第一章 魔王城は不思議がいっぱいです!(7)
◇
名前:クローエル レベル:130 HP:2480 MP:750
ちから:1210 みのまもり:1589
かしこさ:1883 きようさ:1670
すばやさ:1900 うん:550
パッシブスキル:魔族、魔眼、魔力充填、片手剣適正(大)闇魔法耐性(最大)呪い耐性(最大)覚醒
アクティブスキル:闇魔法、幻影魔法、崩影斬、魔の一閃、裂傷斬、闇の咆哮、闇の霧
「強い……」
ミルも十分強くなった方だが、クローエルは圧倒的にその上をいっていた。能力値がグランより高かったり低かったりするのはおそらく鍛え方が二人で違うからだ。特にすばやさの値が全然違っていた。
その他スキルはほとんど同じだった。
「あの、クローエルさん」
「なんでしょう……」
向かい合うクローエルは木剣を手にしている。その立ち振る舞いは侍女の服だというにどこか歴戦の戦士を彷彿とさせる。
「四天王ってどれくらい強いんですか?」
「四天王一人とわたし一人の一対一ではまず勝てません。ですが弟と二対一なら勝機はある、というくらいでございますね――まあ諸説ございますが……」
「え? 諸説?」
「いえなんでもございません」
となると、レベル130よりも少し強いくらいか。となると魔王と四天王を除くとクローエルって魔王軍でもトップクラスの強さなのでは?
「さあ、始めましょうかミル様。まずはお好きなように剣を構えてください」
「はい!」
「お好きな魔法を唱えていただいても構いませんよ」
「わかりましたっ!」
こうしてクローエルとの夜の特訓が始まった。
目的はレベルを上げてかしこさを1000にすることだが、剣技を教えてもらうのはやぶさかではない。
魔法を使うと『かしこさ』の値が大きく伸びると思い、魔法を使う許可をもらった。剣も使うから『ちから』の値も伸びるはずだ。
でも魔法の種類は選ぶべきだったかな、とちょっと後悔。
「う……毒ですか。まさかそんな魔法を覚えていらっしゃるとは」
「あうぅ、ごめんなさい。便利だったんでつい」
「まさかミル様が毒の魔法とは……顔に似合わずえげつないですね」
ちょっと引かれてしまった。
でも手を抜いていてくれたのか、魔法による攻撃がしっかり当たっていたのでレベルの上昇は結構高かった。
「剣術において足運びは基本です。つま先に加重を移し踵は少し浮かせるように」
「はいっ」
剣を振るうだけが剣術ではないとクローエルに教えられた。魔術書と違ってスキルにならない実戦の経験は実際に行動に起こさないと身に付かないものだ。
それでもミルには剣術の才能があったのか、クローエルからは「初心者とは思えない上達ぶりです」と驚かれた。
そんな夜の特訓が一週間続き……。
「今のミル様にはこの城に勤めるオークでは太刀打ちできないでしょう。それほどまで上達いたしました」
「ありがとうございますっ」
たった一週間だけど、クローエルからいろいろな剣の間合いの取り方や足運びなどの基礎を教えてもらった。我流でぶんぶん木剣を振り回していた時からすれば結構強くなったと思う。
「さすがですね。人間はとても覚えが早いと以前に魔王様に言われたことがございます」
「えへへ」
「しかし――なぜこんな強くなりたいと思ったのですか? 暇つぶしにしてはとても熱心でございましたが」
「えっと……それは……」
城を出る時に追っ手から逃げられるためと実際の冒険で強い魔物と戦えるようにです――なんて言ったら逃げられないように手錠されちゃうだろうか。
「意地の悪い質問でしたか? 囚われたままでは退屈でしょうし、わたしは構いませんよ」
「う……」
どこか見透かされたような目を向けられた。強くなって外に出たいってバレてる?
「それはさておき――最後に魔族の剣技を覚えてみますか?」
剣技――スキルのことだ。基礎はできてきたけど、スキルはまだ教えてもらってない。せっかくだから欲しい!
「お願いします!」
「では――実際の剣でお見せします」
クローエルは訓練場に壁にたてかけてある剣を手に取った。鞘のついた本物の刃の剣だ。それを鞘に収めたまま、クローエルは剣の柄に手をかける。
「居合……?」
同じような型を王都で見たことがある。あれは剣を抜くと同時に切り払う居合の型だったはずだ。
「――魔の一閃」
目に留まらぬ速度で剣が抜き放たれる。同時に虚空に向かって切り出した刃から黒いかまいたちが放たれた。
そのかまいたちは離れた位置の訓練用藁人形を真っ二つに切り裂いた。
剣戟を飛ばした――まさしくそう表現すべき現象が目の前で起こった。
「威力を高めれば広範囲に刃を飛ばせます。コツは魔力を剣に込めること――おそらくミル様ほどの人なら今の一回で覚えられるはずです」
とクローエルが剣を手渡してきた。それを受け取ったミルは先ほどクローエルがやったみたいに鞘に剣を収めたまま、腰で構える。
「魔力を込めて剣を抜く……んですよね」
「はい。まずはやってみてください」
すぅ、と息を吸い、手に魔力を込めるイメージを頭で思い描く
――そして同時に抜き放つ。
「魔の一閃!」
発声と同時に剣を抜き放つ!
刃から黒いかまいたちが発生した。
「やった!」
だけど、クローエルの時と違い、かまいたちは空中で霧散してしまった。
「ああ……失敗しちゃった」
「後は上達あるのみです。毎日繰り返していたら、ミル様なら離れた位置に攻撃するのに一週間もかからないでしょう」
「ありがとうございます! ――でもどうしてこんな親切にしてくれるんですか? 私、一応捕虜なんですけど」
リザードマンが言っていた。この城ではそういう扱いらしい。クロ―エルがここまで尽くしてくれる理由が知りたかった。
「実はわたしもこの城に仕える前は冒険に憧れていたのでございます」
「そうなの!?」
新事実!
「同じ夢を持つミル様の手助けになればと思いまして、手ほどきをしたのです」
「そうだったんだぁ」
同じ夢を持つなんてちょっと照れてしまう。
「ええ、嘘です」
「嘘なのぉっ!?」
表情が読めないからどれが真実でどれが嘘かわからない。でもこうして手助けしてくれたのは事実だし、助かっている。
クロ―エル自身もどこか思うところがあってやってくれたのだろう。これ以上の詮索は無粋な気がした。けど――。
(私が冒険に憧れているってクロ―エルさんに言ったことあったっけ?)
気になるけど、まあいいか。
――短い期間だったが、クローエルとの特訓は終わった。そして能力値は必要レベルに達した。
名前:ミル レベル:110 HP:1235 MP:977
ちから:1010 みのまもり:709
かしこさ:1042 きようさ:733
すばやさ:843 うん:205
クローエルとの模擬戦を挟んで何度か勝てたのがレベルアップに大きく貢献した。もちろんクローエルは手加減していたが、『強い魔族を倒す』ことには変わらなかった。
目標は達成した。
目当ての能力以外の伸びは横並びだが、65レベルからの伸び率は高かった。もしかするとその辺りは個人差があるのかもしれない。自分はたまたま晩成タイプの伸びだったのだろう。
◇
「習得……できた!」
翌日、書庫に来ていた。
必要能力値がギリギリだったからか、ものにするのに二時間近くかかった。昼から始めてもう夕方だ。書庫の天窓からは夕焼け空が見える。
特大消失魔法エクスティンクションゲート。さっそく使ってみたい。
「丁度いいもの……丁度いいもの……あっ」
そういえば訓練場に訓練用の藁人形があった。あれ目掛けて撃てば威力を確かめられる。
さっさくミルは本を棚に戻してから、駆け足で訓練場へ向かった。
――訓練場の扉を開けると、オークたちが丁度今日の訓練を終えておのおの休んでいるところだった。
「お、姫さん。今日も来たのかい?」
こっちに気づいたのは一回り体が大きい隊長オークだった。なんだか毎日見てたから顔が同じようなオークでも少しずつ個人差がわかってきた。
「うん! ちょっと使わせてほしいんだけど」
というとオークはビクッと体を震わせ、
「お、おう……今日はちょっと訓練が終わっちまったからなぁ」
何度もボコっちゃったからか、ミルの『使わせてほしい』発言を『殴らせてほしい』と勘違いしてしまっているようだ。ちょっと申し訳ないことをした。
「ううん、訓練用の藁人形を使わせてほしいの」
「藁人形? 別にいいいけど、なんに使うんだい?」
「魔法覚えたから練習してみたくて」
「ああ、それならいいぜ。空いてるから好きに使ってくれ」
どこかホッとしたような表情のオーク。
「わぁ! ありがとう!」
と訓練場の隅に置かれていた藁人形に向かい合う。
他の休憩していたオークたちも「おっ、聖女様だ」「おーい、あとで癒してくれぇ」「聖女様なにするんだ?」とオークたちがわらわらと近寄ってきた。よく傷ついたオークたちを初期治癒魔法で癒していたから、懐かれてしまっていた。
「緊張するなぁ……」
ミルと藁人形の周りをオークたちが取り囲んでいる。注目の的だ。
まあいいや、とミルはこほんと咳払いし、手を前に突き出す。
イメージは頭の中にある。空間にぽっかりと黒い穴をあけるイメージ――。
「エクスティンクションゲート!」
藁人形の胸の中心に小さな黒い玉が出現した。ベンタブラックのような一切の光を通さない暗黒の物質。鋼鉄の剣をねじり切るような奇怪な音と共に暗黒の玉が広がり、藁人形をすっぽりと覆い隠す。
「うおおっ! なんだこれ!」「魔法か!」
オークたちの中には腰を抜かすものもいた。
しばらくして、球体は小指くらいの大きさまで縮み――消滅した。藁人形があった場所は地面ごとぽっかりと球体状に綺麗にくりぬかれていた。
まさに空間ごと削り取る。それがこのエクスティンクションゲートなのだろう。どこに消えたのかはミル自身もわからない。
「ひ……」「は……へ……」みな絶句していた。先ほどの魔法を見たオークたちの表情からは恐怖の感情が読み取れた。あの闇の空間は見ているだけで生物的危機感を植え付けられる。そんな魔法だった。
「こ、これ……」
ミルは手が震えていた。あれを使えば確かにどんなものも、どんな魔法耐性があっても喰らってしまうだろう。もし生き物に使えば――想像に難くない。
そんな様子を見て心配したのか、ポンとミルの肩に隊長オークの手が置かれる。
「確かに今、姫さんは恐ろしい魔法を手にしたかもしれねぇ。けどそれを生かすも殺すも姫さん次第だ。焦らなくていい、じっくりと研鑽を積んで――」
「これすごい! この魔法だったら不要な粗大ゴミとか一瞬で片付けられるし、ゴミ問題も解決するよ!」
「え……?」
ミルの頭には恐怖とか怖気とかそんな感情は一切なかった。
なんかいろいろ便利! そんな気分でいっぱいだった。
「姫さん、怖くないのかい?」
「え? ううん、ちょっと魔力を使いすぎるのが難点だけど、すっごく使い勝手よさそう! えへへ、便利な魔法覚えちゃったなぁ」
天使のような満面な笑みを浮かべるミル。「お、おい笑ってるぜ」「なんか俺、あの子が悪魔に見えてきたよ」「ま、まあ本人がいいんならいいんじゃないか?」反面、ミルを取り囲むオークたちは引きつった笑みを浮かべていた。
「オークさんありがとう! また実験に使いたくなったらくるねっ!」
んじゃあ! とたたっと駆けて訓練場を後にしたミル。
「「「俺たち、ヤバい聖女を育て上げてしまったのでは……」」」
ここの誰よりも格上になってしまったミルを想い、一同は口々にそう呟いたのだった。