第一章 別れと出会い(2)
高校に向かいながら、
「えっと、たしか俺って一年五組だったよな? 教室は三階の端だったはず。席はどこだったっけか……?」
すっかり忘れてしまっていた自分のクラスの場所や座席、クラスメイトの顔や名前をなんとか思い出すべく、俺は過去の記憶を掘り返していく。
五年ぶりとなる日本の景色をゆっくりと味わう余裕は、残念ながらあまりない。
アレコレ考えながら通学路を歩いていくと大して大きくはない駅が見えてきた。
高校最寄りのJRの駅で、電車通学の生徒はこの駅で降りて高校へと向かうのだ。
もちろん徒歩通学の俺には特に関係のない場所だ。
単に俺の通学路の途中にこの駅があるだけにすぎない。
だから駅前を素通りしかけたんだけど。
異変に気付いたのは駅前にあるコンビニの前を横切った時だった。
見知った顔がコンビニの駐車場にいることに気が付いたのだ。
「あれってたしか蓮見《はすみ
》さんだよな? 同じクラスの」
クラスメイトの顔を思い出す中で、かなり初めに出てきた女の子だ。
もちろん俺の彼女というわけでもなんでもない。
学年でも一、二を争う可愛さが評判で、明るく陽キャな女子グループの中心人物だったからだ。
接点がない――どころか多分、話したこともなかったんじゃないかな。
蓮見さんは不良っぽい男二人組と一緒だった。
(一緒っていうかあれは絡まれてるっぽいな? 朝からナンパか? 蓮見さんはかなり可愛いもんな)
蓮見さんは男の一人に通学カバンの持ち手を掴まれていて、なにやら言い争っているようだ。
「始業式なんてサボってもなんともないだろ?」
「そーそー、どうせ顔出したらすぐ帰るんだから」
「そんなのすっぽかして俺らと遊ぼうぜ」
「結構です!」
「おーい、聞いたか。結構ですだってよ」
「結構ですって、それでいいって意味っスよねアニキ」
「ち、ちが――っ」
もちろん同じクラスの女の子がそんな目にあっているのを見過ごす元勇者の俺ではない。
「蓮見さん、どうしたの? なにか揉めごと?」
俺はすぐに近寄ると蓮見さんに声をかけた。
「あ、えっと、織田くん……?」
蓮見さんが一瞬きょとんとした顔をした後に、アッて顔をして、最後に露骨にホッとしたような顔を見せる。
「あ? なんだお前? 俺ら今この子と楽しくおしゃべり中なの。部外者に、いきなり首突っこんできて邪魔して欲しくないんだけどよぉ?」
逆に蓮見さんをナンパしていたうちの一人、背の高い金髪の不良が目を細めながら俺を睨みつけてきた。
俺が通っている高校とは別の、よその高校の制服のズボンをだらしなく腰パンして、金のピアスに金のネックレスを身に着けている。
一言で言ってチャラい。
「そうだそうだ! どっか行けよ! アニキの邪魔すんな!」
さらにもう一人の背の低い黒髪の不良が囃し立てるように煽ってくる。
もちろん、ちょっとイキっただけの金髪の不良と子分にすごまれたくらいで、魔王を倒した勇者の俺はすごすごと逃げ帰ったりはしない。
「俺はその子のクラスメイトだよ。部外者じゃない」
「ああ? クラスメイトだぁ?」
「そうだ。あと、とても楽しそうには見えないけどな? 見て分かるだろ、蓮見さんが嫌がってることくらい。早く手を離してやれ。そうしたら今日のところは見逃してやる」
「あ? なんだとこら? 何が見逃してやるだこのタコ。舐めてんのか?」
「俺はいたって普通の会話をしているつもりだけど?」
「女の前だからって調子こいてんじゃねえぞボケ!」
金髪の不良はイライラを隠そうともせずに蓮見さんのカバンから手を離すと、今度は俺の胸倉を絞り上げるように荒っぽく掴んできた。
(よし、まずは蓮見さんのカバンから手を離させることができた。これで後は俺とこいつらの問題だ)
「蓮見さんから手を離せとは言ったけど、だからって俺の服を掴むのはやめてくれないかな?」
「ああっ⁉」
「シャツの襟元が伸びるだろ? 知らないのか、制服って結構高いんだぞ? 伸びて戻らなくなったら弁償してくれるのか?」
「さっきからスカしたことばっか言ってんじゃねぇぞこの野郎! 痛い目見ないと分かんねぇのかよ⁉」
金髪の不良は俺の胸倉を掴んだまま、空いているもう片方の手を握りこみ威嚇するように拳を振り上げる。
「織田くん!」
それを見た蓮見さんがほとんど悲鳴に近い声で俺の名を叫んだ。
「まったく、人が穏便に済ませようとしてるのにさっぱり聞く気がないんだもんな。困ったもんだよ」
俺はやれやれと大きくため息をついた。
「なんだと……?」
「しかもこういう手合いに限って仏心を出して見逃してやっても、感謝するどころか復讐を考えたりして全くいいことないんだよな。教育じゃなくてその前段階の躾からして、そもそも全くなってないっていうか」
「テメェ……!」
『オーフェルマウス』でこんな社会性皆無な馬鹿な子供を育てたら、親は村八分だぞ?
いやまぁそう奴もゼロではなかったんだけどさ。
ただ向こうじゃそういうヤカラは真人間になるように、見つかり次第容赦なく矯正されていた。
見ているこっちが可哀想に感じてしまうくらい本当に容赦なく、だ。
「しょうがない、他人の迷惑を気にも留めない社会性の欠片もない馬鹿には、ちょっと厳しめにお灸をすえてやるか」
俺は胸倉を掴んでいる金髪の不良の手首を無造作に握ると、ギリギリと万力のように締め上げ始めた。
「なにがお灸をすえてやるだ? テメェは何様のつもりだ――ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああああっっっっっ!」
金髪の不良が獣の叫び声のような悲鳴を上げた。
すぐに俺の胸倉を掴んでいた手が離れる。
痛みのあまり手を離してしまったのだ。
しかし俺は力を緩めるどころかさらに強く手首を締め上げていく。
俺としてはそこまで力を入れてるわけじゃないし、かなり手加減はしてるんだけど。異世界帰りの勇者じゃない一般人に対してやるにしては強くって意味な。
俺が本気でやったら、一般人の手首の骨を粉々に粉砕するのに五秒もかからない。
俺に握られた金髪の不良の手首の骨が、ミシミシと嫌な音を立て始める。
「あああっ!! お、折れる! 手首が折れる! ひぎゃっ! やめろ! 放せ! あがっ! あぐっ、ぎゃぁぁっ!! あっ、あっ! あがぁぁぁぁぁっっ!」
目尻に涙を浮かべながら俺の目を見て必死に懇願してくる金髪の不良を、俺は眼光鋭く睨みつける。そして冷たい視線でそんな願いを無言でシャットアウトする。
さらに俺の戦意に反応して、中級の魔獣すら震え上がらせる勇者スキル『裂帛の気合』が発動した。
数々の魔獣を葬ってきた俺の圧倒的なまでの戦意を本能的に感じ取ったのだろう、
「いてーよぉ! 怖ぇえよ! かあちゃん! かあちゃん!」
ついには金髪の不良は母親に助けを求めながらブルブルと震えて泣き出してしまった。
「てめぇ! アニキになにしやがんだ!」
無様に泣き出した金髪の不良を見かねて、子分の男が声を荒らげながら詰め寄ってくる。
「ば、バカ、よせ! 来るな!」
「アニキ、なんで止めるんすか!」
「こいつの目を見てみろ! どう見てもカタギじゃねぇよ。人殺しの目だ! しかもこのすげぇ力……!」
「人殺しとか言うなよ人殺しとか。俺は極めて善良な平和主義の高校生だっての」
軽くおどけるように言いながらも俺は締め付ける力を緩めはしない。
「お、俺が悪かった、許してくれ! もう金輪際この子には声をかけないと約束する! だから手を! その手を放してくれえっ! 手首が折れる! 折れる! あっ、あああっ! あがががががっっ!!」
「あのなぁ、そうじゃないだろ。この子のことだけじゃなくて、俺は根本的にそのクソみたいな生き方を改めろって言ってんだよ」
「あ、ぐ、あ……あがぁっ!!」
「まず第一に他人の嫌がることはするんじゃない。小学生でも分かるだろ、お前はでかい図体して頭の中は小学生以下なのか?」
「このっ、てめぇ! 調子に乗りやがって! いい加減にしろよ!」
完全に心が折れてしまって俺の言葉に素直にこくこくと頷く涙目の金髪不良とは対照的に、なおも反抗しようとする子分の黒髪。
しかし俺が視線を向けて軽く一睨みしてやると、たったそれだけで子分の不良は恐怖で腰が抜けて尻餅をついた。
その股間がすぐに温かいもので湿り始める。
俺の猛烈な戦意を直接浴びて、恐怖のあまり失禁してしまったのだ。
「わ、分かった! これからは真面目に生きる! だからもうこの手を放してくれ! 本当に手首が砕けそうなんだ! あがががっ!! 頼む! 頼むから! ぐっ、ひぎゃぁっ⁉」
最後にひときわ強く、手首が砕け散るギリギリ寸前まで強く握ってから俺は金髪の不良の手を放してやった。
「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思ったぜ……」
「生まれたての小鹿じゃあるまいし、こんな程度で死にゃしねえよ」
「な、なにもんなんだ、あんた」
「見ての通りただの高校生だよ。ま、今日のところは特別にこれで見逃してやる、特別にな。もう人様に迷惑かけるんじゃないぞ。分かったらほら行け」
「す、すんませんでしたぁ!」
金髪の不良は大きな声で謝りながら頭を下げると、まだ腰を抜かしたままの子分の男を強引に引っ張り上げて、逃げるように駅の中へと消えていった。
「ふぅ……」
不良二人組を軽くシメた俺は小さく息をついた。
もちろん疲れたわけじゃない。
五年も勇者をやった俺にしてみればこの程度、ラジオ体操第一を軽く流したくらいの微々たる労力だから。
(だけど今みたいに悪ぶった振りをするのってあんまり得意じゃないんだよなぁ。そもそも俺は勇者で正義の味方だったんだし)
ただああいう手合いは、得てして優しく言っても通じないんだよな。
それどころかなぜか増長してつけあがって、あろうことかお礼参りをかましてきたりする。
俺だけなら、何回こいつらが来ようがどれだけ徒党を組んで襲って来ようがいくらでも返り討ちにできる。
けれど蓮見さんに害が及ぶのはいただけない。
だから仕方なく躾も兼ねて徹底的に脅してやったんだけど、こういう役柄はあんまり俺向きじゃないからできればこれっきりにしたいところだな。
なんてことを考えていると、
「あの、織田くん……えっと、助けてくれてありがとね」
途中から少し離れたところでハラハラと成り行きを見守っていた蓮見さんが、とてとてと近寄ってきて緊張した面持ちで恐るおそるお礼の言葉をかけてきた。
蓮見さんが俺にビビってしまうのも仕方ない。
因縁をつけてきた不良二人組を、逆に脅して追い返すなんて荒っぽいやり方をしたんだもんな。
普通の女子高生なら怖くなってしまうのも当然だろう。
蓮見さんには俺が不良なんて簡単に黙らせられるような、例えば暴力団の構成員かチンピラ予備軍にでも見えているのかもしれなかった。
もちろんクラスで人気の女の子に怖い印象を与えても、いいことなんて一つもない。
それどころかヤバい奴とでも思われたら損しかない。
「どういたしまして。蓮見さんも災難だったね、朝っぱらからあんなのに絡まれて。でももう絡まれることはないと思うから安心してね。怪我とか痛いところはない?」
だから俺はこれ以上なく人畜無害な顔で、いつもよりも物腰柔らかに蓮見さんに言葉を返した。
「うん、しつこくカバンを掴まれて放してくれなかっただけだから」
「それは不幸中の幸いだったね。もう絡まれることはないと思うけど、もしなにかあったらすぐに言ってきてね。俺がなんとかするから」
「あの……織田くんってさ?」
「なに?」
「なんかちょっと変わった? 夏休みの前まではもっと暗――えっと物静かな人かなって思ってたんだけど。なんとなく身体つきもガッシリしてるし」
「暗い」と言いかけたんだろう、蓮見さんが慌てて『物静かな人』と言い直した。
もちろんそんなことをイチイチ指摘したりはしない。
かつての俺は間違いなく、自他ともに認めるネクラの陰キャだったからな。
「ちょっと色々あってね、正義の心に目覚めたんだ。それで一念発起して夏休みの間はずっと身体を鍛えてたんだよ」
俺は右の二の腕にグッと大きな力こぶを作ってみせる。
「あはは、なにそれ正義の心って」
「英語で言うとハート・オブ・ジャスティス?」
「なんで英語で言うしー。あ、もしかして今のって織田くんのボケ? 意外と面白い人なんだね織田くんって」
「そうなんだよ、意外にさ」
とりあえず暴力的な怖い人ってイメージはなくなったかな?
蓮見さんもすっかり緊張が解けたみたいで、普通に話してくれているし。
「でもほんとにほんと、すっかり明るくなったよね。いい感じだと思うよ?」
「遅れた高校デビューが滑らなくてよかったよ」
「目覚めてくれた正義の心のおかげかも?」
「正義は勝つ、だな。この先もずっと大事にするとしよう」
「うんうんそれがいいよ。それと改めて助けてくれてありがとうございました。一本早い電車に乗れたからふらっとコンビニに寄ったんだけど、そこであの二人組にしつこく付きまとわれて困ってたの」
「そんなのいいって。あれくらい別に大したことないから」
「全然大したことあるでしょ? あ、そうだ! 良かったらお礼にマックでも奢るよ? 九月入ってお小遣い出たところだし」
「いやほんと、俺的にはマジで大したことはないんだ」
なにせ俺は五年に渡って魔王軍と戦い続け、最後には魔王も倒して異世界『オーフェルマウス』を救った勇者なのだ。
帰ってきたこの平和な日本で、ナイフ一つ持っていない大変お行儀のいい不良に絡まれたクラスメイトを助けることくらい、もはや息を吸うのと変わりはしない。
「しつこくナンパしてくるガラの悪い二人組を追い払うって、すごく大したことあると思うけど? 実際周りの人は見て見ぬ振りだったし。同じ学校の人も全然助けてくれないし」
「こう見えて荒事にはめっぽう慣れてるんだ。だから感謝とかお礼とかってのはやめてくれると嬉しいかな」
真面目な話、俺にとっては本っ当に大したことじゃなかったから。
だからそんなに感謝されると、むしろこっちが蓮見さんに申し訳なさを感じてしまうんだよな。
「……ほんと織田くんって変わったよね。ねぇねぇ、せっかくだし連絡先の交換しない? 織田くんラインやってるよね?」
そう言うと蓮見さんはピンクの可愛いケースに入ったスマホを取り出した。
「やってるけど、俺とか? 俺と連絡先を交換しても連絡することはないんじゃないかな?」
誰もが認める学校カースト最上位の蓮見さん。
その連絡先を知りたい人間(特に男子)は山ほどいるだろうが、逆にカースト最底辺の俺の連絡先を知りたい人間は男女問わず限りなくゼロだろう。
「そんなことないしー。織田くんとはクラスメイトだし連絡くらい普通にするでしょ? それにこうやって仲良くもなったんだし。ふふっ」
なにか笑いのツボでもあったのか、蓮見さんが楽しそうに微笑む。
「確かにそうだな。連絡することくらいはあるか」
こうやって話す機会があった以上、この先お互いに連絡する可能性は無きにしも非ずだ。
「それにわたし、織田くんに興味あるもん。なんていうか織田くんは他の男子とは違う感じがするんだよね」
(まぁ違うだろうなぁ。なにせ異世界を救って帰還した元勇者だ。そんなもん普通の男子高校生とは身体から心まで、何から何まで違いすぎて当たり前だ)
もちろんそんなことを言ったらドン引きされること間違いなしなので、俺は「じゃあ」と言ってスマホを取り出した。
これまた五年ぶりのラインだったのでやや操作に戸惑っていたら、蓮見さんが俺のスマホを覗き込みながら、
「ここを開いて、この画面のここだよ」
指差しながらパパッと教えてくれたので、ラインでの連絡先交換はすぐに完了する。
その時に蓮見さんの前髪が俺の頬に触れて少しドキッとしてしまったんだけど、もちろん顔にも態度にも出しはしなかった。
「へぇ、織田修平っていうんだ。なんかカッコイイよね、適度に古風な感じで」
友達リストに登録された俺の名前を見た蓮見さんはどこか楽しそうだ。
そういや俺ってフルネームでプロフィールを登録してたんだっけ。
陰キャあるあるの一つ『プロフィールは変に調子乗ってると思われないように安心安全のフルネームで登録』だ。
フルネームに文句を言う奴は基本的にいない。
フルネームかよって笑われることはあるかもだけど。
あとはワンチャン名前をフルネームで覚えてもらえたらいいな、みたいなことを考えた記憶が俺の脳裏にうっすらと蘇っていた。
しかしその陰キャあるあるには悲しい続きがあって、『しかしそもそも連絡先の交換相手がいないから意味がない』んだよな。
そして異世界転移して戻ってくる前の俺もご多分に漏れず。
両親と、高校で唯一親しくしている一人以外の連絡先は今、蓮見さんと交換するまで一件も入っていなかった。
ただの一件もだ。
「ありがと。実は結構気に入ってるんだ。ちょっと戦国武将みたいだろ?」
「ふふっ、それわたしも思った。ちなみにわたしの名前は
「佳奈ね、了解。素敵な名前だね」
「う、うん……ありがと……」
「? 急に口籠もってどうした?」
急変した態度を不思議に思って尋ねると、蓮見さんが黙ったまま俺を上目づかいで見上げてくる。
「織田くんってさ、そういうこと結構言っちゃえるタイプなんだね?」
「なんのことだ?」
そういうことってのはどこを指しているんだろうか?
「ううんこっちの話。あ、わたしのことはハスミンでいいよ。仲いい子はみんなそう呼ぶし。ラインとかもほとんど全部これで登録してるんだよね」
「ハスミンな、それも了解。なら俺のことも修平でいいよ。友達はみんな……友達はそう呼ぶから」
友達みんなと言いかけて、しかし友達が現状ただ一人しかいないことに思い至った俺は、発言をこっそり軌道修正した。
嘘は良くないよな、うん。
「うわっ、ほんと意外かも。表情すら変えずにさらっと呼ばれるとは思わなかったし」
「……今、呼んでいいって言ったよな?」
しまった。
向こうの世界じゃあだ名とか下の名前で呼ぶのが当たり前だったし、それこそ毎日のようにリエナって呼んでいたから、今も当たり前のようにハスミンとあだ名で呼んでしまったぞ。
ちなみにリエナは愛称で、本名はリエナエーラ=エリアスという。
でも俺って蓮見さん――ハスミンの中じゃ、ちょっと上方修正されたとはいえまだまだ認識ベースは一学期の陰キャのままだろうし、そう考えると今のはちょっとなかったかもな。
(ま、いいか。ハスミンもそのうち今の俺に慣れてくれるだろ。俺が変に気にしてもしゃーない)
五年間の異世界生活のおかげで、俺はこういうポジティブ・シンキングができるようになっていた。
鋼メンタルになったとも言う。
異性の名前の呼び方とかイチイチ細かいことを気にしていたら、魔王を倒す旅なんてしてはいられないから。
「あはは、もちろんいいよー。単にちょっと驚いただけだし。でも織田くん――えーと修平くんはほんと変わったよね。垢抜けたっていうか大人びたっていうか」
またもや少し顔を俯かせながら上目づかいで言ってくるハスミン。
なんとなく照れながら言った気がしなくもなかったけれど、元陰キャの俺は女心には特に疎かったので、実際のところハスミンがどう感じているかは分からなかった。
「ありがと。クラスでも人気のハスミンに言われたら少しは自信になるよ」
助けてもらった手前、半分以上はお世辞なんだろうけどハスミンのような可愛い女の子に褒められて悪い気はしない。
「あはは、人気ってなにそれ。どこ調査だしー」
「またまたー」
「え、わたしってそんなに人気あるの?」
ハスミンがビックリしたように目を見開く。
「少なくとも男子の間では大人気だと思うけどな?」
クラスで一番人気の女子が誰かと聞かれたら、俺に限らず男子はほとんど全員がハスミンと答えるはずだ。
でも今のハスミンの反応を見る限り謙遜してるって風でもないし、意外とハスミンって自分がモテてる認識はないのかな?
異世界転移前の記憶を掘り起こしてみても、いつも女の子だけのグループでいたし、浮いた話も聞いたことがなかった。
恋愛にはあんまり興味がないとか?
――なんてことを恋愛経験皆無の俺が考えるのは、余計なお世話もいいところか。
「ふ、ふぅん……。ちなみにその、他意はないんだけどちょっと質問っていうか?」
「なんでも聞いてくれて構わないぞ」
「えっとその、修平くん的にはどうだったり……?」
「ハスミンをってことか? もちろん俺も可愛いと思うぞ。性格も明るくて魅力的だし」
両手の人差し指を胸の前でツンツンと合わせながら聞いてくるハスミンに、俺は素直な感想を伝えた。
「あ、ありがと……修平くんってほんとストレートに言うよね?」
「褒め言葉はいくら言っても損はないからな」
「ふふっ、それはたしかにそうかも」
「だろ?」
そんな話をしていると、視界に映る同じ高校の制服を着た生徒たちが徐々に増えてきはじめた。
「もういい時間だし、立ち話はこれくらいにしてそろそろ学校に行かないとだね」
ハスミンが現在時刻を表示したスマホの画面を向けてくる。
「ちょっと長話しすぎたな」
せっかく十分すぎる余裕をもって早めに家を出たのに、立ち話をしすぎたせいで始業式に遅刻したら間抜けすぎる。
「じゃあ一緒に行こっ」
そう言ってハスミンが俺の返事も待たずに歩き出した。
「俺とか?」
意外な提案にわずかに困惑しながらも、俺はハスミンの隣に並んで歩き出す。
「だって同じクラスなのに、ここから別々に行くのってなんか変じゃない? 目的地は一緒なのに」
「そうだけど、ハスミンはいいのか?」
一緒に登校したせいで、俺とハスミンがそういう仲だと勘違いされて困るんじゃないか、と心配しなくもない。
「わたしから誘ったのにいいも悪いもないしー」
だけどハスミンは特に気にした様子もない。
これもまた、恋愛に疎い俺の考えすぎなのかもしれなかった。
「じゃあ教室まで一緒に行こうぜ」
「うんっ♪」
というわけで、俺は駅前のコンビニからハスミンと一緒に登校した。