第6話 星ノ守千秋とすれ違い通信 中編

『…………』

 星ノ守さんと二人、閑散としたバス停のベンチに並んで腰掛ける。夕陽に照らされた背中がじんわりと温かい。

 あの後、どうにか僕の訪問意図を伝えると、彼女は戸惑いながらも、帰りのバスが出るまでならという条件で話を聞いてくれるということになった。彼女が遅くまで残っていたのは、どうやら地元行きのバス本数が少ないせいらしい。

 こうして、僕もバス待ちに付き合うことになったわけなのだけれど……。

「(やばい……教室で軽くやりとりしてこの方、まともに喋れてないや……)」

 歩いている時はまだ良かったけど、いざ座って落ち着くと、いよいよ沈黙が重たくなってくる。とはいえゲーム話題にいきなり入るのもどうなんだろう。とりあえず僕は当たり障り無い会話から始めてみることにした。

「バス……あと何分ぐらいで来るんですか?」

 僕の質問に、星ノ守さんはなぜか少しびくんと怯え、少しどもった声で応じてくる。

「……えとえとっ、じゅ、十五分ぐらい、です。……でも……まちまち……」

「なるほど、本数少ない上に到着時間もアバウトだなんて、大変ですね」

 こくり、と無言で頷く星ノ守さん。

『…………』

 …………うん。なんか、会話が終わってしまった。星ノ守さんが本当に無口かつ喋る言葉も短めっていうのはあるんだけど、そもそも、話しかけた側たる僕のトークスキルだって絶望的すぎる。天道さんや上原君と喋っていくらかマシになったかと思っていたけれど、勘違いだったようだ。あの二人が偉大なだけで、僕は微塵みじんも成長していない。

 とにかく、なにはともあれ自己紹介からだと、僕はぎくしゃくと喋り出す。

「あ、ご、ごめんなさい。今更だけど、ぼ、僕は、F組の、雨野景太っていいます」

「雨野……さん、です、か」

「は、はい。えとそれでですね……えーと……」

 ……上手い導入が全然思い浮かばない。そりゃそうだ。仲良くなる目的ですとか言えるか! マイルドな表現をしようにも、僕の対人スキルの低さをみくびって貰っちゃ困る。

 ……悶々と考えた後、僕はもう諦め、直球で、素直に本題を切り出すことにした。

「星ノ守さんは……ゲームが、好き、なん、です……よね?」

 同学年なんだし、本当はタメ語で行くべきなんだろうけど、僕にそんな甲斐性かいしようはない。

 質問を受けた星ノ守さんは、こくりと頷くだけで応じてきた。……ワカメを思わせる髪に隠れた瞳が、なにやら僕を不審そうに見つめている。

 その視線に焦りながらも、僕が、どう話題を展開したものかと頭を悩ませていると。

 意外にも、今度は星ノ守さんの方から僕に喋りかけてきた。

「あのあのっ!……や、やっぱり、ゲーム部の方、ですよね?」

「へ?」

 その意外すぎる言葉に反応できずにいると、星ノ守さんはなぜか僕に頭を下げてくる。

「すいません。何度来られても……じ、自分、ゲーム部に入る気は…………」

「え、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

「?」

 僕の焦った様子を見て、首を傾げる星ノ守さん。僕はまず誤解を解こうと声を張る。

「僕、ゲーム部じゃないですよ。えと、誘われたことはありますけど……」

「? じゃあ、兵部さんや……天道さんとは、関係ない、ですか?」

「? 兵部さんってのは分からないですけど……天道さんからは、僕も以前ゲーム部に誘われました。でも星ノ守さんと同じで、その、断わっちゃってたり……」

「…………え、自分と同じ……」

 少し驚いた様に目を見開く星ノ守さん。しかし、驚きたいのはむしろ僕の方だ。まさか、そんな部分でまで共通点があっただなんて。

 とりあえず互いのゲーム部との関係について詳しく確認しておくことにする。まず僕が天道さんとの経緯を大ざっぱに説明すると、それを受けて、星ノ守さんがどこか、少し頬を紅潮させて前のめりで話し出した。

「じ、自分もそうです! 一年生の兵部さんって子に誘われて……えとえとっ……一回、見学に行って……でもでもっ、そのあのっ、なんていうか……」

「あ、ゆっくりでいいですよ」

 ニッコリと笑って促す。まるで、天道さんと喋ってた時の自分みたいで、星ノ守さんの挙動は妙に微笑ましい。……まあ、僕なんかが上から視点なのはおこがましいけど。

 星ノ守さんは少し恥ずかしそうに身を引いた後、改めて喋り出した。

「……自分、ゲーム部、断わってしまって……。……理由は……その……」

 なんだか酷くもどかしそうに言葉を探す星ノ守さん。僕はもしやと思い、こちらから尋ねる。

「なんか、星ノ守さんの思い描く『ゲーム』と、実際の活動内容が違った……とか?」

「!(こくこく!)」

 僕の言葉にハッとして、何度も頷く星ノ守さん。僕はそれに嬉しくなり、思わず勢い込んで言葉を続けてしまう。

「ゲーム部は確かに凄く立派なんだけど、なんだろ、僕らには眩しすぎるというか……」

「! で、ですです! ひ、人とゲームするの楽しいし、競ったりもするけど……。で、でもでもっ、自分、一番になりたいとかじゃ全然なくて……」

「わかる! でもゲーム部って、やっぱり、立派な『部活動』なんだよね」

「(こくこく!)だから、誘ってくれた兵部さんとか……クラスメイトのよしみで、もう一回声かけてくれた天道さんには、凄く申し訳無かったけど……でもでも……」

「うん……僕らの拠り所たるゲームに関してだけは、ちょっと譲れない……よね」

「……はい……」

 気付けば僕らは、いつの間にか少しだけ砕けた雰囲気になっていた。上原君が想定していた以上に、僕らは、根っ子が同じ人種だったようだ。

 すっかり緊張が解けた僕は、自然に本題の方に話をシフトさせていく。

「僕さ、ぬるーいゲームとかも結構好きなんだ。作業感たっぷりのアプリとか……」

「は、はいっ、わかります。ぼんやり楽しいっていうのも、大事ですよね! 

でもでもっ、だからって、簡単なゲームだけが好きってわけでもなくて……」

「そうそう、シビアなゲームもそれはそれで好きなんだよね。ローグライクとか……」

「えと、RTSとか海外製ハクスラとか、FPSだって大好き……ですよね?」

「勿論! ま、僕、全然上手くないけどね」

「はいっ、自分も全然上手くないですけどね」

 二人、思わずくすくすっと笑い合う。

「(こんな風にゲームの話ができる人がいただなんて……今日はなんていい日なんだ)」

 僕は今、しみじみと幸せを噛み締めていた。天道さんに初めて声をかけられた日も幸福に舞い上がったけど、今日のこれもまた、あの時とは違った意味で、至福だ。

 見れば星ノ守さんもまた、最初は俯き加減だった表情をすっかり明るくして、僕の方を高揚した様子で見つめてきてくれている。

「星ノ守さんって、意外と……って言ったら失礼だけど、喋る人なんだね」

「いえいえっ、そんな、全然です。でもでもっ、あの、親しい相手の時だけ饒舌じようぜつで……」

 やばい、そこも僕と同じすぎる。どうりで話しやすいわけだ。そして口癖なのか、時折出る「あのあのっ」とか「でもでもっ」という繰り返し音から一生懸命さが感じられ、妙に人の心を和ませる。僕はほっと息を大きく吐きながら切り出した。

「いやホント、なんだか凄く安心したよ。こう、星ノ守さんって、変に異性って感じしすぎないから――って、あ。こ、これも失礼か。ごめん」

 僕の言葉に、星ノ守さんは苦笑する

「いえいえっ! 自分、こんな喋り方なんで、当然ですよ! あの……どうも、女の子言葉っていうのに、馴れないままできてしまいまして……『私』っていうのも恥ずかしいぐらいで。で、でもでもっ、だから、それが良いって言って貰えると、凄く嬉しいです」

 照れながらもニコッと笑ってくれる星ノ守さん。……じーん……。

「(こんな僕と、楽しそうに喋ってくれるなんて……やばい、少し泣きそうだ)」

 高校入学以降……いや、僕の人生のある意味悲願たる状況に、感動を禁じ得ない。

 がその瞬間、ふと、道路の先の方からバスがやってくるのが見えた。

「あ、星ノ守さん、バス、あれかな?」

 僕が凄く残念に思いながらも告げると、星ノ守さんは確認の後、「あ、はい、あれです……」と少し表情を曇らせがちに応じた。

「(ま、仕方無いよな。また今度喋ればいいわけだし……)」

 そう思いながら、「じゃ今日はこれぐらいで……」と僕は腰を上げる。星ノ守さんも「うん……」と応じ、立ち上がると同時にバスが停留所に止まり、先頭側の入り口を開けた。

 あまりしっかり見送っても星ノ守さんが気まずいかなと、僕はバスに背を向け、学校の方へと歩き出す。

「(ああ、勇気出してよかったなぁ。またゲーム話してくれるかなぁ、星ノ守さん……)」

 背後でプシュウッとバスドアの開閉音が鳴り、続いて、発車したバスが僕を追い越していく。星ノ守さん居るかなと窓を見るも、反対側の席なのか、見つけられなかった。

 陽気のせいだけではないぽかぽかを胸に感じながら、校舎への道を一人歩く。

 ――と、ふと、背後からトテトテッと誰かが駆けてくる気配が感じられた。おかしいな、この辺にはさっきまで誰も歩いてなかったのにと振り返ると、そこには……。

「え……あ、あれ、星ノ守さん!?」

「あ、雨野さん」

 僕の方に駆け寄ってきた星ノ守さんは、恥ずかしそうに目線を伏せ、正面で鞄を持つ手をもじもじと動かしながら、勇気を精一杯振り絞った様子で僕に喋りかけてくる。

「あ、あのあの……じ、自分のうちの方面行くバスは……あまり、なくて……ですね」

「う、うん、知ってる。え、だ、だから今の待ってたんだよ……ね?」

 わけが分からないという混乱半分と、何かを期待する気持ち半分で、胸がバクバクと脈打つ。

 僕が黙って次の言葉を待っていると、星ノ守さんは長い前髪越しでも分かる程顔を真っ赤にさせながら……叫ぶ様に、提案してきた。

「あのあのっ、次のバスが来るまでの一時間っ、自分と、喋ってくれませんかっ!」

 その言葉と、星ノ守さんの可愛らしさに、一瞬ほうけてしまうも。

 僕は慌てて、こちらも顔を真っ赤にしながら勢い込んで応じる!

「よ、よろこんで!」

 なんか飲み屋みたいになってしまった。行ったことないけど。

『…………』

 互いのあまりのぎくしゃく度合いに、思わず、少し笑ってしまう。

 僕らはとりあえず二人で校舎に戻ると、A組に相変わらず誰も居ないのを確認して、改めてそこで駄弁だべり始めた。

 やはり話せば話す程星ノ守さんと僕の趣味嗜好は驚く程に共通していて、下手すると生き別れの兄妹かなんかじゃないかと思える程だった。まあ実際血の繋がった弟は、僕と全然趣味嗜好が違うわけだけれど。聞けば星ノ守さんにも似た様なハイスペック妹が居るらしく、そういう点においても、僕らはいっそ気味が悪い程に似ていた。

 中でも特にゲームに関しては、過去にやっていたゲームから、そのスタンス、プレイスタイルに至るまで、まんま生き写しと言っていいぐらいの一致を見せており。

 五〇分も喋った頃には、最早最初の緊張はなんだったのかというぐらい、近しく馴れ馴れしい関係性を築いてしまっていた。

 僕は、最早上原君どころか、弟に対する以上の砕けた態度で彼女に喋りかける。

「そういえばさ、チアキ。さっき《イージスⅧ》やってたけど、やっぱり好きなの? イージスシリーズ」

 最早まさかの、女子を名前呼びである。僕らしくないにも程がある。が、対するチアキはチアキで……。

「もちろんです! あ、そうそうっ、さっきはホント助かりました、ケータ」

 チアキの方もすっかり僕のことを名前呼び捨てで、その光景たるや最早、結婚間近の円満カップルレベルだが、まあ気が合うってそういうことだろう、うん。

 …………。

 ……いや、冷静に考えればいくらなんでもおかしい急接近ぶりなのだが、そこは、互いにこれまで全然友達居なかった同士。突然理想過ぎる喋り相手が出現したこの現状において、二人とも脳内麻薬でもドバドバ出たのか、一種の酩酊状態にあったらしい。

 僕らはまるで酒でも飲んでるかの様に紅潮し、高揚した状態で、会話を交わし続けた。

 ……ある意味、これが本当の「夢の様な一時と」いうヤツなのだろう。

 僕らは次のバスの時間など完全に忘れ去りながら、距離の近い会話を続ける。

「それにしても、イージスシリーズは傑作だよねぇ、チアキ!」

「うんうんっ! あのシリーズ自分も大好きです! 特に素晴らしいのは、やはり……」

「うん、なんといっても……」

 二人顔を見合わせ、どうせここでもガッツリ気が合うんだろうという期待の下、同時に、イージスシリーズの魅力を叫ぶ。

「音楽ですよねぇ!」「キャラだよね!」

 …………。……あれ?

『…………』

 ……二人、ぽかんと顔を見合わせる。……おかしいな。今、なんか、意見食い違ったような……。い、いや、そんなはずないよな、うん。

 僕は少しいびつな微笑を作り、とりあえずチアキの方に話を合わせていく。

「あ、ああ、確かに、音楽も最高にいいよねぇ、あのシリーズ」

「う、うんうんっ、ですよね。あのシリーズの魅力はなんといっても音楽!

音楽で表現される素晴らしい幻想性! それがあってこその、統一された世界観構築なわけです!」

「まったくその通りだねぇ」

 そこは僕も全く異論が無い。イージスシリーズの音楽は確かに素晴らしい。しかしそれと同時に、あの世界観の根幹を支えているのは、やはりその素晴らしいキャラ造形――

「唯一の欠点は、若干の『萌え』要素が混入した、キャラクター造形ですよねぇ」

「あ?」

「は?」

 一瞬の、時間が止まった様な感覚。僕はなんとか微笑を作り、「いやいや」と笑った。

「なに言ってんだよ、チアキ。魅力的な現地ヒロイン達あってこその、イージスシリーズじゃないか」

 僕の発言が理解できないといった様子で、首を傾げるチアキ。

「? ま、またまたっ、ご冗談を。なに言ってるんですか、ケータ? ヒロインに関しては、イージスシリーズ唯一の欠点じゃないですか。特に後期シリーズは『萌え』に走りすぎです。『萌え』要素って、ゲームを駄目にする筆頭要素じゃないですか」

「は? え、なに言ってんの? 『萌え』は全てのメディアにとっての最高のスパイスでしょ。中核とさえ言っていい。そりゃ、配分間違えたら大変なことになるけど……」

 僕の発言を受け、段々表情が歪み始めるチアキ。彼女は必死に笑顔を作りながら告げてくる。

「ちょ、ちょっとちょっとケータ、冗談はそれぐらいにしといて下さいよ。『萌え』なんてゲームにとっては百害あって一利無い要素じゃないですか」

 それを受け、僕もまた、歪な笑顔で対応する。

「い、いやいや、冗談をやめるのはそっちだろ? 『萌え』は、男女どころか非生物にさえ……つまり万物に宿るものだぞ? どんなに硬派な作品にだって見出せる、素晴らしいエンタメ要素。それこそが『萌え』だろう」

「……はぁ?」

「……あん?」

 …………。

 ――教室の温度が、突然、二度は上がった気がした。



「お、お、大喧嘩しただぁ!?」

 上原君の素っ頓狂な大声に、朝の二年F組から一瞬喧噪が消える。

 僕は周囲の視線を気にしながらも、頬を掻きつつ小さくぽつりと応じた。

「うん……まあ……」

「な、なんでそうなんだよ……」

 ドスッと僕の前の席に腰掛けながら、威圧するように机に右肘を置いてくる上原君。

 クラスメイト達の視線がどうにか散り始めたところで、僕は上原君から視線を逸らして外を見ながら答える。

「……価値観の相違っていうか……」

「はぁ? おいおい、星ノ守はゲーム好きのぼっち女子っつー話だったろ。なんだ? まさかあっちはBLゲー専門の腐女子とかだったのか?」

「いやそういうわけじゃ……好きなゲームはほとんど完全に一致していたというか……ゲームに対する嗜好はドッペルゲンガーレベルで共通していたというか……」

「? えーと、じゃあ、あっちは意外とリア充だったり、もしくは性格が妙にいけ好かなかったりとか……そんななのか?」

「いやそこも……僕とほぼ同じ境遇で、これまたドッペルゲンガーレベルで話が合ったというか、喋り方は正直少しオタク的だけどその分異性を意識しすぎなくて凄く楽だったし、ぶっちゃけ妙に上からな上原君よりも、全然僕の友達らしいというか」

「ああん?」

「上原君大好き」

 にっこりと作り笑顔をしてみるも、それはそれでキモかったらしく、えらく上原君の不興を買ってしまった。彼がしかめっ面で訊ねてくる。

「全っ然話が見えてこねぇんだが。んだよ、じゃあお前等、超気が合うんじゃねーの? 最早友達どころか、運命の人レベルの勢いじゃねーか」

「うん……まあ、そうなんだけど……ね。実際、最初は凄く話が合ってたし……」

 上原君が本当に理解できないといった様子で首を傾げた後、話題の切り口を変えて訊ねてきた。

「それで、お前等は、一体何に関して喧嘩したんだよ? よっぽどのことなんだろ?」

「えと……それは……」

 僕は再び上原君から視線を逸らすと、彼が軽~く流してくれる様に、小声で告げた。

「…………《萌え》に対するスタンスで……」

「馬っ鹿じゃねえの!」

 即座に、大音量で全否定されてしまった。クラスメイト達の注目にも構わず、彼は激しい勢いで僕に詰め寄ってくる。

「なんだそれ! なんで初対面の女子とそんな争点で大喧嘩できんだよ!」

「いやぁ、なんだろ……これが上原君と僕の、圧倒的な対異性コミュ力の差、かな」

「別の意味で尊敬するわ! たったの一時間程度で、初対面から超気が合う運命の人、そして世紀の大喧嘩をするまで関係が進展させられるそのスピード感、俺にはねぇわ!」

「ギャルゲーの分かりやすい選択肢でも、深く考えすぎて割と素で間違う僕ですから」

「なんかお前に友達できねぇ理由の一端が見えたぞ!」

 激昂の後、完全に呆れた様子で溜息をついてぐったりと机に突っ伏してくる上原君。

「天道といい、星ノ守といい……どうしてお前は、理想のゲーム好き女子とこそ、激しくモメんだよ……」

「たとえ相手が女の子だろうと、僕、ゲームに関してだけは絶対譲れないんだ!」

「なんつー駄目な男気! ぼっちオタ童貞野郎が変なプライドこじらせると、こうなっていくのか!」

「……ね、ねぇ、上原君。さっきの僕の『譲れない』発言、なんかちょっと格好良くなかった? これが小説だったら、一行空けて強調する勢いの名言――」

「お前、ホント、そういうとこだぞ! キモすぎる!」

 なんか上原君にガッツリ怒られてしまった。……おかしいな。僕の、こういう、無駄に信念あるとこ、案外美徳なんじゃないかと最近思っていたんだけれど。どうも、完全に勘違いだったらしい。難しいな、人間って。

 上原君が完全に失望の眼差しで僕を見つめている。僕は、少しだけ反論させて貰うことにした。

「そ、そりゃ、天道さんとのことに関しては、完全に僕が悪かったのは認めるけどさ。今回に関しては……チアキと僕、フィフティーフィフティーだと思うよ」

「っつうか名前呼びかよ。一日でどんだけ関係深まってたんだお前等。……まあそれはさておき、確かに大喧嘩っつーからには、あっちも言い返してきているわけだもんな……」

「勿論。ちなみに喧嘩の内容を大まかに言うと、要は、ゲームや他メディアにおける《萌え》要素のアリナシ論争。僕は、大いにアリ派。あっちは、百害あって一利無し派」

「うん、そのテーマで大喧嘩できるあたり、お前ら、超気が合うことは分かった」

「やめてよ! あんなのと気が合うなんて、吐き気がするね!」

「どんだけ関係こじらせたんだよ! 最早離婚した夫婦レベルじゃねえか!」

 僕がムスッと腕を組んで黙り込むと、上原君は深く深く嘆息し……そして、えらく面倒そうな様子で僕を見つめてきた。

「まあなんだ……とはいえ、基本的には気が合うんだろう? だったら、お前の方から軽く頭下げて仲直りしろよ」

「はっ、そんな生き恥を晒すぐらいなら、切腹した方がマシぜよ!」

「キャラ的に全く似合わない武士の覚悟見せるぐらいイヤなのかよ!……はぁ、分かった分かった。じゃあ、今日の放課後は、俺も一緒に行ってやるからよ? な? 間に一人入れば、お前等も、ちょっとは冷静に話し合えるっつーもんだろ? な」

「……………………まあ、上原君がどうしてもと言うなら、やぶさかではないで候」

「うん、今俺も、お前の友達やめたくなったわ。なったけど、正直お前と大喧嘩する星ノ守には超興味出てきてるから、放課後付き合ってやるよ」

 上原君はそう言うと、実に気怠そうに肩を揉みながら自分の席へと戻っていく。

「(……まあ、確かに、上原君が間にいれば、多少は互いに譲歩できるかも……な)」

 僕だって、別にチアキと喧嘩したくてしているわけじゃない。仲良くできるなら、まあ、それが一番だ。うん。

 僕は放課後に淡い希望を抱きつつも、ソシャゲを再開させたのだった。



 結論から言うと、全然駄目だった。

「はぁ!? ちょっと何言ってるのさっ、ケータ! 《萌え》に走りすぎた日本のゲーム業界と、ゲーム性やドラマ性を追究した海外のゲーム業界! 今どっちに勢いがあるかなんて、少し考えれば分かることだよねぇ!? ば、ばーかばーかっ! まったく、これだから視界の狭いちびっこさんは……」

「ちょ、ちょっとちょっと、チアキさんよぉ。じゃあ聞くけど、海外製のゲームやってて『これであと女の子さえ可愛ければな……』と思ったことが微塵もないの? いやあるでしょ? たとえ恋愛がどうとかじゃなくても、『萌え』や『可愛さ』ってのは重大な一要素なんだよ! そんなことにさえも理解が示せないだなんて、これだから心の狭いワカメ頭は……」

「はいぃ?」

「ああん?」

「待ーて待て待て待て!」

 メンチを切り合う僕とチアキの間に、上原君が割って入ってくる。

 仕方無く僕は悪態をつきながらも引き、チアキは……。

「……は、はい、上原さん……」

 頬をぽっと赤く染めながら、すごすごと引き下がる。……人見知りだからとか、元来気弱だからとかもあるが、この反応は確実にそれだけじゃない。これは……。

「ふーん、イケメンには惚れても《萌え》は認めないんだね、チアキ」

「はいぃっ!? そそっ、それとこれとは関係ないでしょ!? ってかてか、べ、別に惚れてなんて……そ、そんな……ぜぜっ……全然……」

 チラチラと上原君の方を窺いながら、目が合うとカァッと頬を赤くして俯くチアキ。

 僕は呆れて嘆息した。

「(まあ……言い争いしている間、中立とは言いつつも、基本上原君はずっとチアキの肩を持ってたしな……。無理ないか。イケメンだし)」

 なんか面白くなく思っていると、上原君が、明らかに疲れた顔でフォローを入れてくる。

「なんでお前等、すぐ喧嘩腰になるんだよ……。っつーか、互いの容姿批判まで入り出してんじゃねえか。それは駄目だぞ。まあ雨野は確かに童貞チビだけど」

「おい」

 全然中立じゃない友人を睨む。彼は僕を無視して、ニコッとチアキに笑いかけた。

「星ノ守のその髪、俺はかなり好きだぜ。天然の癖っ毛女子っていいよな。パーマじゃ絶対出せない味があって。何がワカメ頭だっての。ったく……」

 そこは割と本気で言っているらしく、呆れた様に僕を睨んで頭を掻く上原君。……ぼ、僕だって、別に、そこまで悪く思ってなかったけど、売り言葉に買い言葉でつい……。

 チアキは、ぽーっと上原君の方を憧れの眼差しで見つめる。……その様子たるや、少し前の、僕が天道さんを見る目そのものだ。

「(まあ気持ちは分かるけど……実際、僕も上原君、好きだし)」

 なんだろ、彼にはオタクを引きつける魅力でもあるのだろうか。当人は全然嬉しくないだろうけど。

 僕らは現在、F組の後方席、一つの机を三つの椅子で囲むように座っている。が、当然ながら僕とチアキの距離は離れており、その真ん中では上原君が机に肘をついていた。

 放課後の話し合いが開始して既に四〇分。最初からフルスロットルで昨日の喧嘩の続きを始めた僕ら。そうして、たとえ上原君が間に入ろうと、彼に対する好感度が上下するだけで、まるで好転の兆しを見せない二人の関係性。

 そんな泥沼すぎる状況に、遂にしびれを切らした様子の上原君がうめいた。

「なんでお前等、そんな仲悪いんだよぉ。言っちゃ悪いかもだけど、俺から見たら、超同族だぜ、二人。実際、喧嘩内容が微塵も理解できねぇ俺から見たら、ある意味、すっげー仲良さそうでさえあるっつーか…………って、そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ!」

 僕らの表情に気付いた上原君がわめく。僕は再び、チアキの方を見た。ワカメの隙間から彼女が睨み返してくる。…………。

「視線でバチバチやりあんな! あー……たく、もう!」

 わしゃわしゃと髪を掻きむしる上原君。仕方無く、ぼくらはチラチラと視線を合わせた後、喧嘩腰ではない会話を、開始してみた。

「…………《イージスⅧ》、どこまで行ったの?」

 まず僕から切り出す。ワカメ……じゃなくてチアキは、視線を逸らしながら応じた。

「……そのその……え、《エルフの隠れ里》まで……」

 その言葉に、僕は思わず前のめりで食いつく!

「ああ、あそこまで来たんだ! あそこはシリーズ屈指のいい村MAPだよね!」

 僕の言葉に、チアキも興奮した様子で返してくる。

「うんうんっ! だよねだよねっ、すっごいいいよね、あそこ! エルフが住む村の表現は色々あったけど、中でもあそこまで幻想的な雰囲気と、理知的な空気を併せ持った村MAPはそうそうお目にかかれないよ!」

「だよね! それでいて、人間嫌いの排他的集落という要素もどことなく感じさせるあたり、見事な表現と言っていいよ。更にそれに一役買っているのが、美麗な――」

「ただただっ、唯一残念と言わざるを得ないのが、実に不快な萌え系の――」

 そこで、二人の声が完璧に重なる。

『エルフの立ち絵グラフィック!』

「…………」「…………」

 ピキッと空気がきしむ音。まだ教室に他の生徒もいるにもかかわらず、雑談の隙間が重なったのか、カチッ、カチッと室内に時計の音が響き渡る。そして――

『ああん?』

「なんでそうなんだよ!」

 二人、メンチを切り合うと同時に、上原君が大声でツッコむ。

 彼は続けて、僕らに喧嘩をさせる暇も与えず、全力で主張してきた。

「基本は九割方、気が合ってんじゃねーかよ! そこで話終わっとけよ! なんで残り一割の譲り合いができねぇんだよ!」

 彼のその主張に……僕らは、フッと苦笑する。

「分かってないな、上原君。僕らは……リア充ゲーム部の誘いさえ断わる程に、プライドばかりが肥大化したぼっちゲーマーだよ? そんな僕らにかかれば、ことゲームの醍醐味に関してだけは――『譲る』とか、無いんだよ!」

「ケータの言う通り! 愛すべきクソゲーと唾棄すべきクソゲーには、言葉にはできない明確な差があるように! ぼっちゲーマーにも譲れない一線ってのは、あるんです!」

「お前ら面倒臭すぎんだろう!」

 上原君がいよいよ最大級の呆れ顔を見せ、半ば状況を諦める中。僕とチアキは彼が止めに入らないのを良いことに、存分に喧嘩を堪能し。

 気付いた時には、彼を放置したまま、また二〇分ほど経過してしまっていた。

 未だに喧嘩は続行中だったものの、僕は、廊下からひょこっと教室を覗き込んできた上原君のカノジョ……アグリさんを見つけて、ハッと気をとりなおす。

「(あ、なんかカノジョと約束あるから、五時までとかって言ってたっけ)」

 そんな言葉を思い出し、僕は口喧嘩を中断する。チアキが首を傾げる中、上原君はふとスマホに目をやり、「やっべ」と呟くと、僕がアグリさんの来訪を知らせる間も無い程に、焦って荷物をまとめ始めた。

「わりっ、今日はもう切り上げていいか? いや二人で続けて貰っても構わねーが――」

『絶対いやです』

「だよな。俺ちょっと五時に玄関で待ち合わせしていてよ」

 あれ? 玄関で? アグリさん迎えに来ているけど……あ、上原君から見えないか。

 僕は忠告しようとするも、焦った上原君は中々こちらにターンを与えてくれない。

 彼は準備を終えると、最後にチアキの方を見つめた。チアキが、頬を赤くしながら背筋をピンと伸ばす。

「(……あ。そういや、上原君がカノジョ持ちだって言った方が良かったのかな?)」

 いやでも、いきなりそんな紹介も変……だよな? 気を遣いすぎていて気持悪いっていうか……でもこういうのって早い方が……いや、僕が気にする必要無いよな、うん。

 アグリさんのことを言うのも忘れて考えていると、上原君がチアキに笑いかける。

「じゃあな、星ノ守。今日は変なことで呼び出してごめんな」

「い、いえいえっ、そんな……全然です……」

 照れて目を伏せるチアキ。――とその瞬間、様子を見守っていたアグリさんの表情が露骨に変わる。……あ。

「(上原君が呼び出した発言……頬を染める、明らかに好意ありのチアキ……)」

 僕の心が若干ざわつき出す中、上原君は爽やかスマイルで続ける。

「でも、割と楽しかったぜ、俺。星ノ守のゲーム話も、かなり面白ぇし」

「あわあわっ。えと……えと……あ、ありがとうございます……」

 照れ照れとチアキ。明らかにショックを受けている様子で、わなわなとし始めるアグリさん。あ、あの、ちょ、これ……。

 僕は上原君に状況を伝えようとするも、人生初めての修羅場遭遇に、口があわあわして上手く動かない。

 そうこうしている間に、上原君は――極上のイケメンスマイルと共に、とどめの一言を、放ってしまった。

「ああ、そうそう。あと星ノ守さ。今の髪もいいけど、その髪質だと、もっと短い方が正直断然似合うと思うぜ? なんてったって――素材が抜群に可愛いんだしよ!」

 ずきゅーん。

 色んな意味の、様々な弾丸が、各方向にショットガンの如く散ったのが見えた。

 一つは、チアキの胸を撃ち抜く恋の弾丸。

 一つは、僕の「あわあわ」感を加速させる恐怖の弾丸。

 そしてもう一つは……。

「…………」

「(ああっ! アグリさんがフラフラと何処かにぃぃぃぃぃい!? )」

 もう一つは、アグリさんの胸に風穴空ける、超ド級の傷心弾丸!

 僕は咄嗟とつさに上原君の顔を見やる。実に爽やかな笑顔だ。下心なんか微塵も感じられない、特上の笑顔。それもそのはずだろう。実際、彼には下心が無かったのだから。

「(僕にアドバイスするのと同じノリだぞこれ! 高校デビュー成功させた彼なりの、僕らと同類たるチアキへの、純粋なエールだ!)」

 しかし無邪気が故に、その笑顔破壊力はMAX! チアキを完全に恋に落とすのには充分。更に……更に、彼が、最近どうもぎくしゃく気味で困ってると語るカノジョ……アグリさんにトドメを刺すのにも、充分すぎる弾丸!

「雨野も、また明日な。じゃーなー」

 そう言って爽やかに去ろうとする上原君。……やばい、このまま行かせたら、傷心状態のアグリさんとすぐに会って、下手すると取り返しのつかないことに……!

「あ、あの!」

 気付いた時には、僕は、大声を上げて立ち上がり……そして、自分の鞄をひっつかみながら、あらぬことを叫んでいた。

「あ、アグリさん、今日はやっぱり会えないって!」

「……は?」「?」

 首を傾げる上原君とチアキ。上原君が訊ねてくる。

「……ええと、なんで雨野が、それを俺に……?」

 やばい。完全に無策だった。ただ……ただ、このまま二人を会わせるのは絶対まずい! 恋愛とか全然駄目な僕だけど、それだけは流石さすがに分かる! なにより……この勘違いは、七割ぐらい、僕の責任な気がする!

 僕は腹をくくると、勇気を持って……出任せの嘘をついた。

「あ、アグリさん、きょ、今日は、僕に、ちょっと相談あるらしくて!」

「!?」

 上原君がギョッとする。やばい、いくらなんでも、変な嘘すぎた。これはマズイ。

 僕はこれ以上喋るとどんどんボロが出ると踏み、慌てて駆けだした。

「じゃ、じゃねー! もしよかったら、後は、二人で喋って!」

「あ、おい!」「え、ちょちょっ……」

 背後で明らかに戸惑っている様子の二人。そりゃそうだ。僕もワケ分からないもの!

「(と、とと、とにかくアグリさんだ! アグリさんに追いつかないと!)」

 僕は急いで廊下をダッシュするも、アグリさんの背は一向に見えてこない。やばい、僕、彼女の連絡先とか知らない。先に上原君とコンタクトとられて、更に別れ話でも切り出された日にゃ…………うわぁあ!? 僕は大事な高校初友人になんてことをぉぉおお!

 焦りながらも廊下を駆け抜けていると、ふと、遠目にも目立つ金髪美少女を見つけた。

 彼女の方も僕に気付いて、なぜか動揺を見せる中……僕は、背に腹は代えられないと、勇気を出して声をかけた。

「天道さん!」

「あ、雨野君。この前は……えと……多分私の勘違いでその……」

 なにやら珍しくモジモジしていらっしゃるが、今はそれを気にしている余裕が無い!

 僕は焦って彼女に尋ねた。

「天道さん! 今、女の子とすれ違ったりしなかった!? こう……なんだろ、凄くギャルっぽいけど、それが普通に似合ってて凄い可愛い感じの……」

「え? あ、ええ。そんな容姿の、ちょっと元気無い子なら、たった今玄関の方に……」

「! ありがとう!」

 僕は礼を告げると、即座に駆け出す。が、状況を掴めない天道さんは、背後から、大きな声で訊ねかけてきた。

「あ、雨野君! どうしてあの女生徒、追いかけているんですか!?」

 どうして、と問われても、説明が凄く難しい。それに今全く余裕が無い。

 僕は走りながらも顔だけ振り返らせると、端的な状況説明だけ告げることにした。

「いわゆる、痴情のもつれってヤツですー!」

「!?」

 ……ええと、意味、伝わったのかな? なんか絶句した様子で、鞄をぽとりと落としたけど。……? まあいいや、今は説明の余裕無いし。実際天道さんも、礼儀で僕が急ぐ理由を訊いただけであって。本当は僕の放課後にそこまで興味なんかないだろう、うん。

 僕はそのまま全力で走り続け、そうして、玄関前まで来たところで、ようやく……。

「アグリさん!」

「?」

 上原君を待つ様子も無く、靴を履き替えて帰宅しようとしている彼女に追いついた。

 傍まで寄ってぜぇぜぇと肩で息をする僕を睨んで、彼女がぽつりと呟く。

「あ、祐狙いのオタクのキモいヤツ……」

「僕ってそんな認識だったんですか!?」

 どうりでしょっちゅう遠目から睨まれてたわけだ!

 僕が愕然としていると、アグリさんは、不思議そうにこちらを見つめてきた。……う、まずい、追いついたはいいものの、何から喋っていいのか分からない。あの手のことって、ちゃんと順を追って説明しないと、ただ僕が男友達を友情からかばっているだけみたいに思われるかもだし……ここは……うん。

 僕は意を決すると、アグリさんの……意外と清純派な顔立ちを見つめて、告げた。

「ぼ、僕と、ちょっと、おお、お、お茶でも、しませんか!」

「――――は?」

 ……どうも最近、僕は、ナンパしてばかりな気がしてなりません。


上原祐


「ふぁ……」

 既に今日何度目になるか分からない欠伸あくびを噛み殺す。いつもは徒歩やチャリ通のところ、珍しく利用してみたバス車内は、見知った顔はおらず座席もガラガラだ。俺は背もたれに深く埋もれると、軽く目をつむって溜息を吐いた。

 どうも最近、寝不足気味なことが多い。おかげで体調はボロボロ。立ちっぱなしの全校集会でもあろうものなら、中々に危ない状況だ。それもこれも……。

「(全部雨野のせいだ……)」

 以前とは似て非なるヤツへの負の感情がむくむくと湧いてくる。そもそも、アイツが薦めるゲームがことごとく面白いのがいけない。……いや訂正。《のべ》のゲーム以外、全部面白いのがいけない。俺は実際娯楽に関しては割と自制が利くタイプだが、それにしたって、良作RPGの終盤戦なんかは徹夜してでも駆け抜けずにはいられないわけで。

 ただ、今日の寝不足に関しては少し違う。雨野の薦めるゲームが原因ではなく、その、雨野自身が問題。……つまりは……。

「(昨日の放課後、雨野と亜玖璃は二人で何してたんだよぉおおおお!?)」

 思わず頭を抱え、何度繰り返したか分からない考察に再び埋没していく。

「(そもそも、雨野と亜玖璃って接点無かったよな!? いや、それこそ俺の知らないところで知り合いだったのか!?)」

 元々亜玖璃は地味っ子だったらしいし、雨野は中学時代はちゃんと友達居たらしいし……あ、案外あり得る? でも、二人の出身中学って、かぶってたっけ?

「(で、でもだとしたら、言うだろ、普通。それを言わなかったってこたぁ、やっぱり知り合いじゃ……。……いや、むしろ、おいそれと言えない程の仲だったのか!?)」

 流石のグーグル先生もお手上げの難問に、俺の気分は深く沈み込んでいく。考えても答えが出ないのは分かっているのだが、だからこそ、考えこまずにはいられない。

 一番楽なのはどちらかに直接訊いてしまうことなのだが……それが実際かなり怖い。

 というのも。昨日あれから割とすぐ星ノ守と別れた俺は、空いてしまった放課後の時間を潰す様に、街中をぶらぶら歩きながら下校したのだが……。

 その際俺は、見てしまったのだ。

 雨野と亜玖璃が――喫茶店で、談笑しているところを!

「(あの雨野が、あの亜玖璃と、談笑だぞ!? おかしいだろう! おかしすぎんだろう! 雨野が女と二人で喫茶店入るというイベントの時点で、既に天変地異の前触れレベルの出来事だぞ!? その相手がよりにもよって、亜玖璃って……)」

 正直、今日はガチで世界が滅ぶんじゃないかと思っていた。それぐらい、俺にとってその光景はあり得ないものであり……同時に、邪推を禁じ得ないもので。

 また、普段はメールやLINEでバシバシ聞いてもいない日常報告をしてくる亜玖璃が、昨日に限ってそれが妙に少なかった上、完全に雨野のことは隠してやがり。

 そうなるとこちらもわざわざ改まって訊けないわけで……結果、俺は昨夜からずっとぐるぐるしっぱなしなのだった。

 窓の外を、通学路の並木道が流れていく。もうすぐ学校だ。俺はとにかくクラスメイトに会う前には平静を取り戻しておこうと、自分に言い聞かせる。

「(だ、大丈夫。雨野と亜玖璃なんて、絶対無いだろ。繋がりがあるとしても、それは俺を中心としたそれだ。どうせあれだろ……なんか、無駄に鋭い雨野が、妙な気を利かせて亜玖璃に接触したとか、そういうことだろ。昨日のあいつ、おかしかったし……)」

 うんうん、なんつー合理的な推理。これが真相に違いない。…………。…………。

「(い、いや、待てよ? 雨野と亜玖璃って、根っこで似てるとこあるなーみたいなこと、ちょっと前に俺、思ってなかったっけ? もしかしたらヤツら、意気投合……するのか?……は、はは、いやまさかな。あの軽い亜玖璃が、雨野なんかに興味あるわけ……)」

 そこまで考えた矢先、俺の背筋に突然電流が走った。

「(ちょっと待てよ。……亜玖璃って、昔の俺を、好きになったんだよな? 昔の俺……つまり、ゲームを楽しくやっていた頃の地味な俺。……割と雨野に似ていた俺に!)」

 ふと気付くと、バスは高校前の停留所に停車していた。俺は幽鬼の如くふわりふわりと歩き、バスを降り、校舎へと向かう。

 …………。……い、いやいやいや、まさかぁ……。…………。…………。

「あ、あれぇ? 祐?」

「!」

 突然背後から聞き馴染んだ声がかけられ、俺はビクンと大袈裟に反応して振り返る。

 そこに居たのは、どこかびっくりした顔の亜玖璃、当人だった。

 俺が上手くリアクションできずにいる中、彼女は俺に駆け寄り、嬉しそうに微笑む。

「わー、珍しいねぇ、祐と朝から会うなんて!」

「そ、そそ、そうだな。お、おお、おはよう、亜玖璃」

「うん、おっはよー、祐。えっへへー」

 言いながら、亜玖璃は俺の隣に並ぶ。俺は「いつも通り」を装って自然に歩こうとするものの……妙に関節がぎくしゃくとしてしまう。お、俺、普段、どう歩いてたっけ?

 亜玖璃が少し不審そうにし出したので、俺は慌てて話題を振った。

「そ、そういや亜玖璃、昨日は何してたんだ?」

「え?」

「(あ……)」

 完全に無思考で話題を振ってしまったが、思えばそこは完全なる地雷原だった。なんつう選択ミス! 雨野かよ!

 俺がダクダクと冷や汗を掻き始めていると、亜玖璃は……亜玖璃もまた、どこか動揺した様子で、そろーっと視線を逸らした。

「え、ええと……と、友達と、突然お茶しようってなって、ご、ごめんねー、祐」

「あ、お、おう。そうメールにも書いてあったっけな……」

「う……うん……」

「…………」

 なんだこの微妙な反応! 俺の中の疑念がむくむくと頭をもたげる! 実際昨日、雨野は亜玖璃と会う宣言してたものの、二人の間で口裏合わせみたいなのがちゃんとしてないのか、亜玖璃側はあくまで「友達とお茶」としか言わず、その相手が雨野だとは絶対明かさないため……なんだろう、もんの凄いもやもや感!

「(ど、どど、どういうことだ!? やっぱりマジで……マジなのか!?)」

 俺の中で、「今の亜玖璃は雨野にちょっと気がある説」が急成長していく。

 いや確かに雨野は喋ると普通にいいヤツだし……ルックスも悪くねぇし……女の子にはそりゃ一途だろうし……あの天道さえ惚れる、意外と男気あるヤツだけど……って。

「(あれぇ!? 雨野、案外ハイスペック!? モテるの!? いやそれはない……よな?)」

 もうなにがなにやらだ。

 俺達は校舎玄関に辿り着くと、互いに靴を上履きに履き替え、再び合流して二年のクラス群を目指す。そうして、しばらくの沈黙の後。今度は、なぜか亜玖璃の方が、珍しく少し緊張した様子で切り出してきた。

「た、たた、祐は、昨日、放課後……なに。してたの?」

「へ? お、俺?」

 意外な質問に、俺は動揺しながらも昨日を回想し、素直に告げていく。

「ええと……星ノ守と雨野と喋って……。あ、で、雨野が先に帰って……」

「う、うん。えと……それで……」

「で……あ、そうそう、亜玖璃は知らないと思うけど、星ノ守っつうのは、A組の女子な」

「そ、そか。…………ど、どんな?」

 なぜか星ノ守について興味ありげな亜玖璃。……? 天道や雨野の話をするならまだ分かるけど……全く接点無い星ノ守の話なんか聞きたいのか? 変な奴だな。

「どんなって……こう、一見くらーい感じの、地味~な、友達いなーいオーラの……」

「ふ、ふぅん……あそう……」

 なぜか髪をさっとき、ちょっとドヤ顔風味の亜玖璃。……?

「あ、でも、実際喋ってみるとすげーいいヤツで、ゲーム話とか超面白くて、あと、そうそう、典型的な隠れ美人なんだよ。ファッションで損しまくっているタイプ」

「…………そ、そーなんだぁ……あは……は……」

 今度はなぜかずーんと肩を落とす亜玖璃。? 嫉妬か? いやまさかな。だって亜玖璃は、天道と俺をお似合いだとか言っちゃう、妙に軽い恋愛観もった女だぜ? 実際。カレシとは言え俺にそこまで執着なんか……。…………。

「? あれ、祐、なんか落ち込んでる?」

「いや……別に」

 視線を逸らす俺。やばい……バレた。彼女から束縛されなくて寂しいって、俺、どんだけ女々しいんだよ! けど、仕方無いじゃんか。なんか最近亜玖璃……妙に可愛いし。

『…………』

 二人の会話が途切れる。……この半年亜玖璃と居た中で、殆ど初めてのケースだった。

 これって……もしかして……。

「(は、破局の前触れ的なアレなのか!?)」

 心の中にダラダラと冷や汗を掻く。なんかよく聞くぞこういうの。互いにどこが嫌いになったとかじゃないけど、なんか関係がギクシャクしてそのまま破局ってパターン。これがそれなのか? 倦怠期とか、そういうヤツなのか!?

 もうこれ以上無いぐらいに追い詰められた心持ちで、二年クラスの並ぶ廊下に出る。

 ――と、次の瞬間、突然見知らぬ女生徒から声をかけられた。

「あ……あのあのっ、上原さん!」

「え?」

 俺と亜玖璃の前方からやってきたその生徒は、ちょっと目を見張る程の美少女だった。

 あどけない顔立ち、それでいて抜群のプロポーション、少しくたびれた制服は絶妙な塩梅に着崩され、気怠さと妖艶さを兼ね備えており、なによりウェーブのかかった髪が魅力的な――って。

「え、もしかして…………ほ、星ノ守!?」

「(こくこく!)そ、そうです」

 ニコッと微笑む健康的美少女。……お、おいおい。

「(た、確かに、髪短くしたら似合うとは言ったし、あの後、制服もカッチリ着すぎない方がいいとか多少アドバイスしたが……この伸び率は流石に想定してねぇぞ、おい……)」

 正直かなり困って頬を掻く。実際、男女問わず周囲の生徒からの注目が凄い。それこそ、目新しさも高じて天道レベルの注目度数だ。見れば、隣で亜玖璃も唖然としていた。

 星ノ守が、俺の視線に照れた様子でじっと俯く。……あ、とはいえ、やっぱり中身は星ノ守のまんまだな。

「えとえと……す、すいませんです」

「へ? 何が?」

「そのその、こういうの、ちょっと、いくらなんでも安直で気持悪い……ですよね? すぐアドバイス真に受けちゃって。……で、でもでもっ、がが、頑張ろうかなって……」

「そ、そうか……」

 うん、完全に中身は星ノ守だ。自分への絶対評価が低い、雨野と同じタイプ。まったく、この二人はホント境遇も中身も似ているのに、どうして仲良くなれないんだ。萌えの一点さえ主張を譲れば、完全に運命の人――って。

「(このまま、上手いこと雨野と星ノ守がくっつけば……)」

 亜玖璃の気持ちが俺に戻るんじゃないか、とまで考え、ぶるんぶるんと頭を横に振る。なに言ってんだ、俺は。最低か。そういうことじゃねぇだろ、ったく。天道はどうすんだ、天道は。あれはあれで雨野とくっつけてみたいし……って、いやいや、なんで俺が雨野のヒロイン選択を悩んでんの!? っていうか、そういうことでもないだろ!?

 もうホント自分で自分が分からなくなってきた。寝不足のせいで少し風邪気味なのか、感情が高ぶるとすぐに顔が熱くなってくる。ったく……。

 ――と、ふと気付くと、なぜだか亜玖璃が俺の顔を一瞥いちべつした後、ぼやーっとなにやら放心した様な表情でスタスタと、自分のクラスの方へと歩いていってしまった。……あれ?

 亜玖璃に声をかけようとするも、俺と彼女が知り合いと認識していないらしい星ノ守が、続けて話しかけてくる。

「えとえと……上原さん。これ……だ、大丈夫でしょうか? そのそのっ、クラスの人達は勿論、両親とか妹にさえ『だ、誰?』みたいなリアクションされるんですけど……」

 星ノ守は、どうもそれが良い反応なのかどうなのか測りかねている様子だった。んなもん、決まり切っているだろうに。ったく、こいつらの自信のなさときたら……。

「いや、大丈夫も何も、すっげー似合ってるぞ、星ノ守。特に髪は、切って大正解。もう雨野もワカメなんて言えねぇさ」

「そ、そうですか? えへへ……あ、ありがとうございます!」

 少し自信をつけた様子で嬉しそうにはにかむ星ノ守。……こりゃ人気出そうだ。

 ――と、そうこうしているうちに、星ノ守の背後の方から、てくてくと雨野が登校してきた。俺が星ノ守ごしに手をあげるとと、彼は遠目に「おはよー上原君」と挨拶しながらも……しかしまったく歩みを止めることなく、F組の方へと向かい。

 そして、俺達とすれ違いざま、どこかフッと馬鹿にした笑みと共に、ぽつりと、星ノ守へ小さく呟いていった。

「乾燥ワカメ」

「はいぃ!?」

 星ノ守が激怒する中、スタスタと教室に入っていく雨野。あ、あいつ、どんだけ星ノ守嫌いなんだよ!

 星ノ守も何か言い返したそうにしているものの、流石に朝のF組……他クラスへの入室は躊躇われるらしく、悔しそうに地団駄を踏んでいた。

「ななっ、なんなんですか彼は! 上原さんは、どうしてケータと友達なんですか!?」

「え?……なんでって……げ、ゲーム貸してくれるから?」

「意外な程浅い友情関係でした!」

 そのまま星ノ守はしばらく雨野への恨み言を俺に吐き出すも、チャイムが鳴ると俺に一礼して、慌ててA組の方へと去って行った。

 俺も教室へと入り、自分の席につきながら、ぼんやりと考える。

「(しかし……星ノ守、気付いてねぇのかな? 雨野のヤツ、星ノ守の後ろ姿しか見てねぇのに、それでもちゃんとそれが星ノ守だって気付いて、悪態ついてきたの)」

 家族さえも誰か分からない程変貌した彼女に対しても全く態度がぶれないあたり、流石雨野だよなぁと変な尊敬を抱きつつも。

 結局すぐに俺の頭は、亜玖璃と雨野の関係性のことで一杯になってしまうのであった。

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