【大増量試し読み】お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。1巻

プロローグ 4

 あの出会いから一年、姉ヶ崎高校あねがさきこうこうで迎える二度目の春が来た。新しいクラスになってから一週間ほどが過ぎた日のこと。

 教室に入るとなぜか空気が固くなる――別に威嚇いかくしているわけでもないが、そんなに怖がられては挨拶あいさつすらできない。

 そんな中でも一人だけが、周囲の空気を全く読まずに、俺を見るなり席を立ってこちらにやってくる。

海原うみはら、聞いたか? 今日部活見学で、水泳部のアリーナが解放されるんだってよ!」

 興奮した様子で話しかけてくるのは、同じクラスの上杉純うえすぎじゅんだ。一年から同じクラスで、学校では何だかんだでよく一緒に行動している。

 さわやかな印象を受ける短髪の男子で、黙っていると二枚目半と言えなくもないのだが、口を開くと残念というか、男として素直すぎる発言が多い。水泳部のアリーナ解放にこれほど食いつく人間もそうはいないだろう、なぜなら。

「水泳部は女子部だから、新入生歓迎期間でも男子は入れないだろ」

 正確には男子部員が一人もいないだけで、男子を入れることはできると岸川きしかわ先生は言っていたが、それを純に教えるとややこしくなりそうなので伏せておく。

「まあそれはそうなんだけどさ。見学したいって気持ち自体は純粋だから、女騎士先生も大目に見てくれるんじゃないかと思うんだ。ダメ?」

「その素直過ぎる態度で不純な動機がないと信じてもらえるのか? 岸川先生に要注意生徒としてマークされるぞ。ただでさえ、水泳部はのぞきの撃退に苦心してるんだからな」

「そーなのかー、ってなんでお前が水泳部に詳しいんだよ。女騎士先生と廊下ですれ違うたびに睨み合ってるらしいけど、まさか……」

 実は水泳部のことをよく知っているのでは、という嫌疑をかけられる。岸川先生を通してある程度知ってはいるのだが、練習を見学に行くなんてことはしていない。

「俺はリスクに釣り合わない冒険はしない主義なんだ」

「海原ともあろう者が、守りに入ってどうするんだよ。いいか、競泳水着ってのは冒険をしても見る価値があるものなんだよ。いわんや水泳部の見学より大切なものがあろうか? いやない」

 反語で言われても困るのだが、俺も気持ちは分からないでもない。純は悪びれずに笑っているが、何も考えてなさそうな顔が憎らしい。

 俺と岸川先生は、生徒たちからは対立していると思われている。純もそう思っている一人だ。

 俺が「インテリヤクザ」という不本意なあだ名をつけられていることもあり、女騎士的なイメージのある岸川先生とは相性が悪いと思われているらしい。

「あー、俺も女騎士先生に個人的に叱られたりして、くっ殺せ! とか言いてーよ」

「言う側が逆だし、先生もまず言わないだろうな……どうした?」

 急に純が真顔になる。そして周囲に聞こえないような話をするつもりか、いきなり肩を組んできた。

「なあ、海原が女騎士先生に目をつけられてるなら、海原が先生と仲直りしてくれたら、水泳部の練習を見学する糸口が掴めたりしない?」

「まだ言うか。それだと俺が物凄く練習が見たいように思われるだろ」

「海原は成績いいし、水泳部の練習を見られるなら模試で全国一位を取れるって言えば、女騎士先生も邪険にはできないと思うんだよな」

 話を聞けと言いたくなるが、純はいつもこうなので仕方がない。

 姉ヶ崎高校では、試験の成績が掲示板に張り出される。俺の成績は学年で上から片手で数えられるくらいの順位に入る。科目別でトップを取れることはあるが、総合で三位が最高だ。それで全国一位は現状、普通に現実的ではない。

 俺は俺なりに勉強に打ち込んでいて、志望する県外の大学に合格できたら家を出るつもりでいる。そして、自立に備えて今からバイトをして貯金していた。親との関係が悪いということでもなく、行きたい大学が遠方というだけだ。

 多くの生徒は部活に入っているので、放課後バイトに直行することの多い俺は浮いているように見られる。いったい何をしているのかと、一部からあらぬ疑惑をかけられているふしもあった。

禁止されてはいないのだが、進学校ということでバイトをしている生徒が少ないので、働いていると声高に言いにくい空気だった。

「じゃあ、これはどうよ。海原が心を入れ替えてプール掃除をするとか。女騎士先生が感激して恩赦をくれたところに、練習を見せてください! っていう流れで」

 恩赦って、俺が何をしたというんだ? 女騎士先生に征伐されるような、山賊行為を働いた覚えなどないのだが。言いたくはなるが、どうせこいつは聞かないだろう。

「俺が頼んでも、部員が拒否したら無理だろ。そもそも頼まないが」

「駄目かー、じゃあ他の部活で考えるか。剣道部とか、防具を外した瞬間の感じとか良くない? あ、写真部に入ったら年中見学し放題じゃん! うわあ、なんで今まで思いつかなかったんだろ」

アルジャーノンなみに知能指数が上昇したような顔をする純を見て、俺は隠さずにため息をつく。

 こいつは今から写真部に入部して、運動部の記録写真を撮らせてもらえると思っているのだろうか。隠れた写真の才能があるのなら話は別だが。

「お、先生だ。海原、俺頑張ってみるよ」

「そうか、まあほどほどにな」

 担任の藤田先生が入ってきて、ホームルームが始まる。俺は窓際の一番後ろにある自分の席に戻る。周囲の男子、女子問わず、俺が近づくと緊張している様子だが、特に威圧しているつもりはない。

 自分でも自覚していることだが、基本的に無愛想なので「怖い」とか、「機嫌が悪そう」と思われてしまうことが多い。俺の考えていることは人並みのはずなので、そんなふうに思われるのは重ねて不本意なことだ。

 しかし自分のイメージを変えるというのは、なかなか難しい。学年が新しくなったくらいで、人間の印象は勝手にアップデートされるものじゃない。

 成績が良い方なわりに悪そうな奴というイメージを甘受したいわけではないが、抵抗するよりも勉強とバイトに時間を使いたい。そのために、中学まで続けてきた吹奏楽部にも入らなかったのだから――と考えていると。

 ホームルームが終わって休み時間に入り、しばらくしたところで、ズボンのポケットに入れているスマホが震えた。

 一限目の授業の準備をしつつ、チャットアプリを開いて確認する。周囲の注意を惹かないように留意しながら。


岸川先生:おはよう。今日もちゃんと学校に来ているか?


 先生とチャットのやりとりをするのは、何も特別なことではない。先生の表示名は元は平仮名のニックネームだったが、俺が自主的に変更した。先生に対してはいかなる場合でも敬意が必要だと考えたからだ。

 知り合ってからしばらくして必要になるような出来事があり、お互いに登録した。授業中でもなければスマホ操作は禁止されてないので、連絡をすること自体は問題ない。

 だいたい毎朝こうやって俺が登校しているかを確かめてくれるのだが、それも先生の律儀というか、真面目な性格を示していると思う。


自分:はい、普通に出てきてます

岸川先生:うん、元気そうで何よりだ

岸川先生:今日の昼食はまたパンなのか? 君のことだからだいたい水曜日はパンだろう

自分:確かにそうですね


 そっけない返事をするが、すでに俺はソワソワとしていた。これは先生の前振りなのだ。

 別に岸川先生が俺のストーカーをして食事内容を調査しているというわけではなく、ただ俺が一週間のうち三日はパンを食べると先生に話したというだけだ。

月水金がパン、それ以外は購買。一人暮らしなので自分で弁当を作ることもごくたまにあるが、それは本当にごく稀だ。

そしてしばらくは返信が来ない――俺は一限の数学で当てられる順番が回ってくるので、準備をしておくことにする。


岸川先生:では、栄養のバランスを取らなくてはな

岸川先生:今日は屋上に来られるか?

岸川先生:昼休み、忙しければ無理はしなくていいが


 立て続けにメッセージが送られてくる。彼女は初めスマホでメッセージを打つことに慣れていなかったのだが、見違えるほどのスピードだ。

 惣菜パンと飲み物だけでは栄養が偏りがちだ。体育の授業を受け持ち、水泳部の顧問でもある岸川先生は、栄養学にも興味を持って個人的に勉強している。それで、学んだことを実践する意味も兼ねて、俺にときどき弁当を分けてくれるのである。


岸川先生:もし昼がだめなら、夜ということでもいいのだが

自分:夜って、俺の家ですか?

岸川先生:これは栄養指導だからな、生徒の家を訪問しても問題はない


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