男嫌いな美人姉妹を名前も告げずに助けたら一体どうなる? 2

プロローグ


「た、助けてくれええええええええっ!!」

 俺は情けない声を出しながら一生懸命に走っていた。

 助けてくれ、誰でもいいから俺を助けてくれと願うように……決して足を止めずに俺は走り続けている。

 既に体力は限界、息も絶え絶えだというのに俺は足を止めない――この足を止めてしまったら最後、俺はもう終わりだと直感しているからだ。

「なんで……なんでカボチャが追いかけてくるんだあああああああっ!!」

 そう! 俺は今、カボチャに追われている!

 何もない道をただひたすらに、がむしゃらに走る中で背後を振り向く。

「……うおおおおおおおおっ!!」

 無理だった。足を止めるなんて絶対に無理だ。

 だって追いかけてきてるし! 人を煽るような顔をした、それこそ俺が被っていたあのカボチャが巨大になって追いかけてくるんだから必死にもなる。

「くそっ……なんでこんなことになったんだ!?」

 分からない……なんでこんなことになったんだ?

 俺が何か悪いことをしたのだろうか? まるでこれが、お前への罰だと言わんばかりにカボチャに追いかけ回されるほどの悪行を俺がしたか!?

「ぐっ!?」

 そんな風に考え事をしていたからか、俺は何もないところで躓いた。

 何やってんだと自分を責めてももう遅い……俺の体全体を覆うほどの影が現れ、俺はそれを目にして絶望した。

「あ……あぁ……っ!」

 ニヤリと嗤う巨大なカボチャに、俺は潰されてしまった。

▼▽

「っ!?」

 カッと目を見開いて俺は目を覚ます。

 少しばかり荒い息を整えるように深呼吸をしながら、ゆっくりと脳を覚醒させて気分を落ち着かせる。

「……夢か」

 ボソッとそう呟き、俺は今の今まで見ていたものが夢だと認識した。

 まあ確かにあんな巨大でそれこそ大型トラックほどの大きさのカボチャがこの世に存在してたまるかよ。しかもそんなカボチャに追いかけ回されるとか更にあってたまるかよ。

 俺はベッドから出て部屋に置いてあるカボチャの被り物の前に立つ。

「お前と同じ顔してたぞバカタレが」

 こいつめと軽く小突く。

 本当に人を煽り倒すようなムカつく顔をしているカボチャの被り物――明らかに部屋に飾るようなアイテムではないのだが、こいつは俺にとってある意味で縁結びの効力があった物だ。

「……そういう点では礼を言わないとだけどな」

 そう言って苦笑した時、部屋のドアがノックされた。

「隼人君、入っても良いかしら?」

「どうぞ」

 返事をするとすぐにドアが開き、美しい黒髪の少女が現れた。

 彼女の名前は新条亜利沙しんじょうありさ――強盗に襲われそうになっていたところを俺が助けたことで縁が生まれ、そこから仲良くなって今は俺の彼女になった女の子だ。

 制服の上からでも分かる大きな胸を揺らしながら彼女は俺に近づき、チュッと頬にキスをしてからカボチャを見た。

「カボチャ様を見つめてどうしたの?」

「いや……巨大になったこいつに追いかけ回される夢を見ちゃってさ」

「凄い夢を見たのね……」

 亜利沙はどう反応して良いのか困ったような表情だが、確かに俺が逆の立場ならそんな顔をするなと苦笑した。

「というかカボチャ様って相変わらずだな……」

「カボチャ様よ! だってこれは私たちとあなたを結び付けてくれたんだから!」

 グッと握り拳を作って亜利沙は力強く言った。

 彼女にとってこのカボチャはもはや縁結びの神様と同等の存在らしく、よく俺の部屋で拝んでいる姿を見る。

 今日もまた、お祈りを捧げるように手を合わす亜利沙。

 俺はそんな彼女に苦笑し、改めて向き合った。

「おはよう亜利沙」

「おはよう隼人君♪」

 そう挨拶を交わし、俺は亜利沙と共に部屋を出てリビングへと向かう。

 リビングに入ると美味しそうな朝食の香りが俺を出迎え、ちょうど味噌汁の味見をしていた女の子と目が合う。

 隣に立つ亜利沙に負けず劣らずの美少女であり、尚且つスタイルも同じくらいに素晴らしいその子の名前は新条藍那しんじょうあいな、亜利沙の双子の妹で彼女もまた俺の彼女だ。

「あ、隼人君おはよ!」

「おはよう藍那」

 一旦朝食の準備を中断し、藍那は俺に駆け寄った。

 首に腕を回すようにして抱き着いてきた彼女を受け止めると、まるでさっきの亜利沙のキスを再現するかのように頬にキスをされた。

「朝はやっぱり隼人君へのキスから始まるんだよねぇ♪」

「あはは、俺としても凄く元気が出るよ。頬とはいえ……キスって不思議な力があるんだなぁ」

「そうだねぇ」

「ふふっ、そうね」

 亜利沙と藍那、特別な関係でもある彼女たちからのキスは本当に不思議な力を俺に与えてくれる。

 朝、学校に行く前にキスをされたらその日は特に頑張れてしまうほど、俺はどこまでも単純ではあるが、彼女たちのことが大好きなんだと再認識出来るんだ。

「さあ隼人君。朝食を食べてしまいましょう?」

「そうだね! こうしてラブラブしてるのもそれはそれでいいんだけど、学校に遅れちゃったら元も子もないし!」

「分かった。本当にいつもありがとう、二人とも」

 こうして、今日も愛する二人が作ってくれた朝食を食べて幸せな一日が始まりを告げた。


 俺には二人の彼女が居る――それは言葉の綾だとかそういうのではなく、実際に二人の彼女が居るのだ。

 基本的に婚姻制度が一夫一妻制の日本において、妻という存在が一人なのと同じで、彼女という存在も一般的には一人だろう……その中において、俺はまるでその禁忌を犯すかのように二人の女の子を双方同意の上、彼女にしていた。

『隼人君、愛してるわ』

『隼人君、愛してるよ』

 そうやって愛を囁いてくれる二人の声、それは彼女たちが傍に居ない時……それこそ一人の時も容易に想像出来るほどに、俺はもうその言葉を聞き慣れている。

 俺と彼女たちの出会いは決して良いモノとは言えなかったが、だからこそ俺と彼女たちは、そこから濃密な時間を過ごすことで今のような関係性に至った。

 二人の女の子と付き合っている……それは周りに公言出来ることではない。

 亜利沙と藍那が彼女という事実は嬉しいことだし、そのことに後悔は全くしていない。これから先もそれはないだろうと断言出来る――だが、敢えて言わせてもらえれば俺は一つだけ……本当に一つだけ、贅沢な悩みを最近抱いていた。

『くそっ……なんでこんなに二人はエロいんだクソッタレが! 的確に俺の理性を削ぎ落とそうとしてくるのが……ぬおおおおおおっ! 嫌じゃないしむしろ嬉しいし、それだけじゃなくて二人ともめっちゃ優しくて可愛くて……うがあああああっ!!』

 なんてことを一人で叫ぶことも最近は特に多い。

 彼女たちと出会って仲を育み、二人からの猛烈なまでのアピールを受けてその愛に溺れることを自ら選び、彼女たちと恋人関係になってひと月が経過し、そろそろクリスマスがやってくるといった頃合いだ。

 十二月二十四日、その日街中は多くのカップルたちで溢れかえる。

 そんな恋人たちにとっての特別なイベントを間近に控える中、俺は今日もエッチで可愛い美人姉妹の愛を受け、喜びながらも必死に我慢するという日々を過ごすことになるのだった。


    ▼▽


「……あ~♪」

「ふふっ、ご満悦な様子ね、隼人君?」

 目の前でおっぱいが……じゃなくて、俺を見下ろしながら亜利沙がそう言った。

 今は昼休みで先ほど昼食を済ませたばかりだが、他人の目から隠れるような形で俺と亜利沙は人気のない空き教室に来ていた。

 冬ということもあって冷えるのは当然だが、今日に関してはよく晴れておりいつもと比べて少し暖かい。

 俺たちの関係性を周りに黙っている以前の話なのだが、亜利沙と藍那は美人姉妹として学校ではとにかく人気で、高嶺の花のような存在である――そんな彼女たちと必要以上に仲良くしている姿を見られたら面倒な事態に発展するのは分かり切っているため、こんな風に俺たちは学校では隠れて会っている。

「亜利沙の膝枕は良いなぁやっぱり……凄く落ち着くし、授業で疲れた脳が一気に回復していくみたいだ」

「そう? なら心行くまで堪能してちょうだいね♪」

「あぁ。ありがとう亜利沙」

「良いのよ。私はあなたの役に立てるなら、なんだって嬉しいんだから」

 そう言って亜利沙はニコッと笑った……気がした。

 こういう時に少し不便なのは亜利沙の胸が大きすぎて彼女の表情が見えないこと。まあ見えない代わりに見えるものがあまりにも眼福すぎるのはあるけれど、やっぱり彼女の笑顔はいつだって見たいものだからな。

(亜利沙は本当に奉仕精神が強いっていうか……俺だから、なんだろうな)

 今の言葉でも分かるように、亜利沙はとにかく俺の役に立とうとしてくれる。

 彼女と付き合う前からその片鱗を言葉の端々に感じていたものの、こうして付き合い始めてからそれは更に顕著なモノになった。

「……………」

「どうしたの?」

「……いや、よっこらせっと」

 俺は名残惜しさを感じながらも至高の膝枕から上体を起こす。

 不思議そうに俺を見る亜利沙を見つめつつ、俺は少しばかりの恥ずかしさを堪えるようにこう口にした。

「今日もありがとう亜利沙。流石、俺だけの女の子だ」

 なんて、あまりにも歯の浮くような台詞。

 俺だけの女の子……こんな言葉、よっぽどのイケメンかそれこそホストの仕事をしている男にのみ許されているような言葉にも思える。

 ただ……亜利沙にとってはとても効果的な言葉だ。

「あ……あぁ♪」

 頬を赤く染め上げ、両手を頬に当て、恍惚とした表情で俺を見つめるその姿は正にスイッチの入ってしまった女の姿だった。

(……この目なんだよな。この従属しているというか、心から俺のモノなんだと雰囲気だけでも伝えてくるのが本当にエッチだ)

 ……エッチ! 本当に何もかもがエッチすぎる!

 女性に対してエロいという感情を持つことが失礼だと思いつつも、その感情を捨て切ることがどうしても出来ない。

「ねえ隼人君。他には? 他に何かしてほしいことはない?」

 そう言って亜利沙は両手で俺の左手を握りしめる。

 少しだけひんやりしているなと感じつつも、それは俺の手が亜利沙に比べて熱を持っているからだと理解した。

 ジッと見つめ合う瞬間があるだけでも幸せなのに、こうして亜利沙と二人きりの状況で何かしてほしいことはないか……そう聞かれてしまうと素直に甘えたくなる不思議な力がある。

「えっと……じゃあ思いっきり甘えても――」

「良いわよ」

 最後まで言い切る前に、俺は亜利沙に抱き寄せられた。

 ギュッと抱きしめられて優しく背中を撫でられ……そうされると今が学校だということを忘れてこの温もりに心から浸りたくなる。

「これだと私も幸せになれるけど、それ以上に求められることはやっぱり嬉しいわ」

「そうか……俺も凄く幸せだよ。こうしてるだけで本当に」

 そんな風に亜利沙と抱きしめ合っていると、クスクスと可愛らしい笑い声が俺たちの鼓膜を震わせた。

 その声が聞こえても俺たちは誰が来たんだと慌てることはない――何故ならその声が誰のものか分かっているからだ。

「二人ともラブラブだねぇ♪」

「あら、藍那も来たのね」

 ドアから顔を覗かせていたのは藍那だった。

 ニッコリと笑う藍那は正に天真爛漫という言葉が似合うほどに可愛らしく、明るく可憐な様子はこっちまで笑顔にするほどだ。

「ごめんね姉さん。隼人君との時間を邪魔しちゃって」

 藍那が申し訳なさそうにそう言うと、亜利沙はクスッと笑った。

「それくらい構わないわ。まだ少し物足りないけれど、後の時間はあなたに分けてあげるとしましょうか」

「え、いいの!?」

「もちろんよ。それじゃあ隼人君、藍那を任せるわね」

 おぉ……これがお姉ちゃんの余裕というやつなのか?

 それでもドアが閉まる直前に見せた亜利沙の表情がどこか物足りなそうだったのも強く印象に残り、そこまで想われていることが本当に嬉しかった。

 亜利沙と入れ替わるように残った藍那は静かに身を寄せてくる亜利沙とは対照的に少しばかり大袈裟に抱き着いてきた。

「隼人く~~ん!!」

「おわっ!?」

 飛び付くように、というと言いすぎかな? でもそれくらいの勢いで藍那は俺に強く抱き着き、胸元に顔を埋めるようにグリグリと額を押し付けてくる。

 ひとしきりそうした後、顔を上げた彼女はご満悦だと言わんばかりにエロ親父みたいな声を出す。

「むはぁ~♪」

「むはぁはやめい!」

「良いじゃん良いじゃん! だってそれくらい良かったんだもん♪」

 ……くそっ、可愛くてこれ以上は何も言えねえ!

 ニコニコと微笑むだけでなく、その豊満な肉体を思いっきり押し付けてくるのは亜利沙と変わらないのだが、聞くところによると僅差ではあるが亜利沙よりも大きな胸に意識が集中してしまいそうになる。

(くぅ……胸を押し付けられるっていうだけなのに、どうしてこんなにも理性をゴリゴリ削られないといけないんだ!)

 それだけこの柔らかな物体には抗えない魔力が込められているかのようだ。

 俺と彼女たちはもう恋人同士だし、なんなら意図しているかどうかは分からないが、ここまで亜利沙も藍那もスキンシップしてくる……それならもう良いじゃないかと、欲望のままにしても良いじゃないかと考えてしまう半面、体の関係を持つのは流石にまだ早いと俺の中の天使が押し止める。

『いいじゃねえかよ、やっちまえよ!』

『ダメです! まだ責任を取れない年齢なんですよ!?』

 果たして何度、俺の中に住む天使と悪魔がこのような言い合いをしたか……それはどれだけ数えても数えきれないほどだ。

 高校生で体の関係を持つことは今の時代、何もおかしなことじゃないけれど、やっぱり俺としても万が一を考えたら怖くなる……それは自分の保身もあるが何より彼女たちのことを考えて……だというのに!

「ねえ隼人君。まだ教室には戻らないよね? あたしともラブラブしよ?」

 亜利沙と藍那、二人を比べるなんてことはしない……けれども、亜利沙以上に甘さを感じさせる小悪魔的な微笑みを浮かべながらのその提案に、俺には頷く以外の選択肢がなかった。

 椅子に腰を下ろした俺の正面に藍那は立ち、そのまま俺の膝の上に座った。

 藍那は俺の肩に手を置いて見つめてくるのだが、ペロリと舌を出すその姿はさっきも言ったが小悪魔のようで……それこそ漫画なんかに登場するサキュバスのようにも見えてしまいドキドキする。

「えへへっ、こうしてると本当にドキドキするね。隼人君と見つめ合っているだけでも凄いのに、こうして至近距離で引っ付いてると下半身がキュンキュンする♪」

「……………」

 女の子が下半身キュンは絶対に言ったらいかんのよ……。

 至近距離で見つめ合っているからこそ、俺が顔を赤くしたのは間違いなく……いやほぼ確実に見られているはずだ。

「もう! 隼人君ったら可愛いんだからぁ!!」

「むぐっ!?」

 急に大きな声を出したかと思えば、俺はガッシリと藍那に抱き寄せられた。

 ご丁寧に頭の後ろに腕を回され逃げることは出来ず、俺は圧倒的なまでの柔らかさの中に顔を突っ込んだまま、藍那から放たれる甘い香りを存分に嗅いでしまっている状態だ。

「ぅん……ふふっ♪ くすぐったいけどこうしてると幸せ。ねえ隼人君、凄くドキドキしない?」

「……する」

「でしょ? あぁ本当に可愛いなぁ……ニヤニヤしちゃうし、冬なのに体がどんどん熱くなっちゃうよぉ」

「……………」

 体を小刻みに震わせる藍那の抱擁を受けながら、俺はついに黙り込んだ。

(藍那もこうなんだよなぁ……っ! 本当に俺、よく耐えてると思うぞ、マジで!)

 亜利沙の時にも思ったことは当然のように藍那にも同様だ。

 ただ藍那に関しては亜利沙よりも更にボディタッチの頻度が多く、かといって鬱陶しいと一度も思わせないのは惚れた弱みもあるんだろうけれど、とにかく藍那の素直な愛情表現は心底心地がよい……もちろん、亜利沙の愛情表現も違っていいけどさ。

「隼人君」

「うん?」

 頭の拘束が緩められ、藍那の胸元から顔を離す――藍那は頬を赤くしながらも俺から視線を逸らすことはせず、そのまま唇にキスをしてくるのだった。

 その後は特に何事もなく昼休みは終わり、藍那を見送る形で俺も自分の教室へと戻った。

「……ふぅ」

 席についてそっと息を吐いた。

 亜利沙と藍那、二人と付き合い始めてから常に俺はこんな日々を送っている。

 学校ではあのようにして隠れながらではあるがイチャつき、周りの視線が完全に消えてしまう家では彼女たちはまるでタガが外れたかのように、学校よりも更に甘くて際どい愛情表現をしてくる。

(俺……いつまで耐えることが出来るんだろうなぁ)

 可愛いだけではなく、美人でエッチな女の子二人からあんな風に距離をググッと詰められて耐え続けている俺……もしかしたらもうすぐ悟りを開けるかもしれないと割とマジでそう思っている。

(母さん、父さん――天国から見守ってくれてるかな? 俺、凄く幸せだけど苦行のような毎日を送ってるよ)

 幸せだけど大変……それが俺――堂本どうもと隼人の日常だ。

 まあこんなことが悩みだと言ったら世の中の男に殺されそうだけど、母さんと父さんは……特に母さんに関してはお腹を抱えるほどに爆笑しながら俺を見守っているような気がしないでもない。

 とにもかくにも俺は幸せだ……でもやっぱり、亜利沙と藍那の二人から与えられる愛情表現に今まで以上にどっぷりと浸かってしまうのではないか……なんて怖さもあるけれど、そんな怖さすらも呑み込むような愛を彼女たちは向けてくる。

 ……やれやれ、本当に贅沢な悩みだよと俺は苦笑し授業に集中するのだった。

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