第一章 魔王城は不思議がいっぱいです!(4)

       ◇


「なにこれ! 仮装パーティみたい!」

 翌日。再び玉座に座らされたミルの目の前には、部屋を埋め尽くさんばかりのオークや、オーガ、巨人、アルラウネもいる。全部英雄譚に出てくる魔族たちだ。

 もちろん着ぐるみとかではない。本物の魔族たちだ。

「お望み通り、我が魔王軍のあらゆる種族を連れてきたぞ。紙を用意したから能力を見てそれ――」

「本で読んだのと同じだ! オーガさんってあんな牙長いんだ! オークさんの臭いってトリに似てるかも? アルラウネさんすっごくえっち!」

「……まあいい。とにかくお前の力を使って能力を見て、それを紙に記せ。スキルの開花が可能なら実行しろ」

「うんわかった。けど条件として……」

「わかっている。見てもらった者から順に触らせてやるよう伝えてある。好きにしろ」

「ありがとう! 私がんばる!」

 俄然やる気が出てきた。これだけいるのだから、気合を入れてやらなければ。

「我は他にやることがある。日が暮れたらまた来る。それまでに終わらせておけ」

 と言い残して玉座の間からアルヴァンが出て行った。

 残された魔王の配下の魔族たちは列をなして玉座に座るミルの前に並ぶ。

「えっと……それじゃあ見るね」

 ――それからどれくらい触っ――見ただろうか。いろんな質感の肌や立派な牙が――じゃなくて魔族たちはほとんどは高レベル帯に達していた。

 一番低くても50レベル。中には90レベルの魔族もいた。王都の冒険者程度では歯が立たない。デコピン一発でも吹き飛ばされるのではないだろうか。

 中にはスキルの開花もできる魔族もいてただでさえ強い魔族がもっと強くなった。

(それでもグランさんくらい強い人はいないんだなぁ)

 やはり最初に見たあの人は別格だったのかもしれない。

 最後に残ったオークを見終わり、玉座の間はミル一人になった。

「ふぅ……」

「ご苦労だったな。部屋に戻って休め」

「あ、アルヴァンさん」

 ぐったりと玉座で休むミルの隣にいつの間にかアルヴァンが立っていた。大扉から入ってきたのだろうが、それにすら気づかなかった。

「今日と同じ量を明日もやってもらう」

「明日も……?」

「辛いか?」

 と冷淡に告げるアルヴァンに、ミルは思い切り首を振って、

「ううん! 明日はどんな魔族に会えるの!?」

「……お前ならそう言うと思っていたが――まあいい。とにかく休め、倒れられても困る」

 とアルヴァンに促され、ミルは玉座の間を後にした。

 そういえば……と廊下を歩いていて、思い出す。

 父上は今頃どうしているだろう。魔王に連れさらわれるところを侍女が目撃していたから、誘拐自体は伝わっているはずだ。

 父上の慌てふためいた姿が思い浮かぶ。もしかすると捜索隊を組織しているかもしれない。

 と言っても自分はここから出られないし、不自由もしてないから別に大丈夫だ。今日食べた料理もおいしかったし、部屋のベッドはふかふかだった。できれば心配しないでと一報入れたいけど――。

 と考えて自室の扉の前まで来たその時だった


「ミル様」


 ハッと顔を上げると、部屋の扉の傍に見知らぬ女の人が立っていた。頭に逆巻く角、背中に黒い翼――デーモン族だ。

 整った顔立ちに凛々しさを感じる佇まい。スラッとした艶のある黒髪は腰まで伸ばしており、ミルより頭一個分くらい身長が高い。

 服装はミルの侍女も着ていた白黒のメイド服を着ている。そんな体のラインが目立たない服装なのに、ほっそりとした腰に豊満な胸が目につく。スタイルの良さがよくわかる。

「誰……ですか?」

「本日よりミル様のお世話係を仰せ仕りました。クローエル=ニューマンと申します」

 深々とクローエルは頭を下げる。あれ? ニューマン?

「もしかすると弟かお兄さんいますか?」

「え……はい、弟がこの城の近衛衛士をしています。お会いになられたのですか?」

「この城に来て最初に『女神の瞳』で見たんです。すごく強くてびっくりです!」

 確か名前はグラン=ニューマンだったか。

「ミル様にそう言っていただけるなんて弟も喜ぶことでしょう――ミル様、これから何かあればわたしに申しつけくださいませ。この城の中ならば自由にさせてもよいと魔王様より仰せつかっております」

 それはとてもありがたい。もし時間ができたら城の中も探検してみたい。

 クローエルは再度、頭を下げ、

「それではこれで失礼いたします。御用の際は隣の部屋までいつでもお呼びください」

 と最後まで凛々しい態度で接したクローエルは自分の部屋へと戻っていった。

 大人の女性という印象と共にすごく強そうな人だなぁ、という印象も受けた。弟が強かったのだから、彼女も相当の実力の持ち主だろう。レベルはどれくらいだろう。今日見た魔族たちよりも強いだろうか。

(強さか……)

 ミルは自室へと入り、パタンと閉じた扉に背中からもたれかかる。

 ――今日一日ずっと凄まじいステータスを見ていたから、自分のステータスを確認して、なんだかちょっぴり情けなく感じる。

(私もがんばったらあんなに強くなれるのかな?)

 自分のステータスを確認する。やっぱりレベル2の表示のままだ。

 王都にいた時は全然上がらず、いつしかレベルを上げようなんて考えはなくなったけど、ここにいる人たちを見ていて、ちょっとだけレベルを上げたいと思ったのだった。

       ◇


 翌日も同じことの繰り返しだった。

「ミルさま、今日は俺をお願いしますっ」「次は俺も」「俺スキル開花できるっすかね」

 三十人近いオークが玉座の間に押し寄せる。それを一人ずつ女神の瞳で見ては開花できる者には女神の祝福を使ってスキル開花していく。

 適度に休憩を入れつつ、それを一日続けた。

 最初の頃は楽しかった――けど一週間も続けたら同じような毎日の繰り返しに退屈になるし、この城の魔族でミルの『女神の祝福』を受けていない者はいなくなっていく。

 それからはたまに来る魔族たちのスキル開花を手伝う程度で、自由の時間が増えた。

 暇になった午後の時間で魔王城の宝物庫や書庫、訓練場などを探検してみた。

 魔王城の探検も楽しいといえば楽しかった。

 宝物庫は王都では見たことのない魔剣や魔具、呪われた鎧などが収められていて興奮したし、書庫なんかは王立魔道図書館を遥かに超える魔導書が大量に見つかった。ただ宝物庫の武器や書庫の魔導書はレベルが足りなかったため、ミルには習得は不可能だった。

 ――が、結局それもまた一週間くらいすると、目新しさはなくなり、魔王城のほとんどを探検しつくした。

 朝は玉座の間で魔族たちのスキル開花を手伝い、暇になった昼で城を探検。

 そんなルーティンワークの繰り返し。新しいドキドキは次第に薄れ、やっていることは昨日と同じ。


 そんなこんなで一ヵ月が経ち――。


「暇すぎるよぉーっ!」

 夜、魔王城の自室の窓の外に向かって叫んだ。その後「はぁ」とため息を吐く。

 見上げる空は王都と何も変わらない。満天の星空とぽっかりと浮かぶ丸い月。

 最初、魔王城に来た時は興奮した。今までにない体験と出会ったことのない魔族たち。その全てが目新しかった。

 けどやっぱりというか。それも一ヵ月もすれば目新しさがなくなる。毎日同じ繰り返しだから刺激がなくなって、退屈になってしまう。

 王都にいた頃は王女の雑務とか外交とかパーティとか、まだいろいろとやらなければならないことがあって暇になることはなかったけど――。

 ――魔王城の生活はさすがにちょっと退屈だ。

「これじゃ王都にいた頃と同じだよ……」

 と夜空に向かって何度目かわからないため息を吐いた。

 思い出す。王都で見た冒険者たちの顔を。

 みんなこれから向かう洞窟やまだ見ぬ宝や魔物などを思い浮かべ、ワクワクしているようだった。パーティで来た人たちは今後の連携や行く先を楽しそうに決めていた。

「私もやっぱり冒険に出たいな……」

 そんな言葉をぽつりとこぼしてしまう。

 出たい。この狭い城から外に出て未知の体験をしたい。

 でもミルは王女。民を導く者として、王女としてそんなわがままは――あれ?

 ふと自分の立場をもう一度考え直す。

 今いるのは王都ではない。王女としての務めも今の自分には関係ない。

 というよりかむしろ早く城に帰らないと父上は心配するだろうし、ここに救援に来れるような冒険者もそうそういない。

 ではこのまま冒険に出ても誰も咎めないのでは?

 いや、魔王は絶対反対してくる。けどそれだってミルは『囚われの身』なのだし、別に魔王のためを思ってこの城に留まる必要もないだろう。

 そもそも勝手にさらったのは向こうなのだし、こっちが勝手にするのも自由でいいんじゃないだろうか。

「でもレベル低いし」

 強くないとそもそも連れ戻そうとする魔族たちに対抗できない。

 王都でも試した通り、レベルは魔物と戦わないと上がら――あれ?

 思えばここは魔王城。魔物――ここには魔族しかいないが、レベルを上げるための相手はいっぱいいる。

「ここにいる魔族みんな強いよね……」

 レベル差があればあるほどレベル上げはより早くなる。ならレベル2のミルならすぐに高レベルまで上がるのではないだろうか。

 でもレベルを上げても装備がない。外に出るならそれなりに強い武器が――あれ?

「武器庫に行ったら強い武器とかあるよね……?」

 レベルを上げたらその強い武器を使うことができる。強い武器があったら止めに来る魔族たちにも勝てる。脱出できるのでは? それに宝物庫にもいい武具はあるし、装備に困ることはない。

「…………あれ?」

 ミルは思った――。

 ――もしかして、チャンスなのでは?

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