【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

プロローグ 5

 先生と出会ってから一年、今初めて訪問したいと言われたわけじゃない。

 去年の夏休み頃から、先生は俺の家に来て食事の管理をしたいと言ってくれている。学校があるときは昼に栄養指導をすることができても、長期の休みの間は心配だというのだ――だが、俺は自分から外に出向いたりしていて、女騎士先生の極秘家庭訪問という事態になることは何とか避けている。

 先生は、一人暮らしをしている生徒の家を夜に訪問することの意味に気づいていないだけであって、先生にとって俺の家がいつでも訪問していいと思える場所だということではない。それは決して勘違いしてはいけない。


自分:先生はご多忙だと思いますから、無理はしないでください

自分:俺も自分で栄養バランスを考えて、出前を取ったりしますから

岸川先生:できあいのものはだめだ、どうしてもカロリーが多めになるからな

岸川先生:育ち盛りだからこそ、タンパク質と野菜、炭水化物のバランスをよくしなくてはいけない

岸川先生:ポークソテーの新しいレシピを開発したので、一度作りたてを食べてもらいたいのだが


 ゴクリ、と生唾を飲む――先生の料理は、弁当のおかずとして冷めた状態で食べてもとてつもなく美味しいが、作りたてというのはまた別次元の味がするのだろう。

 先生は栄養のことを最優先にしているように見えて、実はそれだけではない。

 彼女の料理に対して、俺は素直に思ったままの感想を言うことができない。とても美味しいというだけではなく、女騎士先生のイメージからは想像できないような特徴があるのだ。むしろそんな彼女だからこそのギャップが、俺を徹底的に打ちのめしてくれる。

 誤解を恐れず言うと、先生の作る弁当は、包み込まれるような母性に満ち満ちたものなのだ。

 ポークソテーもそうだが、彼女はあらゆる家庭的な料理が得意だ。肉じゃがを食べさせられようものなら、俺の涙腺は毎回崩壊させられてしまう。母親の料理に似ているわけでもないのに、岸川先生の料理は無条件に俺の心の鍵を開けてしまう。申し訳ないことに、うちの母親より料理が確実に上手い。

先生が家に来てしまったら、俺は確実に駄目になる。先生はあくまでうっかり先生と生徒の距離感を踏み越えるような提案をしてしまっているだけで、決して俺を誘惑しているわけではない。ないのだが、この誘惑に抗うには多大なエネルギーが必要だった。


自分:昼なら大丈夫なので、屋上に行きます

岸川先生:うん、分かった。朝のうちに確認しておきたかったからな

自分:あまり周りには見られないようにします、いつものことですが

岸川先生:そうか? 先生とお弁当を一緒に摂るくらい何も問題はないと思うが


 それはそうなのかもしれない、とは思う。そして俺はすでに先生の弁当の味を想像して、唾が出てしまっている。我ながらパブロフの犬のようだ。

 そうこうしているうちに授業が始まりそうだが、水曜日の岸川先生は一限目の授業がないので、準備などで急いでいるということはないだろう。先生の授業スケジュールを知っているのも、知り合って一年経てば特におかしくはない。


岸川先生:これは定期的なリサーチだが、君は今どんな料理が食べたい?

自分:和食がいいですね。洋食も好きですが

岸川先生:そうか、和食か

岸川先生:今日の弁当も和食にしておいて良かった、だし巻き卵などが入っているぞ

岸川先生:弁当だけでなく、夕食も作れれば献立の幅が広がるのだが


 いつも凛としていて、笑顔を見せることが少ないと言われている岸川先生だが、話してみると全くそんなことはなく、とても表情豊かで朗らかな人だ。

 今も文面だけで、先生がどんな顔をしているのかが伝わってくる。俺の素っ気ない文章と比べて、先生の場合は文字だけでも温かみを感じる――と、それは俺が勝手に想像しているだけなので、実際のところは分からない。


岸川先生:授業、頑張るんだぞ。もっとも、君なら心配はいらないだろうな

自分:ありがとうございます、先生も頑張ってください


 今日の昼は、岸川先生が弁当をお裾分けしてくれることになった。今日も先生の料理が食べられると浮かれてはいけない。先生の厚意に甘えすぎず、本当は自分でバランスの取れた弁当を作るべきなのだ。

 だが俺は自分で言うのもどうかと思うが、料理がからきし苦手だ。レシピ通りに作っても何か違うものができてしまうので、岸川先生のように本当に料理が上手い人を前にすると、料理ができるというのは天から与えられた才能ではないかと思える。

「う、海原くん、そろそろ宿題解いたほうがいいかな? 私たち、当てられるし」

「ん? いや、俺に断らなくても大丈夫だけど」

「っ……ご、ごめんなさいっ、余計なこと言って」

「美貴、海原くんはあたしたちがやるまで待ってくれてるんだよ」

「う、うん、そうだよね。ごめん海原くん」

 同時に黒板の前に立って問題を解ける人数には限界があるが、別に順番待ちをするほどではない。それでも全力で気を使われてしまう。普段は教室にからからと明るい笑い声を響かせているような、陽キャラ女子でも俺に対して遠慮している。

俺の言い方が悪いのだろうか? ごく普通のはずだが。いや、もっと気を使えということなんだろうけどな。

 やはり、俺に対して触らぬ神に祟りなしというような空気になる。この空気を全く気にせず、一限目から早弁をしている純の存在がありがたく感じた――本人はそんなことを言われても困るだろうが。


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