第三話:少年は回復術士に目覚める
精霊の眼である【翡翠眼】を手に入れた俺はすべてを思い出した。
利用され続けた過去。
世界を【
このまま、何もしなければまた悲劇を繰り返してしまうこと。
そんなことは絶対に許されない悲劇を回避するために、当面の目標を立てる。
「まずは、二日後の誕生日にクラスに目覚める」
十五の誕生日まであと二日、成人になると同時にクラスを得る。
もちろん、俺は回復術士のスキルを得るだろう。
それだけじゃない。【勇者】のクラスも得る。
「なんで、俺が【勇者】なんかになるんだか」
【勇者】。それは世界に十人しか存在しない神に選ばれた者が得るクラス。
その能力は主に四つ。
・クラス能力の強化。【勇者】はその人間が持つクラスを一つ上の次元に押し上げる
・レベル上限の解放。生き物にはすべてレベル上限が設けられている。勇者にのみレベル 上限が存在しない
・自分及び、パーティメンバーの経験値上昇。経験値が通常の二倍手に入る
・従者のレベル上限上昇。とある行為によって、他人のレベルの上限を押し上げる。
便利な力だ。勇者にふさわしい強力なものばかり。
おそらく、俺が【
さらに、レベル上限がないというのもチートもいいところだ。普通なら、レベル上限はだいたい20~30しかない。それが無限。どこまでも強くなれる。一般人とは次元が違う。
経験値の上昇だって馬鹿にできない。前世の記憶がただしければ、勇者一人につき、パーティの経験値が二倍だった。
四人の勇者でパーティをしていたころ、2×2×2×2=16。16倍の経験値を得ることができた。
「さて、フレアがやってくるのは今から一週間後か」
記憶上では、俺が回復術士のクラスを得て、勇者となって五日後に王国から迎えが来た。
どうやら、すでに【術】の勇者として目覚めている王女フレアには、勇者の誕生を察知、探索でいる能力があるらしい。
今回も必ず俺を見つけ迎えに来るだろう。
世界に十人しかいない勇者は貴重な戦力だ。見逃すはずがない。
もくもくと歩きながら、方針を決めていく。
「まず、王国から逃げることは論外だ」
理由は二つ。一つ目、勇者を探知できる【術】の勇者フレアからは逃げられない。
とくに、レベルが低く、技能もないままでは王家の保有する精鋭部隊を振り切れない。
本気で逃げるなら【術】の勇者フレアの探知をつぶさないとどうしようもない。世界に勇者は十人しか存在できない。王家としては使えないなら、使えない勇者は潰して新しい勇者を誕生させることを選ぶ。
二つ目、優秀な人間の技能を【
前の歴史では、ヒールの苦痛に耐えきれずに逃げた俺は捕らわれて薬漬けにされたあと、王国が抱えていた優秀ながらも、エリクサーでも治せない部位欠損により戦線離脱していた歴戦の勇士たちを片っ端から、【
悪夢のような経験だったが、普段目にすることもできない英雄たちの技能を【
それらを踏まえて、とれる最善は一つ。
王城にとらえられ、前回の歴史をなぞり技能をたっぷり【
そのためにはハードルがある。
「薬物耐性は絶対ほしいな。薬漬けにされて自我をなくせば、前回と同じだ」
薬物耐性を獲得し、薬漬けにされても自我を保ち続けないといけない。
そして、脱走する際には強さが必要になる。レベルをあげておきたい。
後者のほうは心配していない。俺には【
技能を【
そうと決まれば、その準備だ。
俺は村へ戻りながら、毒草やキノコを採取して鞄にいれていく。
前世の俺が薬物耐性を得るのに時間がかかったのは、薬の快楽に身を委ねたからだ。耐性を得るには薬物に抵抗しないといけない。これから一週間、毒に抗い続ければ、かなり熟練度はあがる。たった一週間で耐性は得られないが、一週間熟練度をみっちりあげておき、心を強く持てば、そう遠くないうちに薬物耐性は得られるだろう。
「ただ、逃げるだけじゃ面白くない。フレアを壊して持ち帰ってやる」
前の歴史では、あの女は俺を薬漬けにして、回復する機械にした。
それと同じことをやる。脱走ついでに【
とはいえ、俺もけっして鬼じゃない。
まだ、この世界のフレアは俺に危害も加えていない。そんな彼女を壊して利用するのは筋違いだ。もし、俺を壊そうとしなければ見逃してやろう。
だが、今回も俺を壊そうとするなら、その報いは必ず受けてもらう。家畜の気持ちをあの女に味わってもらおう。
俺は、自らの知識で死なずに済む程度の毒草や毒キノコを摂取し、ときには毒同士を打ち消して症状を緩和しながら、魔物を避けてもくもくと歩いて行った。
◇
精霊の眼を得てから二日たった。
だいぶ、毒にも慣れてきた。今は、川に水を飲みに来た。水面にうつった顔を見て驚嘆する。ほほがこけているし、目がうつろだ。
少し、やりすぎたか。まあいい、俺が幸せになるには必要なことだ。
空を見上げると、満月が輝いていた。
不意に、右腕に灼けるような痛みが走る。
「来たか」
手の甲に幾何学的な紋章が刻まれていた。
勇者の証だ。俺は今回も勇者に選ばれた。クラスにも目覚めているはずだ。
水面を見つめ、目に力を入れる。精霊から得た【翡翠眼】が輝く。
本来、ステータスは高価な鑑定紙という魔道具を使えないとみることができない。
だが、翡翠眼ならステータスを看破することができるのだ。
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種族:人間
名前:ケヤル
クラス:回復術士・勇者
レベル:1
ステータス:
MP:12/12
物理攻撃:5
物理防御:6
魔力攻撃:7
魔力抵抗:8
速度:7
技能:
・回復魔法Lv1
スキル:
・MP回復率上昇Lv1:回復術士スキル、MP回復率に一割の上昇補正
・治癒能力向上Lv1:回復術士スキル、回復魔法に上昇補正
・経験値上昇:勇者専用スキル、自身及び、パーティの取得経験値二倍
・レベル上限突破(自):勇者専用スキル、レベル上限の解放
・レベル上限突破(他):勇者専用スキル、魔力を込めた体液を与えることで、低確率 で他者のレベル上限+1
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魔道具なしにステータスを看破する目は非常に便利だ。
特に俺のように【
そして、【翡翠眼】の力はこんなものではない。ここまでは鑑定紙を使えば見れる情報でしかない。さらに、その先が見れる。それは……。
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レベル上限:∞
素質値:
MP:110
物理攻撃:50
物理防御:50
魔力攻撃:105
魔力抵抗:125
速度:120
合計素質値:560
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レベル上限と素質値だ。
生物には、それぞれに許されたレベルの上限がある。
それを正しく見ることで、真に素質があるものを見抜くことができる。いくらステータスが高くてもレベル10までしかレベルがあがらないのでは使い物にならない。
そして、重要なのが素質値。ステータスは素質値とレベルの掛け算だ。
素質が低ければどれだけレベルをあげようが強くなれない。
俺の場合、回復術士のため物理面のステータスが低いがそれ以外が高水準となっている。 いかに勇者が強くても、けっしてひとりでは戦えない。仲間が必要だ。この【翡翠眼】なら素質がある仲間を見抜くことができるだろう。
「回復術士と勇者のクラス、薬物耐性を得る準備、【翡翠眼】、必要なものはそろった。あとは、歴史をなぞるだけだ。おかしいな、あんなにフレアが憎かったのに、会うのが楽しみだ」
俺は祈っていた。どうか、この世界のフレアもクソでありますようにと。
そうすれば、気兼ねなく復讐できる。家畜として可愛がってやる。
薄く笑いながら、立ち上がり歩き始めた。一歩、一歩確実に、俺の目的を果たすために。