プロローグ 6
移動教室のとき、俺は体育館に向かう岸川先生とすれ違った。
周囲に緊張が走る――先生は俺と純の前で立ち止まり、声をかけてきた。
「そこの男子二人、襟が曲がっているぞ。服装の緩みは気の緩みだ」
「は、はいぃっ……!」
純が震え上がって襟を正す。俺も確かに少し曲がってしまっていたので、岸川先生に見つめられながら襟を直した。
「ご指摘ありがとうございます、先生」
岸川先生は何も答えず、ただ頷いて歩き去る。リノリウムを鳴らすカツカツという足音が離れていき、やがて階段を降りていって聞こえなくなった。
「うあ~、やっぱり一触即発って感じだな。海原、女騎士先生に目つけられるようなことって何したんだ?」
「さっきは俺に交渉を頼むとか言ってなかったか?」
「いやいや、昨日の敵は今日の友ってやつでさ。でも、とてもそんな冗談言えたもんじゃなかったわ。悪い悪い」
何か同情されるように肩を叩かれる。俺と岸川先生の仲が険悪だと思ったのだろう。
「さすがインテリヤクザ……岸川先生に正面から張り合うなんて」
「海原くんってどうして先生に目つけられてるの? やっぱり噂は本当だったり……?」
他の生徒が何か話しているが、気にしていたらきりがない。歩き出すと、純が慌てて追いついてくる。
「しかし今日もすごかったよなあ、女騎士先生……杜山先生といい、一日に一回見られたらそれだけで大吉って感じだよな」
男子生徒の憧れの的である、この高校の二大女神。
そのうちの一人である岸川先生は、俺から見ても純と同じように、雲の上の存在であることに違いはない。
「女騎士先生って、やっぱり普段も自分に厳しい生活を送ってるんだろうな。あ~、そういう人と仲良くなれる男ってどんな奴なんだろ」
俺もそう思う――純の言う「仲良くなれる」というのは、俺と岸川先生との関係とは違っているだろう。俺と先生のあいだには男女という以前に、先生と生徒という絶対的な関係性がある。
周囲が岸川先生に対して抱いているイメージとは、違う一面を俺は知っている。
料理上手で、世話焼きで――実は少し天然なところもあるが、いつも真面目なところは見ていて尊敬せずにいられない、そんな女性。
「まあ、ああやって冷たい目で見られるだけでも俺は十分幸せだけどな。海原もそう思わねーか?」
「冷たいってことはない。普通に注意してくれただけだろ」
「そんな冷静でいられるってのがまずすげーよ、お前は……おっ、部活の友達だ。ちょっと先行っててくれ、すぐ追いつくから!」
一旦純と別れて、一人になる――しばらくすると、再びスマホが震える。
岸川先生:朝のうちに、やはり君の顔を見ておきたくなった
岸川先生:襟のことはすまない、人前で私が直すわけにもいかないからな
一つ、他の人の目があるところでは、悪目立ちしないように馴れ馴れしくしない。
二つ、チャットのやりとりは一日に三回までにする。一度にどれだけメッセージを送るかは話の内容次第。
三つ、何か困っていることがあったらできる限り相談して解決する。
これが俺と岸川先生の間の約束事だ。廊下ですれ違ってもそっけなくするのは当たり前のことで、やましいことがあるからという理由じゃない。
普通なら生徒と先生で、俺たちのような関係性は珍しいのかもしれない。
しかし俺と先生が、自分たちの中で分かっていれば、何も変なことではないと思う。
少し変わった関係性でも、ただそれだけだ。特別なことは何もない。
たとえどれだけ岸川先生が優しくても、俺は勘違いをすることはない。
先生のような大人の女性が、俺を好きになったりするわけがないのだから。
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