第一章 魔王城は不思議がいっぱいです!(6)

       ◇


 翌日。

 魔王城の大書庫へと赴いた。

 見上げるほど高い天井と壁一面にびっしりと敷き詰められた古い蔵書。天窓からは明かりが入っていて、中は意外と明るかった。

 饐えた本の匂いはどことなく心を落ち着かせる。こうして本に囲まれていると自分は本好きなんだなと認識させられる。

 今は誰もいないようだ。歩くたびにコツコツと靴の音が書庫内に反響する。

「よーし! 読むぞ~」

 近場の本棚から数冊の本を取り出す。一冊一冊が分厚いので体の小さなミルが両手で抱えられるのは三冊が限界だった。

 それを書庫にあるテーブルにどかっと置く。

 椅子に座ったミルは一ページずつ読んでいく――わけではない。

「えっと、確か女神の瞳で……」

 魔術書に手をかざすと、目の前にウィンドウが現れる。


 上級魔術書:ダークミスト

 必要能力値:かしこさ125、


 この本に書かれた魔法の名前とそれを理解するための必要能力値が表示される。この表示に能力値が満たない場合、仮に内容を全て読んで覚えていたとしても魔法を使うことができない。

 ミルはウィンドウの『ダークミスト』に触れる。


 ダークミスト:闇の禁忌魔法。黒い霧を周囲に展開する。かしこさの値によって霧の量を上昇させられる。さらに使用回数を重ねると属性を付加できる(習得可能)


 能力の詳細が出てきた。ミルはゆっくりと深呼吸してから詠唱する。

 ミルなら女神の巫女の力の一つ――『女神の知悉』を使えば内容を理解することができる。

 ミルはゆっくりと深呼吸してから詠唱する。

「女神の知悉――ラーンナレッジ」

 そう唱えるとミルが持つ本が淡く白い光に包まれた。そして光が一部ずつ溶けていくかのように粒子となり、次々とミルの体の中へと吸い込まれていく。

 ミルの脳内にこの本に書かれている内容、術式が明確なイメージとして湧いてくる。

 ただ能力値がギリギリだと習得に時間がかかったりする。前に王都で炎魔法を習得しようとした時は『ファイアボール』を覚えるだけで二時間かかった。

 けどこれは必要能力値を四倍近く超えている。

 それでも時間はかかったりするが、ミルには『早期習得』という先天スキルがある。おそらくこれのおかげで多少なりとも習得にかかる時間が短縮されているはずだ。

 五分経って、淡白い光全てが粒子となってミルの中へ吸収されて行った。

 目を閉じると脳内に術式が浮かんでくる。

「よし……ダークミスト!」

 何もない虚空に向かって手を突き出し、魔法を唱える。

 すると手のひらから黒煙が噴き出し、みるみる内に周囲を覆っていく。

「おおっ! できた!」

 この魔法は周囲を黒く塗りつぶし、目くらましさせる能力があるらしい。それだけではなく、霧に冷気や熱気を付与することも可能らしい。汎用性が高そうだ。

 魔法にも使えば使うほど熟練度が増し、より精度が増していく。今出したダークミストもものの数秒で霧散してしまった。

「でもなんでこんなのが禁忌魔法なんだろ?」

 そもそも禁忌魔法とはなんだろうか?

 女神の瞳で見た時には『闇の禁忌魔法』と書かれているけど、実際に普通の魔法とどう違うのだろうか。

 わかっているのは普通の攻撃魔法には『属性』があって炎、氷、雷、土、風の五属性に分類される。それらを組み合わせたり特化したりすることで様々な効果を引き出すことができ、やがてオリジナルの魔法に到達する。

 ここにあるのはそのどれにも属さないから『禁忌魔法』とされているのだろうか。はたまた魔族が使う魔法だから『禁忌魔法』なのだろうか。

 でも――まあ。

「使えるならなんでもいいよね、よし! 次々!」

 完全に霧が消えてから、ミルは次の魔導書に着手する。

 禁忌魔法になんらかのデメリットがあったとしてもその時はその時だ。

『女神の知悉』を使って次々と魔法を習得していく。

 それから二時間が経った。

 結構、いろいろと習得できたと思う。

 例えば、死体をアンデッドとして蘇らせ意のままに操る『ターンアンデッド』や対象に精神的苦痛を与え、精神崩壊を引き起こし発狂させる『マインドブレイク』、辺り一帯に強力な毒の霧を発生させる『ポイズンミスト』などなど……。

「もっと炎! とか氷! とかの魔法ってないのかな?」

 これでは魔族が使う魔法だ。

「そういえばここ魔王城だったっけ……」

 魔族が使う魔法しかないのは仕方ない。でも魔法は魔法。覚えておけばきっと冒険の役に立つし、時間もまだまだある。

 ここでとりあえずレベル上げばかりだと退屈だし、冒険のためになる禁忌魔法を極めちゃうのも悪くない。

「もうちょっと覚えるぞ~っ」

 ぐっとガッツポーズ。


 書庫には魔術書以外もあるので、禁術が書かれた書物を見つけるのは大変だった。

「あっ! これいいかも! これも覚えたら楽しそう~」

 とバイキング形式で次々と本棚から書物を取り出し、テーブルに置いていく。

 結果覚えたのは対象の生命力を奪い自分の糧とする『ライフドレイン』一時的に破壊力を増強させる『パワーオーバー』局所的爆発を引き起こす『ブラストエンド』などなど。

 やっぱりどこか魔族っぽいのは否めないが、冒険の中で役に立ちそうな魔法だ。

 例えば『パワーオーバー』なんか冒険中、通り道に重たい岩石が邪魔していた時にどけるのに便利だし『ブラストエンド』は凶暴な魔物と戦う時に役立ちそうだ。

 どれも並みの魔法じゃない。少なくとも王都に居た時はこんな魔法を持っていた冒険者はいなかった。

 他にも魔術書ではないが、魔王城周辺の地理が書かれた本とか魔族を襲う危険な魔物が書かれた本とか、魔王城を出た後で覚えておいた方がいいような本がいくつもあった。

 それらはスキルではないので女神の知悉で覚えることはできなかった。おかげでじっくり読む羽目にはなったものの、時間はたっぷりあったので、全て読み込んだ。

 そんな感じで便利な本を探していると――。


 禁断の魔術書:エクスティンクションゲート

 必要能力値:かしこさ1000


「おおっ!」

 とうとうミルの能力では解読不可能な魔法に巡り合えた。さっそく詳細を確認する。


 エクスティンクションゲート:特大消失魔法。局所的に異世界とのゲートを発生させ、局所的に空間を削り取る魔法。いかなる防御魔術でも防ぐことはできない。


「なんか強そう!」

 消失魔法というのがどういうものか知らないが、このレベルの魔法はこの書庫全体を通してもトップクラスの禁忌魔法だろう。

「習得してみたいけど……」

 かしこさの値が1000必要なんて見たことがない。今のレベル65では全然足りない。かといってオークたちと戦ってもレベル差がそれほどないからあまり上がらない。

「うーん、魔剣ラグナロクも欲しいけどこれも欲しい~」

 かたやあっちは『ちから850』こっちは『かしこさ1000』、とりあえず極めてみることにしたけど、これを習得するにはどれだけかかるか……。

 早く退屈な魔王城抜け出して冒険したい。そのためには退屈なレベル上げを地道にするのも大変すぎる。でも禁忌魔法も極めたい!

 もっと強い魔族と戦えれば……。

 魔王とやれればいいのだが、あの人は初日以降姿を見せないし、他の人に聞いてもどこにいるかわからない。

「あっ」

 強い魔族――心当たりがあった。


       ◇


「弟……ですか?」

 夜、自室に戻ってから、侍女になってくれたクローエルにグランのことを聞いた。

「はい、強い魔族の人をお手合わせしたいと思って」

 この魔王城に来て最初に女神の瞳でステータスを見たデーモン族の魔族――グラン=ニューマンならミルのレベルの倍近くあるから少し戦えばすぐにレベルを上げられるだろう。

「お手合わせ?」

「あっ、実はヒマだからちょっと強くなりたいなぁって」

 城から出たいという意味合いは伏せておいた。

 クローエルの弟だから聞けば居場所がわかるかと思ったが……。

「すみません。弟は魔王様御付きの魔族。現在、魔王様と共に出払っております」

「うーんそっかぁ……ちなみにいつ帰ってくるとかは?」

「それは存じ上げておりません。魔王様は気まぐれな方でして、長い時は一月ほど城を空けることがあります」

「一ヵ月も!? どうしよ~他に強い人に心当たりないし……誰かいませんか? できればグランさん以上の人がいいです」

 と訊ねると「そうですね……」とクローエルは顎に手を当て、

「マリー様ならおそらくグラン並みかと思われますが……」

 どこかで聞いたことがあると思ったら、宝物庫で会ったリザードマンが探していた魔王の娘だ。

「魔王の娘って子のこと?」

「ご存じで?」

「名前をこの城のリザードマンさんから聞いただけだよ。強いんだ」

 ちょっと会いたくなってきた。どんな子なのだろう。

「強さでいうなら間違いなくこの城の兵よりかは強いですね。他にも魔王直属の四天王の方なら弟より強いと思います」

「四天王?」

 そんな人たちもいたんだ。

「はい、ですが彼らも気まぐれで城を空けることがあり、現在誰もおられません。マリー様もお忙しい方ですのでおそらく付き合ってはくれないでしょう」

「そうなんだ……」

 意外と魔王城って魔王様とか直属四天王とか除けば強い人いないのかも。

 ちから850はまだしもさすがにかしこさ1000はきついし、あの禁術は諦めるかぁ、とため息を吐いた時だった。

「もしよろしければ私がお相手いたしましょうか?」

「え? クローエルさんが?」

「はい、私も弟とは共に研鑽を積んだ仲ですので、それなりに腕に覚えはございます。お望みなら魔族流の剣術もお教えいたします」

「いいの!?」

「お望みならなんなりと」

 ペコリと一礼するクローエル。

 すごくありがたい。オークたちとの手合わせで実戦の練習にはなるものの、剣の扱いとかはみんな我流で剣術とは違っていた。

 しっかりとした型を覚えられるなら、これから冒険して戦いを経験するのに大いに役に立つだろう。

「でもいいんですか? 人間の私なんかに魔族の剣術なんて教えて」

「わたしが魔王様に申しつけられたのは『ミル様が困っていたら協力してやれ』ですので、命令に従っているまでです」

 淡々と話す中にもどこか温かみを感じた。命令に従っているまでとは言うものの、全然嫌そうに見えない。

「でも裏切り……とかになりませんか?」

 というとクローエルが「ふふっ」と初めて笑みを見せてくれた。

「だとしたら私はとうの昔に裏切者として断罪されていますよ」

「え? それってどういう――」

 クローエルと魔王、二人の間にはミルの知らない強い信頼関係があるのかもしれない。

 でもそれを訊ねる前に「今から行きますか?」と聞かれた。

「今からいいの!?」

「ミル様が望むなら――それに夜中ですと訓練場が空いておりますので」

 夜の秘密特訓――なんだかドキドキする!

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