第一章 魔王城は不思議がいっぱいです!(3)

       ◇

 

 どれくらい経っただろうか。途中で降りて休憩して、朝になって飛んで、また夜になっているから、丸一日以上飛んだ計算になる。加えて今まで体験したことのない速度でずっと空を飛んでいたから、ここは王都から相当離れた場所にあるだろう、ということは窺い知れた。

 魔王城の謁見の間――だろうか、ここは。

 聖アーフィル王国の謁見の間と比べて禍々しいというか、おどろおどろしかった。

 天井が高く、部屋自体は走り回れるくらい広い。王都と同じ大扉からまっすぐに玉座まで深紅の絨毯が敷かれており、その絨毯を挟むように悪魔像がいくつも置かれてある。

 壁にはコウモリをモチーフにしたステンドグラスが規則正しく嵌め込まれてあった。

「この玉座の間まで来た人間はお前が初めてだ」

 と告げたアルヴァンはミルを玉座へと座らせた。

 玉座も王都に近かったが、こちらは派手な金の装飾が目立っており、意匠を凝らしてあった。大きさもミルが二、三人並んで座れるくらい大きい。ちょこんと玉座の真ん中に腰かけるミルは傍からだとお人形のように見えただろう。

「ふわ~、ここが魔王城か~」

 気分はまるで観光をしに来た客のようだった。魔王城は他にはどんなところがあるのだろうか。宝物庫とか書庫とか、王都にある城とどこが違うのか、ちょっと気になった。

「さっそくで悪いが力を見せてもらうぞ。ここに連れてきた理由は飛んでいる間に告げた通りだ」

「それよりアルラウネさんとかオークさんとか会いたいな!」

「落ち着け。今日はもう遅い。試しに一人だけやってもらう。他の魔族はまた明日だ」

「え~、でも仕方ないかな……」

 確かにもう寝静まる時間帯だ。ミルのわがままで魔族のみんなを起こしてしまうわけにはいかない。「我慢我慢」と小声で自制した。

「こんな王女だったとはな……聞いていた話と少し違うな」

 額に手を当て、やれやれとアルヴァンは首を振る。

「聞いてた話?」

「王都にも我が息のかかった魔族が潜んでいる。それだけだ」

 人間に紛れて魔族がいるということだろうか。そんなスパイみたいな人がいるなんて知らなかった。

「それで……誰を見るの?」

「その前に一つ確認したい。女神の巫女の力は魔族にも可能か?」

「できると思うよ。女神の巫女の力自体は生き物とか……道具とかにも使えるし」

「確か武器とか魔具にも女神の巫女の力が使えるのだろう?」

「知ってるの?」

「言っただろう? 王都にも魔族がいると」

 女神の巫女の情報は筒抜けらしい。

 ミルの力は別に人間にだけ使えるわけじゃない。例えば武器や魔具など何らかのエンチャントを施された武器に使うと、どんなエンチャントがかかっているかわかり、呪われているならその種類もわかる。

 魔術書に使えば、どんな内容でどんな魔術について記されているか、知ることはできる。

「ここからが本題だ。その力にはもう一つの能力があると聞く。確か十分な経験を積んでいるならば能力を開花させることも可能だとか」

「女神の祝福のこと……?」

「そのスキルの開花――我ら魔族にも可能か?」

「うーん?」

 わからない。確かに冒険者相手にスキルの開花を使ったことはある。けど他の生き物に試したことはない。魔族は人に近いなら可能かもしれないが。

「そうだな、物は試しか……。まずは一度やってみろ」

 とアルヴァンはパチンと指を鳴らした。広い玉座の間の空間に音が反響する。

 と同時に大扉が開き、外から魔族がやってきた。

「ハッ、お呼びでしょうか」

「こちらに来い。お前に女神の巫女の力を使う」

「かしこまりました」

 と魔族は玉座の前まで来ると、その場に跪いた。

 魔族の見た目は魔王と同じだった。ただ頭に生えた双頭の角と背中の翼は魔王より一回り小さい。とはいえ上位魔族には違いなかった。

「ミルやってみろ――どうした」

 手をかざそうとした寸前、ミルは手を止めた。

「どうした? この期に及んで臆したか?」

 アルヴァンの問いかけにミルはわざとらしく咳払いした。

「一つ、条件があります」

 改まった口調のミルに対し、アルヴァンは「ほう」と不敵な笑みを浮かべた。

「我に対して条件を提示するか。今のお前の立場がわかっていないようだな」

「わかっています。けどこれを呑んでくれないと、私は力を使いません」

「……申してみよ」

「角を……」

「角?」

「アルヴァンさんの角を触らせて!」

「は?」

 口をポカンを開けるアルヴァン。何を言っているんだ、と顔で物語っている。

「だって! ここに来るまでの数日間ずっと触らせてくれなかったもん! 空飛んでるときとか狙ってたのに!」

「むやみに触らせるわけなかろう! 休憩中やたらと近づいてきたのはそのためか!」

「翼とかざらざらしてそうだったのに! 寝てる時くらい隙みせてよ!」

「そこまでして触りたいのか?」

「だって! デーモン族の角の本物を見たことないもん! ごつごつしてる? つるつるしてる? 角だけじゃなくて翼も触りたい! 毛が生えてたりするのかな? ふわふわしてたりする? それともぬめぬめ?」

 思わず玉座から立ち上がり、アルヴァンに詰め寄る。

「待て待て落ち着け! わかった! 女神の巫女の力を魔族のために使うというなら、触らせてやる」

「ホント!?」

「だが、我のではなくこいつのものでいいか?」

 と呼び寄せた魔族の人を指さす。魔族の人も「魔王様のご命令ならば」と頭を下げたまま言った。

「アルヴァンさんの角がよかったんだけどなぁ」

「文句を言うなら触らせんぞ」

「う~、じゃあするね……」

 角の感触に期待しつつ、ミルはゆっくりと手をかざす。

 どんな力なのだろう。魔族に力を使うのは初めてだ。また違ったドキドキ感を感じる。

 ミルの目前にウィンドウが表示される。


 名前:グラン レベル:125 HP:2250 MP:760

 ちから:1370 みのまもり:1389

 かしこさ:1761 きようさ:1580

 すばやさ:1666 うん:630

 パッシブスキル:魔族、魔眼、魔力充填、片手剣適正(大)毒耐性(最大)闇魔法耐性(最大)呪い耐性(最大)覚醒

 アクティブスキル:闇魔法、幻影魔法、魔の一閃、裂傷斬、闇の咆哮、闇の霧


「えっ! すごーいっ!」

 レベルが三桁、ステータスが四桁の表示を見たのは初めてだった。スキルがやや少なめに感じるが、冒険者と違って手広くスキルを習得するという行為をしないのだろう。

「ほう? こやつの能力はそんなにすごいものなのか?」

「王都でもこんなの見たことないよ!」

 魔王城に近ければ近いほど魔王の瘴気の影響で魔物が強くなっているという話は聞いたことはある。魔族にとって魔力の代わりとなる瘴気は上位魔族ほど強い。そして魔族は強い瘴気に惹かれる習性があるという。だから魔王城から遠い王都周辺の魔物は弱く、魔王城の方へ行けば行くほど魔物が強くなっている。

 だが魔王城内だとこれほど強くなっているのかと感心してしまった。王都では英雄レベルの強さの人がここだと赤子同然だ。最近みたレベル42の人とかそうだ。

「ちなみに能力を開花させることは可能か?」

 アルヴァンに言われて、ミルはウィンドウに触れると、開花可能スキルの中に『氷属性魔法』が書かれていた。

「いけそう……。じゃあいくね」

 こほん、と咳払いをしてから両手をかざす。

「女神の祝福――ガッデスブルーム」

 詠唱と共に両手から発せられた光が天使の形を成す。

「おお……なんとも神々しい……なるほど聖王女と呼ばれるわけだな……」

 隣での魔王が感嘆の息を漏らしていた。魔王的にも神々しさからそんな感想がでるんだとちょっと感動した。

 天使の光は魔族グランを包み込み。一瞬強く発光したのち光が粒子となって霧散する。

「……終わったのか?」

「はい、これで氷属性魔法が使えるはずだよ」

 グランは「ええ!」と感動したように自分の体を見回していた。

「今まで見たことのない魔術の術式が頭に浮かんでくるようです! これが女神の巫女の力……」

「やってみせろ」

 魔王に促されてグランは中空に向かって、氷のつぶてを発射した。氷属性の初期魔法『アイスブレット』だ。

「威力は低いな。これではみならい魔術師と変わんぞ」

 アルヴァンの懸念に対し、ミルは応えた。

「まだ開花したばっかりだから、そんなに強くないの。でも何度も使い続ければスキルのレベルが上がるし、グランさんくらいの能力値なら上級魔法が使えるまで一ヵ月もかからないと思うよ」

「わたしの名前をご存じで?」

 グランは訝し気に目を細めた。そういえばそうだった。

「私の力は能力値を見るだけじゃなくて、名前も見れるの。フルネームもわかるよ」

 ウィンドウの名前『グラン』に触れる。すると、グランの姓

 ぺこりと頭を下げると、「あっどうも」と恥ずかし気にグランも頭を下げた。気難しい人かと思ったけど、意外とシャイなところもあってカワイイ。

「力は本物のようだな。ミルよ。今日のところは休め。お前に客室を用意しておいた」

「明日もこんな感じで見ていくの?」

「我が魔王軍は様々な種族がいるからな。百や二百などではきかんかもしれんぞ」

「いっぱいいるの!?」

 目をキラキラと輝かす。そうだまだまだこれからたくさん魔族に会える! あの英雄譚で読んだ魔族たち!

「喚かれてぐずられるよりマシか……明日から激務になる。しっかりと休んでおけ」

「その前に一つだけ」

「なんだ?」

「さっきの条件。グランさん、角……触らせて」

 はぁ、とため息を吐いたアルヴァンだった。

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