1.ゴーストハウス(28回目)(4)

 五人のメイドは再び合体した。

 合体して、廊下を進んだ。誰も、なにも、しゃべらなかった。五人の足音が聞こえるのみだった。

 罠はなかった。すでに一回通った道なのだから、当然だ。一切合切問題なく扉の前にたどり着き、そこで一旦、合体を解いた。鍵を挿した瞬間、悪夢再びということがあるかもしれなかったからだ。身を低くしておくよう幽鬼ユウキは指示を出してから、扉に近づき、鍵束の一本一本を順番に試した。

 三本目が入り、回った。

 扉が開くということだけが起こった。

 さっき上げてから落とされたばかりなので、幽鬼ユウキを含め、メイドさんたちの誰一人、嬉しそうな気色は出さなかった。警戒を解くどころかよりいっそう強めて、部屋に入った。

 六角形の部屋だった。

 これまでに訪れた部屋とは、やや趣が異なっていた。研究所や病院を連想させる、四方八方なにもかもが真っ白な部屋だった。家具と呼べるものはなにひとつ存在しておらず、明らかに、居住空間として作られた部屋でないことがわかる。

 それ以外の目的を持った部屋。

 ゲームのための部屋だ。

「これは……」

 ただごとではない気配を感じ取ったのだろう、金子キンコが、そう口にする。

「さっきおっしゃっていた、大型の障害、ってやつですか」

「たぶんね」

 回避不能の罠。ゲームの進行のため、あえて挑みかからなければいけない罠。

 入ってきた扉の、ちょうど反対側にまた別の扉があった。スライド式であり、取っ手の上部に〈閉〉と書かれたパネルがついていた。

 その漢字の意味する通りだった。扉はびくともしなかった。腕ずくではどうにもできそうにない力がはたらいていた。

「あ……あの!」

 桃乃モモノの声がした。「こっちのドアが、開きません!」

 幽鬼ユウキたちが入ってきたほうのドアを桃乃モモノはがちゃがちゃとしていた。ふざけているのではむろんなく、開けようとしているのだろうが、ドアノブが全然回っていなかった。

 退路を絶たれたのだ。

「閉じ込められたね」幽鬼ユウキは落ち着いていた。「ここでやることやらないと、にっちもさっちもいかないみたいだ」

「やることというと、その……〈あれ〉ですか」

 そう言った紅野ベニヤの視線は、壁面に向いていた。

 六角形の部屋。それぞれの壁には、ひとつずつ、レバーが取り付けられていた。ここまでさんざん扉の話ばかりしてきたので、レバーというとドアレバーを連想させるかもしれないが、それは違う。巨大ロボットを発進させるときに使われるような、二本の金属棒を一本の取っ手でつないだ、上から下に引き下ろすタイプのレバーである。それが、六角形の部屋に、六つ取り付けられていた。うち四つは壁のちょうど中央にあったのだが、残りの二つ、すなわち入口と出口の扉がある壁のレバーは、扉に真ん中をゆずる配置になっていた。

 ともかくも、六つのレバーだ。

「同時に引くのかな」

 と言いながら幽鬼ユウキはレバーに手を伸ばしたが、触らなかった。自分一人ならともかく、初心者を巻き込みかねない状況で、余計なリスクを負うことはないからだ。

「六つのレバーを同時に下ろす。それからまだ一悶着あると思うけど……とりあえず、そうすることで進展があるはず」

「同時に……」桃乃モモノがおそるおそる言った。「でも、私たちは」

 黒糖コクトーが死んだということをそれはよく表現していた。そう。この場には、五人しかいない。レバーに対して人間の数が足りないのだ。

「それで詰みというのはさすがになさそうですけどね」

 紅野ベニヤが言う。

「致死性のある罠がここまでにあった以上、それを想定したゲームになっているはずです。例えば、ひとつだけ下ろさなくてもいいレバーがあるとか、一回下ろしたら下がったままになるレバーがあるとか。あるいは、メイド服でロープを作って、下に固定した状態にできるのかもしれません」

「そもそもレバーを引くかどうかも確定じゃないからね」

 幽鬼ユウキは呼びかけるように言った。

「自分で言っておいてなんだけど。こういうのって、第二のルートがあったりもするんだよ。こうしたら簡単に抜けられたのに、あーあ、みたいな。そういうのがあったほうが見てる分には面白いから。なんでも疑ってかかるのが生き残りの秘訣だよ。レバーに触るのは最終手段と考えたほうがいい」

「いろいろ試してみろってことですか……」

 閉じ込められたとはいえ、さっきたらふくお菓子を食べてきたばかりなのである。餓死の心配はせずともよく、すなわち、時間には余裕があった。五人のメイドさんは、思いつく限りの試行錯誤を行なった。レバーを下げる以外に扉を開ける手段はないのか。あの扉のほかに脱出口はないのか。人力によらずレバーを下げたままにしておく方法はないか。しばらく待つことでなにかいいことが起こらないか。

 しかし、そのすべてが空振りだった。

 試せば試すほど、〈それしかない〉ということが浮き彫りになってくる。

「やっぱり、レバーに触るしかないですよね」

 言い出したのは、金子キンコだった。

「安全確実な裏ルート。あるのかもしれませんが、でも、見つけられないんじゃしょうがない。やることやらなきゃいけないんじゃないでしょうか」

 幽鬼ユウキの体感で、一時間ほど経過していた。ただの一時間ではない。閉鎖空間で、命のかかった状況下で、さっき知り合ったばかりの人間と過ごす一時間である。ストーブに一時間触れるよりもそれは長く感じられただろう。実際、幽鬼ユウキが首を回してみると、メイドさんらの顔には疲れが見え始めていた。この先もまだゲームは続くのだ。妥協するなら、この辺りが頃合いか。

「……そうする?」

 幽鬼ユウキは、言って、それぞれに視線を向けた。「はい」とはっきり声に出したのは紅野ベニヤ桃乃モモノと、青井アオイも、無言ではあったが首を縦に振る。

「よし。じゃあ、やろう」

 メイドさんらは、思い思いに配置につき、レバーを握った。

「結局、ハズレのレバーが一個あるという解釈でいいんでしょうか」紅野ベニヤが聞いた。

「うん。とりあえずその方針でいこう。この配置のまま、順々に左にずれていって、なにか起こらないか試してみる。それでだめだったら……洋服がもったいないけど、レバーの固定を考えるかな」

幽鬼ユウキさんの考えを今のうちにうかがいたいです」金子キンコが問う。「このレバーを引いて、それで終わりじゃないんですよね。……だいたいは想像つきますが……なにが起こるんです?」

「おそらく、なんらかのサブゲームが始まる」秘密にする理由もない。幽鬼ユウキは経験のままを答えた。「例えば、この部屋にどんどん水が入ってきて、時間内にパズルを解かないと溺死するとか。突然床がどかっと開いて、レバーから手を離したら暗闇にまっさかさまとか。そういうことが起こると思ってほしい。正しい選択をすれば無傷で切り抜けられるけど、ひるがえって、下手を打てば全滅までありえる」

「本当に番組って感じですね……」紅野ベニヤが言った。「ここまでよく作ってるのに、撮るだけはもったいないと思うけどな……。もっといろいろ稼ぎ方がありそうなもんだけど」

 紅野ベニヤはぶつぶつ言った。「ほかにも聞きたいことある?」幽鬼ユウキは声を遠くに放った。

「いいえ」

 答えたのは金子キンコだけだった。桃乃モモノ青井アオイは、またも無言で意思だけを示す。

「それじゃあ、始めるよ。一、二の三で合図するから」

 幽鬼ユウキは言った。ワンテンポ置いて、

「一、二の、三!」

 レバーを引いた。

 全員の動きが揃った。その意味では成功だった。しかし、それ以外、なにも起こらなかった。サブゲームなるものは始まらず、扉の〈閉〉も〈閉〉のまま。

 三秒ほど待って、幽鬼ユウキはレバーから手を離した。がちゃん、と音を立てて上に戻った。ほかのみんなもそうした。宣誓の通り左方向に一マスずつずれて、使わないレバーを変更しまた合図した。それでもなにも起こらない。さらにもう一マスずれた。「一、二の、三!」無反応だった。その次の配置でもやはり無反応だった。

 条件が違うのか。まさか本当に六人が必要なのか──。

 そういった空気がメイドさんらの間に流れ出し、それに忖度するかのように五度目のチャレンジも失敗。いよいよ、後がなくなった。

「一、二の──三!」

 幽鬼ユウキは言った。ひときわ強くレバーを引いた。

 がちゃんの音が五つ揃った。

 だが、それだけだ。あとには沈黙だけが残った。

「…………」

 全員が、それぞれ、他者の様子をうかがっていた。

 誰かが意識的に破らなければ、永遠に続いてしまう種類の沈黙だった。「えっ、と」経験者の務めとして、幽鬼ユウキが、勇んで言った。

「なにも起こらないので……一旦、集合してください」

 そう言いつつ、幽鬼ユウキは、レバーから力を抜いた。視線はみんなのほうを見ていた。レバーのほうは見ていなかった。見ずとも、なにが起こるのか予想はついていた。上へ戻ろうとする力がレバーにははたらいているので、幽鬼ユウキが力を抜けば、その手は跳ね上げられてしかるべし。手のひらにそういう感触が伝わるのを幽鬼ユウキは無意識のうちに予想した。

 が、触覚がはたらいたのは手のひらではなかった。

 だった。手首に締め付けられる感触があった。

「えっ」

 幽鬼ユウキは振り向く。

 手錠がはめられていた。


        (11/23)

関連書籍

  • 死亡遊戯で飯を食う。

    死亡遊戯で飯を食う。

    鵜飼 有志/ねこめたる

    BookWalkerで購入する
Close