第二章 帰還勇者のリ・スクール(3)
日曜日。
俺は最寄駅から三駅隣の駅前にあるショッピングモールに遊びに来ていた。
過酷な異世界にいたこともあって、もう長いこと大型商業施設には来てなかったからな。
休日は特にすることもないし、ちょっとブラブラしてみようと思い立ったわけだ。
買いたいものが特にあるわけではなかったものの、適当にウインドウショッピングでもして回ろうと思っていると、
「あれ? 修平くんじゃん。ちゃお~」
「おっ、ハスミン。こんなところで奇遇だな」
ショッピングモールに入ってすぐの五階くらいまで吹き抜けになった広場で、まるで狙ったかのようにハスミンと遭遇した。
今日は学校が休みなのでもちろんハスミンも私服だ。
薄緑のミニのプリーツスカートに白のブラウス。
シンプルに可愛い。
制服姿も魅力的だけど私服はさらにいいなと思ったのは、最近ハスミンとよく一緒にいるせいで制服姿を見慣れてしまっているからだろうか。
「な、なに……? どこか変かな? 誰かと会うつもりはなかったから、あんまりおしゃれしてこなかったんだけど……」
ハスミンの可愛さを改めて実感しながら眺めていると、ハスミンが恥ずかしそうに呟いた。
「まじまじと見ちゃってごめん。ハスミンの私服姿って初めてだったからさ、つい見とれてたんだ。すごく似合ってるよ」
俺は謝罪するとともに率直な感想を伝えた。
ほんと、今日は私服姿のハスミンが見られただけでもショッピングモールまで足を運んだ甲斐があったというものだ。
「もう、まーたそういうこと平気で言うし……でもありがと♪ 修平くんの私服も落ち着いてていい感じだよ?」
「俺も誰かと会うつもりはなかったから、着慣れたシャツとジーンズなんだけどな」
俺はあまりファッションには詳しくないが、オシャレかどうかという観点で見れば、まず間違いなく赤点だろう。
「ううん、修平くんって結構筋肉質だからこういうシンプルなのが似合うんだよねー。自慢の筋肉をアピールって感じで」
ハスミンが俺の肘の上あたりを、興味深そうにチョイチョイとつついてくる。
「そんなにアピールしてるつもりはないんだけどな」
「そんなこと言って、せっかく夏休みにがんばって鍛えたんでしょ? 積極的にアピールしてもいいと思うよ?」
「アピールって言ってもなぁ。そもそもする相手がいないしさ」
伊達に長年陰キャはしていない。
二学期になってクラスメイトとは結構な人数と仲良くなったけど、そうはいってもまだまだ浅い付き合いばかりだ。
部活やバイトをがんばってる人も多いし、休みの日に一緒に遊ぶという感じではまだないんだよな。
「手っ取り早くクラスの女子とか? 体育はしばらく男女一緒でやるみたいだしチャンスありそうだよ? 引き締まった身体ってやっぱり女の子から見たらカッコいいしね」
「やっぱり鍛えた身体とか筋肉って、女子的には魅力的に見えるのか?」
なかなかこういう会話をすることもないので、せっかくだし聞いてみる。
「これはあの! クラスの女の子たちみんなが言ってることであって、別にわたし個人がってことじゃなくてね⁉」
すると突然ハスミンが急に早口になって捲し立てるように言ってきたのだ。
「もちろん分かってるよ。あくまで一般論ってことだろ? でもハスミンの意見だからな、参考にさせてもらうよ」
あと、どうもこの言い方だと、ハスミンはそこまでは思ってはくれてないのかな?
そこだけちょっと残念かな。
「う、うん……」
「なんでそこでハスミンが微妙に残念そうな顔をするんだ?」
「えっ⁉ ぜ、全然そんな顔してないでーす!」
「そうか?」
「そうでーす!」
「……そうか」
うーむ、どうにも女の子の感情の動きはイマイチよく分からないなぁ。
薄々気が付いていたけど、女の子の心情がさっぱり理解できないことは、俺がやり直し高校生活を送る上で、最優先で改善しないといけない致命的なウイークポイントだな。
「それで修平くんは今日はお買い物?」
「いや、こういうところには長らく来てなかったから、ブラブラと適当に見て回ろうかなって思ってさ。ハスミンは?」
「わたしは文房具を買いに来たの。昨日の夜、教科書に蛍光ペンで線を引いてたらインクが切れちゃって。ついでにノートとか消しゴムとか、なくなりそうなのをいろいろ買い足そうかなって思ったんだよね」
「なるほどな」
「前からちょっとインクがかすれてて、あ、もうすぐインクが切れそうだなって思ってたんだけど、ついそのままにしちゃってたんだよねー」
「勉強あるあるだよな、俺もよくやるよ。まだ大丈夫、まだ大丈夫って思ってつい後回しにしちゃうんだよなぁ」
「ついしちゃうよねー」
ふふっとハスミンが楽しそうに笑う。
「けど文房具を買いにわざわざショッピングモールまで来たのか?」
「そうだよー」
「わざわざ出てこなくても、文房具くらい割とどこでも買えると思うんだけど」
「わたしの家ってここから近いの。だからどんな買い物でも基本、ここのモールまで来るんだよね」
「そういやハスミンはこの駅で降りるって言ってたか。いいなぁ、うちの地元駅の周りは、高校がある以外はほとんど何もないからなぁ」
「あはは、あの辺ってほんと何もないよね。駅前にちょこちょこっとカフェとかマックとか本屋さんとか、あとコンビニがあるくらいで」
「典型的な住宅街の駅だよな」
入り口を入ってすぐの広場で、ハスミンとたわいない話に花を咲かせていると、
「ねぇねぇ、せっかくだしさ?」
「ん?」
「もし暇だったら一緒にブラブラしない? あ、ほんと修平くんが暇だったらでいいんだけど……」
ハスミンが妙に遠慮気味に聞いてきた。
つまりこれってデートのお誘いか?
なんて言うのはさすがに言いすぎだけど、でもそれに近い感じだよな?
「いいのか?」
「もちろんだし! せっかくだから学校以外でも親交を深めよっ♪」
俺の返事に、ハスミンが弾けるような笑顔を浮かべる。
そんな風に言われたら俺に断る理由などありはしない。
「じゃあ一緒にブラブラしようぜ」
「りょーかーい」
俺たちはまず最初にハスミンお目当ての文房具を買ってから、ショッピングモールをブラつくことにした。
まずは定番の雑貨店を見て回る。
「うわっ、このマグカップすごく可愛くない?」
「どれだ?」
「ほらこれこれ見て見て? やる気なさそうな猫のイラストが、なんとも絶妙にゆる可愛くない?」
ハスミンがマグカップを棚から手に取った。
「へぇ、可愛らしいデザインだな。ほっこりする癒し系にゃんこっていうか」
「だよねぇ。えへへ、買っちゃおうかな♪」
「そんなに気に入ったんだな」
「わたし猫好きなんだよねー」
「ハスミンは猫好きだったか」
なんとなくイメージ通りかも。
「修平くんは猫派? それとも犬派?」
「どっちっていうのはないんだけど、強いてどっちかって言うなら猫派かな?」
俺は心の中で、猫の中の猫たる百獣の王ライオンを思い浮かべながら答える。
ライオンは好きだ、強いからな。
「やった、これでわたしたち猫派同盟だね♪ あと修平くんって意外に可愛いものが好きなんだねー」
「ライオンって可愛いかな?」
「猫ってライオンのことかーい! たしかにライオンも猫科だけど! 今言ってるのはそういうことじゃないよね⁉ 日本に住むイエネコの話だよね⁉」
「わ、悪い……それでこれ買うのか?」
空気を読めずややばつが悪かった俺は、強引に話を逸らした。
「うーん、お財布とも相談しないとだし、そんなにすぐにはなくならないと思うから、とりあえずキープリスト入りかな?」
ハスミンがちょっと残念そうにマグカップを棚に戻した。
悲しいかな、俺たちは高校生。
たかがマグカップ一つとはいえ、大人と違って気に入ったからといって何でもポンポンとは買えないのである。
雑貨屋の後はアパレルショップに立ち寄った。
「このワンピースすごく可愛くない? ちょっと試着してみていいかな?」
「もちろん」
ハスミンは嬉しそうに白色のミニ丈スカートのワンピースを手に取ると、軽い足取りで試着室に入った。
そして着替えて試着室から出てくると、俺の前でくるりと一回転してみせる。
スカート部分がふわりと舞い上がり、白くて細い太腿がちらりと覗いた。
「どう……かな……?」
少し照れくさそうに上目づかいで聞いてくるハスミン。
「清楚な感じがよく似合ってるよ。でもちょっとスカートが短めだから、くるっと回ったりはしないほうがいいかもしれない」
「もう、そんなところばっかり見てるなんて、修平くんのえっち……」
ハスミンが頬を膨らませながらジト目を向けてくる。
「……見たっていうか気になっただけなんだけど」
そりゃ思わず視線が行っちゃいはしたんだけど、でもあくまで反射的なもので、決してえっちな気持ちではなかったと思うんだ。
「ふふっ、冗談だってば。似合ってるって言ってくれてありがとね♪」
ハスミンは楽しそうに笑いながら試着室に引っ込んだ。
それからハスミンが何点か服を試着して、俺はそれにあーだこーだと感想を伝える。
ファッションに詳しくないせいであまりボキャブラリーがなかったのが、どうにも申し訳なく感じてしまう。
それでも俺が伝えた感想をハスミンは嬉しそうに聞いてくれていた。
「ねぇねぇ、今日着た中で修平くんが一番好きなのはどれだった?」
試着を終え元の私服姿に戻ったハスミンが最後にそんなことを聞いてくる。
「俺の好みはそうだなぁ……どれも似合ってたけど、やっぱり一番最初の白のワンピースかな?」
「ふむふむ、修平くんはワンピースが好き、と」
「清楚で大人っぽくて一番よく似合ってたと思う」
「ふふっ、わたしもあれ結構好きな感じだったんだよね。ってわけで猫派同盟改め、ワンピース同盟だね♪」
ハスミンがいたずらっぽく言いながら親指をグッと立ててにっこり笑ったんだけど、ちょっとだけ言わせて欲しい。
「それは俺がワンピースフェチっぽくて若干嫌なんだが……」
「それはそれで個性的でありかもじゃない?」
「残念ながら、ない寄りのなしだな」
「ええっ、そう?」
「俺はもう少し男らしい硬派路線で行きたいかな」
「つまり硬派なワンピースフェチ?」
「どんな硬派だどんな」
「あははー♪」
せっかくいい感じで高校生活のやり直しが進んでいるっていうのに、ワンピースフェチなんて根も葉もない噂が流れたら目も当てられない。
そんな風にハスミンと二人で楽しくウインドウショッピングをしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「あ、わたしそろそろ帰らないと」
ハスミンが見つめる先、ショッピングモールの吹き抜け広場にある大時計は夕方の五時を指している。
「ほんとだ、いつの間にこんな時間になってたんだろ」
「おしゃべりが楽しくて時間が経つのが早かった気がするよね」
「屋内だと明るさが一定だから、時間の経過が分かりにくいよな。ハスミンの家ってこの近くなんだよな? 家まで送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。それにいきなり男の子を連れてきたら、お父さんがびっくりするだろうし」
「あー、それはあるかもだな」
「でしょでしょ?」
娘が突然、男友達を連れてきたのを見たハスミンパパの姿を想像してしまい、俺は思わず苦笑する。
世のお父さん方は誰しも、娘の異性関係についてはとりわけ強く思うところがあるだろうから。
「じゃあまた明日学校でな。今日は楽しかったよ」
「わたしも楽しかったよー。じゃあね♪」
俺たちはショッピングモールの入り口まで一緒に行くと、そこで手を振って別れた。
「ふぅ、すごく楽しい一日だったな。こんなに時間が過ぎるのを早く感じたのは生まれて初めてかも」
俺の学校生活やり直しは今日もすこぶる順調だった。