【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

バイト少年と女神の誘惑 2

 忙しい時間を乗り切ったあと、俺はジュースの補充と、ホットスナックの在庫を調べるためにバックヤードに入った。

先輩、あれから一言も喋ってくれないとは。元からそうだったと言えばそれまでだが、やっぱりお節介だと思われたか。

 空野先輩は店長や伊角さんの手は借りるが、俺の手は借りない。それは多分、俺は学校の後輩だからということになるのだろう。もしくは、同性でないと遠慮してしまうとか――先輩が俺を異性と認識しているというのは、自意識過剰じいしきかじょうと言われそうだが。

そんなことを考えていると、店内の有線が別のチャンネルに切り替わった。

 いつもは流行はやりの曲が流れているが、たまにジャズがかかることがある――これは店長の趣味らしい。

 マイ・フェイバリット・シングス。ジャズの定番中の定番の曲で、ユーフォニアムのパートがある。その部分がやってくると、勝手に指が動き始めた。

マウスピースに口をつけて練習するときの感覚が、ありありと思い出される。もう楽器がっきを触らなくなって一年も過ぎたのに、まだ――いや、半年前に一度触っているが、昨日のことのように思い出せる。

「……お疲れ様」

「うわっ……!」

 首筋にひんやりしたものを当てられ、思わず声を出してしまう――誰もいないと思っていたバックヤードに、いつの間にか先輩が入ってきていた。

「せ、先輩。こっちに来たら、誰も表にいる人が……」

 空野そらの先輩は何も言わずに微笑む――表の気配からして、どうやら俺たちの代わりに店長が出てくれているようだ。

「……はい。あげる」

「あ、ありがとう……」

海原うみはら、いつも休憩用のジュース買わないけど、節約でもしてるの?」

「長くても四時間くらいだし、それくらいなら全然大丈夫だ。でも、買ってくれる分にはすごくありがたい」

「……づけ成功」

「っ……ま、まあ、そう言われても仕方ないが。スポドリ一本くらいで心まで買えるとは思わないでくれ」

 俺がジュースを飲むところを、先輩は頬に手を当ててにやにやと見ている――喉仏が鳴るのが微妙に恥ずかしい。

「さっきテンパってるときの方が、まだ可愛げがあったんだけどな……」

「……そういうこと言う子は、エッチな本をうちの店でちら見するのを禁止にする」

「み、見てないけど……いや、視界に入ることはあるけど、中を開くことはできないから。成年向けって書いてあるエリアは、足を踏み入れられない聖域だからな」

「もうすぐ、本部からの指示で撤去されちゃうって。そうしたら海原がバイト先を変えちゃうんじゃないかって、店長が心配してた」

「俺が勤労する目的は、店長と先輩が想像するよりも百二十倍は清廉なものだからな。それはちゃんと言っておくぞ」

 きっぱりと答えたつもりだが、先輩は依然として楽しそうにしている。こんなに機嫌がいいのは久しぶりというか、ここで働き始めてから初めてだ。

「男の子はみんなそういうことに興味があるから、私はいいと思う」

「そんな、理解のある姉貴分のようなことを言われてもだな……それより先輩、せっかくの休憩時間をここで潰していいのか?」

「休憩しなくても、あと二時間くらいなら平気。海原はもう行っちゃう?」

「やることをやったら行くよ。さっきのお客さんたちが、お酒を結構買っていったから……ああ、これ品切れになってるな。店長に行っておかないと」

 手を動かしつつ、やはり立ち仕事なので先輩は休んだ方がいいと思い、椅子を持ってくる。先輩はきょとんとしていたが、少し考えてから座ってくれた。

「……あ、ありがと……」

「先輩は部活で疲れてるだろうし、休むときはしっかり……」

「そうじゃなくて……さっき、忙しかったとき……並んでる人、気づいたら凄く増えちゃって、私のレジ打ちが遅いから……」

「うちの男性客は、空野先輩がいる時間帯は目に見えて増えるっていうしな。それにしても、いくら人が人相悪いからって、全然並ばないのもどうかと思うよな」

 普段の俺はこれほど饒舌にしゃべることはないのだが、先輩が落ち込んでしまいそうなので、何とか元気づけたい。気の利いた冗談も何も言えないのだが。

 そんな俺の話でも、先輩は笑ってくれた。口元を隠すようにしてくすくすと笑う。その笑い方は昔とそれほど変わっていない。

「海原が自分のところに来るようにお願いしたとき、お客さんたちが緊張してた。普通の男の子なのに」

「お、男の子……はあ。俺はいつまで経っても、空野先輩にとっては……」

 子供扱いなのか。そう言いそうになって、昔のことに触れることを躊躇する。

「……せ、先輩は、水泳部の調子とかはどうなんだ?」

「毎日やってるけど、タイムは伸びたり伸びなかったり。県内に速い子がいるから、今年も県までしかいけないかも」

「そうか……それでも凄いよな。県のトップを争うくらい速くて、バイトもしてて」

 ジュースの補充は終わり、ホットスナックを冷凍庫から取り出す。そろそろ店内が忙しくなっていないだろうかと、ジュースの隙間から覗いてみるが、幸いにもと言うべきか、混雑はしていない。

「……海原、岸川先生とはどれくらい仲良くしてるの?」

「っ……だ、だから。俺と先生は、そういう関係じゃ……普通に良くしてもらってるだけで、何もないよ」

 先輩はすぐに答えない――少しの沈黙でも、とても気まずい。

「先輩……な、何か怒ってないか?」

関連書籍

  • お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。

    お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。

    朱月十話/HIMA

    BookWalkerで購入する
  • お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。 2

    お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。 2

    朱月十話/HIMA

    BookWalkerで購入する
Close