第一話 【アナザーワールド・アナザーガール】(1)
──正直、なんてことのない動画だった。
人気だというYouTuberが作った短い歌。
それを今、友達と歌ってSNSにアップロードするのが流行っていて。わたしのクラスでもハイカースト気味の男女が昼休みに動画を撮影、サイトに上げた。
『──出会ってくれて、サンキューです!』
『──今までほんとに、ハッピーデイズ!』
『──俺らは絶対永久フレンズ!』
そんなセリフを、リズムに乗せて口にしているだけ。
仲間内で楽しむだけの、なんてことのない動画だ。
アップしたクラスメイトたちも、ただその瞬間楽しければそれでよかったんだろう。
なのに……、
「……ウソでしょ」
わたしのスマホで再生される、その動画。
表示されている再生数は──十一万回。
──話題になっていた。
SNS上でその動画が、ちょっとバズってしまっていた。
もちろん、それだけなら問題ないんだ。
わたしと関係ないところで、わたしと関係ない出来事が起きただけ。
けれど問題は、再生されまくっているその理由で、
『──え。次の授業、技術室!?』
『やば、準備しないと……』
──わたしの声。
動画に見切れていたわたしが友達に尋ねる声が、バズのきっかけだったのだ。
──香家佐紫苑。そんな名前の声優さんの声に似ていたらしい。
もう本当に、本人かと思われるほどそっくりだったらしい。
それに気付いた視聴者が大騒ぎして、動画はSNSで拡散されまくり。今も再生数が絶賛爆伸び中。コメント欄も、その話題で大盛り上がりしている。
『もうこれ紫苑ちゃん本人じゃん!』
『レオル役やってたときの感じが一番近いな』
『音だけ聴くとマジで区別つかないですね』
『よく見ると、この子顔もちょっと似てね?』
「なんで、こんな大騒ぎに……」
わけのわからない展開に、わたしは頭を抱える。
「こんな、何万再生も……」
「ああもう、マジですまん!」
動画を上げたパーマ髪の男子が、そう言って手を合わせている。
「そんなつもりはなかったんだけど。めちゃくちゃバズっちゃって……」
「
マジ謝りだった。
男子二人と女子二人が、本気ですまなそうに頭を下げていた。
そんな顔をされると、わたしもそれ以上責める気にもなれず、
「いやまあ、仕方ないんだけど……」
そんな風にもごもご返すことしかできない。
「起きちゃったことは、起きちゃったことだし……」
彼らも彼らで、悪いヤツらじゃないんだと思う。
バズった直後には教師に相談し、すぐに動画を消してくれていた。今だって、周囲の目も気にせず昼休みに本気で謝ってくれている。割と誠意ある対応だと思う。
ただ……そんなことしても動画は何人かがミラーを上げて今も拡散中。わたしが見ているのもそのうちの一つだし、しばらくネットのおもちゃになるのは確定だろう。
……マジかあ。
マジでわたし、こんな形で沢山の人に見られるのか……。
せめて、自分の好きな感じの映像ならまだマシだったんだけど。この動画かあ……。
「はあ……」
わたしとは合わないそのノリに、ため息も漏れてしまう。
とはいえ、不幸中の幸いと言えるところもあって、
「……まあでも、炎上してるわけじゃないみたいだしね」
言って、わたしは無理に笑ってみせた。
「別に、悪い話題で盛り上がってるわけじゃないし。そのうち忘れられるでしょ……」
バズってはいるけど、燃えているわけじゃない。ネット民も怒ってるとかバカにしてるとかじゃなく、わたしの声質を面白がってるだけなのだ。
むしろ、
『なんか技術室ちゃんの声癖になってきた』
『普通に良い声だよな』
『わたしもこんな声に生まれたかったです!』
──技術室ちゃん。
そんな呼び名を付けられ、愛着を持たれているっぽいのだ。
だから多分……これをきっかけに人生に悪影響があったりもしないだろう。
就職なんかのときに困ったりとか脅されたりとか、そういうことはないはず。
それに教師や親が動画サイトに削除依頼を出してくれるそうだから、そのうちこのバズも落ち着くと思う。そうであってほしい。
「とはいえ、ほんとごめんね……」
「なんか困ったことがあったら、すぐに言って!」
「それじゃまた……」
「うん、じゃあね」
彼らが去り、わたしはふっと唇の隙間から息を吐いた。
頬杖をつき、開かれたままの窓から春の空を眺める。
水彩画みたいな薄い水色。のんきに流れていく薄情な雲。
頭に浮かぶのは……これまで味わってきた苦い思い出たちだ。
振り返ってみれば、わたしの人生なんだかうまくいかないことばっかりだった。良いことなんて、嫌なことの間にときどき挟まっているくらい。そんな毎日に慣れてもいる。
だからきっと……今回もそれと同じなんだろう。
いつもの通り、ちょっと嫌な目に遭っただけ。
因果も条理もない、ただ事故に巻き込まれたようなものだ。
だからこの事件も早く過去のことになって、忘れられればいいなと思う。