二、学校の終わりと過去の足音(2)
インターホンを鳴らしてすぐ、中からバタバタと足音が聞こえて玄関が開き藍那が顔を見せた。
「おかえり隼人君♪」
「ただいま藍那……あれ?」
藍那から視線を外し、俺は亜利沙の靴がないことに気付いた。
咲奈さんの靴がないのは仕事だとして……どうしたんだと思っていると、藍那があぁっと気付いて教えてくれた。
「今日、お母さんの帰りが早かったんだよ。それで姉さんと一緒に買い物に行ってるの」
「そうだったのか」
「だからそれまではあたしと二人きりだよ♪」
「そうか……ならちょっと二人の時間を楽しもうかな」
そう言うと藍那は大きく頷いて俺の手を握りしめた。
そのまま彼女に連れられるようにリビングに向かう――亜利沙も咲奈さんも居ないとなるといつも以上に広く感じる。
ジュースを用意するからと冷蔵庫に向かう藍那の背中を見つめていると、ふとさっきのことを思い出す……そして同時に、走ってまで彼女たちに会いたかったことも思い出した。
「藍那」
「え?」
背中から彼女に抱き着き、お腹に腕を回すようにして固定する。
冬とはいえ走れば汗もかく……臭いかな、汚いかなと思いつつも藍那から離れることが出来なかった。
「何かあったの?」
「……あったと言えばあったかな。ただ、そこまで引き摺るようなことじゃない」
「そっか。ねえ隼人君、冷たいものを飲んでまずは喉を潤そうよ」
「そうだな……ありがとう」
彼女の言葉に従うように俺は離れ、ジュースの注がれたコップを受け取った。
熱くなった体には心地よく、同時に喉を潤してくれてとても気分が良い。
「ぷはぁっ!」
「良い飲みっぷりだねぇ♪」
一気飲みをした後にコップを置くと、藍那が腕を広げて俺を待っていた。
「それじゃあ隼人君。たくさんあたしに甘えよっか!」
藍那にそう言われ、俺は頷くよりも早く彼女のもとに向かった。
待っていましたと言わんばかりに広げられた腕、そして藍那の胸に飛び込むとずっと浸っていたいとさえ思わせる感触が俺を包み込む。
「これがずっと続くのか、この冬休みは」
「そうだよ。あたしと姉さんだけじゃなくて母さんも居るんだから……ふふっ、予告したように絶対に退屈なんてさせないよ。隼人君を寂しい気持ちになんてさせない」
「っ……そんな風に言ってくれなくても大丈夫だっての」
「言っちゃうよぉ♪ あぁでも、一つだけあたしたちもお願いして良いかな?」
「なんだって聞くわ!」
「なんでも!?」
「……藍那もそのネタ知ってるんだね」
ネットで少しばかり流行ったやり取りだけど藍那も知ってるんだ……。
まあそれは置いておくとして、こんな風に言われて気の利いた言葉の一つでも返すのが彼氏ってもんだ。
だからこそ、俺は藍那の髪を撫でながらこう続けた。
「俺だって同じだよ――藍那が寂しいって言ったらすぐに駆け付ける。だからいつでも呼んでくれ」
「あ……うん♪ 大好き隼人君♪」
これはもちろん亜利沙にも伝えるつもりだ。
でも……亜利沙と藍那がこんな風に俺のことを考えてくれるのと同じで、俺も彼女たちのことを考えているのは当たり前のことだ。
二人に対してこう考える時、俺はもう一人のことも考える――咲奈さんだ。
「咲奈さんにも何かしてあげたいところではあるな。あの人にもたくさん助けられてるし、何より藍那たちのお母さんなんだ。俺にとっても、もう大切な存在だから」
その気になったらいつでもお母さんと呼んでほしい、そんな風に言ってくれるほどに咲奈さんにも気に掛けてもらっている……そうなると、別に義務感でも何でもなく彼女にも何かしてあげたいって思うのは当然だろ?
そんな風に咲奈さんのことを考えていた時だった――藍那がボーッとしたように俺を見つめている。
「どうしたの?」
「……キュンってしたの。今の真剣な表情好き」
「えっと……」
そんなに真剣な表情をしてたかな?
ジッと見つめてくる藍那だが、意識しているかどうかは分からないが俺の太ももの辺りに手を置いて撫でている……表情と相まって少しばかり艶かしい雰囲気を感じなくもない。
(あ……そういえばこっちの家には足つぼ置いてねえわ)
いやそんなの当たり前だろうと、俺は心の中で盛大にツッコミを入れた。
チラッと時計を見れば五時半になろうというところ……まだ亜利沙と咲奈さんは帰ってこないし、俺と藍那を包み込む空気がちょっと危ない。
「緊張してるの?」
「……うす」
「あはは、可愛いなぁ隼人君は♪」
藍那は更に笑みを深め、そのまま俺に顔を近づけた。
チュッと触れるだけのキスをしたかと思えば、俺の胸に顔を押し付けるようにして彼女はジッと動かなくなり、小さな声で囁いた。
「隼人君はただ与えられるだけじゃなく、自分も何かを返したいって思ってくれてるんだよね」
「それは……そうだな」
以前にもこんな話をしたなと懐かしい気持ちになったが、この考えに変化はない。
顔を上げた藍那は先ほどまでの艶かしい雰囲気を抑え、真剣でありながらどこまでも優しい眼差しでこう続けた。
「そんな隼人君だからこそあたしたちはもっと好きになるんだよ。どこまでも際限なく好きになっちゃうから覚悟してよね? あたしも姉さんも……それこそ母さんだってずっと隼人君に伝え続けるから――隼人君と出会えて良かったって」
「藍那……あぁ、ありがとう。俺だって同じ気持ちだよ」
なんというか……本当に一切気にする必要なんてなかったな。
相も変わらず佐伯に言われた言葉は頭に残り続けているけれど、やはり自分にとって優先するべき存在が居るのなら、それしか気にしなくて良いんだ。
「それにしても亜利沙と咲奈さん遅いな?」
「うん……何もないと良いけど――」
不安そうに藍那がそう呟いた時、俺は反射的に藍那から離れていた。
それは彼女と寄り添っているのが嫌になったというわけではなく、単純に不安になったせいでジッとしていられなかったためだ。
「……って、俺の考えすぎかな?」
「あはは、そうだねって言いたいところだけど……あたしたちの出会い方があんなことだったせいで一度不安に思っちゃうとダメだねこれ」
あんな強盗に襲われるようなこと……強姦も同じことだがそんな悲劇が彼女たちにそう何度も降りかかってたまるものか。
けれどそのような出来事があったからこそ不安もひとしおだし、俺も藍那も帰りの遅い亜利沙と咲奈さんを心配してしまうんだ。
「さてさて、少しばかり心配になった俺と藍那だけど……どうするお嬢様」
「う~ん、どうしようかなナイト様」
ナイト様はやめて一番俺に似合わない称号だから。
取り敢えずジッとしていられなかったので俺と藍那はまずは連絡を取ることにした……のだが、ちょうど買い物袋を手にした亜利沙と咲奈さんが帰ってきた。
「あ……」
「もう遅いよ二人とも!」
藍那が少し強い口調で言うと亜利沙が苦笑しながら謝った。
「ごめんなさい。年末年始は慌ただしくなるでしょうし、色々と買い込んだせいで遅くなったのよ」
あぁ確かにそれなら遅くなったのも納得だ。
俺の方も色々と買い込んでおかないといけない時期ではあるが、一人なので急いでする必要はない……よな? 何なら明日にでも買い物に行って済ませてしまうか。
取り敢えず俺と藍那が抱いた不安は杞憂に終わり小さく息を吐く。
「心配してくれたのね。可愛い妹だわ」
「当たり前でしょ? 姉さんって時々抜けてるところあるもん」
「抜けてるは余計よ」
じゃれ合いながらリビングに向かった二人を眺めていると、傍に居た咲奈さんが口元に手を当てて微笑みながら呟いた。
「実は少し遅くなることが分かった時に、亜利沙が言ったんですよ。ああいうことがあったわけですし、もしかしたら心配をさせてしまうかもと」
「そうだったんですね。その言葉通りになりましたけど」
「はい。藍那だけじゃなく、隼人君にも心配をさせてしまったみたいですし」
そりゃあ心配するでしょうよと、そんな顔を俺はしていたんだろう。
咲奈さんは本当の母のように慈愛に満ちた表情で俺の頭を撫でてきた。
「大丈夫ですよ。別に軽々しくあの出来事を語るつもりはありませんが、娘たちのことは私がしっかり守ります――母として」
そう言った咲奈さんはとてもかっこいい大人の女性に見えたが、俺は自然とそんな咲奈さんの言葉に被せるようにこう言っていた。
「そう言う咲奈さんは凄くかっこいいです。でも、咲奈さんに何かあったらみんな悲しむってことは分かってますよね? 俺だって同じです――咲奈さん、あなたに何かあるなんてことは絶対に嫌です」
「……隼人君」
俺にとって亜利沙と藍那が大切な存在だというのは確かだけど、彼女たちの母親でもある咲奈さんも同様だ。
「実はさっき藍那と咲奈さんのことを話してたんです。咲奈さんも俺にとってはもう大切な存在ですから――守りたい存在っていうのは同じなんですよ」
「……っ」
目を見つめながらそう言うと咲奈さんは照れたように下を向いた。
この人は俺より遥かに年上ではあるけれど、見た目の若々しさとこの反応も相まって本当に可愛らしい人だと思う。
(咲奈さんの亡くなった旦那さん……きっとこの人が可愛くて仕方なかったんじゃないかな。それこそ、俺が亜利沙と藍那を可愛く思うのと同じでさ)
それに……こう言ったら気持ち悪いと思われるかもしれないけれど、過ごし方一つの違いで咲奈さんに惹かれていた未来もあった……のかな?
「隼人君は……かっこいいですね」
「ただ普通にそう思っただけですよ。むしろ、咲奈さんからしたらガキの俺にそう思われても頼りにならないかもしれませんが――」
「そんなことはありません!」
咲奈さんがサッと顔を上げた。
ギュッと強く手を握られるだけでなく、至近距離で見つめてきたので一歩、二歩と下がった……しかし、後ろに下がれば下がるほど咲奈さんは距離を詰めてくる。
「さ、咲奈さん?」
思わず咲奈さんの肩に手を置いてしまった。
咲奈さんはそこでようやく足を止めてくれたのだが、えいっと可愛く声を上げて俺に抱き着いた。
しばらく頬を俺の胸に当てていた咲奈さんは顔を上げ、母性を感じさせる朗らかで柔らかい微笑みを浮かべた。
「頼りにならないなんてことはありませんよ。亜利沙と藍那があなたのことを深く信頼しているのはもちろんですが、一緒に過ごす中で私も隼人君のことはとても頼りにしているんですからね」
咲奈さんはツンツンと俺の頬を突いた後、俺の頭を抱きかかえるようにその豊満な胸元に引き寄せた。
ふんわりとした感触に顔全体が包まれた時、やはり俺に訪れたのは恥ずかしさよりも安心感だった……落ち着くこの感覚が心地よくてたまらない。
「これがバブみってやつか……」
「バブみ……? ふふっ、隼人君は赤ちゃんになりたいんですか?」
……咲奈さんみたいな人からそういう提案を冗談でもされると……その、大変危ない感じになってしまうんですが。
それからしばらくして咲奈さんは俺を放してくれた。
さっきまでの恥ずかしそうな姿は鳴りを潜め、完全に母親の顔になった咲奈さんを見ていると何か既視感があった。
「……あ」
その既視感は何か、それは咲奈さんが二人と似ているからだ。
亜利沙と藍那に似ている……彼女たちの母親だからこそそれは当たり前なんだけど、俺が感じたのは見た目ではなくその在り方だ。
(シャキッとしている部分は亜利沙、甘く蕩けさせようとしてくるのは藍那……何となくそんな気がするな)
亜利沙と藍那のハイブリッドみたいな感じかな?
それと合わせて咲奈さん自身が持つ包容力と大人の余裕が合わさって……うん、この人は最強かもしれない。
「ちょっと二人とも、いつまでそこに居るの?」
「そうだよ~! ってお母さんなに隼人君を誘惑してるの!!」
二人に呼ばれ、俺と咲奈さんは互いに顔を見合わせて苦笑した。
彼女たちのもとに向かおうとしたその時、トントンと咲奈さんが俺の肩を叩く。
「どうしました?」
「これから冬休みに入りますけど、私も娘たちもいつだって隼人君のことを待っていますから、こっちに来たくなったらいつでも来てください。まあ娘たちがそっちに行くことも増えるでしょうが」
それはあまりにもありがたい提案だった。
流石にこっちに来る時は事前に連絡をするけど、この言い方だと突発的に会いたくなったら連絡もしなくて来て良いってこと……なのかな?
「ありがとうございます、本当に」
「ふふっ、いえいえ♪」
本当に愛らしく笑う人だ――咲奈さんを見て、俺はそう思った。
▼▽
「お母さんとどんな話をしてたの?」
入浴も夕飯も済ませた後、あたしは隼人君にそう聞いた。
別に秘密の会話をしていたわけでもないらしく、隼人君は特に言い淀んだりすることなく教えてくれた。
「さっき藍那と話したことを伝えたんだよ。亜利沙と咲奈さんが心配になったことと、それくらいに咲奈さんのことも大事だって思ってること。咲奈さんが俺のことを頼りにしてるって言ってくれたこと……後はまあ、良いのか悪いのか分からないけどこっちの家に来たくなったらいつでも来て良いんだってさ」
「良いに決まってるじゃん」
「即答だな……」
当たり前だよ! 連絡をしてくれたら応じるのは当然だし、あたしたちに会いたくなって突然来たって大歓迎!
まあ留守にしてたら申し訳ないけれど、あたしたち二人が家を空けるってことはそうないはず……お母さんも早めの仕事納めだったみたいだし、隼人君がうちに来て残念な思いをすることはないと思う。
「だからいつでも来てよ。逆に呼んでくれても良いんだからね?」
「うん。ありがとう藍那」
……きゅん。
あたしは胸に感じるドキドキに心地よさを感じつつ、隼人君の腕を抱くように身を寄せた。
「こうしてて良い?」
「もちろんだ。でもあれだな……藍那も亜利沙もこうするのが好きだよな」
「そうだねぇ……こればかりは彼氏が出来てみないと分からないことだけど、こんな風に抱き着くのは好きだよ。姉さんもきっと同じ……というか、好きだからこうするんだと思うよ?」
抱き着くのは大好きだ。
もちろん心を許した相手に限定されるけれど、こうしているだけで心がポカポカして幸せな気分になれる。
「隼人君も嬉しいし好きでしょ? ほら、こんな風におっぱいを押し当てられてさ」
「っ……まあ、はい」
「えへへ♪」
姉さんよりも僅かに大きい胸を押し付けると、分かりやすく隼人君は顔を赤くしてそっぽを向いた。
今更そんな風に視線を逸らさなくても良いのになぁ。
あたしたちはもう付き合ってるんだからこれ以上のことだってしても良いのに……あ~あ……隼人君とエッチしたいなぁ……隼人君の子供を孕みたいなぁ。
足をモジモジと動かしながらジッと隼人君を見つめ続ける……隼人君は喉が渇いたと言って立ち上がって部屋を出ていった。
「……ふふっ、可愛いなぁ本当に」
果たして本当に喉が渇いたのか、それとも恥ずかしかったのか……どちらにせよ隼人君はかっこいいし可愛いしであたしはもうメロメロだ。
「……こう言ったら不謹慎かもしれないけど、姉さんやお母さんを心配する隼人君はかっこよかったなぁ」
夕方、あたしがつい心配になって二人は大丈夫かと口にした時だ。
自分で口にして心配になってたら世話ないけど、隼人君はすぐに目の色を変えてあたし以上に姉さんとお母さんを心配していた――その姿にあたしは見惚れ、その優しさを遺憾なく発揮しようとする隼人君にキュンとしたんだ。
「参ったなぁ……最近隼人君のことばかり考えてるよ。その度に体が熱くなって、こんなにも隼人君が欲しくなっちゃうもん」
それぞれの手が胸と腰の方に伸びそうになり、あたしはハッとするように我に返ってプルプルと首を振った。
隼人君はまだかなぁ? 姉さんもまだなのかなぁ? そんなことを考えながら気分を落ち着かせると、あたしは一つだけ気になることを思い出す。
「隼人君のあの様子……あたしの見間違いなのかな?」
うちに来た時の隼人君がどこか浮かない表情をしているように見えた。
結局それも一瞬だったし、それからずっと一緒だけど隼人君は一切そのような表情を見せることはなかった……でも、やっぱり気になっちゃったんだよね。
「……どっちにしろ、あたしのすることは変わらないよね。宣言したように、隼人君と一緒にこの冬休みを楽しく過ごすだけだ」
それがあたしの……あたしたちの願いだから。
そんな風に真剣に考えつつも、これから隼人君と前の時と同じように一緒の夜を過ごせると思うと、脳内が桃色の想像に染まっていく。
「……でも、流石に遅いな。これはあたしを差し置いて仲良くリビングでお話をしているとみた!」
そうと予想したらあたしも出向かなくては!
暖房のきいた部屋から廊下に出ると寒いけれど、家の中なので我慢出来ないほどでもない。
ただリビングに向かう途中、あたしは何故かお風呂場の方に目を向けた。
もうみんな入ったし使っている人は居ないはず……あ、お母さんが洗濯しているのかな?
「……………」
ゆっくりと足音を立てずに近づくと電気が点いていた。
リビングが近いので、思った通り隼人君と姉さんの会話が聞こえたけど、あたしはそっちを気にすることなくお風呂場の方へ……。
「……お母さん?」
「ひゃあああっ!?!?」
脱衣所に居たのはお母さんだった。
声を掛けると今まで聞いたことがないほどの驚いた声を上げた。あたしや姉さんよりも大きな胸をぶるんと揺らして振り返ったお母さんは顔を真っ赤にしながら、洗濯物を手にして固まっていた。
「そんなに驚いてどうしたの?」
「な、何でもないのよ! いきなり声を掛けられて驚いただけだから!」
「そうなんだ……ふ~ん?」
こんなにお母さんが取り乱すのは本当に珍しい気がする。
お母さんが手にしているのはあたしと姉さん、そして隼人君の洗濯物……別におかしなことは何もない。
あ、もしかして……はは~ん、そういうことなのかなぁ?
「お母さん、もしかして隼人君の下着とかに触れるのが恥ずかしいんでしょ!」
下着と明言するとお母さんはかあっと更に顔を真っ赤にした。
あたしたちの着替えや下着に紛れるように隼人君のもあって……あぁでも、あたしたちもそれを見ちゃったら顔を赤くするから別におかしくはないのかな?
あたしや姉さんと違ってお母さんは別に男嫌いというわけでもないし……もしかしたらこういうこともあったなって、お父さんが生きていた頃のことを思い出したのかもしれない。
「お母さん」
「藍那?」
あたしはお母さんの背後に回って抱きしめた。
「あたしと姉さん……それに隼人君だって居るんだから。だから大丈夫だよ」
「あら……もしかして私が感傷に浸ってると思ったの? その勘違いもそれはそれでありがたいけれど……」
「勘違い?」
「ううん、何でもないわ。ありがとう藍那」
「うん!」
隼人君も大好き、姉さんも大好き、お母さんだってあたしは大好き!
相変わらずお母さんの顔は赤いけれど、あたしが大好きな優しい表情で見つめてくれている……こんな風に優しいお母さんになりたい。もしも隼人君の子供を将来産んだらこんなお母さんにあたしはなりたい!
「お母さんみたいな人に将来はなりたいなぁ」
「ふふっ、いきなりどうしたの?」
「こんなに優しい人がお母さんなんだよ? もしもあたしが子供を産んだ時、同じことをしてあげたいじゃんか!」
「子供……隼人君との子供かしら?」
「うんうん! あたしねぇ、早く産みたいんだぁ♪」
そう言うとお母さんは苦笑した。
「それはとても素敵なことだけど、難しいことでもあるのよ。それだけはしっかりと胸に留めておきなさい」
「分かってるよ。大丈夫」
少なくとも暴走するつもりはないよ……? 本当だよ!?
仮に隼人君とそういうことをする機会が訪れたとしても、ちゃんと守るべきラインは守るつもり……それだけはあたしも姉さんも強く誓っていることだし、何より隼人君の意思を無視することは絶対にしないから。
(ま、まあ……煽るというか誘惑するのは当然だけどね!)
なんてことを思っていると、ふとあたしはこうして抱きしめているお母さんの体の柔らかさに改めて驚愕する。
親子だからこそ抱きしめることも、抱きしめられることも多かった。
よく三十路を過ぎたら体は衰えていくばかりと聞くけれど、お母さんは歳を取っても若く見えるし、むしろどんどん魅力的になっていく気がするほどだし……凄いなぁ。
「……えい!」
お母さんの弾力たっぷりマシュマロおっぱいを揉んでみた。
ムニュムニュとした気持ちの良い感触がクセになりそうで、お母さんはそんなあたしを止めようとはせず好きにさせている。
「前に姉さんともこんなシチュエーションがあったなぁ。あの時、姉さんったら隼人君とのことを難しく考えていたの。だからあたしがこのおっぱいみたいに頭を柔らかくして考えたらってね」
「それはそれでどうなのかしら?」
「あはは、姉さんも似たようなこと言ってたよ♪」
あの助言を上手く聞き届けてくれたのか、姉さんは本当に素直になったと思う。
まああたしが自由奔放すぎるのかもしれないけれど……けれど、今の姉さんはとてもイキイキしてるし、良かったよねきっと。
「亜利沙も藍那も隼人君と出会って変わったわね」
「うん! でもお母さんも変わってない? だって凄く楽しそうだよ?」
「そう? ……そうかもしれないわね。これも全部隼人君のおかげかしら」
あたしと姉さんだけじゃなく、お母さんにも隼人君は影響を与えている。
もう隼人君はあたしたちになくてはならない存在なの……だからこの関係をこれからもずっと大切にしていくんだ、あたしたちは。
「今日帰ってきた時、隼人君と話したんでしょ? あの時の隼人君、凄くかっこいい表情で二人を探しに行こうとしたの。お母さんも凄く大切に思われてるってこと、それは忘れないでね!」
「あ……そうね。肝に銘じておくわ」
お母さんは照れ臭そうに、けれども満足そうに笑った。
その後、あたしはリビングに向かった。
「さあ隼人君! 姉さんも夜は長いぞ♪」
こんな風にはしゃぐあたしは子供っぽいかな? でも良いもん! それだけ今が楽しいってことなんだから。
さあ隼人君、約束通りこの冬休みはとことん楽しませるから覚悟してよね!
あたしは内心でそう呟き、隼人君や姉さんたちと過ごす冬休みに心を躍らせた。
------------------------------
試し読みは以上です。
続きは2023年6月30日(金)発売
『男嫌いな美人姉妹を名前も告げずに助けたら一体どうなる? 2』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
------------------------------