第二章 帰還勇者のリ・スクール(2)

 それからも充実した学校生活が続いて迎えたとある金曜日の放課後。

 俺とハスミンはクラス委員と副クラス委員として、放課後一時間ほど先生のお手伝いをした後、一緒に学校を出た。

「あーあ、せっかくの金曜の放課後なのに、先生のお手伝いだなんてやっぱりクラス委員の仕事ってめんどくさいかもー」

 隣を歩くハスミンが小さなため息交じりにつぶやく。

「ハスミンに用事があったり気分が乗らなかったりする時は言ってくれたらいいぞ。そういう時は俺が一人でやるから」

「用事がある時は分かるけど、気分が乗らない時ってさすがにそれは悪いでしょ? わたし何様だってば」

「別に俺はそういうのは気にしないから休みたい時は言ってくれ。俺はこれくらいじゃ全然疲れないし」

「さすが鍛えてるだけあって言っちゃうね? この俺に任せろみたいな? シュッシュ!」

 なぜかシャドーボクシングをしてみせるハスミン。

 あまり速くもなくポーズも適当で、猫が構って構ってと猫パンチしてるみたいで絶妙に可愛い。

「そうでなくとも身体の仕組みからして、男子のほうが女子より体力があるしな。だから何かあったら気にせず言ってくれていいよ」

「あはは、ほんと変な人だよね修平くんって」

「? 今のは割と普通の会話だったと思うんだけどな?」

 なにか変なところあったっけか?

 適材適所って話をしたつもりなんだけど。

「うーんそうだね。変な人っていうかお人好しって感じ? ほら、この前だって部活で忙しい伊達くんの係の仕事を、自分から言って代わってあげてたでしょ?」

「なんだ見てたのか」

「えっ⁉ ち、違うし、たまたま見えちゃっただけだし!」

 ハスミンがなぜか突然、両手を激しく左右に振って大げさに故意性を否定した。

「なんか焦ってる?」

「焦ってなんかないでーす!」

「お、おう、そうか……まぁなんだ、俺は帰宅部で放課後は完全に暇してるからさ。でも伊達は一年でバスケ部のレギュラーだろ? 一年の雑用をやりつつ先輩に交じって練習しないといけないから、すごく忙しいだろうと思ってさ」

 そもそも代わってあげたといっても、二〇分もかからない単純作業だったしな。

 恩着せがましく言うほどのことでもなんでもない。

「へぇ、バスケ部を見に行ったりしてるんだ? そういえば最近伊達くんと仲いいもんね」

「いや、バスケ部を見に行ったことはないよ」

「そうなの? じゃあなんで伊達くんが部活で雑用をやってるって分かるの? まさか超能力?」

「同じ一年の部活仲間から嫌われてないから、雑用をサボってないってのはある程度想像はつくかな」

「そうなんだ?」

 ハスミンが人差し指を唇に置きながら、可愛らしく小首を傾げる。

「だって一年生レギュラーだからって特権みたいに雑用をさぼってたら、絶対に同級生から嫌われるだろ?」

「あ、そっか、なるほど納得だね。でもそれでもやっぱり修平くんはお人好しだと思うよ?」

「どうかな? 俺としてはお人好しっていうより、自分でやれることは自分でやりたい性格だとは思ってるけど」

『オーフェルマウス』は魔王との大戦争で世界的にギリギリのボロボロだった。

 だから人類の切り札である勇者の俺へのサポートですら、足りてないところがよくあったのだ。

 そういうこともありやれることは何でも自分でやるようになったし、手が空いてるなら代わりにやるってのも身体に染みついちゃったんだよな。

 一緒に旅したリエナも高位神官って肩書きの割に、森で食べられる木の実を見分けたり、薬草を探したり、野営の時に粗末な食材をそれなりに美味しく調理してみせたり。

 他にも馬車の御者をしたり、空模様から天気を予想したり、偽金貨を見破ったりと、ほんとなんでもマルチにこなしていたし。

(そうそう、異世界転移した最初の頃の俺は何もできなくて大変だったんだよな。米を炊いてくださいってリエナに言われて、炊飯器はどこにあるんだって聞き返したのはいい思い出だ)

 もちろんあっちの世界に炊飯器なんて文明の利器はありはしない。

「そっかー。修平くんならなんでもやれるだろうから、たいていのことは誰かに頼むより自分でやったほうが早く終わっちゃうのかもね。あーあ、勉強もできて運動もできていいなー、うらやましいなー」

「あはは、ありがと」

「クラスの女子もみんな言ってるよ、『織田くんはすごく頼りになる』って」

「女の子に褒められて悪い気はしないかな」

 クラスメイトにも少しずつ新しい俺が認知されつつあるんだろう。

 しかも俺の主観じゃなくて、より客観的なハスミンの口からそれを知ることができた。

「そうだ修平くん、せっかくだし寄り道していかない?」

「今からか? もう結構遅い時間だけど」

「明日って学校休みでしょ? せっかくだからクラス委員と副クラス委員の親交を深める会をやる的な?」

「そう言われると断る理由はないかな」

「じゃあ駅前のカフェに行こうよ。実はね、ケーキセットの半額クーポンがあるんだ。しかも二人分、どやぁ!」

 ハスミンが財布の中からでかでかと「半額!」と書かれた券を取り出して見せてくれる。

「さすがハスミン、甘い物には目がないスイーツ女王の異名は伊達じゃないな」

「ちょっとやめてよね、それじゃわたしが大食い女子みたいじゃん。っていうか誰が言ってるのそれ? もしかして修平くん適当に言ってない?」

 ハスミンは笑いながら言ったんだけど、

新田にったさんだよ」

 ハスミンと同じグループでいつも仲良さそうに話している新田さんが、たまたまそう言ってたのを聞いてたんで、俺が正直に発言者の名前を言うと、

「…………」

 ハスミンは笑顔から一転、黙り込んでしまった。

(げっ、しまった。どうやらハスミン本人はこの呼び名をご存じなかったらしい。新田さんも馬鹿にするような感じじゃなかったから、当然本人公認だと思ってたのに)

「一応言っておくけど、馬鹿にするような感じじゃ全然なかったからな?」

「う、うん……」

「あと、俺は甘い物が大好きだから、今日誘ってもらえて最高に嬉しいぞ?」

「うん……」

「ってことで早く行こうぜ、なっ?」

 元気づけるようにハスミンの肩を軽くポンと叩く。

「あの、修平くんって大食いの女の子は……嫌い?」

 俺の顔色を窺うように、上目づかいでおずおずと尋ねてくるハスミン。

「そんなことはないぞ? むしろよく食べる元気な子は好きなタイプかな」

「ほんと……?」

「ほんとだよ。俺も食べるのは好きだから。っていうか急にそんなこと聞いてきてどうしたんだよ?」

「ううん、なんでもないしー? ほら、早く行こっ♪」

「お、おう」

 最後に若干微妙な失言をしたせいでハスミンをどんより暗くさせてしまったものの、いつのまにかハスミンは朗らかな笑顔に戻っていて。

 俺たちは再び和気藹々と話をしながら、目的地である駅前のカフェへと向かった。

 あまり開発が進んでいない古びた駅前で、他とは一線を画すオシャレな看板を横目に入店すると、案内された四人席にハスミンと対面で腰を下ろす。

 真ん中にメニューを置いて、二人で覗き込むように見始めた。

「うわっ、今日限定で秋の新作ケーキ候補の試作が二つもあるんだって。しかもどっちも半額クーポン対象だし」

 ハスミンがメニューに挟まった新作の紹介に目を止める。

「ハスミンの日頃の行いが良かったんだな」

「うんうん、さすがわたしだよね。とりあえずこのどっちかにしよっと」

「せっかくだし俺もそうするか」

「でもでも、どっちにしようかなぁ。トリプルベリーケーキも和栗モンブランケーキもどっちも美味しそうだし。うーん、悩む……」

 ハスミンが人生の岐路に立っているかのごとく真剣な顔で悩み始めた。

「ならいっそのこと両方頼むとか?」

「さすがにそれはね。カロリーが気になっちゃうし」

「もしかしてダイエットしてるのか?」

「ダイエットってほどじゃないんだけど、人並みには気を付けてる感じかな」

「ハスミンはスタイルもいいのに、やっぱり女の子っていろいろと気を使ってるんだな」

 ハスミンはどことは言わないが出るところは出ているのに、腰はキュッと括れている。

 ダイエットなんて必要ないように見えるんだけども。

「そうそう、女の子は大変なんだから。っていうか女の子にそういう事情を根掘り葉掘り聞くのはどうかなって、わたし思うんだけどなぁ?」

 ハスミンがジト目を向けてくる。

「今のは俺が悪かった。ごめん、この通りだ」

 女の子のダイエット事情を聞くのがデリカシーに欠けているのは、いちいち論ずるまでもない。

 俺はすぐさま両手を合わせて謝罪した。

「あはは、冗談だってば。真に受けちゃってー。わたしと修平くんの仲じゃない」

 しかしハスミンはすぐに、してやったりって顔で笑い出す。

 どうやら一杯食わされたようだ。

 仲良くなって初めて知ったんだけど、ハスミンって結構お茶目だよな。

「俺たち、十日前くらいから話すようになった仲だよな?」

「残念、席が隣で一緒にクラス委員やって名前で呼び合う仲でーす」

「そう考えると俺の高校デビューはなかなか順調だな」

 わずか十日でこれだ。

「なぜか二学期からの遅れた高校デビューだけどね、ふふっ」

 俺の言葉にハスミンがくすくすと小さく笑った。

「話が逸れたな。とりあえずケーキを何にするか決めないと」

「そうだったね、ケーキをどっちにするか決めないとだよね。うーん、うーん……」

 ハスミンがうんうん唸りながら再びメニューとにらめっこを開始する。

 真剣な表情でどうにも決めかねているようだったので、俺は試しに提案をしてみた。

「じゃあ新作候補を二人で一個ずつ頼んで、半分こするってのはどうだ?」

「え、いいの?」

「俺は全然構わないよ。それにそうしたら俺も二種類の新作ケーキが食べられるわけだろ? 俺もどっちにするか悩ましいところだったんだよな。どっちも美味しそうだからさ」

「修平くんが甘いものが好きって本当だったんだね」

「もちろん本当だ、ケーキならいくらでも食べられるぞ?」

(なにせ向こうの世界じゃ、甘いものは滅多に食べられなかったから)

 甘いものよりも栄養価の高いものや、腹の膨れるものの生産が優先されていた『オーフェルマウス』では、砂糖はかなりの高級品だった。

 だからさっきケーキセットの半額クーポンと聞いて、俺は内心小躍りしそうになったのだ。

 改めてサンキューな、ハスミン。

「じゃあ二人で一個ずつ頼んで、半分こね?」

「交渉成立だな」

「セットのドリンクは何にするか決まってる?」

「今決めた」

「じゃあ店員さんを呼ぶね。すみませーん、注文でーす」

 ハスミンが大きく手を上げてフロアスタッフを呼んだ。

「えっと、今日限定の新作候補の三種のベリーケーキセットと和栗モンブランケーキのセットを一つずつで。ドリンクはホットの紅茶をストレートでお願いします。修平くんはドリンクはなんにするの?」

「俺はアイスコーヒーで、ミルクと砂糖を一つずつお願いします。注文は以上で」

「かしこまりました。試作の三種のベリーのセットと和栗モンブランケーキのセットをお一つずつ。ホットの紅茶とアイスコーヒー、ミルクと砂糖はお一つずつですね。少々お待ちくださいませ。すぐにご用意いたします」

 フロアスタッフのお姉さんは流れるように復唱すると、一礼して上品に去っていった。

(こう言うところは日本はほんと丁寧だよな)

『オーフェルマウス』ではこれだけ丁寧な対応をされるのは、王宮に行くか王侯貴族の屋敷にでも呼ばれない限りはありえなかった。

 ほんと平和っていいよな。

 礼節に力を入れる余力があるってことだから。

 その後、ハスミンと学校であったこととかをダベっていると、すぐにケーキが運ばれてきた。

 ハスミンが早速、和栗モンブランケーキにフォークを刺して口に運ぶ。

「いただきまーす……ん~~美味しい! 濃厚な栗の味♪」

「それは良かったな」

 満足そうにケーキを食べるハスミンの笑顔は本当に幸せそうで、見ているだけでこっちまで幸せになれそうだ。

「あれ? 修平くんは食べないの?」

「俺が先に手を付けるとハスミンは嫌かなと思ってさ」

「え……、あっ! えっと、あの、えへへへ……そういうことね。でも嫌ってことは……ないし?」

「そうか? 遠慮せずに正直に言ってくれていいぞ」

「遠慮なんてしてないし……あ、それじゃあさ、もういっそのことこうしない?」

 なぜかハスミンが急に背筋を伸ばした。

 しかも顔が真っ赤になっている。

 このお店はエアコンが効いてて快適だと思うけど、ハスミンは結構暑がりなのかな?

「どうしたんだ? 顔が赤いけど暑いのか?」

「違うし! こほん、ちょっと待ってね」

 そう言うと、ハスミンは和栗モンブランケーキを小さく切ってフォークで刺した。

 それを俺の顔の前まで持ち上げると、

「はい、あーん♪」

 左手を下に軽く添えながら俺の口元に差し出してきたのだ。

 意図を察した俺はそれをパクッと咥える。

 すぐに濃厚なマロンクリームが口いっぱいに広がっていった。

「これは美味しいな、栗の上品な旨味が甘さに負けてない。しかも和栗のわずかな苦みがいい感じに舌の上でワンポイントで主張して味を引き締めてるんだ。これは大当たりだよ、いい仕事してる」

 俺は甘党フレンズとして、和栗モンブランケーキをしっかりと味わって感想を言ったんだけど。

「……なんか意外と躊躇なく食べたね? ちょっと想定外っていうか。もしかして修平くん、女の子に食べさせてもらうのって結構慣れてるの?」

 なぜかハスミンが冷めた目を向けてくる。

「いや初めてだよ。単に物怖じしないだけ」

 しつこいようだけど、俺は異世界で魔王を倒す命がけの旅を五年もやったのだ。

 異世界転移前の陰キャ時代ならまだしも、あーんしてもらって恥ずかしがるような豆腐メンタルはとっくの昔になくなっている。

「ほんとかなぁ?」

「ほんとだってば。それに嬉しかったしな」

 だけど、だからといって嬉しいとかそういった感情がなくなったわけじゃない。

 湧き上がる感情を、冷静に理性でコントロールできるようになったと言えばいいだろうか。

 唯一、勝負事だけは熱くなりがちではあるんだけど。

「嬉しかったんだ……そっかぁ……」

「そりゃ俺も男だからな。可愛い女の子にあーんしてもらったらそりゃ嬉しいに決まってるさ」

「可愛いって……」

「事実だろ? ハスミンはかなり可愛いと思うぞ」

「だからそういうこと平然と言っちゃうし……修平くんのばーか」

 とか言いながらまんざらでもなさそうに、もう一度切り分けた和栗モンブランケーキを差し出してくるハスミン。

 緊張して顔を赤くしながらおずおずと差し出すところが、なんていうか素直に可愛いと思った。

(こういう感情を平和に持てる日本って、やっぱりいい国だよな。しかもハスミンはとびっきりに可愛いわけだし)

 しみじみと実感しながらハスミンとケーキセットを食べさせ合いっこしたのだった。

 この日以来、俺とハスミンはいい感じの仲というか、別に付き合ったりはしていないんだけど、かなり頻繁に一緒に帰ったりするようになった。

◇◇◇

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