女騎士先生は僕に優しい 2
最初の試合は他の班とBクラスの班が対戦し、二試合目からが俺たちの出番となった。六人制だと純が休んでいるために一人足りなくなるので、他の班からメンバーを一人借りる。
「よ、よろしくお願いします、海原君」
「ああ、よろしく」
なぜ敬語なんだと突っ込むべきなのだろうが、それをすると威圧されていると思われるのはすでに経験済みだ。純がいると適度に空気を和らげてくれるので、やはり風邪など引いていないですぐに出てこいと言いたくなる。
「では、サーブ権を決めてから始めるぞ」
六人の中では出席番号が早いという理由で自動的にリーダーになり、俺が代表でジャンケンをする――結果は俺たちの先攻となった。
サーブを交代するごとにローテーションするので、ポジションはあまり関係ないのだが、俺が前衛の左側に入る。バレーの授業は二回目なので、試合における役割はだいたい決まっていた。
授業とはいえ、試合であれば勝ちたいのが信条だ――と考えていると、ネットの向こうから、B組の生徒が不穏な視線を送ってくる。学校内で喧嘩を売られることは時々あるが、B組の生徒に因縁をつけられたのは初めてだ。
「よう、海原。少し成績と顔がいいからって、随分調子に乗ってるみたいじゃねえか」
何という古典的な不良スタイル。逆に化石のような資料価値があると思うので、ぜひともどこぞの研究機関にでも保存してもらいたい。と、これくらいでカチンと来てしまう俺もまだまだ青い。これくらいの挑発で少々ピリついてしまった。
「な、なんだよ、やる気かよ……」
「いや、何も言ってないが。バレーで勝負でもしたいのか?」
「そ、そうだよ。この俺、山崎テツヤの方がお前より上だって証明してやるよ!」
「いいぞ山崎ィ!」
「相手ビビってんぞ山崎ィ!」
進学校といえど、二年目となれば多少気が緩み、プチ不良とも言える状態に陥る生徒は少なくない――というのは俺の分析だが、あながち的外れでもないだろう。成績ではマウントが取りづらいので、体育ならワンチャンスあると思っているわけだ。
「じゃあ、やるか。バレーはあまり得意じゃないんだがな」
「お、おう……望むところだ」
やはり普通に喋っているだけで威圧しているように取られてしまう。
こんなところを先生に見られたら、俺に対する印象が悪くなってしまうのでは――と思って、俺は審判席に立っている先生の方を見やる。
何気なく先生のジャージ姿を直視した俺は、思わずカエルのような変な声を出してしまいそうになった。審判席は目立つからということか、俺と一緒にストレッチをしていたときとは違い、ジャージの前を上までしっかり閉じている。しかしそれはそれで、胸の部分が若干広く作られているという特注のジャージでも胸の部分がはち切れそうになっており、こんな状態で審判をしては苦しいのではないかと心配になってしまう。当の岸川先生は涼しい顔で、俺の心配など関係なく、その豊かすぎる胸部装甲の重量をものともせずに、訓練生たちを前にした騎士学校の教官のように言った。
「せっかく合同での授業だ、仲良く戦いたまえ」
「「「押忍!」」」
敵味方関係なく、統制の取れた柔道部のような返事をする男たちを見ても、先生は表情を変えない。分かっている――彼女は俺の前でしか、生徒に甘いところを見せない。それこそが「女騎士」と呼ばれる理由でもある。
「みんな、行くぞ……そーれっ!」
俺のチームの一員である委員長が、気合いを入れてサーブを繰り出す。
「――しゃぁ!」
「上げろ上げろ! 俺が打つ!」
ネット向こうの山崎がトスを求めたあと、俺を見やる――左サイドの俺と、センターが揃ってジャンプしブロックのために飛ぶ。
トスを受けてアタックを撃つのは山崎ではない――時間差で後ろから出てきた選手が、時間差で打ち込んでくる。
バックアタックを見事に決められ、イン。ピッ、岸川先生が笛を吹く。
「ど、どーよ……俺の方が上だって認めたかよ?」
たった一度のプレーで勝ち誇るにはまだ早い――だが、山崎は「俺のブロック」を誘って出し抜いたことで、調子に乗っているようだ。
「試合中の私語は慎むように。まだサーブ権が移っただけだ」
岸川先生がボールを受け取り、敵のコートに投げる。山崎は離れ際にまだ言いたいことがあるのか、俺に囁きかけてきた。
「どうだよ、海原。先生の前でかっこ悪いとこ見せた気分は?」
俺自身が喧嘩を売られるならまだいい。
だが――先生のことを持ち出されると、自分でも驚くほどに沸点が低くなる。
「……何か言ったか?」
「ひっ……!?」
またやってしまった、と内心では思う。ただでさえ怖がられているのに、クラスでまた浮いてしまう。
分かってはいるが、今は自分が周囲から抱かれているイメージを、最大限に使わせてもらうしかない。
俺はチームのメンバーを集めると、作戦を伝える。
「う、海原でも、それは無理なんじゃないか……? 速攻はまだ練習不足だから、上手くトスが上がらないかもしれない」
「大丈夫だ。この戦術で負けたら、俺が責任を取る」
頭に血が上っているわけではない。むしろ冷静だ。
岸川先生の前で無様な姿は見せられない。B組が、滅多に目を覚まさない俺の闘志に火を点けてくれた。
向こうがサーブを打ってくる。もちろん、俺にトスを上げてくれと言っても、打ちやすい球が毎回上がってくるわけではない。
「っ……ごめん、海原っ……」
ボールの軌道が少しそれる。ネットの向こうで、再び山崎が笑った気配がする。
俺が打てないと思っている。そう、それでいい。
「なっ……!?」
俺はそれたボールに合わせて後ろに飛びながらスパイクを撃ち込む。山崎の顔の横を通り過ぎたボールは敵側のコート隅にバウンドし、岸川先生がピッと笛を吹いた。
「お、おい……今の、狙ってやったのか?」
「や、やべえ……誰だよあいつを本気にさせちまったのは……!」
「お、俺を見るな! お前らも乗ってたくせに!」
俺も普通にプレーしただけとは言い難い。少し空中で無理な動きをしたせいか、着地したときに足に違和感があった。
まだいける。敵のチームに気づかれなければ問題ない。
「海原、ナイススパイク!」
「ここからどんどん押していこうぜ! ……え、えーと、海原君、それでいいよね?」
「ああ。ここからもできるときは速攻を狙っていくが、無理はしなくていい。即席の速攻でも相手は反応できてなかったからな」
俺は敵チームを見やる。今のスパイクで顔面を狙われたとでも思ったのか、戦々恐々という様子だが、まだ目は死んでいない。
岸川先生にこんなに熱くなっているところを見られたら、印象が悪い。
授業中は、先生と生徒という以外の何者でもない。だから俺は、先生の方を見るわけにはいかない――しかし。
ローテーションするとき、俺は先生のいる右サイドの方向を向く。先生は審判台の上で、俺たちの試合を真剣そのもので見ていた。
先生が笛を吹き、こちらのサーブが相手コートに飛ぶ。俺は先生の顔を一瞬見ただけで、頭に血が上っていたことを反省し、意識を切り替えていた。