第4話 海で遊んじゃう……?(後)
波打ち際までやってくると、光莉が「きゃ」と楽しそうに跳ねた。
「冷たくて気持ちいぃー! ほら、みんなも早く早くっ!」
「ほんとだ、気持ちいいですよ、咲人くん、柚月ちゃん! ——ひーちゃんっ! いきなりかけないで……きゃっ! もう〜!」
「柚月ちゃんも〜、えい! えい!」
「ひゃっ! 光莉ちゃん、顔にかかるからっ!」
そう言いつつも、柚月は楽しそうな表情を浮かべている。
浜辺で水をかけ合う美少女たち——つくづく絵になるなとボーッと眺めていたら、三人がにじり寄ってきた。なんだか嫌な予感がして——
「な……なに?」
「「「せーの——」」」
「うわっ! ちょっ……!」
三人からバシャバシャと水をかけられた咲人は、海水のしょっぱさを舌で感じた。
それから四人でひとりしきり海の中で遊んだ。
浮き輪を使ってぷかぷか浮かんだり泳いだりしたが、このあと店に戻るため、女子三人はなるべく髪を濡らさないようにしていた。
そうして遊んだのち、喉を潤すために先に拠点に帰ってきた咲人のところに、柚月もそっと戻ってきた。
「柚月も水分補給?」
「うん。——なんか、笑顔だね?」
「ああ、あの二人はいつもあんな感じでニコニコしてて——」
「じゃなくて、咲人の話」
「え? 俺?」
「私といたときは……」
「なに?」
「……ううん、なんでもない」
柚月はペットボトルのキャップを取って、一口、二口と口に含んだ。
(なんだよ……)
そうは思いつつも、柚月の言わんとしていたことはわからなくもない。
柚月と一緒にいたころは無表情だった。
うまく感情が伝えられず、もどかしい思いや心配をかけていたのかもしれない。あるいは、退屈なやつだと思われていたのだろうか。
そんな「お勉強ロボット」だったころの自分を思い出し、苦笑いを浮かべる。
(あのころの俺が今みたいだったら、柚月との今も違ってたのかな……)
今みたいだったら——柚月とのこのぎこちない関係は、幾分かはマシだったのだろうと咲人は思った。
* * *
「よーい……ドン!」
咲人の合図で、波打ち際を光莉と千影が駆け出した。
勝ち負けになにかの条件を出すというわけでもなしに、単純に、姉妹でどちらの脚が速いかという駆けっこのようだ。
千影はなんとなく脚が速いと思っていたが、光莉もなかなかだ。普段運動していない印象だが、こうして走っている姿は、陸上のスプリンターのように見える。
(光莉は新聞部より陸上部のほうが似合いそうだ。千影もなにか部活に入ればいいのに)
そう思いつつ、二人がはしゃいで駆けていく姿を眺めていたら、隣にいた柚月がそっと口を開いた。
「賢いだけじゃなくて、運動もできるんだ、あの二人……」
「光莉はわからないけど、千影は体育『5』って言ってたよ」
「ふぅん……」
実際、千影は体育以外もオール『5』。日々の努力によるところが大きいが、彼女のストイックな部分は、最近だらけてばかりの咲人も見習いたいところだった。
「そう言えば、柚月はどうして
「私のバイト先、『Ange』ってカフェ、覚えてる?」
「ああ、うん」
「そこのオーナーさんに紹介されたの。『Karen』って海の家があって、一週間の住み込みバイトがあるからどうかって。オーナーさん同士が知り合いみたい」
「『Karen』のオーナーさんって、店長さんのこと?」
「ううん、べつにいるみたい」
ふと柚月は小さくため息を吐いた。
「……でも、真鳥先輩と咲人たちが知り合いだって知って驚いた。というか真鳥先輩、咲人が前に言ってた新聞部だったんだ?」
「あははは……まあね」
「……なんで苦笑い?」
「ま、いろいろあったんだよ……」
夏休み前の新聞部での騒動を思い出して、咲人はやれやれと思った。
そうしているうちに双子姉妹がゴールしたようで、勝者は千影のほうだった。
二人は手を振りながらこっちに戻ってくる。
「……で、どっちが咲人の本命なの?」
「またその話か……」
「だって、気になるし……」
「なんで?」
「彼女いるって言ってたじゃん? まさか彼女を置いてあの二人と海に来てるとか考えられないし……」
咲人は思わずふっと声にならない笑いを浮かべた。
「……なに?」
「いや、なんでもない」
「気になるじゃん。てか、本当に彼女いるの? そろそろ教えてよ?」
「いいや、教えない。前に秘密だって言ったろ?」
「……意地悪」
柚月は面白くなさそうに、「フン」と鼻を鳴らした。
しかし、二人とも彼女だと伝えたら、柚月はどういう反応をするのだろうか。
驚かれるかもしれないし、呆れられるかもしれないし、引かれるかもしれない。
柚月にバレたときのリアクションを想像して楽しんでいると、双子姉妹が戻ってきた。二人は戻ってくるなり、咲人の腕をとる。
「なになに、なにを話してたのかな?」
「むぅ〜……怪しいです」
「なんでもないよ」
と、咲人は苦笑いを浮かべた。
柚月はジーッとその様子を訝しむような目で見ていたが、やはり「どっちが彼女か?」という問いに対する答えは導き出せないようだった。
* * *
四人で小一時間ほど遊んだあと『Karen』に戻ってきた。
「真鳥先輩、戻りました」
真鳥は、釣人風の中年男性と困ったような顔を合わせていた。
「あ、おかえり」
「なにか、あったんですか?」
咲人が訊ねると「それがさぁ」とやはり困ったように真鳥が言う。
「こちら、叔父さんの知り合いなんだけど、これから船で海に出ようとしたら、エンジンがかからないんだって……」
「故障ですか?」
「たぶん……叔父さんなら修理できると思ってここに来たみたいなんだけど……」
残念だが、入院中でいない。
このあたりで修理できる人はほかにいないだろうか——
「じゃあうちが見てみましょうか?」
「え?」
真鳥と中年男性が、光莉を見て驚く顔をした。
「光莉、修理できるの?」
「電気系統なら得意なので。原因がわかれば修理できるかもしれません」
すると中年男性は「へぇ」と感心した顔をした。
「それじゃあ見るだけ見てもらってもいいかな? 修理代も払うから」
「はい! ——あ、真鳥先輩、ツールボックスってありますか?」
「それなら裏の物置にあると思う」
「わかりました。ちょっとお借りしますね——」
光莉はそう言うと店を出て物置のほうへ向かった。
「じゃ、船のほうは光莉に任せて、うちらは夕方の準備をしよっか。私は千影に料理を教わりたいから、教えてもらえる?」
「わかりました。では、厨房で待ってますね——」
そう言って千影も店の奥へ行く。……ちゃっかり猫耳を装着しているあたり、律儀なのか、それとも気に入ったのか。
「高屋敷はカウンターで、柚月ちゃんと一緒に接客してもらえるかな?」
「あの、それなんですが、俺は光莉についていっていいですか?」
「ほぉーーーん」
と、真鳥は急にニヤついた。
「……なんですか?」
「べっつにぃ〜……じゃ、高屋敷、光莉のことよろしくなー?」
真鳥はなにか勘違い(勘違いでもないが)をしているようだが、とりあえず咲人は無視しておいた。
* * *
波止場は防波堤を挟んで反対側にあった。
様々な形の船が停まっている中、中年男性に案内されて、咲人と光莉は故障した船のところまでやってきた。それほど古くなさそうな、海釣り用の小型ボートだった。
「光莉、電気系統が得意って言ってたけど、船の点検できるの?」
「ひと通りは。じつはこのあいだ小型船舶二級免許を取得したんだー」
「え? それはすごいな……」
「えへへへ、ピース♪ てことで、船の操縦と一緒に修理と点検の仕方も勉強したから、任せてほしいな」
点検が始まると、光莉はギアの点検やキルスイッチ(操縦者が船から落ちたりした場合にエンジンを停止させる安全装置)が外れていないかなどを確認した。
「うーん……ここまでは大丈夫っぽいけど、もしかして——」
光莉はツールボックスからテスター(回路計)を出して、バッテリーに繋いだ。
「——やっぱり。最後にバッテリーを交換したのっていつですか?」
「えっと……船(こいつ)を買ったばかりのときだから、三年前くらいなぁ……」
「でしたらバッテリーの寿命かもしれませんね」
すると中年男性は「なるほどな」と納得したが、すぐに困った顔になった。
「でも、予備のバッテリーがなぁ……」
「船舶用のバッテリーか——」
咲人は双子子町に来てから、ここまでの記憶を思い出す。
「——商店街の外れに釣具屋さんがありましたね?」
「ああ、その店ならさっき寄ってきたよ?」
「そこならあるかもしれませんし、一度電話してみたらどうですか?」
「バッテリーがあれば交換できますよ」
中年男性は、また「なるほど」と納得して、さっそく釣具屋に電話をかけた。
すると、船舶用のバッテリーを置いていることがわかった。すぐに買ってくると言って行ってしまうと、咲人と光莉の二人きりになった。
「ほんとすごいな、光莉」
「……? なにが?」
「いや、船の修理とか点検ができるところとか。小型船舶の免許もとるとか、なかなかできないことだよ」
「うーん……考えるより、まずは行動してみることが大事かな? ほら、好きなこととか、やってみたいことがあったら、すぐに動かないと気持ちが萎えちゃうから」
たしかに光莉の言う通りだ。
アレをしてみたい、コレをしてみたいと考えても、その場では気持ちは盛り上がるのに、時間が経てばどうでもよくなることが大半だ。
「てなわけで——」
と、急に光莉が抱きついてきた。
「思い立ったら即行動」
「うっ……ちょっと立ち止まって考えるのも大事かと……」
「うちとキスしたくないの?」
「そりゃ、したいけど……でも、このタイミング?」
咲人の問いかけに、光莉はただクスッと笑って返し、静かに目蓋を閉じた。
少しだけ長いキスのあと、光莉は頬を赤くしたまま微笑む。
「タイミングは、咲人がしたいときにいつでもオッケーだよ」
「うん……」
「あとでちーちゃんにもしてあげてね? 今日はいっぱい頑張ってたから」
「わかった……」
「じゃ、あともう一回だけ——」
——して。
二人が二度目のキスする瞬間を、一匹の白猫が防波堤の壁の上から見つめていた。
ちょうど黄昏時の空が、海に反射している時間帯だった。
水面は黄金が輝くように煌めいている。
終わらない長いキスに飽き飽きしたのか、白猫は大きくあくびをしてから、両脚を前に出して背筋を伸ばし、ピョンと壁から飛び降りて、どこかへ行ってしまった。
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