《第一話》(1)
「ろうくん、大好きっ」
「俺もだよ、
──結論から述べると、俺達は結婚した。
とはいえそれだけ伝えても、見知らぬ他人から突如送られたウェディングカード並みに不審で意味不明であることは想像に
もう十年も前のことになる。当時、《羽根狩り》と呼ばれていた俺こと《
……以上、説明終わり。
十年前は確かに色々あったが、そこから先はよくある男女の
少なくとも現在、俺と
「ただ……毎朝好きって言わなくてもいいんじゃないか」
「え~? どうして?」
不思議そうな顔をして、
現在は早朝、二人でダイニングテーブルに座って朝食を
「いや、単純に気恥ずかしいっていうか」
「んじゃ、このままでおっけーだね。言葉にしないと伝わらないことってたくさんあるんだよ? 好きって気持ちはその中でも特にとり……とりだた……される? やつ!」
「取り沙汰される」
「そうそれ!」
ビシッと
「でもさあ。もうちょっとこう、年齢相応の──渋い感じの夫婦のあり方を今後は模索しよう。ほら、お互い返事は目を見て
「そんなのやだよ~。ろうくん、おじさんみたい」
「おじッ……!?」
まだ26だ! と反論しそうになる。渋い
要は小っ恥ずかしいだけだから、どうにか誤魔化したかったのだ。
とはいえ──そんな俺の心など見透かしているのか、
長かった銀髪も今は肩先までに
「あ。ろうくん、寝癖ついてる。まだまだ子供だね~」
「……後で直しておくよ」
俺と
*
今日も今日とて世の中はまるっと平和だ。
よって我々一般人はただただ日々を生きる。が、それには当然、金が要る。
独身ならまだしも、結婚生活は思っている以上にマジで金が要る。
なので俺は妻の
「お弁当持った? ハンカチは? あ、定期券忘れてないよね?」
「遠足前の小学生か俺は……大丈夫だって」
「だってろうくん、気を抜くとすぐ忘れ物するじゃん。注意喚起は妻の義務なのです」
「いつも感謝しております」
「うむ、よろしい。……あ! 注意で思い出した!」
玄関先で
改めてもう一度考え直す俺をよそに、
「いってらっしゃいのちゅー!」
「注意から連想したのか……」
出勤前は玄関先でハグとキスをする──説明しなくても分かるだろうけど。
基本的に出勤前はいつもやっているので、別に連想しなくてもやるつもりだったが、それはともかくとして俺は
十年前と今とで変わらなかったものの方が少ないが、それでも一つ挙げるとするならば
抱き締めたまま、俺は
一方で
「ちゃんと唇にしてよ!」
「朝からそこまですると夜まで
「もーっ。……ま、いっか。お仕事、がんばってね! いってらっしゃい!」
「ああ。
俺達は共働きだ。もっとも、
愛する妻の笑顔を背に受けて、俺は革靴を踏み鳴らし、玄関のドアを開いた。
(あー……仕事行きたくねえ……)
およそほぼ全ての社会人に共通していると信じたいが、根本的に労働とは苦痛だ。
(家で永遠に
なので俺のこの思考はごく自然、当然、必然なものであると断言しよう。
さて、俺は通勤に電車を使う。借りているマンション
「あっ!」
(ん……?)
ガシャン、という音がしたので俺はふとそちらを向く。どうやら女子高生が自転車を
(これ全部元に戻すの面倒だろうなあ)
ガシャガシャと倒れていく自転車。俺は右足を自転車と自転車の間に少し差し込んで、その波を強引にせき止めた。そのまま女子高生へ一声掛ける。
「大丈夫? 手伝おうか?」
「え? え?」
驚いた顔で女子高生が俺を見ている。「あ」と俺は思わず声を出してしまった。
(しまった……! 社会人が女子高生へ
誓って俺は
バタバタと倒れた自転車が今度は逆再生みたいにキレイに起き上がっていった。自転車同士
「ごめん、残りは自分で頼む!」
それだけ告げて、俺は小走りで改札へと向かった。女子高生はなぜか
(今日も人混みがすごいな……)
俺と
もうホームの時点でごった返している。混雑する様子を『芋を洗うようだ』と
電車の扉が開き、俺は扉の近くで寿司詰めになった。社畜は芋であり押し
「すいません、乗せてください!」
扉が閉まるタイミングで、新卒っぽいリーマンが駆けて来る。が、多分間に合わない。基本的に通勤ラッシュは自己責任だ。他人の通勤にかかずらう余裕など社畜にはない。
……ものの、俺はどうにか腕を伸ばし、小指を一本閉まりかけのドアへと引っ掛ける。
そのまま力を込めて、閉まるのを妨害した。数秒ぐらいなら遅延にもならないだろう、多分。
「早く乗って!」
「す、すみません、ありがとう……ございます?」
疑問形のようなお礼を受けたと同時に、ぷしゅうと音がして扉が閉まる。
(妙な視線を感じる……やっぱ迷惑行為だったかな)
ドア付近の人達が俺を見ている。気のせいではないだろう。電車内で大声で通話する
俺は肩身の狭さを痛感しつつ、なるべく