【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

女騎士先生は僕に優しい 3

 授業で行うバレーボールは、1セットで勝敗を決める。俺たちのチームは序盤に相手を突き放し、最後に追い上げられたが逃げ切りで勝ちとなった。

「15対10で、Aチームの勝ちとする」

 先生が笛を吹き、俺たちは整列して礼をする。他のメンバーが次の試合に備えて休憩に向かう中で、委員長が声をかけてきた。

「お疲れ様、海原。終始頼ってしまったな」

「……俺も、自分にボールを集めてくれとか、我がままを言ってすまなかった」

「いや、これからも海原を中心にやっていけば勝てそうだ。体育で熱くなるなんて、というやつも多いが、俺は必死になるほうなんでな。次もよろしく頼むぞ」

 委員長は掛け値なしにいいやつなのだろうと、その顔を見ていればわかる。少年漫画にそのまま委員長として登場できそうな真面目ぶりだ。

 俺が行くと空気が微妙に硬くなるのだが、岸川先生に心配をかけないよう、クラスに溶け込んでいるふうに振る舞わなくてはならない。

まずいな、やっぱり痛めてしまったようだ。

 歩き出そうとして、右足の違和感が痛みに変わっていることに気づく。足を挫いたというほどではないが、普通に歩くだけでも痛みがある。

 あと一試合は、あまり無理はできなさそうだ。授業が終わったら保健室に行き、湿布でも貼ってもらえばいいだろう。


 最後の試合は踏み切る足を変えた影響で少し厳しかったが、何とか最後までコートの中にいられた。

「それでは本日の授業はここまでとする」

 授業終わりの挨拶を終え、皆が体育館を出て更衣室に向かう。

 俺も保健室に行くまでは何とか隠し通せそうだと思っていたのだが、

「海原、待ちなさい」

「っ……せ、先生」

 肩に手を置かれ、引き止められる。クラスの皆は俺だけが止められたことを、やはり注意を受けるものだと思っているようだ――みんな足早に立ち去ってしまう。

「……なぜ、何も言わなかった?」

「何のことですか……うわっ……!」

 全部言う前に、先生が正面に回り込んできて、ずいっと覗き込んでくる。その視線が、だんだんと下がっていく――。

「せ、先生っ、みんなもう行ったとはいえ、こんなところでそれは……っ」

「こんなところも何もない。右足をひねっているな……やはり、声をかけるべきだった」

 先生はしゃがみこんで俺の足を見たあと、顔を上げる。自然に上目遣いになっているが、先生はその破壊力におそらく自覚がない。

「こういうとき、頼ってもらえるのが先生だとも思うのだが。まだ君の中では、私は教師として信用に足らないのか?」

「そ、そんなことは……ただ……」

「ただ……?」

 そんなふうに、捨てられた子犬のような目で見上げられるては困ってしまう。子犬というにはあまりにも発育が良すぎるが、あくまでたとえの話だ。

「そんなに言いにくいことなのか……?」

 この目で見つめられたら、俺の意地とかそういうものは全部吹き飛んでしまう。

「……先生には、格好悪いところは見せたくないなと……すみません、子供っぽい意地を張ってました」

「っ……」

 先生の反応を、俺はどう受け取ればいいのだろう。分かっていても、認めることが恥ずかしい。

 それだけでなく、もう一つ、危惧しなくてはいけないことがある。

「子供っぽくなどあるものか……っ!」

 先生が立ち上がり、俺の肩に手を置く。他の生徒がいるときはジャージのファスナーをしっかりと閉じていたが、立ち上がった勢いで勝手にファスナーが降りてきてしまう――やはり胸が苦しかったのか、ファスナーを緩めていたのが災いしたようだ。

 先生は、自分の状態に自覚がない。この間合いは俺にとっては中に入り込まれすぎているのだ。

 そしてダメ押しとして、先生はスイッチが入ってしまっている。他の生徒がいないところでないと見せない、先生のもう一つの顔――それは。

「君の意地っ張りを許すのは、お姉ちゃんのつとめだ。謝る必要など何もない、気がついても声をかけなかった私がいけなかったのだから……」

 そう――先生は俺に対して「お姉ちゃん」のスイッチが入ることがある。。

 生徒たちから厳しい先生として恐れられ、同時に慕われている女騎士先生が、感情が高ぶると俺の姉(になったような気持ち)になってしまうのだ。

「せ、先生、先生は俺の姉さんじゃないですから、お姉ちゃんはちょっと……」

「むっ……や、やはりそうなのか。私のことを信用していないから、お姉ちゃんと言ったくらいで目くじらを立てるのだな。どうすれば信用してもらえる? 私はどうやって誠意を見せればいい?」

「い、いえ。見せなくていいです、俺はいつもの先生の方が、先生らしくて……」

「……らしくて……?」

つい口を滑らせてしまいそうになり、踏みとどまる。

 先生らしくて好――と言うのは違う、普通は先生に好きとか言ったりはしない。前後の文脈によって「人として好き」という解釈はできるが、これはラブコメにおける定番の罠なのだ。それくらいは俺でも理解している。

「いつもの先生らしくいてくれた方が、俺も、その……落ち着きます」

「そうか……お姉ちゃんと言うと落ち着かないか……」

 先生は不満そうにするが、なかなか言っていることが理不尽だ。俺は先生の弟ではないので、つまりは他人なので、姉さんらしく振る舞われてもひたすら戸惑うだけだ。

そういうことにしなければ、甘えてしまったらどこまでも堕落してしまう。

「まあいい、それは慣れの問題だろう。今年になってから授業を受け持つようになったし、顔を合わせる機会が多ければ、慣れるのも早いだろう」

「せ、先生。前に決めたルールは一体どこに……」

「忘れてはいないぞ、学校の中では先生と生徒だというのだろう。だからちゃんと、山崎に一言言いたい気持ちを抑えていたし、B組の生徒たちに注意をしたりもしなかった。あのガラの悪さは本来、教師としては看過できないのだがな」

 やはり見られていた。そして下手をしたら、俺は先生に助けてもらっていたかもしれない。そうなったら逆に先生の立場が心配になってしまうので、結果的には良かったと言えなくもない。

「……海原のことを何も知らずに挑発をするなど……やはり一言くらいは言っておくべきだったか。しかし君は一人で頑張ろうとしていたし……」

「……やっぱり俺は、先生に心配をかけてましたか」

「うん……い、いや、そうではない。君がそんなに申し訳ない顔をすることはない……私が勝手に心配して、勝手に我慢していただけだ」

 こんな話をしているだけで、十分普通の先生と生徒ではないと思う。

 だが、自分でルールがどうと言っておいて、それを守らなければいけないとも思っていながら、素直に嬉しいと思っている自分がいる。

 だが、そこまで先生に言われてもなお、「甘える」という選択肢はない。俺は山崎の挑発に乗って、敵チームにひと泡吹かせたいと思っただけだ――それで足を挫いたのは自己責任で、先生の手は借りられない。

「……私の助けは受けないと、そう思ってるな?」

「っ……」

「これは先生と生徒であっても、自然なことのはずだ。怪我をしている相手を案じることは、当たり前のことだ」

「そ、それは……先生、次の授業は……」

 苦し紛れにそんなことを言っても、先生には通用しないと分かっていた。

 先生は笑って、俺に肩を貸してくれる。その瞬間に俺の全神経は、肋骨のあたりに集中する――ジャージのファスナーを自動的に下げるほどの弾力を持つ胸が、思い切り当たっている。

「保健室まで君を送り届けるくらいはさせてほしい。そうでなければ、私は一人で君を見守ることになるぞ?」

「え、ええと……そっちの方が目立ちますし、かなり照れることになりますね」

「ふふっ……そうだ、素直に腹をくくったほうがいい。君を説得するのはいつも大変だが、お姉ちゃん冥利に尽きるというものだ」

 そんなふうに満足そうに言われると、何も言えなくなる。そしてこれからも、俺は先生に体育の授業中に見守られてしまうのだろう――周囲の誤解を受けないように気をつけなくてはいけない。

 ――と、考え事をしていたせいでふらつき、先生の背中に手を回して捕まってしまう。

「っ……す、すみません、先生」

「んっ……う、海原……いくらお姉ちゃんといえど、それは少し……」

「え……」

 俺の手がどうなっているか――何かものすごく柔らかくて、ずっしりしたものを掴んでいるというか、むんず、と下から支えている。

 これまでずっと、甘んじて押し付けられるだけだっだナイトオブマシュマロ(女騎士の胸部)を、俺は鷲掴みにしてしまっていた。

「こ、こら……歩きにくくなるから、そろそろ手を……」

「は、はいっ……すみません、本当に悪気はなかったんです……っ」

 鋼鉄の意志で手を開き、先生の胸から手を離す。それでバランスを崩しかけると、先生がしっかり支えてくれた――またおっぱいが当たるが、先生はそれよりも、触られたほうを気にしている様子だった。

「……君は思っていたより、手が大きいんだな。バスケットボールを片手で持てたりするのではないか?」

 先生のバストはバスケットボールとまではいかないが、片手では全く足りていない大きさだった。まだ柔らかな感触が残っている手を、先生はここなら問題ないということか、腰の辺りに回してくれる。

 細い腰の曲線――くびれの辺りに、俺の手が滑る。すりっ、と擦れたところで、先生がぴくんと身体を震わせ、吐息のような声を漏らした。

「んっ……」

「せ、先生、どうしました……?」

「す、すまない、変な声を聞かせてしまって……君はいちいち遠慮をしすぎる、もっとガシッと掴んでもらったほうが落ち着くのだが」

「は、はい……これなら大丈夫ですか?」

 ちょうど先生の腰のくびれに手を置いてジャージを掴む。ここから少しでも下に行くと、お尻になってしまうのではないかという境界線だ。

「そのあたりなら大丈夫だが……か、考えてみたら、こんなに近づくと……」

「あ……す、すみません。汗臭いですよね、俺」

「そんなことはない。私の方がどうなのかと思うのだが……まだ二限なので、大丈夫だろうか」

「全然気にならないです、むしろすごくいい匂いで……」

「そ、そうか。それならいいが……」

 遠慮してばかりでも、いつまでも保健室に辿り着かない。俺は覚悟を決めて岸川先生にしっかりと支えてもらって、ふらつかないように慎重に歩いた。

 歩く途中で、先生が自分の手を胸に添える。やはり俺が掴んでしまったところが気になるようだ――痛くさせてしまったのかもしれないので、本当に気をつけなくては。

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