Case.1 ‐方舟へみちびく女‐(6)

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 名声には必ず責任が伴う。

 イラストレーターは、個人クリエイターが動画、漫画、小説、同人ゲームといった創作物をさまざまなプラットフォームで発信できる現代で花形といえる職業だった。

 娯楽が増えすぎた現代、創作物に視覚的情報を与えられる彼らの仕事は、どの創作現場にも需要がある。大物ならば一つのイラスト作品に対する反響は絶大だ。

 だからこそ醜態を晒さぬよう、コンプライアンス意識も求められる。

 火種が些細なものであっても燃え広がればじんだいな被害になるのだ。

「これだけじゃダメだな」

 共有ストレージを経由して海那からデータを受け取った業は、スクリーンショットの数々を眺めてそう言った。火種としては弱い。

「どうしてっ……」

 海那はデスクチェアの背もたれに手をつき、業の肩越しに画面をのぞき込む。

 つややかな金髪から漂うベルガモットの香りが業のこうをくすぐる。

「どうしてもなにもインパクトに欠ける」

「そんなことないですっ。だって、これ、ほら──」

 海那がマウスをひったくり、ストレージ内の画像をくるくると流した。

 そこにはいままでベササノが吐いた暴言が数多く納められていた。それだけでなく、鏡モアがコラボした女性VTuberとのチャットも激写されている。


 ○ベササノ

 :ももちゃん、今度えっち方面のファンアート投げていい?

 ○ベササノ

 :まいまい〜、絵描きとしては中身の印象もわからないとイラストに起こせないんだよね。ビデオ通話しようよ〜

 ○ベササノ

 :アミィってリア凸OKなの? アミ虐ってネタにされるくらいなんだし、リアルでもドMなんだよね? 今度凸っていい? 住み近いでしょ


 海那が意を決して、これまでのコラボ相手から入手した証拠画像だ。

 ベササノの醜態を晒すため、彼女たちに無理を言って集めたものである。

 もちろん当人たちの名前を伏せて晒す許可まで取っていた。必ず被害者に報いるつもりで共有したのに、業ときたら、その思いを無下にするかのような反応だ。

 これでどうしてインパクトに欠けるというのか。

「この程度のスクショなら偽造できる」業の乾いた瞳がそれらを審査した。「多少のネガキャンにはなるだろうが、本人がしらばっくれたら終わり。おれのブログを読んでる読者連中も見飽きたネタだろうな……」

 スクリーンショットだけで炎上を引き起こせたのは数年前までだ。

 大手を相手取って晒し上げた場合、いまでは晒した側が都合のいい部分だけを切り出したのではないかと疑われることすらあるほどだ。

 ベササノは、表では人格者と評される人気イラストレーター。

 無情にも、ネットにおける不祥事の解釈は信者の多い方が有利に働く。

 そんな泥沼の係争に発展すれば、海那もいつまでも呪縛から解放されないだろう。

 この炎上の目的は、海那がベササノとの関係を断ち切るきっかけをつくり、鏡モアというVTuberを引退させることにある。

 ──業はベササノという男の立ち回りを、ある意味では評価していた。

 核心を突く発言は避けている。セクハラと捉えられるかどうかは発言を受けた側の印象の問題だ。被害者の女性VTuberの返答は、やんわりしたものが多い。

 そこには有名イラストレーターへのそんたくも見え隠れしていた。

 さすが相当の知名度を誇る男だけあって隙は少ない。だが、しかし──。

「……ふむ」ごうれいな視線を向けた。

 人の本性は名声が膨らめば膨らむほど増大する。ベササノのように、ここまで裏で好き放題振る舞っている男は、そのおごりゆえ必ずどこかで綻びが生じるのだ。

 業はSNSやブラウザの検索で情報を素早く集めた。

「これが使えないなら、どうすれば……」

 がくぜんとした様子で時計をいちべつした。時刻はもう、夜八時を回っていた。ゲームの配信まで残り二十四時間を切っている。

「まったく使えないわけじゃない」業は特定のスクリーンショットを選出した。「このまれりんアミィという個人勢の女。ベササノとのやりとりとしては一番スクショの枚数が多いな?」

「アミィちゃんは協力的でしたよ。まだデビューしたての頃から、わたしとも仲良くしてくれて……。でも、いまではわたしより人気です。ここだけの話、大手グループからも引き抜きのスカウトが来てるって言ってました」

「なるほど」

 海那の補足情報をもとに、業は稀林アミィのチャンネルやTwitterを調べた。

 チャンネル登録者は六万人ほど。動画を視聴すると独特のロリボイスと話題の斬新さ、下ネタも取り上げる器量でコメントをさばいていた。

 Twitterのほうでタグ検索をかける。

 ファンアートの絞り込みでベササノのIDも検索条件にかけると──。

「これだ」業は指を鳴らす。「アミィはベササノと既に深い仲にありそうだ。ファンアートの枚数が格段に多い」

 フォロワーの多いイラストレーターからのファンアートは貴重なノイズとなる。

 稀林アミィは男の扱いが上手うまい女だと言える。思わせぶりな態度でベササノをその気にさせ、つかず離れずの関係を維持しているのだろう。

 それでいながら、セクハラの証拠を鏡モアに提示しているということは──。

 もしかすると大手グループのスカウトを機に、身辺整理を図っているのかもしれない。ベササノの粘着が今後は邪魔なのだ。

「海那。稀林アミィと連絡を取れるか? いますぐに」

「は、はい……っ」

「アミィから出来る限り、ベササノの日常的なチャットも収集してみてくれ。とくに、セクハラ発言以外を」

「セクハラ発言以外……? 何に使うんですか?」

 海那がげんな表情を浮かべる。色情狂のベササノを燃やすためには、女性VTuberに対する悪事をさらす以外ないと考えていただけに意外だった。

「こういうヤツは導火線を変えた方がよく燃える。一見して隙がないように見えても、背中はガラ空きだったりするもんだ」

 業は獲物を見定めるもうきんの目で画面をにらむ。それに海那はすっかり魅了されていた。

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