まえがき
小説こそが、最高の物語媒体だと信じていました。
豊かな表現、読者と作品だけの世界、広大な想像の余地。
小学校低学年の頃から僕はそれに夢中で、むさぼるように小説を読んできました。
もちろん、漫画も映画もアニメも素晴らしい。
何度それら作品に感動させられたかわかりません。というか、僕がいつも「一番好きな物語」を聞かれるときに答えるのは漫画作品だし。
それでも、小説はやっぱり特別だった。僕が作りたい物語は、小説っていう形でこそ完璧に描けるのだと根拠なく確信していました。だから小説家にもなりました。
けれどその考えは、デビュー以降揺らぎまくった。
例えば、自作にいただいたイラストを見る度。コミカライズを拝見する度。
「すげえ……こんなん小説で表現できないじゃん」
と繰り返し動揺してきました。
同じ土俵に立って、ようやくそのすごさを体感したのです。
そして少し前。演技、というものに初めて本格的に出会いました。
あるお芝居に強い衝撃を受けたんです。端的に「負けた」と思った。
自分が小説でのみ表現可能だと思っていた「キャラの人間性」「面倒な自意識」「彼らの生み出す場の空気感」を、声優さん達がとてつもない技量で表現していることに気が付いてしまった。景色が見えたし、その場に漂う匂いさえ感じ取れた気がした。
以来、お芝居というものに夢中になりました。
どうやってそんな表現をしているのか知りたくて、アニメを見まくり舞台もチェック。役者さんのインタビューを読み込みまくった。なんなら自分でもちょっとお芝居してみました。けれどその世界はあまりに奥深くて、掘り下げても掘り下げても先が見えない。どうやっても追いつけない領域がある。
そしてそんなある日、思ったのです。
声優さんを、お芝居を題材とした作品を書きたいと。
そのお仕事に覚えた感動と、役者さん達への敬意を小説の形にしたいと。
それが今作『午後4時。透明、ときどき声優』が生まれたきっかけでした。
執筆には、沢山の方にお力添え頂きました。
音響制作会社様。KADOKAWAのアニメ事業局の方。養成所でレッスンを受ける声優の卵の皆さんや、アフレコを見学させて下さった作品まで。
本当に沢山の情報を、作品にいただくことができました。
ご協力いただけなかったら、今作は全くの駄作になっていたでしょう。
少なくとも、現実から乖離した夢物語になっていたはず。
現場の皆さんや業界の温かさを知ることができたのも、とてもうれしい収穫でした。
それから、作中のキャラのこと。
今作は、
題材はお芝居の世界ですし、彼女達は役者として表現に挑みます。そこはできるだけ、リアルな描写をできるよう心がけました。
ただ……実は描かれているのは、僕自身の創作に対する思いなのかもな、と思います。
彼女達のこだわりや願い。執着や苦しみ。
葛藤や努力や失望や、それでも捨てきれないもの。
僕の頭の中で生まれた二人の感情は、僕自身の気持ちに強く通じるものでした。
もしかしたら、彼女達は「声優になった世界線の
だから二人の切実さが、読んでくださった皆さんに少しでも届けば、これ以上うれしいことはありません。
ということで、『午後4時。透明、ときどき声優1』。
岬にとって新しい、そして真正面からの挑戦です。
それぞれの形でお手にとって、あるいはディスプレイに映し出して、楽しんでもらえるとうれしい。どうぞよろしくお願いします。
全ての役者さんに、憧れと尊敬と、表現者としての嫉妬心を込めて。
岬鷺宮