ってねぇんだよ。その赤い糸、一体どこでどう絡まってんの? 不良品かなんかなの?

 星ノ守がいっちょ前にシリアスな表情で語る。

「だから、自分が無難な作品作るのって……その《ヤマさん》を裏切ることになるんじゃないかって。そこで相談なんですけど。あのあの、上原さん、どうしたらいいですか?」

「雨野に訊けよ!」

 もうホントその一言に尽きる! しかし星ノ守はそれを冗談だと捉えたらしく、「またまたっ、上原さんはそんなこと言って~」なんて若干うざいテンションで笑っていた。く、この独特の距離感の間違い方なんかも、雨野そっくりだ!

 俺は、もうこの状況をホントどうしたもんかと、改めて真剣に考え込む。

 この手のゲーム絡み悩み相談は、《ヤマさん》当人であること抜きにしてもガチで雨野が適任なのだが、星ノ守単体じゃ絶対アイツに相談しそうにもないし。けど、二人がこの件で喋って仲良くなったりしたら素晴らしいわけで。

 一方で俺は天道の恋も応援したく、上手いこと星ノ守が絡むことで逆に天道の嫉妬を煽ったりなんかできないかなとも画策しており。

 それとはまたかなり別のところで、雨野と亜玖璃の関係が気になって仕方なく、しかし、上手いこと探りを入れづらい現状にやきもきもしていて。

 そして更に更に、こんなに雨野や星ノ守にかかりきりになっているこの妙な現状は、正直、最近俺のクラス内でのリア充的立ち位置を若干微妙にしているという側面もあり……。

「(あーあ、ここ数週間で溜りに溜まったこの悩みの数々を、ずばっと一挙解決できる都合のいい手段とか、どっかに転がってないもんかなー)」

 そんな最早神頼みの様な願いを抱きながら、公園内をボンヤリと見渡す。

 遠くの砂場では子供達が砂場できゃっきゃと遊び、その脇では主婦達が井戸端会議に勤しむ。一方で公園に隣接した広場では、ご高齢の方々が社交目的のゲートボールに笑顔で興じていた。……実に平和で、ゆるーいい光景だ。雨野から聞いたゲーム部とやらの妙なストイックさとは、対照的と言ってい――。

「…………」

 ――瞬間、俺の脳内に、スパークの様なひらめきがほとばしった。

「……これだ……」

 思わず跳ねる様にベンチから立ち上がる俺。

「え?」

 そんな俺の様子を、不思議そうに首を傾げて見つめてくる星ノ守。

 しかし俺は、彼女に何も返さず……いや、返せず、まじまじと、公園内の風景を見つめ、脳内で「その天啓」の検討を重ねると。

 改めて自覚した、その、全ての悩みをまるっと一気に解決しかねない妙案の恐るべき完成度に。

 ただただ、無言の身震いを、禁じ得ないのであった。



 翌日。

『同好会?』

 放課後の二年F組教室内に、雨野と星ノ守の声が重なって響き渡る。

 雨野の机を中心に挟んで二人が距離をとって座る中、一人堂々と胸を張って立つ俺は、未だ教室内に残る数人の生徒達にもあえて聞こえるように、少し大きめの声で宣言した。

「ああっ! ここに居る俺達で、《ゲーム同好会》を発足しようじゃないか!」

『…………はぁ』

 イマイチピンと来てない様子の二人が、不思議そうに顔を見合わせる。

 俺は二人がまた喧嘩を始めてしまう前に、畳みかける様に提案を続けていく。

「聞けば、お前達は二人とも、『ゲームをする集まり』には多大な興味がありつつも、しかし『ゲーム部はなんか違う』と思っている、同好の士」

『……はぁ』

「ならばここは、新たな集いの場を作ってしまうべきだろう! 《ゲーム部》の様に、切磋琢磨する《部活動》ではない、ぬるい、メンバーが楽しむことこそを第一目的とした、ゲーム活動集団。それこそが……俺が今起ち上げんとする、《ゲーム同好会》だ!」

『おー……』

 俺の熱に押されたのか、互いの立場を忘れ、パチパチと小さく拍手するオタク二人。……やはりこの二人、俺さえちゃんと挟めば、意外とちょろい。

 見れば、教室内に残っていた他の生徒達もまた、そこかしこで俺達を見てヒソヒソ話を交わしている。……それでいい。それこそ、俺の狙いの一つだ。

「(俺と雨野と星ノ守なんつう組み合わせは、どう考えたって異質。注目は免れない。しかしそこに一つ、同好会っていう簡単なくくりを与えてやれば、妙な憶測や注目はぐんと減る! 俺も、堂々と二人と喋っていられる!)」

 まずこれが、同好会を起ち上げるメリットの一つめ。そして二つめは……。

「あの、上原君?」

「なんだ、雨野」

 ひょろっと手を上げる雨野。彼は首を傾げて、俺に訊ねてきた。

「同好会って……なにやるのさ? 今まで通りに上原君と普通に喋るんじゃ駄目? だ、だってこれじゃあさぁ……」

 彼の疑問に、星ノ守も乗っかってくる。

「あのあのっ、自分も、今まで通り上原さんに相談できれば、いいです。というのも……」

 そこで二人、互いを指さし、俺にキッパリと告げてくる。

『こいつが、超邪魔なんですけど』

「お前らホントブレないな!」

 ここまで人と人が歩み寄らないことってあるのかね! いっそ清々しいわ!

 俺は少し呆れながらも、こほんと咳払いし、あくまで冷静に、淡々と説明する。

「そここそが、この同好会の意義でもある」

『?』

「確かにお前達は同好の士だが、別に、友人関係を築けとは言っていない。あくまで、お前達が一緒に行なうのは《ゲーム同好会》の活動だ。ゲームの話をする場ではあるが、別に、仲良しこよしを強要はしていない。つまり……」

『……! て、徹底的に討論をすることもまたっ、許されている……!』

 二人の目に火が灯る。……うん、狙っていた状況ではあるが……やはり、アホだな。

 俺はしかし、そんな呆れ感情を表に出さず、ニンマリと続けた。

「どうだ、悪くないだろう? 嫌っている相手だからこそ……存分に意見をぶつけたいって状況は、意外と多いはずだ」

『ぬぬぬ……』

 二人して、まるで同じ動きで互いの顔を見ては逸らし、俺を見てはうなる。……コントかと思う程に同じ感性だ。同好会として活動するのが楽しみでならない。

 実際、これが同好会を作るメリットの二つめだ。

 たとえそれが喧嘩であろうと、二人の接点を常に確保できる。

 仲良くなろうにも、そもそも喋る場がなければ成り立たない。しかし、なんの括りもなければ、二人は意地を張って互いに遠ざかるだろう。しかし基本、この二人は、いがみ合っているとはいえ……意外に、互いを気にしている。つまり、ツンデレとまで言うと言い過ぎだが、互いに喋る機会・大義名分はある程度は欲しいのだ。

 だから、そこにこの《ゲーム同好会》という括りを与えてやりゃあ……。

『…………そういう、ことなら……』

 釣れた。二匹同時に釣れた。爆釣だ。アホ魚だ。

 俺は満足げな笑みを浮かべると、とりあえずの大まかな目的は達成したので、着席する。

 二人はちらちらと互いをどこか牽制けんせいし合いつつも。

 雨野の方が、俺に、再び質問してきた。

「でも……三人だけで、同好会って、やれるの?」

「ん? ああ、部活動になるには、明確な目的とか人数とか必要だけど、同好会なら、書類さえ出せばほぼ自由みたいだぜ、うちのガッコ。そのかわり、金とか出ねぇけどな」

「そうなんだ。ならいいけど、でも……」

 雨野の言葉を、星ノ守が引き継ぐ。

「あのあのっ、この三人だけ、なんですか? いえ、自分、そんなに人多くてもイヤですけど……その……」

 雨野とまたバチバチ視線でやりあう星ノ守。俺は、嘆息しながら応じた。

「いや、実はもう一人、声をかけてはいる。まだ入るとは言ってないんだが……」

 そんな説明をしていると、丁度、その人物が廊下から室内を覗き込んだ。F組の生徒達がギョッとする中、俺は、「おう!」と手を上げてその人物を招き寄せる。

「こっちだ天道! よく来てくれたな!」

「あぁ、上原君。遅れてごめんなさいね。ちょっと掃除長びいちゃって」

「て、天道さん?」

 雨野がびくーんと背筋を伸ばす。……なんかこいつ、日に日に天道苦手になってねぇ?

 天道は相変わらず完全無欠のニコニコ笑顔を振りまきながらこちらへやってくると、呆ける二人に向かって、丁寧なお辞儀と共に挨拶をしてきた。

「この度は、《ゲーム同好会》へのお招き、ありがとうございます。部活との折り合いもありますので、即決はできませんが、前向きに検討すべく今日は見学させて……」

 と、そこで、彼女は星ノ守を見て、なぜか少し言葉を止めた。

「…………」

「えとえと……て、天道さん」

「天道?」

 あれ? なんだ? なんで天道、星ノ守見たまま若干止まってんだ? この二人って……同じクラスだけど、別に敵対しているとかじゃねーよな? 接点なさそうだし。

 皆が疑問符を浮かべる中、天道はハッとした様子で、星ノ守に訊ねてきた。

「えと……ほ、星ノ守さんも、同好会のメンバーだったのね」

「で、ですです。……あ、その、ゲーム部断わっておいて、あれなんですけど……」

 恐縮する星ノ守。あ、確かにそういうのを失念していた。俺のミスだ。しかし……どうも、天道の反応のぎくしゃくさは、そういうことじゃない気がするが……。

 案の定、天道はなぜかちらちらと雨野と星ノ守に交互に視線をやった。

 雨野が、慌てて喋り出す。

「あ、僕も、すいません。ゲーム部断わったのに……」

「い、いえ。それはいいですけど……やっぱり……その……。……ふ、二人は、お互いが、いるから、その……《ゲーム部》より、《ゲーム同好会》を……」

『?』

「(あ、やべ、そういうことか!?)」

 そこで、俺はようやく察する。なんか分からんが……天道のヤツ、この二人が、互いを好き同士かなんかと思ってやがるのか? いや確かに、天道の嫉妬とかは狙ってたけど、ちょっと早い段階から勘違いが大きすぎる。

 俺は慌てて説明しようとするも……しかし、時既に遅し。

 天道からの意味不明質問にテンパった様子の二人は、相変わらず、その、抜群の相性とそしてここぞという場面での察しの悪さで……思い切り頷きつつ、応じた。

『あ、はい、そうです(明らかにテキトー返答)』

「(アホかぁああああああああああああああああああああああああああああああ!)」

 二人から感じられる絆(偽物)に、天道がショックを受けている。なんだこれ。

 俺が心にだくだくと汗をく中、天道は、顔を赤くして視線を逸らし、呟いた。

「……や、やはり、《ゲーム同好会》に私は、ひ、必要無いかもですね……」

「(なんかスネたぁあああああああああああああああああああああああああああ!)」

 やばい! 嫉妬は狙っていたけど、これは違う! 少なくとも彼女、《ゲーム同好会》には入って貰わないと! その上でこそ、星ノ守も天道も、雨野との距離が縮まる展開が期待できるわけで! こんな前段階でつまづいてんじゃねぇよ!

「(そして本音言うと、同好会さえ発足すりゃ雨野の放課後を縛れる上、こいつも美女二人とラブコメしてりゃ、亜玖璃にちょっかいかける余裕とかなくせるわけで! 俺も、同好会の活動と称して、雨野の行動を束縛&監視できちゃったりするわけで!)」

 実は割と打算的だった自分の本音を再確認しつつも、とにかく天道を引き止めなければと、俺は慌てて切り出す。

「とと、とりあえず、そう簡単に決めず、ほら、今日は試しに活動を……」

 しかしそんな俺のフォローの最中、雨野が天然の一言。

「あ、いや、やっぱり悪いよ上原君。僕……天道さんは、ゲーム部に専念させてあげた方がいいと思うんだ!」

「お前は鬼かぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

「?」

 無邪気に首を傾げる雨野と、彼の実質的『てめぇはゲーム部に戻れや』宣言に、ひくひくと頬をひきつらせる天道。天才か! お前、天道のプライド傷付ける天才かよ!

 俺は少し涙目になりつつ、まあまあととりなす。

「と、とにかくほら、天道も座れって、な? な? 入る入らないは別にして、と、とりあえず今日はほら、試しの活動してみようぜ! いいだろ? な?」

「え、あ、ええ、まあ、いいですけど……。……あの、それにしても上原君って、前からそんなに動きが気持ち悪かったでしたっけ?」

「ほっとけ!」

 そりゃ挙動不審にもなるわ! なんだこの状況! もう自分でも、自分が何を目的に動いているのか、最近ごっちゃだわ! 俺のリア充ライフどこいった!

 とにもかくにも、ようやく、雨野の机を取り囲むカタチで、四人が着席した。見れば、雨野がひっそり感動している。どうも、こんな面子とはいえ、実はあいつにとって夢の光景だったらしい。この、自分の机に複数人集まる状況。……なんか俺が泣けてくるわ。

 天道が「それで? 今日はなにするのかしら?」と訊ねて来る中。

 俺は星ノ守をちらりと見て、アイコンタクトで最終確認を取ると、彼女の頷きを受けて、改めてゲーム話題のテーマを提示した。

「星ノ守が作っているゲームの、次回作の方向性に関してだ」

『え?』

 雨野と天道が驚いて星ノ守を見やる。彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめると、ぽつりぽつりと、俺に昨日話した件を……《のべ》という名前であることは省いて、話す。というのも、星ノ守としては雨野に自分のゲームをされたくないらしい。絶対馬鹿にされるからと。……事実……。

「へー、チアキ、ゲーム作ってたんだ。…………つまんなそ」

「はぁ?」

 雨野は案の定星ノ守につっかかっていた。……いや、お前、そいつのゲームの、唯一人の熱狂的信者だから……。

 そのまま二人がいつもの様に喧嘩を始めた光景に、天道がきょとんとしている。……ああ、そうか、こいつ、二人が仲良しだと思ってたのか。

「ずっとこんな感じだぜ、この二人は。犬猿の仲とはまさにこのことだな」

「そ、そうなの……」

 天道が、明らかに機嫌を良くした様子で微笑む。……お前、意外と好意露骨だな。ゲーム道に邁進しすぎて、案外恋愛馴れしてねぇのか。

 俺はひとまず誤解が解けそうなことに安堵しつつ、二人の喧嘩を仲裁がてら、話を進める。

「んで、実際どう思うよ、天道や雨野は。自分の好きなもの作るべきか、それとも、人の求めるものを作るべきか」

「そんなの、断然、自分の好きなものでしょう」

 意外にも、天道が即座にキッパリと答えてきた。「や、やっぱり、そうですかね?」とおずおず訊ねる星ノ守に、彼女はしっかりと頷いて返す。

「当然よ。信念は貫くべきだわ。実際、絵画にしろ文学にしろ、本当の名作って、そういうエゴからこそ生まれるのよ」

「なるなる……確かにそうですね」

「自分を信じて創作活動に励みなさいな。技術や人気なんて、後からついてくるわ」

「は、はい! あのあのっ、自分っ、頑張ります!」

 星ノ守が背筋を伸ばし、完全に納得している。俺や雨野も、思わず感心してしまった。やはりこの女……天道は、凄い。雨野周りだと途端にアレだが、基本は、流石音吹のトップに立つ女。意見や態度にブレが無く、毅然としていて凛々りりしい。

 しかし、それだけに……。

「……あー……」

 なんか、議題が終わってしまった。……いやいや、パーフェクトすぎんだろうが、天道花憐! なんなんだよ! 多少はボケろよ! うちよりランク上の近隣高校、碧陽学園なんか、ある時期から代々、生徒会の会議がボケ倒しらしいのに! 楽しい会議って、完璧超人いたら成り立たねぇのか! 初めて知ったわ!

 場を妙な沈黙が満たす。……あれ、同好会って、こんな感じなんだっけ……。

 俺はだくだくと汗を掻き……苦し紛れの、そしてあまりに無責任なやり方だと分かりつつも……思わず、雨野に話を振ってしまう。

「よし、じゃ、あ、雨野はどう思う?」

「ええっ!?」

 あんな完璧回答提示された後に酷いよっ、というテンションで雨野が睨み付けてくる。……うぅ、すまん、雨野。でも……俺にもどうにもできないことはあるんだ!

 また、雨野の危機を敏感に察した星ノ守が、イヤらしく笑って訊ねる。

「あー、自分も聞きたいなぁ、ゲーム大好きで有名な、ケータの意見」

「く……チアキ、お前……!」

 なんつう醜い争い! その光景に動揺した天道が、俺に訊ねてくる。

「あ、あの、この二人、色んな意味で、犬猿とかそういうレベルではないんじゃ……」

「ま、まあ、独自の関係性ではある……かな」

 それ以上、俺にも答えようがない。あまりに特殊すぎる。悪い意味で。

 なんにせよ、皆の注目が雨野に集まる。

 彼は、散々星ノ守を睨み返した後……しかし、諦めたように嘆息すると、頭をボリボリと掻き。そして、意外にも、かなり気の抜けた様子で、答えてきた。

「正直、どっちでもいいかな」

『……は?』

 その、天道とは対照的もいいところな、あまりにぞんざいな意見に。

 星ノ守が、案の定噛みつく。

「ななっ、なにそれ。ケータは……じ、自分のゲームなんて、どうでもいいって……」

「あ、うん、それもそうなんけど」

「あ、あなたねぇ……」

 またバチバチやりあっている。天道が「むしろ逆に凄く仲良く見えるのですが……」と俺に呟いてきた。うん、俺も結構そう見える。たまたま喧嘩中なだけの夫婦に見える。

 星ノ守に散々言われる中、雨野は続けてきた。

「でも、チアキ相手じゃなくても、実際どうでもいいかな。作り手が、売れ線狙うだの狙わないだのって。僕的に大事なのは、出て来た物が面白いか否か、それだけだし」

「お前、そんな、元も子もない……」

 俺が呆れた様に呟くと、しかし雨野はしれっと「でもそうでしょ?」と応じてきた。

「信念貫いた作品が傑作なこともあれば、どこかで見た事あるエンタメ要素をうまいこと組み合わせた作品がそれでも超絶面白いことがあるわけだし。逆も然りでさ」

「な、なにそれ。じゃあじゃあっ、ケータは、自分の好きなゲーム制作者に求めるものは、なんにもないわけ?」

「え、あ、うん。そうだね」

『…………』

 彼の、天道とは本当に真反対すぎると言っていいその主張のなさに、流石に俺達も少し呆れる。しかし……雨野は、「でも、だからさ」と続けてきた。

「好きに作ればいいんじゃないのかなぁ、チアキは。チアキが表面的に人気を狙おうが狙うまいが、どっちにしろ、それはやっぱりチアキの作品じゃん」

「え?」

 その言葉に、星ノ守がどこかハッとする。俺と天道も、気付けば雨野の意見に聞き入っていた。

「信念貫いて作ったのも、チアキの作品ならさ。人気とるためにチアキが工夫をこらして作った作品だって、チアキの努力の結晶でしょ? それって、そんなに違うの?」

「それは……」

 星ノ守が少し動揺して視線を逸らす。雨野はしかし、やはり天道に比べて自分の意見がとても浅はかだと思っているのか、天道をちらっと見て照れた様子で頭を掻き。

 星ノ守に対するのとは全然違う、かしこまった口調で天道に説明する。

「あ、その、僕も、フリーゲームで大好きな作者さんがいるんですけど。その人のゲームの何が好きって、細部から滲み出る人間性みたいな部分なんですよ。だから……その作者さんが、実際表面的に人気狙おうとなにしようと、多分、その核の所はずっと変わらないかなって。だったら、僕はなんの問題も無く全然好きだなって、そう思って」

『…………』

「な、なんか、すっごい浅はかで、すいません……。ま、まあ、ほら、僕、もともとチアキの作る駄作とかどうでもよかったんで……」

「そこそこ!」

 星ノ守がギロッと睨むも、不思議とそこには鋭利なとげとげしさが感じられなかった。

 天道もまた、自分の意見と殆ど真反対のことを言われたにもかかわらず、柔らかく微笑んでいる。

「そう……。……そうね。ようやく、なんとなく私にも分かってきたわ。雨野君は……うん、そういう人、なんだね」

「え、あ、す、すいません……」

 雨野が完全に怯えて縮こまる。……あ、こいつなんか勘違いしてやがる! 天道、めっちゃ愛おしそうな顔で言ってんじゃんかよ! なんで怒られていると思い込んでんの!? 基本的に敏感さが、自分を卑下する方面にとがってやがるぞこいつ!

 ……まあ、しかし、意外といい雰囲気にはなったかな。ここらが、潮時だろう。

「じゃあ、今日の所はこれぐらいで締めとっか」

 俺がそう切り出すと、三人も特に問題無いといった様子で頷く。気付けば教室には俺達以外、もう誰も居なかった。

 全員が帰り支度を始める中、俺は天道に改めて声をかける。

「で? どうするよ、天道。お前も《ゲーム同好会》……入ってくれるか?」

 俺の質問に、天道は少し迷った様子で、雨野を一瞥いちべつする。……ふむ、もう一押しか。

 俺は雨野や星ノ守に聞かれないよう少し天道に寄ると、彼女にそっとささやいた。

「そういや、雨野が星ノ守と喋る様になったきっかけはな。お前だぞ、天道」

「え?」

「あいつ、お前といつかまた対等に喋れる様にって、頑張って、同じゲーム好きの人間と喋ることから始めようとしたんだ。まあ結果は……アレではあったけど」

「そ、そうなんだ。わ、私と……ちゃんと喋るために……」

 天道の頬が、みるみる紅潮していく。

「(よし……最後の一匹、釣れたな)」

 俺はニヤリとほくそえむ。予想通り、天道はおずおずと答えてきた。

「そ、そうね。今日は楽しかったし……私、かけもちでここに――」

 ふぅ、これで、ようやく一安心だ。この調子で、うまいこと同好会を続ければ、きっと雨野はどっちかとくっつくだろ――って、あれ? あそこにいるのは……。

「亜玖璃か? どした?」

 気付けば、F組の教室入り口に亜玖璃が来ている。天道との会話を一旦中断して俺が声をかけると、彼女はなぜかびくーんと反応した後、なんだか気まずそうに「た、祐……こ、こんちはー」と不思議な挨拶をし。そして、その場に居た天道と星ノ守を見ると……。

「……はぅっ」

「?」

 急に、ちょっと涙目になった。……? なんだ? これは一体……。

 まあなんにせよ、別に約束とかはねぇはずだけど、亜玖璃は俺を迎えに来たのだろう。そういうことならと、俺は少し急いで身支度を始め――。

「ちょ、ちょっとちょっと! あまのっち! あまのっち! 早くこっち来る!」

「あっ、はい、アグリさん! す、すいません! で、では皆さん、僕、ちょっとこれから彼女と用事あるんで、今日はこれで!」

 亜玖璃に呼ばれた雨野が、急いで身支度を調えて駆けだしていく。俺と天道が唖然とする中、入り口付近でそうして合流した二人は……。

「う、うー! あ、あまのっち~!」

「お、おおっ、落ち着いて下さい、アグリさん! と、とにかく、いきましょう!」

『…………え』

 なんだか物凄く親密そうに、涙目のアグリに雨野が寄り添うカタチで、そそくさとその場から去っていってしまった。

『…………』

 茫然自失状態の俺と天道に対し。

 このカオスな状況を気にもせず、ただ一人淡々と身支度を調えていた星ノ守が、俺達の背後から、衝撃の一言を発す。

「でもでもっ、ホント、世の中分からないですよね。あのケータに……あんな可愛いカノジョさんがいるだなんて。ね、上原さん」

『…………は?』

 ロボットの如くギシギシと首を鳴らしながら振り返る俺と天道。

 星ノ守はキョトンと首を傾げて、答えてきた。

「自分ここ最近の帰宅時、よく見かけますよ。あの二人が、凄い親しげにしているところ。ってかてか、ケータ自身が言ってましたし。あの人、カノジョだって」

『…………は?』

「なんか納得いかないですよね。ケータにはもったいないっていうか、ケータにお似合いの人ってもっとこうゲーム好きでオタクな……って、あれあれ、自分なに言ってるんでしょ。あっ、えと、もう次のバス待たなきゃです! お二人とも、さようなら!」

『……さ、さようなら……』

 慌てた様子でとてとてと去って行く星ノ守。ただ二人教室に残された俺と天道は、二人、しばし顔を見合わせるも。

 天道は、ぎゅうっと強く自分の鞄を握りしめたかと思うと。

 瞳にうるうると涙を溜めながら……突然、ダッと駆け出しつつ、叫んで来た。

「私、やっぱり《ゲーム同好会》参加はお断り致しますぅぅうううううううううう!」

「ですよねっ!」

 もうフォローする気にもなれない! そりゃそうだ! っつうか、それ以前に……。

「俺が、既に《ゲーム同好会》やめたいんですけどっ! な、なにこれ!? え!?」

 全ての問題が一挙に解決できると思われた、この《ゲーム同好会》発足の放課後。

 後にして思えばこの日こそが、むしろ、全ての複雑な人間関係の発端だったとは。

 その時の俺は――うん、意外と予感できていたのであった。


雨野景太


 どうしてこうなった。

「えぅ……ひぅ……うぅ……」

「あ、アグリさん、すいません。僕が不甲斐ないばかりに……」

 喫茶店で向かい合い、沈痛な面持ちで座る男女。女の方は先程から泣き続け、男は、ただただ申し訳無さそうにこうべを垂れる。

 どこからどう見ても、完全に、別れ話の光景だった。

「(ま、ある意味間違ってないんだけど……)」

 僕はカラカラの喉に、ドリンクバーから取ってきたアイスコーヒーを流し込む。……音吹高校の生徒があまり利用しない、それでいてドリンクバーの安いこのファミレス自体は問題無いものの……周囲からの苛烈な視線のせいで、居心地は最悪だった。

 アグリさんは、濃いめの化粧が落ちる程に泣きはらす。……正直化粧落ちてるぐらいの方が彼女は抜群に可愛かったのだが、今それ言う空気じゃないのは百も承知なので、アイスコーヒーごと言葉を飲み込む。……うんうん、失恋中の女の子の励ましかたって、そういうことじゃないよな、うん……。………………。………………。

「あ、アグリさんって、化粧薄い方が可愛いと思います」

 言ったった。ぼ、僕の、女性に対する話題ストックの無さをめないで頂きたい!

 案の定、アグリさんはギロッと本気で睨み付けてくる。

「うっさいキモイなにそれサイテー」

「で、ですよねー」

 視線を逸らして、ちうーっとアイスコーヒーをすする僕。……周囲からの視線が、一層痛い。背後の席のOLが、なんかドン引きしている気配がする。泣きたい。

「……はぁ。……もう、サイアク……」

 とはいえ、今のくだりでどうにかアグリさんを泣き止ませることはできたみたいだ。

 彼女は僕が取ってきたコーラーを一口飲むと、「ぬるっ」と悪態をついた。……いや、だってそれ、僕が持って来てから貴女がずっと放置していたせいですよね。うん。

 …………。

「はい、どうぞ」

 気付けば僕は素早く彼女に新しいジュースを運んで来ていた。彼女の飲み残しぬるめコーラは、僕が頂くことにする。勿論、関節キスとかするとまた色々言われそうなので、ストロー使用だ。

 アグリさんは冷たいメロンサイダーを飲むと、ふぅと一息つき、涙を拭って僕を見つめて来る。

「……なんなのさ、あの女達……」

「……えと……」

 視線を逸らす僕。ヒソヒソと「サイテー」などと喋るOLさん達。うん……わざとやってるのかってぐらい、これ、僕の浮気見つかった感じの会話ですよね。ま、まあ、ある意味、三割ぐらい正解なんだけど。

 僕はだくだくと額に汗を掻きながら、今日の報告をする。

「なんか……その、チアキと天道さん巻き込んで、なぜか同好会することに……」

「なんでそうなんのさぁー!」

「い、痛い痛い! 耳引っ張らないで! アグリさん! 人の視線も痛いから!」

 アグリさんは僕の耳をギュウギュウ引っ張った後、フーフーと動物みたいに荒く息を吐きながら、続けて来る。

「あまのっち言ったよねぇ!? 星ノ守千秋と、祐はなんでもないって! 勿論男好きとかでもなくて、祐は、亜玖璃のことがちゃんと好きだって!」

「い、言いましたね……」

「で、あまのっちが亜玖璃と祐のことを断然応援してくれるって言うから、亜玖璃、機嫌良くして、あの日ドリンクバーおごってあげたよねぇ!」

「奢られましたね……安いし、最初だけでしたけど……」

「はぁ!?」

「なんでもないです!」

「それがどうして……どうしてっ、あれからどんどん状況悪くなってるのさー!」

「ど、どうしてなんでしょう……」

 こっちが聞きたい。なんだこれは。どうしてこうなった。

 いや、誤解無きよう言っておくと、最初は、心から、上原君と亜玖璃さんのカップルは相思相愛だと信じていたんだ。だってそうでしょ? 亜玖璃さんからのラブラブ光線は言わずもがなだけど……上原君も、亜玖璃さん、大事にしている感凄かったし。

 だけど、雲行きがおかしくなってきたのが、一週間前。つまり……チアキの登場だ。

 アグリさんが、もはや何度目か分からない、くだまきを始める。

「そもそも、あまのっちの見立ては最初から外れっぱなし! 星ノ守千秋のこと、全然美人とかじゃないし、積極性も無いヤツだーとか言ってた癖に……」

「い、言いましたね。……だ、だって、アイツ最初はホント――」

「翌日、いきなり超美少女化して、明らかに好意ありありで、祐に声かけてくるしぃ!」

「う」

 あれはいくらなんでも予想外すぎた。いや、僕から見たらチアキ、別に最初とそこまで印象変わらないんだけどな。むしろ長いワカメの時の方が、ぼくは「らしい」と思うけど……って、そんなことはどうでもいいか。

 とにもかくにも、チアキは、学園中が認める美少女になってしまったわけで。そんな女の子が……しかもゲーム好きの女の子が上原君を好いているとなれば、そりゃ、ゲームがキッカケで彼を好きになったアグリさんは、心中穏やかじゃないわけで。

 僕は苦笑いで、フォローに入る。

「で、でもほら、アグリさんだって、天道さんと上原君をお似合いだとか、言ってたらしいじゃないですか」

「それとこれとは話が別! だって、あの時は天道さんって、雲の上の人だったし。祐は……元々ほら、亜玖璃なんかには勿体ない、せ、世界一カッコイイ男子だし……」

「…………」

「なにさその目」

「あ、いえ、人の惚気のろけ話ってホント食えたもんじゃないなと実感して――」

「あ?」

「なんでもないです。上原君、最高。イケメンすぎますよね!」

「なにそれキモイんですけど」

「どうしろと!」

 理不尽だ! 僕の中でアグリさんは、ある意味天道さんと同じくらい苦手すぎる! チアキも苦手だけど。……あれ、僕って、もしかして、女性全般苦手? ま、まさかな。

 アグリさんは、ストローでメロンジュースの中の氷を掻き回す。

「そうこうしている間に、なんか祐、どんどん星ノ守千秋と会うようになるし……」

「あれは、アグリさんの『ちょっと距離をとってみよう作戦』が失敗したせいじゃ……」

「あん?」

「すいませんあれも僕が悪いです。理由は分からないけど、とにかく僕のせいです」

 でも、アグリさんがちゃんと放課後上原君と過ごしていれば、ああはならなかった気がするけど……。僕も無駄に尾行に付き合わされたりしたし。ゲームしたかったのに。

「そして、なによりのトドメが……」

「ああ……あの日ですね」

 チアキと上原君が、公園で二人で喋っていたあの日……通称XDAY。僕とアグリさんしかそう呼んでないけど。

 しかしあれは、本当に決定的すぎた。どこかでまだ、チアキなんか取るに足らない存在で、アグリさんの方が全然可愛いから大丈夫だと思っていた僕の慢心を……完全に打ち砕いた、あの日。アグリさんの希望を、粉微塵にした、あの爆弾発言。

 そう……あの日、上原君は。僕達が、遠目から見守る中。

 チアキの肩を掴んで、真剣な瞳で、彼女に、こう叫んだんだ。

「運命の人すぎんだろうがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

『…………』

 当時のことを思いだし、再びファミレスでずーんと落ち込む僕ら。あれは……いくらなんでも、ない。正直、僕まで超ショックだった。チアキがどうとかじゃなくて……その……上原君って、カノジョ居ながら、そういうことするタイプだったのかと。

 アグリさんが「で」と続ける。

「……あまのっち。あの後アンタ、言ったよね。『僕は決心しました! なにがなんでも……絶対に、上原君の目を覚まさせます!』って。亜玖璃がちょっと感動しちゃうぐらい、意外と男らしく、宣言してくれたよねぇ?」

「し、しましたねぇ……」

 いや、本当にその気持ちに、嘘偽りはないんだ。アグリさんのことに関して責任を感じていたのは勿論だけど、ここしばらくの付き合いで、アグリさんを心から応援する気持ちになっていたし。だから、本当に、決意はしていたんだけど……。

 アグリさんは、今一度、僕に絶叫してくる。

「それが、どうしてあまのっち含めた男女四人で、キャッキャウフフの《ゲーム同好会》発足しちゃってんのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「僕にも分かりませんよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 二人で怒号を飛ばし合うも、店員さんに「もう少しお静かに……」となだめられて、二人、全力で謝り倒してから、しょんぼりと再び着席する。

 ……僕は、ぽつりと呟いた。

「すいません……《ゲーム同好会》発足に関しては、本気で僕のミスです。なんか……すっかり舞い上がって、チアキと上原君に余計接点ができちゃうこととか、頭から飛んでて……。ただ天道さんの登場に関しては、本当に突然のことで……」

 まさか、上原君が天道さんまで――たらしこんでいただなんて! しかしそれで得心もいく。最近天道さんが僕によく構ってくれたのは、上原君に気があったからなんだな。

 …………。

「(……あ、あれ、なんだろう。今意外と胸にずんと来たぞ? 自分が天道さんとどうこうなろうだなんて身の程知らずなこと、もう全然思ってないはずなのに。おかしいな)」

 自分の不可解な気持ちに首を傾げていると、アグリさんが嘆息した。

「……ごめん。あまのっちが悪いんじゃないことぐらい……亜玖璃だって、わかってるよ。……ありがとね、あまのっち。なんか……色々付き合ってくれて」

「アグリさん……」

「あまのっちってさ……本当はキモオタBL疑惑男子なんかじゃなくて……」

 そこで一拍おいて、アグリさんは優しく微笑む。

「キモオタBL疑惑お人好し男子だったんだね」

「素直にランクアップが喜べないんですが! っていうかまだBL疑惑あるの!?」

「…………はぁ。まぁ、でも実際、祐と付き合い始めた頃から、薄々分かってたんだよね……。祐は、あんまり亜玖璃に興味ないんだろなーって」

 コップの水滴を指先でなぞりながら、アグリさんが苦笑する。僕はなんだか、酷く苦々しい気持ちになった。

「……それでも、アグリさんは、今も全く変わらず上原君が好きなんですね」

「あ、うん、それは勿論!」

 今度は何の躊躇いもなく笑うアグリさん。僕は、思わず表情を顰めてしまう。

「なんか……僕、アグリさんが辛そうなとこばかり見ているせいか、よくわかんなくなってきました。それで……いいんですか?」

「あはは、いいも何も無いよ。好きなんだから仕方無いじゃん?」

「で、でもほら、お互い、もっと話が合ったりする人を好きになれば――」

 なぜか、さっきから僕の頭に天道さんの顔がちらつく。そう、最初から、無理に上を見たりなんかしないで、もっと、地に足をつけて……。

「あはははっ、ホント馬っ鹿だなぁ、あまのっちは!」

「……え?」

 見ればアグリさんは、本当に「なに言ってんの?」という表情で僕を見つめ、実に淡々と、それがまるで世界の真実かのように、告げて来た。

「恋って、するもんじゃなくて、落ちるもんじゃん」

「…………」

「そんなのもう、どうしようもないよね。事故みたいなもんだもん。辛くても、身の丈に合って無くてもさ……ま、落ちちゃったんなら、しゃーないしゃーない」

「あ、アグリさん……」

 な、なんだこの、僕の方まで切なくなるこの感じ! 僕は、人の恋愛事情に首を突っ込めるような大人の男じゃないけれど……それでも……。

「あ、アグリさん!」

「? あまのっち?」

 僕は思わずあぐりさんの手を両手でぎゅうっと包み込むと、力強く宣言した!

「ぼ、僕、これからも、二人がヨリを戻せるよう、尽力しますから!」

「あまのっち! うん、ありがとっ! 二人で今後も頑張ろうね!」

「はい!」

「って、あれ?」

「? どうかしました?」

 二人で一致団結して手を握り合っていると、ふと、アグリさんがファミレスの窓から外を見やった。

「今、そこで信号待ちしてたバスの中に、例の、星ノ守千秋がいたような……」

「? ああ、彼女のバスが向かう方面って、確かこっちの方だったような……」

「そうなんだ……って、あ」

 アグリさんはそこで僕と手を握り合っていたことに気付き、少し慌てた様子を見せる。

「どうしよっ、なんか変な風に誤解されたら……」

「ああ、それなら大丈夫ですよアグリさん。星ノ守にはちゃんと、僕、勇気を出して男らしく、アグリさんと上原君が如何にベストカップルか、言っておいてやりましたから!」

「へー! なんてなんて?」

 興味深げに訊ねて来るアグリさんに、僕は胸を張って、堂々と答えてやった。

「『アグリさんは、最高にカレシ想いのカノジョなんだぞ!』って! 『あんなに美しくて可愛くて無敵のカノジョは、他にいないぞ! どやぁ!』って! それはもうここぞとばかりにガツンと、チアキに《絶対アグリさん宣言》しておいてやりましたよ!」

「おおっ、あまのっち流石っ! よっ、男だね!」

「えへへ、どうもどうも。まあ、なんかチアキの反応が『そ、そりゃヨカッタネー』という感じだったのは気になりますけど、うん、負け惜しみでしょうね!」

「そこまでしてくれるなんて! これは……亜玖璃も、あまのっちをちゃんと応援してあげないとだね! よし決めた! 天道さんと対等に喋れる様になるまで、亜玖璃、時には祐の誘いを断わってでも、あまのっちに付き合ってあげるよ! 女に二言はないよ!」

「な、なんと! ありがとうございます、アグリさん!」

「いやいや。今後もギブアンドテイクの協力体制でいこうね、あまのっち!」

「はいっ! 本当によろしくです、アグリさん!」

 ファミレスのテーブルの上で、妙に男らしくガッと腕をくみ交わす僕ら。

 こうしてこの日、僕とアグリさんの《連合》は見事に成立したわけだけど……。

 この《連合》がここで変に成立してしまったせいで、その後むしろ互いの足を引っ張り合いまくることになろうとは……この時どころか、高校生活の最後まで、僕らはあんまり気付かないままなのであった。


【エピローグ】


《ゲーム同好会》発足から、約二週間。

 今日も今日とて授業と同好会活動を終えて帰宅し、家族四人揃っての夕飯を終えると、僕は自室でぼんやりと巡回サイトのチェックを始めた。

 殆ど流れ作業的にニュースまとめ記事なんかを見ながら、ふと最近のことを回想する。

 結局、あらゆることに関して、あれから目立った進展は無い。

《ゲーム同好会》は活動を開始したものの、いざふたを開けてみれば、相変わらず僕とチアキが喧嘩するだけ。また、なぜか天道さんが入ってくれなかったのが痛かった。彼女がいれば、もう少し僕とチアキも大人しかったろうに……。

「(天道さんって、上原君のこと、好きなんじゃなかったっけ?)」

 イマイチ彼女が入会しなかった理由が分からないが、この件のことを考えていると最近僕は妙に胸がチクリと痛むので、深く考えないでおくことにする。

 アグリさんと上原君も、相変わらずなんかギクシャクしたままだ。っていうか、なんか最近上原君、僕に対してもギクシャクしている感がある。そこまであからさまに変なわけでもないんだけれど……。なんか、距離を感じるというか、僕を観察している感があるというか。

 おかげで、僕とアグリさんの愚痴会というか、反省会の開かれる回数は割と多い。二日に一回ぐらい、あのファミレスで互いにくだまいている。でもありがたいことに、アグリさんのおかげで、初対面の人なんかと喋る時の僕のテンパリは解消されてきた。天道さんとバッタリ会ってもちゃんと冷静に喋られるまでになったけど、なぜか最近は天道さんの方が妙に噛み噛みなので、結局会話は上手くいっていない。……精進しないとなぁ。

 そうそう、この二週間で唯一まともに進展したことと言えば、チアキがゲームを完成させたことだろう。フリーゲームの制作期間はまちまちだけど、かなり早い作業だ。案外、チアキって才能あるのだろうか? 認めたくないけど。

 結局、方向性は「多くの人に受ける」ようにしたらしい。でも、そう語るチアキの顔は、意外と達成感に満ちていた。どんな作品にせよ、努力と工夫の上で作ったのなら、それで充分なのかもしれない。……ま、僕はクリエイターじゃないから、分からないけどさ。

 でも一つ納得いかないのは、チアキが全然自分のハンドルネームを教えてくれないことだ。僕にだけは、一生やらせたくないらしい。でも上原君には教えているらしいあたり、なんか非常に悔しい。……いつか絶対、こっそり探り当ててやる。

 ――と、そんなとりとめもない思考や回想を巡らせながらサイト巡回していると、ふと、珍しいブログ更新通知が目に留まった。《のべ》さんのブログだ。内容に目を通していくと、どうやら、新作が完成したらしい。

「おおっ、やった!」

 早速ダウンロードして、プレイしてみる。実際今日は他のコンシューマーゲームをやる予定だったけれど、そんなものは放置だ。

《のべ》さんの新作ゲームは、二時間程で終わる短編アドベンチャーだった。

驚くべきことに、超展開が全然無く、ミニマムな内容ながら実に手堅く綺麗にまとまっている。

 しかしそれだけに、いつもの《のべ》さん臭は希薄だった。

 エンディング後に現れる「あとがき」まで完全に読み切ってから、再びのべさんのブログに向かい、未だ誰も書込んでいないコメント欄を開く。

 僕は少し考えをまとめた後、いつもの様に、至極端的な感想を書込んだ。

〈また新たな《のべ》さんの一面を堪能させて貰いました。今回も抜群に面白かったです! ありがとうございました! 《ヤマさん》〉

 それだけ書いて、送信する。いつもあまり長文は書かない。最初は長文感想も書こうとしていたのだけれど、言葉を重ねれば重ねるほど、なにか自分の本当のシンプルな感想から、遠ざかっていく気がして。だから結局僕は、「とにかく面白かった」ということだけ相手に伝わればそれでいいかな、と思っている。勿論、返信なんかを期待しているわけでもない。ただただ、面白いものを体験させて貰えたことに対する、率直な感謝だ。

「さて、と」

 作業を一時中断して、風呂に入り、歯を磨いて、寝る準備をして部屋に戻って来る。

 パソコンのスリープを解除すると、《のべ》さんのブログを開いたままだった。

 なんとはなしに、次回作のことを書いた新しいブログでもアップされていないかなと、更新ボタンを押す。……と。

「(あれ? コメント……二件?)」

 新しいブログこそ更新されてなかったものの、気付けば、前のブログにコメント二件の表示。他の人の感想かなと考え、珍しく思いながらも、軽い気持ちでコメント欄を開く。

 と、そこには――

〈いつも、ありがと。 《のべ》〉

 ――シンプルに、たったそれだけの返信が、書込まれていた。

「…………こちらこそですよ」

 僕はなんだか非常に温かい気持ちになり……っていうか正直ちょっと感動しながらも、それ以上返信を続けることもなく、そっとブラウザを閉じる。

「(あれ? 今の、なーんか、どっかで見た文面のような……。……ま、いっか)」

 ぼくはなんとなく今日は早めに寝ておこうという気分になり、パソコンをシャットダウンすると、ベッドに潜り込んだ。

 目をつむると、今さっきプレイした《のべ》さんの新作ゲーム画面がまぶたの裏で再生される。

「(それにしても、《のべ》さんにしては、ホント変わった作風だったなぁ)」

 それは、今までの独創性が過ぎる、傲慢で内向的な作品とは一転。

 登場人物が多く、それぞれが確固たる個性や主張を持ち、時には携帯ゲーム機を媒介とした能力バトルでしのぎを削り合う厳しいバトル展開なんかがありつつも、だけど最後には見事にふんわりと大団円に着地する。そんな、本当に心温まるゲーム――

 ――その名も《ゲーマーズ》という、大傑作で。

「(しっかし、なんか最近僕の身の回りにいる人達に置き換えられそうなキャラばっかりでびっくりだな。あと、珍しく、ほんのちょっぴりではあるけど、《萌え》的要素も入ってたし。さっすが《のべ》さん。相変わらず僕とどんぴしゃの感性だよ)」

 いいゲームをすると、心から幸せな気持ちになる。

 僕はうとうととまどろみながら、上原君やチアキ、それに天道さんやアグリさんの笑顔を思い描く。

「(随分と……僕の日常も、賑やかになったなぁ……)」

 未だに、不思議な気持ちで一杯だ。

 平凡な日常を愛する平凡な主人公とやら程、全く共感できないものはない。

 その気持ちは、この、妙に慌ただしかった約一ヵ月を過ごしても未だに変わらない。

 美少女にモテまくりな日常を過ごす野郎の何が平凡かと思うし、この間までの僕の生活のような、なんの波風もなく緩やかにつまらない日常こそを、しかし「平和って素晴らしい」という観点から愛せるような、そんな高尚な精神も育まれちゃいない。

 でも……それでも、たった一つだけ、僕の中で変わったことがあるとすれば。

 僕――雨野あまの景太けいた・十六歳の。

 異世界に行きたいという願望が、少しずつ薄れて来ているのは、事実なわけで。

「(不思議だな……前は、寝る時はいつも、どこか遠い世界のことばかりを空想していたのに。最近は……気付いたら僕、『明日』のこと、考えている)」

 タオルケットの端を掴み、身を縮こまらせる。瞼の裏に映るのは、ファンタジーな世界ではなく、上原君や天道さんやアグリさん…………あとまあついでに、チアキの、笑顔で。

 ……こうなったらもう、悔しいけど、認めなきゃいけないかな、とは思う。

 僕は、僕の今のこの日常を、その……割と、愛してしまっているということに。

「(まあ、それでもハーレム系主人公とかから比べたら、全然しょっぱい日常なんだけどね。まともな男友人が一人できて、憧れの人ができて、友人の彼女を応援することになって、あとは……ああ、ワカメが増えたか)」

 結局胸を張って友人だって言える相手はまだ一人だけ。女性の知り合いが増えたとは言っても……それも、あくまで、知り合いレベル。別にカノジョができたわけでもない。

 結局は、普通に複数の友達や愛する彼女が居るのであろうリア充平均から見れば、全然恵まれているとまでは言えない、下手すると並よりまだまだ下とも言える日常。休み時間は正直今もぼっち状態だし、いたたまれなくて一人で校内徘徊はいかいしたりもする。

 だけど、誰になんと言われようとも、僕にとってそれはやはり――。

「(明日は……誰と、どんなゲーム話が、できるかな……楽しみ……だなぁ……)」

 ――ようやく手に入れた、泣きたくなる程に幸福な、日常で。

 だから。

 だから、そんな僕が、これからも語っていくであろう、この物語は。

 僕の物語嗜好的には非常に不本意で、大変遺憾なことがら。

 なんだかんだで、結局のところ。

 平凡な日常を愛す平凡な主人公が、美少女に声をかけられたことに端を発する――

 ――実に愛おしき、ゲームの、物語なのである。

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