Introduction 拝啓、クラウンジュエルの箱庭より

 我が校への進学を考えていらっしゃる皆様方──初めまして。

 わたくしが、私立ちょうじゃばら学園理事長、ちょうじゃばらです。


 はてさて、時に──皆様はを、どのようなモノだと捉えていますか?

 欲しい品々を手に入れるためのモノ? 自己へ投資し、研鑽に繋げるためのモノ?

 そういった認識も、当たり前に正しい。

 ただ、それ以上に、私は……だと考えています。


 貨幣制度が布かれなければ、ユダがたったの銀貨三〇枚でイエスを裏切ることもなかったかもしれません。また、大きく富める組織体が存在しなければ、核爆弾をはじめとする大量殺戮兵器の数々だって生まれなかったでしょう。高度な科学技術を運用できるような国家が、そもそも繁栄しないのだから。経済的な豊かさを求めて、誰も争わないのだから。

 つまるところ、人の醜さや悪辣さの根底には、いつの時代も金融資本が介在していたわけですね──極端な論であり、何もかもは、自然の成り行きでもあるのでしょうが。


 一方で。お金は遍く不幸をもたらしながらも、それに匹敵するほどの幸福を運び、ヒトという種の進化に絶大なる貢献をしてきました。蛇口を捻れば水が出る。フットボールで熱狂できる。未踏の空間に無人探査機を飛ばせる。そんな、現代人にとっては当たり前すぎて見落としてしまうような営みにも、やはり資本が介在しています。便利さも、遊興も、知的探究心も、育んだのはいつだってお金であり、それを扱う誰かだったはずです。


 功罪。お金は良きにしろ悪しきにしろ、想像を遥かに凌駕する可能性を孕んでいます。

 そして、それら未知なる未来を内包するからこそ、所詮は紙や金属片、口座残高に並ぶ数字の羅列に過ぎないものに、私たちは特別な意味を見出すのでしょう──受け入れるだけのキャパシティに、不足はありませんよね? なんせ、紀元前から二〇二四年現在に至るまで、お金はあらゆるモノに変換できる、万能の器で在り続けてきたんですから。


 故に、誰もがそれを求めます。付随する、無限の可能性を手中に収めるために。

 清濁併せ呑んだうえで、それでもなお、自らの望む野望へと繋げるために……。

 ……ええ、ええ。それは皆様だって、例外じゃないでしょう?


 既にご存じかと思いますが、我が校は一般的な高等学校と一線を画します。

 受験戦争を勝ち抜くための精鋭を作り上げる、なんてことは有り得ません。

 クラブ活動で実績を上げることで、学園の名を売ってほしい、ともお願いしません。

 この学び舎に集う学生らに求めることは、ただ一つ──。

 莫大な資本を能動的に生み出し、それを巧みに扱える人間になっていただきたい。

 自らだけの個性をマネタイズするも良し。他者と協力することで財を成すも良し。場合によっては、変則的な手段も歓迎します──枠組に囚われない人材もまた、宝ですから。我々が惜しみなく投資し続けるのは、自由で柔軟な発想を育てるため、でもあるのです。

 ……これらが夢物語ではないことも、皆様は理解できているはず。

 およそ、高校生では積み上げられない額が。はては、億万長者ビリオネアにも届きうる道が。それを実現するための課程プログラムが──この学園には、確実に用意されていますから。

 願わくは、今年の入学生からも先達に匹敵する傑物が現れるのを祈りつつ──さて。


 覚悟、できていますか? 巨万の富によって象られた場所で、戦っていく心積もりは?

 ……譲れない野心があるなら、是非ともここで、結果で証明してみせてください。

 どんな篩にも挫けない、そんな貴方を──我々は、心から待ち望んでいます。


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「──噂はかねがね聞いてるケド、とはいえ強烈だ」

 真紅のSUVのハンドルは握ったままで、彼女は、ぽつりと呟いた。

「億万長者の一道楽の割には、そこそこ刺激的なメッセージかもしれませんね」

「そこそこレベルじゃナイナイ。保護者の目だって、当然あるでしょ? 受験者向けのウェブページに載っける内容なら、もうちょい手心ある方が、ウケだって良いでしょうに」

 俺のスマホとのミラーリングで車内に垂れ流されていた映像へ、彼女は彼女なりの主張を続けてくる。話の種にと、事前に保存しておいた動画をご覧いただいたわけだが──この食いつき具合なら上手いこと、雑談テーマの一つにはなってくれそうだな。

「あくまでソフトな体裁を取り繕うべき、と……なるほど。言われてみれば、確かに」

「でしょ?」

「ええ。妙齢にして麗しき理事長の、あのマットブラックのドレス姿は……年端もいかないキッズ学生に見せるには、あまりにセクシーすぎる代物でしたからね」

「……え、人の話聞いてた? 刺激的って、そういう意味じゃないからね?」

「いやあ、しかし──歳を重ねることで生まれる深みある美しさというのも、やはり存在するんでしょうね。そして、それは理事長のみならず、貴女にも該当していて……」

「あのさぁ」

 ……ブロンドのロングウェーブ。ラフなのにクレバーな雰囲気。時差ボケを一切感じさせない快活とした表情。運転する彼女はまさに、理想的な大人の女性といった具合で。

 そんな彼女は苦笑いとともに、助手席に座っている俺を、横目でチラリと見てくる。

「機内でも思ってたけど……キミってホント、変わってるよね」

「どういった意図の発言かは知りませんが、まずはポジティブに捉えておきましょう」

「褒めてるわけじゃなくって、純粋な感想ね。例えば、ほら。その歳で留学志望ってのはそこそこ珍しいだろうし、ファミリー抜きで一人で渡航してるし、何より……普通の高校生は会話の最中にいきなり、ワタシのこと口説いてこないでしょ?」

「一応、まだ俺は諦めてないってことは伝えておきます。連絡先の交換も、同じく」

「だーから、手出したら年齢的に、こっちが捕まるんだっつの──後、言ってなかったけどワタシ、もう結婚してるし」「……What?」「仕事柄、普段は指輪、外してるんだよね」

 衝撃的な情報が、突如としてぶち込まれた。クロエの職業は医療研究者で、関連して学園にも用がある、とだけは聞いていたが……どうも彼女は、既にされているらしい。

「ま、そゆことだからさ。でも、だいじょぶだいじょぶ。キミみたいにイケメンで積極的な子なら、いつかはきっと、良い娘が見つかるよ──たぶん、わかんないケド」

「…………だと、良いんですがね。しかし、これはまた、大変失礼しました」

 名残惜しさはありつつも。しかし略奪愛なんてのは、スマートじゃあないよな?

 迅速にラインを引いた俺に対し、彼女は──クロエは運転席側の窓を、腕が通るぶんだけ開けていた。ゆるりと流れ込む外気の奥には、渋谷の繁華街が朝日に照らされている。


 クロエ・ローレンスと知り合ったのは、LAロサンゼルスから日本へと向かうフライトの中。

 機内サービスで一本目の映画を見終えた辺りで隣席の彼女から話しかけられ、お互いが日系アメリカ人であるという点から話が弾み、更には、入国後の目的地が同じだったことまでも明らかになった結果、こうしてヒッチハイクよろしく、彼女の運転するレンタカーへ同乗させてもらっている。

 ……とんでもない偶然。それこそ、誰かの脚本かと疑ってしまうくらいには。

 ただ、羽田周辺に常駐するタクシードライバーではなく、クロエのような美女に目的地まで送ってもらえる──これほどの幸福の前では、俺たちの出会いが天文学的確率かどうかなんてことはファッ○ンどうでもよかった。こういうことも、稀にあるんだろうさ。

 まあ、幸、不幸を微調整するかのように、友人からその先へ進む権利は与えられなかったわけだが……It is what it isしょうがない. 引く時は引けるのも、魅力的な男の条件だ。


「そういや──シドーは、さ」

 法定速度で置き去りにされる街並みを眺め、メンタルの切り替えを図っていた最中。

「どうしてわざわざ、に入学しようと思ったの?」

 クロエは、今まで触れてこなかった、俺のパーソナルな部分へと踏み込んできた。

 ……別れが近いから、なのかもしれない。

 共通の目的地。ちょうじゃばら学園には、十五分ほどで到着する距離まで来ている。

「紆余曲折ありすぎて、一言で説明するのは難しいんですが……強いて言うなら、そうですね。俺自身のを達成するため、になるんでしょうか」

「へえ。なら、あそこでジャパニーズドリームを掴むぞ!って感じだったり?」

「それは……いいえ。生憎、俺は金なんてものがなんでね」

「…………へ? だったら……余計、どうして?」

 信号待ちの折。クロエは大げさに、両手を持ち上げるジェスチャーをしてくる。

 おそらくは、学園の存在をある程度、認知しているからこその戸惑いなんだろう。

 だが、しかし。裏腹に俺は、一切の言葉に詰まることもなく二の句を続けた。

 の存在目的とは、相反する願望が。

 それこそが──獅隈志道という人間の、行動原理の全てなのだから。


じゃ手に入らないモノが、どうしても欲しかった。ただ、それだけです」

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