第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(5)

 #Side 一組教室


 タクトが教室を離れてすぐ。

「案外、特級魔導士って言っても普通の人なんだな」

「そうね。少し『天才魔導士』らしくなくてガッカリしたっていうか……でも親しみやすい感じ? これはこれで」

 そうこぼすクラスメイト。それはまさにタクトの狙い通りの展開である──

「いやぁ、さすがは師匠っすよね!」

 ──であった。タクトの机にヨイショと座りつつ、マルカがたわわな胸を張って自慢げに言い切るまでは。

 スタイルの良さからも目を引くマルカの言葉に、クラスメイトは注目した。

「ん? どういうこと?」

「おやおや? 皆さんもしかして師匠のお言葉を理解できなかったと見えるっすねぇ。期待外れ、って感じっすか?」

 ニヤリ、と笑うマルカ。マルカはこの時、

「(まったく、師匠は奥ゆかしすぎるっす。これじゃモテないっすよ! 自分がフォローしてあげないといけないっすねぇ!)」

 などと、非常に余計な事を考えていた。だから、タクトが学長室へ向かい教室を離れた今、マルカはすることにしたのである。


「さて、無知蒙昧で凡人の皆さんに師匠の言葉の意味を解説してあげるっすよ!」

「言葉の意味?」

 このハーフエルフは何を言っているのだろうか。とクラスメイトは注目する。先程までのタクトの言動が期待外れなだけに、その裏があるのかとまた別の期待が集まる。


「まずそこのドワーフ! アンタっすよ! なんて聞いたっすかー?」

「最大MPがいくつかって聞いたけど……」

 これに対するタクトの回答は『秘密。自慢できるような値じゃない』だった。

「つーか、特別入学ってことはそれなりに高いMPなんだろ? だったら隠す必要なんてないじゃないか。なのにあんな嫌そうに、しかも秘密だって」

「ハッ! やれやれっすよー」

 マルカは不満げなドワーフ男を鼻で笑った。

「師匠は嫌そうだったんじゃないっす。当然、嫌だったんすよ。そして、アンタがあまりに無防備だったから顔をしかめたという訳っす!」

「無防備……? どういうことだ?」

 ふふんと鼻を鳴らすマルカ。

「いいっすか。のMPの最大値を他人に教えるなんて、そんな事師匠がするわけないじゃないっすか。……というのも、MPは魔法戦闘で大事な情報っす。相手の残りMPが80としたら、消費MPが81を超える魔法は絶対飛んでこないっすからね!」

「機密情報……い、言われてみれば確かに!」

 マルカの言葉に、質問したドワーフはさぁっと顔を青くする。

「まって、ということはタクトさんは相手の使用した魔法から消費MP、そしてMP残量から何を出すかを逆算、推測できるってこと? 得意属性とかの増減も含めて?」

「師匠のレベルなら、当然の事っすよ。なにせ『天才魔導士』っすよ?」

 鼻高々に自慢するマルカ。それこそ推測な上に、自分の事ですらないのに。

「ちなみに師匠の最大MPは弟子の自分ですら知らないっす! 師匠は自分の最大MP知ってるんすけどね。だから、師匠には自分、絶対勝てないっすよ! 戦う前から勝負が決まってるも同然っすもん」

 手の内バレバレっすからね、と肩をすくめるマルカ。

 その言葉に、ようやくクラスメイト達は気が付いた。最大MPとは、『自慢する値』ではない。『秘匿すべき値』なのだ、と。タクトがやんわりとそう指摘していた事実に、クラスメイト達はごくりと息をのんだ。

「……俺、今まで自分のMP自慢しちゃってたよ」

「まさか弟子にも教えてないだなんて……徹底してるのね、『天才魔導士』様」

 これではマルカに無知蒙昧とまで言われても当然である。タクトのあの表情は、子供を窘める大人のそれであったのだ。

「今回コレを教えてあげるのは、特別っすよ? 本当に師匠の教えは深いんす。でもいいんすよ、皆さんは好きにバラしちゃって。そうすれば一方的に師匠や自分が有利に立てるっすからね! ね、最大MP89のドワーフ君?」

 というか魔導士は標準で100だから少し少ないくらいっすよ、と煽るマルカに、むむっと口をつぐむクラスメイト達。

「……俺、二度とMP言わないようにする!」

「ええ、いずれ学生同士の対抗戦とかもするだろうし、そういう情報は隠しましょう。皆も自分から言ったり、聞かれても答えないようにね!」

 そういうことに、なった。……これについては、タクトはマルカを褒めても良いかもしれない。一番隠したい最大MPについて、今後尋ねられることがなくなったわけだから。


「次にあんたっす! 確か……師匠がどうしてこの学園に来たのかを聞いてたっすね?」

「え、ええ」

 頷く猫獣人の少女。そしてタクトの回答は『学園に入学する歳だから』であった。

「私は、なんで既に魔導士なのにって……その、魔導士ならここに来る必要ないんじゃないかって聞いたつもりだったんだけど。露骨に躱された感じだったわ」

「そりゃぁ当然そうっすよ。師匠はもう特級魔導士っすもん! 大旦那様──宮廷魔導士筆頭の薫陶をうけてる師匠は、本来学園で勉強するようなことは必要ないっす。けれど! けれどっすよ、だからこそ『年齢』なんっすよ……そう、年齢! さぁ何か思いつかないっすか?」

「ええ、なんだろ。『天才魔導士』様の年齢? 私達と変わりないわよね……」

「十五歳だろ?……いや、特には。それこそ、魔導学園に入れる歳だってくらいしか」

「……っかぁー! 想像力! 想像力が足りないっす!」

 バシンと机を叩くマルカ。

「いいっすか、今じゃないっす、少し先、未来を見るんすよ!……これが十五歳じゃなくて十六歳とか言えば分かるっすかね? ヒントはおめでたい事っす」

「十六歳? おめでたい……あっ!」

 質問者であった猫獣人の少女はかぁっと頬を赤らめた。

「気付いたっすね、そう! 結婚ができる年齢なんすよ!」

 この国の法律で言えば、男女共に十六から結婚できるのだ。マナカはそのうち自分も結婚するのかなと、夢見る少女風にその事はもちろんチェックしていた。

「貴族には大事なこと、だものね。確かに……!」

「けど師匠は奥ゆかしいからそんな露骨には言わないんすよ……おっと! これを自分が言っていたってのはナイショっすよ? 師匠自身、大旦那様に言われなかったらこの学園に来る気が無かったんすから」

「そうなんだ……」

 なるほど、と頷く。タクトが学園に行けと言われたのはマルカも知る事実。しかしこの学校に来る気が無かったのは、単に『入学する基準を満たしていなかったから』というまったく別の理由なのだが、マルカを含む彼らにそれを知る由はない。ましてや特級魔導士の称号が返上間際の上、命が風前の灯火であるなどという特殊過ぎる事情も、だ。

「ま、ご実家では学業を片手間にこなして本来の仕事したいっていつもボヤいてたっすね……おっと、これも自分が漏らしたのは秘密っすよ! おクチむーっす!」

 あえておどけるように口を押えるマルカに、その秘密は公然の秘密なのだろうと認知される。

「本来の仕事……魔導士様の……!」

「なんか大人って感じ。わ、私じゃだめかなぁ?」

「ふっふっふ、まぁそこは師匠の事なんで自分じゃ判断つかないっすねー……けどその安産型の腰つきはイケると思うっす!」

 もちろんタクトの本来の仕事というのは魔法杖職人の事である。趣味と実益を兼ねた楽しいお仕事だ。


「それじゃあ、得意な魔法……いや、そりゃ当然『ステータス』なんだろうけど」

「ええ、むしろ他は私達の方が凄い、とか言われてしまったわね。『天才魔導士』様に」

 得意魔法について。タクトの回答は『ステータスだよ。他は全然』というものだった。

「これも機密情報ってことかな?」

「うーん、これはちょっと違うんすよ。……というのも、そもそも『得意』っていうのは他よりもできる、っていう事っすよね?」

 そう言って、マルカは手を山の形に動かす。

「……なら、これはどうなるっすか?」

 今度は、その山の頂点の位置で水平に手を動かした。それを見て、ハッと息をのむクラスメイト達。

「……得意が……ない!?」

「そういうことか……全てが高水準! 万能、そういうこと!?」

 ちっちっち、とマルカは指を振る。

「なにせ『天才魔導士』っすからね。でもそれだけじゃないっす。師匠にとっては、はるか高みに『ステータス』魔法があると考えていいっす。分かるっすね? 天に輝く星と比べたら、山と平野の違いなんて──」

 ──どれだけ得意だ不得意だと言おうと、誤差に過ぎない。むしろ、相対的に、一般人にとっての山の頂点だろうと『不得意』としか言えない!

 クラスメイト達はゴクリと言葉を飲み込んだ。

「フフフ、見てる世界が違うんすよ。……師匠の凄さ、少しは分かったっすか?」

「お、恐るべし『天才魔導士』!」

「で、でも、そんな風に謙遜で言ってるようには見えなかったよ?」

「そりゃ師匠にとっては当然すぎて、無意識なんすよ。もしかしたら、師匠は本当に自分の事を普通の凡人、むしろ才能が無い人間と思っているかもしれないっす」

「でも、私達が自分より凄いって褒めてたわ? そんなに高水準なら、私達の事だって取るに足らない存在に思えそうなものだけど」

「褒めて伸ばすのが師匠のやり方っすからね。自分も目一杯褒められたっす!」

「そ、そうなんだ。……でもそれだと弟子は大変じゃない? 無自覚に凄く高い水準を求められそう」

 先程乗り気だった猫獣人が、しょんぼりへにゃんと尻尾を垂らす。


 と、ここでマルカは(しまった! つい師匠の自慢ばかりしてたっす! このままだと厳しくてとっつきにくい人間だと思われてしまうっす!)と考えた。

「そそそ、そんなことないっすよ! 師匠は弟子である自分にとっても優しいっす! 師匠が厳しいのは、師匠本人にだけっすよ!」

「……そういえば弟子って、例えばどんなことを教えてもらうの?」

 その質問に、よくぞ聞いてくれましたとマルカは答える。

「ええっと、魔力操作の訓練っすね! 毎日の日課っすよ」

「魔力操作。他には? どんな魔法使うの?」

「え? ひたすら魔力操作っす! あ、それと座学っすね。魔力操作の訓練って眠くなるじゃないっすか? そこで意識を保つために師匠が色々教えてくれるんすよー」

 笑顔でそう語るマルカに、クラスメイト達は驚いた。

 魔力操作の訓練。それにはいくつかやり方があるが、基本的にはMPを消費して魔力の塊を体外に放出し操作する訓練だ。体外に出た魔力を維持するにはMPを注ぎ続ける必要があるため、とても疲れる──それどころか、MPが枯渇すれば命の危険すらある過酷な訓練だ。しかも地味。クラスメイト達は、『辛い魔力操作の訓練を延々とさせられ朦朧とした所に、並行して魔法の知識を叩き込まれる』という超スパルタな光景を想像した。


 だが実態としては、マルカははち切れそうなほどMPを有り余らせており、魔力過多症(最大MPウツワを超えて過剰にMPが溜まってしまう状態)に陥ることすらよくあった。魔力過多症になると体調を崩し、溢れる魔力が暴走する。本人だけでなく周囲も危険な状態だ。そしてマルカはタクトに拾われる前は常に重度の魔力過多だったといってもいい。そんなマルカにとっては、むしろMPを消費するとスッキリ快適、心地よ過ぎて眠くなる程だったりする。

 ──そう、眠くて意識が遠のくのだ!

 しかし過剰な魔力は消費しなければ危険なので、タクトは小まめにマルカのMPを確認して必要とあらば魔力操作をやらせていた。時には雑談で意識を繋いで……マルカはこの雑談を格好つけて『座学』と言ったのだ。実際、タクトの話題としては雑学や魔法の知識もあったから嘘ではないけれども……

 クラスメイト達の勘違いは仕方のない事である。なにせ魔力過多症は最大MPが大きくなければ発症しない奇病。それもオクトヴァル一族(タクト除く)のようにMP500超えでようやく極稀に発症するというレベル。魔力があり過ぎて体調が悪くなるなど、クラスメイト達の常識の範囲外。想像すらできない領域なのだ!


「師匠はギリギリの限界(体調が悪くなりはじめるライン)を見極めるのが上手くて、昔はよく(心配かけまいと)体調を誤魔化してたんすけど無駄っしたねー」

「へぇ、ギリギリの限界(魔力枯渇し気絶する寸前)を見極めるのが上手くて、(逃げようとして)体調を誤魔化しても無駄なんだ……」

「(心地よくて)気を失いそうになると、『寝たら(魔力暴走で)死ぬぞ』と起こしてくれるんすよ!」

「(朦朧として)気を失いそうになると『寝たら(タクトの手で)死ぬぞ』って……あんな普通な感じなのに、すごい(スパルタな)んですね……」

「そうっすよ、師匠はすごい(優しい)んすよ!」

 そう、仕方のない間違いなのである……!


「それにしても、学長の呼び出しを忘れるなんて失礼なんじゃ──」

「大物っすよね! さすが師匠っすよ。なんせ教員への勧誘をスパーッと断っちゃうくらいなんすから。きっとまた勧誘されるから面倒だなって思ってたんじゃないんすか? 知らないっすけど」

「そう言われてみれば、学長の誘いを断れるだなんて凄いですね……私ならすぐ頷いちゃってるわ……」

 学長からの呼び出しを忘れるというのは流石に無礼なはずなのだが、あまりにもマルカが自信満々に言うものだから、そういうことになった。


 ──Side END#

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