1.ゴーストハウス(28回目)(6)
音が止んだ。
ゲームセンターを出た直後のように、耳が寂しさを訴えた。
要望に応えて、また、音があった。ゲームの道具たちが姿を隠す音だった。せりあがった壁は床に戻り、六かける三、十八個の丸鋸も天井に戻ってゆく。戻らなかったのは、鍵の受け渡しのため
もう一人倒れた。
壁の向こうにいた、
身を起こし、
また、彼女には、右手首から先がなかった。
壁の近くに、落ちていた。それがさっきのからくりだった。
もちろん、人間の体はプラモデルではないのだから、切断しようと思ってすぐにできるものではない。それを実行したのは、
無傷の生還を諦めたから、だから、
その体がふるえているのは、きっと、痛みのためではなかった。
「ごめんなさい」
小さくそう言ったのが、至近距離にいた
その
「なん……ですか? 〈あれ〉」
「なんで、赤くないんですか?」
恐怖でも、嫌悪でもなく、困惑を多く含んだ声だった。
原因は、
そこにはただ、もこもことした白いものがあるばかりだった。
それは、まるで、綿の飛び出たぬいぐるみの様相だった。
そうか、と
「人が観るものだからね……。生々しくなりすぎないよう、こういう工夫をするんだよ。このゲームで死んだ人間は、こうなる」
「手早すぎませんか」
「ああ、いや。工夫っていうのはそういう意味じゃなくて……」
二人の顔がみるみる色をなくした。不調にさせたことは申し訳ないが、しかし、伝えたいことは伝わったようである。「都市伝説じゃないんですよ」と
「そんな、添加物ばっかり食べた死体が腐りにくいみたいな……その、つまり私たちは……肉体改造されているということですか?」
「うん。ここに運ばれてる間にね。だから、献血とか絶対行っちゃだめだよ。ゲームのあとに言われると思うけれど」
今度こそ、
そのまま、血の気が引いて倒れるのではないかという勢いだった。それはさすがになかったが、力なくうなだれて、比較的ダメージの少なかったらしい
「言わないほうがいい」
「思うのはいいけど、声には出さないほうがいい。出したら弱くなるから」
心中お察しするというところだ。親の借金をすすんで引き受けるほど〈ずれた〉責任感の持ち主、感情はひとしおだろう。肉体的にも精神的にも、当ゲームでいちばん損なわれたのはこの娘といえた。その責任のいくらかは舵取りを誤った
彼女にも、そうであってほしいと、思う。
だが、
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扉の先は一本道だった。
メイドさんたちは、無言で進んだ。誰も、なにも、しゃべらなかった。さっきの廊下と同じだが、その詳細は違っていた。さっきの沈黙は、言うなれば、〈覚悟〉だった。気合を十分肉体の中にとどめていたから、だから、しゃべらなかったのだ。今回のこれはこの上なくわかりやすい〈絶望〉だった。とんでもないことになった、こんなところ来なきゃよかったとたっぷり後悔しつつも、ここまでやった以上行くしかないという、消極的な前進。惰性の足取りだった。
また、例の合体を四人は取りやめていた。理由は、わからなかった。右腕にくっつくべきメイドさんがいなくなってしまったからか、それともさっきの部屋で、みなの関係にひびが入ってしまったからなのか。顔のいい女らにひっつかれて緊張していた
合体なしとはいえ経験者である
「まあ、なんだな。これで峠は越したってところかな」
ひどく重苦しいムードだった。払拭するべく、口を開いた。
「参加者六人のゲームなんだ。あれよりでかい試練はもうないと思っていい。今の人数から考えても、あとは消化試合みたいなもんだよ、たぶん」
嘘ではなかった。ゲームの生還率は平均して七割前後に設定されている。六人中二人が死亡というと、すでに七割を切っているわけだから、やる気満々の障害はもう出てこないはずである。あったとしてもせいぜいひとつ、それも犠牲を強いるようなものではないはずだ。が、メイドさんらの表情はどうにもすぐれなかった。
「あー、あと、あれだ、その右手のことなら大丈夫だよ」
短くなった
「〈防腐処理〉でくっつきやすくなってるから。ゲームが終わったら、ちゃんと治してもらえるよ」
意外に思われるかもしれないが、このゲームは医療的なバックアップを完備している。もちろん闇医者なのであるが、ゲームによる負傷は可能な限り治してもらえる。〈防腐処理〉の存在のため、その〈可能〉な範囲というのは通常よりもかなり広い。手足の切断ぐらいならまず完治する。髪や皮膚や歯や爪なんかもまあなんとかなる。時には臓器でさえも、どこのルートから持ってくるのか知らないが用意してもらえる。それは治療というよりかは〈修復〉とでも呼ぶべき手際で、命さえつないでおけば、だいたいは元通りにしてもらえると考えていい。
だから
どうしたものか。
二十八回のキャリアの中でも、このゲームは相当のイレギュラーだった。考えてみれば、そもそも、このゲームはおかしい。プレイヤーの熟練度に偏りが大きすぎるのだ。これでは、
ゲームとプレイヤーのマッチングなんていつもうまくいくものではないし、事実、人数合わせのスカウト組たる
「…………」
それに思考を向けたため、
四人は一本道を進み続けた。額縁に入れられた絵画、動物の剥製、五段重ねのチェストなどなど、お屋敷らしい調度品がいくつか見受けられたが、どんな罠があるかわかったものではないのですべて無視した。
〈そこ〉に至るまで、ついぞ、会話はなかった。
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