1.ゴーストハウス(28回目)(7)
一本道の突き当たりには小部屋があった。
扉がふたつ並んでいた。左のほうはすでに開け放たれており、奥には、小部屋というにもやや足りない、シャワールームより大きいか小さいかというスペースがあった。それは部屋というよりおそらく──
「エレベーターかな」
左の扉に近づき、
「素直に解釈するなら、これに乗れってことなんだろうけど……」
外の三人に〈いけるぜ〉と
エレベーターが、ブザーを発したのだ。
「う」
強いて文字にするなら〈う〉だろう。そういう声を誰かが出した。ブザーの理由は明らかだった。四人は、揃ってエレベーターの壁面、パネルの上部に取り付けられた液晶の表示に目を向けた。
こうあった。
積載、百五十キログラム。
「…………」
その意味を。
どの深度までメイドさんたちが理解していたか、顔を見ただけでは、判断がつかない。「……あー」と
「とりあえず、降りよう。全員同時に」
メイドさんたちはうなずいた。
体を縦にして横一列に並び、せーので横歩きするという形でエレベーターの外に出た。おのおの小部屋の好きなところに身を置いて、そして、「百五十というと」と切り出したのは
「ちょうど、三人分ですよね」
「そうなるね」
そうなるねとは言ったものの、内心勘弁してほしいなと
「しかもあれ、液晶に表示されてたしね……。人数に合わせて書き換えてるんだと思う。六人で来てたら、二百五十キロってことになってたはずだよ」
「二人ずつ乗っていけばいい……ですよね?」
「残念だけど」
「なんでそんなこと」
「はっきり書いてある。〈one time only〉と」
〈one time only〉。
学のない
「このエレベーターは三人用なんだ」
「……あの。それって、その……」
その視線は、エレベーターではなく、そういえばあったもう片方の扉へと向いていた。
ガラス戸だった。すりガラスでも網入りでもない普通のガラスなので、室内の様子がよく見えた。サウナ室のような、階段状の床を持つ部屋だった。たぶん、本当にサウナだった。白と黒しかないこの建物にしては珍しいことに、暖色系の光で内部が満たされていたからだ。
しかしサウナうんぬんよりも目を引くのはその壁だった。そこは、大小よりどりみどり、バラエティ豊かな武器で埋め尽くされていた。ファンタジーに登場する武器屋さん。そういうものを想像していただければ事足りる。刀剣、鈍器、投擲物、長物。爆発物や銃器がないだけまだましと考えるべきか。側面に〈2
しかし、現実だ。
四人のメイドさん。三人しか乗れないエレベーター。争いを勧める武器の数々。
それらのことから推測されるこのゲームのルールとは──。
「──そうじゃない」
「早合点しちゃだめだ。確かにエレベーターには三人分しか乗れない。だけど、それはなにも、一人置いていくってことじゃない。置いていくのは一人分でいいんだ」
「……?」
「つまり、その……」直接的な表現はさすがにはばかられた。
(15/23)
明らかに空気が凍った。
「うろ覚えだけど……確か、片腕につき五パーセント弱」
〈それ〉については過去のゲームで聞いたことがあった。
「片脚につき二十パーセント弱。水分量が全体重の六十パーセントぐらいで、しぼれるのができて十パーセントぐらいだからかけ算して六パーセント。手足を切ることを考えると、少し負けて五パーセントかな……。髪は意外と重さがなくて百グラム程度。あと、忘れちゃいけないのがこのメイド服だ。数キログラムあるだろうから、人として恥ずかしくない範囲で減らしていこう」
「冗談でしょう」
「切るのは私がやるよ」
「そんなこと言われましても!」
いい声で
「よっぽどまずい切り方をしない限り、またくっつくよ」
「くっつかなきゃ困りますって……」
言ったのは
「……穏便に済ます方法はないんですか? さっきの部屋でもおっしゃっていた、裏ルートというのは」
「もちろん探す。でも、今のうちに覚悟は決めておいてほしい」
「五十ってことは、ひとり頭十二キロぐらいですよね?」食い下がる
「ああいうのって一ヶ月ぐらいかけて減らすもんだからね……。ここでやるには、時間が足りない」
それがとどめだった。空間から、声は失われた。
──まずいかもしれん。
そう、
肉体の一部を置いていく、といっても、あくまで一時的なことだ。〈防腐処理〉がなされているためゲーム終了後には元通りくっつくし、同じく〈防腐処理〉のために失血死の心配もない。さっきの六角形の部屋や鍵探しに比べれば、はるかに安全なゲームといえた。
しかし
自分の体を切り落とすことへの、忌避。
それは、ひょっとしたら、殺人への忌避を上回るかもしれない。誰か一人ぶっ殺して三人で脱出する。そういう考えに至るメイドさんが出てきてもおかしくはなかった。
「私が」
しかし。
彼女の言葉に、それははかなくも崩れた。
「私が残ります。みなさんは、先に行ってください」
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三人とも固まった。
間隙にねじ込むかのごとく
金色のツインテールがはらりと揺れた。
「……! 待っ──」
いち早く復帰した
だが手遅れだった。なにせ小部屋なのだ。一メートル二メートルの話なのだ。
ガラス戸のガラス部分を
籠城の姿勢だった。
「え……な、なんですか?」おろおろとそう言ったのは、
「……見ての通りだよ。
扉の前で、
「自己犠牲。ヒロイズム。初心者の死因のひとつだ」
それは、パニックの一形態である。
自分以外の誰も信用できなくなって、寝室にひとり閉じこもって、翌朝に無惨な姿で発見される臆病者というのがミステリーにはしばしば登場するものである。今回のケースは、その逆だ。勢い余った勇敢さ。極限状況への酩酊からくる命の放棄。これまでに何度も見てきた。ゲームも終盤に差し掛かった頃、度重なる〈演出〉に心をやられたプレイヤーは、その場の雰囲気に任せて身を投げてしまうのだ。たかが責任感や罪悪感で死ねるのだ。
私のせいで
あがないのため、私も逝かなければならない。
が、その手をつかまれた。
振り向いた。
「あの……その」
なにかを訴える目つきだった。
見れば、やや奥にいた
その目は確かに語っていた。
──いいじゃないですか。死んでくれるっていうんだからほっとけば。
──このまま三人で脱出しちゃいましょうよ。
「なに?」
でも、
視界の端で動くものが見えた。
目を移した。
自殺する気だ。
そうなれば、いくらなんでも彼女を置いていくしかなくなるだろう。
とはいえ
「
殺し文句を口にした。
「このまま
言葉にすれば、二言三言だった。
それを聞いて、
「行っていい?」
ばっちり目を合わせて
(17/23)
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試し読みは以上です。
続きは2022年11月25日(金)発売
『死亡遊戯で飯を食う。』でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。
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