第一章 魔王城は不思議がいっぱいです!(8)
◇
「宝物庫さん、また来ました~」
ここに来るのも何度目か。古びた木の扉をゆっくりと開けた。
それから中に入り、隠し扉をオープンする。
「うんうん変わってない」
この前来た時と同じ姿で魔剣ラグナロクが壁にかかっていた。
ミルは剣を手に取り、鞘から引き抜く。
重くない。
この間は鉛のような重みを感じたが今は全く感じない。普通のロングソードだったとしてももっと重いはずなのに、まるで羽根のように軽い。
「これはいただ――借りるとして他にもいいのあるかな?」
剣に気に取られていて、他の魔具を調べてはいなかった。改めて有用な魔具を探す。
「ん? なんだろ、これ」
壁に肩から下げる普通のバッグがかかっていた。どう見ても見た目は普通の布製のバッグだ。でも宝物庫に飾ってあるくらいだから並みのバッグではないはずだ。
女神の瞳で確認してみる。
装飾品:ディメンションバッグ
必要能力値:なし
詳細:内部に異次元空間を作り出し、容量を劇的に増やしている。
見た目は肩下げの小さなバッグだが、中を開けてみると、大型バッグ並みの大きさの空間が広がっていた。
「こんな装飾品もあったんだぁ」
これなら手当たり次第に魔具とか入れられる。
「じゃあここにあるもの全部もらっちゃおっと」
ここのガラスケースにはブレスレットやらアンクレットやらブローチやらがいっぱいしまわれている。大きなバッグがあるならこれは全部入るだろう。
「ん? どうやって開けるんだろ?」
鍵穴があった。近くに鍵はないだろうか。壁にかかっている剣や鎧を調べていると――。
「あっ」
パリン!
隣に飾ってあった鎧を倒してしまい、そのままガラスを割ってしまった。
「割れちゃったら仕方ないよね」
と魔具をバッグに放り込む。傍から見たら盗賊の類と間違えられてもおかしくない。
「あとは鎧だけど……これでいいか」
倒れた鎧とは別に黒いライトアーマーが飾られていた。身軽に動けるいい鎧だ。
実際に長いこと冒険をするならこういう軽い鎧の方が何かと役に立ちそうだ。そもそも重い鎧を着て旅をしたくない。疲れるし。
これもバッグに詰める。普通なら入らないけど難なく入った。まだ余裕はありそうだ。
あらかた魔具や武具を頂いて――。
「ふう」
一息つく。レベルは上がった。武器はもらった。禁忌魔法も習得した。
「これで大丈夫かな」
――冒険の準備は整った。
◇
翌朝、本来なら玉座の間に出向き、女神の瞳で魔族の方々の能力を見たり、女神の祝福でスキルを開花をする時間だが、今日は違う。
今のミルの姿は動きやすい服に短めのスカート。その上に宝物庫で借りた魔剣ラグナロクを腰に差し、軽鎧を身につけている。肩下げのバッグを持って、準備は万端だ。
最後に自室の扉を閉め――部屋に向かって祈るようなポーズをとる。
「今までお世話になりました。私は城を出ていきます」
この城出は事前に誰にも言うわけにはいかない。普通に反対されるからだ。
「よしっ――あれ?」
くるっと振り返りかえると、廊下の真ん中に大きな布袋が置かれているのがわかった。なんでこんなところに? と布袋を手に取ると、何やら手紙が一枚床に落ちた。
拾い上げて読んでみる。
『ミル様。もしも冒険に行かれるのなら、外の世界での必需品を詰め合わせました。
行く当てがないのでしたら、これより同封した方位磁石を頼りに東へお進みください。道中いくつかの村々と人間の栄えた街がございます。さらにそれより東に進むと長い道中でございますが王都もあります。短い間でしたが、ミル様に会えて嬉しく思います。道中お気をつけて。
PS:人間の言葉で書いたのですが、うまく伝わりましたか?
クローエルより』
中を調べてみると、方位磁石に三日分程度の食料、カンテラに周辺の地図が入っていた。言われてみればこれから外の世界に出るというのに、戦うことばかり考えていた。冒険者なら身の回りのことを考えなければならない。
「食料も――あっ」
植物辞典も入っていた。食べられる野草、キノコなどが事細かに書いてある。
これはありがたい。これから東に進んだら森林地帯に突き当たるらしいので、そこで役に立ちそうだ。
「ありがとうございます。大切にします」
(やっぱりクロ―エルさんにはバレてたんだ)
きっと自室にいる時にぽつりと呟いた「冒険に行きたい」という独り言をクロ―エルは聞いていたのだろう。
ミルがこうして出ていくことをなんとなく予感していたのだろう。魔王軍の魔族という立場でありながら、こうして後押ししてくれるのはとても嬉しい。
異次元バッグの中に袋を詰め、魔王城の城門へと向かって行く。
――そういえばどこに行こうか。
外に出ることを目的としていて、結局どの方向へ向かうか決めてなかった。クローエルの手紙によると東に進めば街があるらしい。
「お父様たち……心配してるかなぁ」
もう一ヵ月近く経って捜索隊も結成されているだろうし、父上のことだから心配で寝込んでいるかもしれない。
「でも冒険も楽しんでいいよね」
父上には悪いけど、冒険をめいっぱい楽しもう。でも当てもなく冒険するのは嫌なので、王都に帰ることを目標にしよう。それで道中をめいっぱい楽しむ!
――目標は決まった。でもどれくらいの道のりになるかわからない。
心配は心配だけど、やっぱりこれからの冒険に胸が躍っていた。
ワクワクしながら歩いていくと――城門前の通路に出た。まっすぐと赤い絨毯が敷かれ、両脇には悪魔像が立ち並ぶ廊下。どことなく玉座の間に似ている。奥には見上げるほどの大きな両開きの城門があり、あそこから出たらもう外の平原だ。
そんな希望の城門を目の当たりにして、問題が一つ浮上した。
「そういえば門番さんいるんだった……」
見上げるほどの巨人の門番が二人。全身を金のフルメイルで覆い、手には巨大なハルバードを握った対の巨人たち。オークよりも大きい。ミルみたいな小柄な人間なら手で握りつぶすこともできそうだ。
どれくらい強いのか、ミルは悪魔像の陰に隠れながら、巨人に向かって手をかざす。
名前:グレゴリオ レベル:75 HP:2800 MP:155
ちから:390 みのまもり:422
かしこさ:126 きようさ:189
すばやさ:59 うん:23
「およ?」
HPこそ高いが、レベル75だった。
調べてみると、もう一人の巨人も同じくらいの強さだった。
ちからとみのまもり以外は75レベルでも見劣りするくらい低い。スキルもいくつかあったが、魔法とか一切使わない物理型らしい。
「もしかすると、勝てるかな?」
このまま押し通ることもできそうだ。
念のため書庫で得た一時的に破壊力を増強させる魔法――パワーオーバーを自身にかける。これによって拳一つで壁をぶち抜くくらいの力を得た。
ごくっと唾を飲み込み、ゆっくりと二人の巨人たちの前に出る。
「止まれ! 何者だ」
「ぬしは人間の姫君か? 我らが守護する門に何用だ?」
二人の巨人がハルバードをクロスさせ、ミルの前に立ちはだかる。
「えっと……そろそろ実家に帰ろうかなぁ~って」
「何人たりとも通すなとの命令だ」
「いかなる理由があろうとも通せぬ」
門番としては正しい、反応だ。すんなり通れればよかったけど、じゃあ仕方ないか。
「それじゃあ無理やり通っちゃうけど……いいですか?」
と言うと、門番たちは鉄仮面の下でけらけらと笑う。
「ぬしのような小人がか?」
「我らを倒すと? 面白い、やってみ――」
ボゴォ。
「「え?」」
ミルの行動に巨人たちは固まる。
「んっ……しょっと」と言って持ち上げたのは傍にあった悪魔像だ。ミルの倍以上もある石像を両手でかかえる薄幸の少女。巨人たちにはそう見えていただろう。
「それじゃあ投げますけど、危なそうだったら避けてくださいね――えいっ!」
ぶんっ! と悪魔像を投げると「うおっ!」と巨人たちは横っ飛びで像を回避。ボゴン! と城門に石像が辺り、扉の一部がへこんだ。
「よいしょっと……」
次なる悪魔像をつかみ上げ「えいっ!」と再び遠投。「うおわっ!」と巨人たちはまた横っ飛びでよける。石像がぶつかった石壁が大きく欠けた。
「この姫君……ただ者ではない!」「ならば我らの全力で止めるのみ」
巨人たちは次の石像を投げられる前に、ハルバードの柄尻を持って、ミルに全力で振りかぶる!
パシッ!
「え?」
あっさりとハルバードの斧を両手でがっちり掴んだミルは「よいしょっ!」と巨人ごとハルバードを振り回す。
「うおおおっ!?」
振り回された巨人は悪魔像をなぎ倒しながら、ごろんごろんと床に転がり――あおむけに倒れた。死んではいないだろうけど、ピクリとも動かない。
ミルの視線がもう一体の巨人へと向く。残った巨人はビクッとしたものの、
「許さぬ!」
と果敢にもハルバードを振り回しミルに襲い掛かって来る。
――だが結果は同じ、ハルバードを掴んだミルは今度は巴投げで巨人を投げ飛ばした。
「ぐおおっ!」と二体目の巨人も同じく、仰向けに倒し動かなくなった。HPは削り切ってないし。
「あれ? 思ったより軽かったなぁ、巨人さんたち」
小さな少女の前に横たわる二人の巨人。力の差は歴然だった。
「に、人間とは……これほど強いものなのか……」「百年以上破られなかった我らの門が……」
それは申し訳ないことをした。だけど冒険欲求は抑えられそうにない。
ごめんなさい、とペコリと頭を下げてから、城門へと向かう。
「よーしっ! これから新しい冒険が――」
「これ以上、人間にナメられるわけにはいかないのよ!」
背後から降り注ぐ女の子の声――と同時に、体に突き刺さる殺気を感じ、ミルは反射的に横っ飛びに回避した。
するとミルが元いたところに鋭い斬撃が走る。赤い絨毯から城門にかけて、縦にぱっくりと亀裂が入っていた。
「びっ、びっくりしたぁ!?」
ミルは振り返る。
倒れた巨人たちの前にいたのは、細身の女の子だった。けど人間じゃない。背中には小ぶりだが黒い翼、頭には逆巻く角がついている。魔王やクローエルと同じデーモン族だ。
整った顔つきに白い肌。それに冷たい目をしている。
そして特筆すべきはその手に持った自身の体よりも大きな鎌。神話に出る死神が持った大鎌のような不気味さを発している。
友好的ではなさそうだ。敵視しているのかのような鋭い目つきをこちらへ向けている。
ミルはとっさに手をかざして女神の瞳を使った。
名前:マリー レベル:108 HP:1750 MP:1093
ちから:880 みのまもり:755
かしこさ:889 きようさ:1203
すばやさ:982 うん:259
パッシブスキル:魔族、魔眼、魔力充填、暗視、闇魔法耐性(最大)炎魔法耐性(大)氷魔法耐性(大)雷魔法耐性(大)片手剣適正(中)大鎌適正(大)
アクティブスキル:闇魔法、デスサイズ、クロスウェイブ、サイズハリケーン、ロックエイブラ、ダークヒット
「マリー?」
確か魔王の娘のはずだ。まさか目の前にいるこのデーモン族の女の子がそうなのか。
強い。パッシブスキルもいろいろと揃っている。暗視なんか夜戦に便利そうだ。
その他の能力値は明らかに魔王軍の他の人とは一線を画している。近衛兵のグラン並みの強さだ。
「ミル=アーフィリアよね? お父様が言ってたし」
「お父様?」
「会ってるでしょう? あなたをここに連れてきたのはお父様だし」
「あっ」
思い出した。確か武器庫に行った時にリザードマンが言っていた。魔王の娘だ。
頭に双角、背中に悪魔の羽。魔王のよりもどちらも小さいけれど、確かにデーモン族の特徴がある。そして何より――かわいい。
顔立ちは幼さを若干残しつつも、整った顔立ちをしている。
体つきは完全に大人の女性になっている。胸は圧倒的にミルよりも大きく、服の上からでも引き締まった健康的な体だとわかる。
「あなたがいなくなるとお父様が悲しむの。このまま行かせないわよ」
と言って大鎌を構える。あんな武器もあったんだ、とミルの興味は武器へと向いていた。けどすぐにぶんぶんと首を振り、腰から魔剣を抜く。
「よくわからないけど、私は冒険したい。このままじっとなんてしてられない」
「じゃああたしを倒すことねっ!」
同時に地を蹴る魔王の娘。
(疾い!?)
一瞬で間合いを詰められ、大鎌の一撃を慌てて剣で受け止める。
キィン……と金属がぶつかり合う音が反響する。
一撃では済まず、鎌の連撃がミルを襲う。変幻自在に襲い掛かる鎌の斬撃をミルは受け止めるので精いっぱいだった。
魔王の娘と名乗っているのだから、オークたちや巨人たちよりも強いのだろう。実際こうして相対してわかる。
「はっ!」
ミルは隙を見て、鎌を弾き、大きく距離をとる。
すぐさま納刀して腰で剣を構える。
「えっ……?」
魔王の娘の動きが一瞬固まった。チャンス!
「魔の一閃!」
剣を抜き放つと同時に黒い剣戟が飛ぶ。
「くぅ!」と魔王の娘は剣戟を鎌で受け止め、あっさりと受け流した。流された剣戟は近くの魔王像を真っ二つにした。
それを見てミルはぴょんと飛び上がった。
「すごいすごい! 今しっかり成功したと思ったのに、あっさりいなすなんて!」
「あなた……それ、どこで覚えたの? 魔族の技よね?」
「え? クローエルさんから教えてもらったよ。他にもいろいろ剣を教えてもらったの」
「クローエルが!?」
目を見開いて驚いていた。そんなびっくりすることだろうか。
魔王の娘は少し考えこむように俯いてから、
「もしかしてクローエルはあなたがここから出ていくことは知ってるの?」
「知ってるよ。冒険に必要なものもくれたし」
直接じゃないけど、黙認してくれているのは確かだ。
さらに魔王の娘は考え込むような仕草をした後、構えていた鎌を下ろした。
「やっぱり家に帰りたい?」
と魔王の娘は問いかけてきた。なぜだろう、戦って止める気はなくなったのだろうか。
ミルは「ううん」と首を横に振った。
「私ね、王都にいた時にずっといろんな冒険者を見てきたの。それでね、私も冒険者みたいに冒険したいって思った」
魔王の娘は黙って聞いていた。ミルは続けて、
「でも私は王女だからわがまま言えなくて……それで魔王城に連れてこられた時チャンスだと思ったの?」
「チャンス?」
「うん! 冒険に出るチャンス! お父様が心配するから王都に向かうつもりだけど、それまでの道中を楽しむつもり!」
それがミルの全てだった。ずっと抑えてきた好奇心をもう抑えきれなかった。
「人間も同じか……」
ふふ、と魔王の娘は笑った。
――なぜだろう、どこかその笑みが自虐的な笑みに見えた。
「いいよ。わかった。クローエルはもしかするとあたしに言いたかったのかもね。こういう生き方もあるって」
「それって……?」
どういう意味だろう、問う前に魔王の娘は続けて言った。
「あたしはマリー=ガーランド。魔王の娘よ。もう会うことないと思うけど、道中気を付けてね」
「あ、わ、私はミル=アーフィリア。一応、聖アーフィル王国の王女、です」
畏まった態度で返事をしてしまう。マリーの名前はいろんなところで名前を聞いたから初めて会った気がしない。
「知ってる」
とマリーは笑う。最初に見せた冷たい目はもうそこにはなかった。
ミルは「もしかして」と思った。ずっと考えていた。このまま一人で旅をするのはそれはそれで寂しいと。
「あの! もしよかったら一緒に行く……?」
「あたしと?」
魔王の娘――マリーはきょとんとした。けどすぐにフルフルと首を振る。
「ダメ、あたしは魔王の娘よ? 旅に――それも人間と一緒なんてお父様が許さないわ」
「そっか……」
当然と言えば当然か。それに初対面の相手に旅に誘われていきなりOKなんてしてくれるわけないか。
「さあもう行ったら? あたしの気がまた変わるかもしれないわよ」
「あうぅ、じゃあ行くね! 見逃してくれてありがとう!」
ててっと駆けて、城門の前に行く。
「よしっ」
ぐっと気合を入れる。
準備は万端。外で戦う力も付けた。いっぱい禁術も覚えた!
(私の冒険……ここから始まるんだ!)
ミルは巨人並みに大きな城門の前に立ち、扉に手をかける。
「ふふふっ」
すると後ろでマリーが皮肉っぽく笑っていた。
「どうしたの?」
「ふふふ……ごめんなさい、まさか初めてこの城門に触った人間が外から入って来るんじゃなくて、中から出ていくのが面白くって」
「そう、なの?」
なんだかよくわからない。魔族独特の笑いのツボなのだろうか。
「誇りなさい。あなたはおそらく人類史上で初の魔王城からの帰還者になるわ」
「ありがとう、行ってくるね」
城門の扉に手をかけ、ぐっと押す。
重い扉が音を立てて開いていく。
そして城門が――完全に開いた。
「うわぁ……」
城は丘の上に建っていたらしい。目の前には跳ね橋があって、その先の眼下に城壁が城を取り囲むように立ち並んでいる。本当に外に出るには、もう少し出城内を歩かなければならないが――ここは外だ。
丘の上だから見渡せる。目の前には目一杯の平原が広がっていた。
ミルの期待は最高潮に達していた。
「いくぞ~! ドラゴンさんとか見たことない魔物とかいろいろ会うぞぉ!」
出城の入口に向かってミルは駆けだしていった。
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試し読みは以上です。
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