じつは義妹とClariSのライブに行くことになりまして……えぇっ⁉︎
親の再婚で俺こと
名前は
「兄貴兄貴! 大変だよっ!」
「いきなりどうした?」
「ClariSのライブチケットをもらっちゃったーーーっ!」
「へ〜、それは良かった……なんだとっ⁉︎」
——どうやらダラダラと過ごしている状況ではなくなったようだ。
じつは先日、俺と晶はちょっとだけClariSのお手伝いをした。俺はおまけ程度であくまで晶が頑張ったのだが、兄妹揃ってとても感謝された。
さらにそのお礼にと、今度行われるライブの招待チケットを二枚もらったそうだ。
過分なくらいのお礼に俺は心底驚いたが、
「すごい! 超嬉しい! 僕の大好きなClariSだーっ! しかも兄貴とライブデートだ!」
と、晶は歓喜のあまり、飛びつくように抱きついてきた。
「やったな! ライブデー……ん? いや、俺たちは兄妹で行くだけで、それよりも晶、くっつきすぎ——」
「ちっちゃなことは気にしない! 兄貴だって嬉しいでしょ⁉︎」
「そりゃ心の底から嬉しいけど、ちょっと晶、離れ——」
「超嬉しいぃぃ〜〜〜!」
「ちょっ……あき、ら……⁉︎ い、息……! 息ができ……——」
——とまあこんな感じで、俺たちは一ヶ月後にあるClariSのライブに行くことになったのである。
* * *
そして迎えたライブ当日。
「兄貴、すごい人だね〜!」
ライブ会場の外、晶の視線の先、開場を待つ人たちが列をつくっている。その列の後尾に並んで、俺はちょっとだけ気になっていたことを晶に訊いてみた。
「晶、お前人見知りじゃなかったか? これだけの人がいて大丈夫か?」
「平気だよ! むしろ楽しみすぎてウズウズする〜!」
「そっか。それにしても、いつもよりテンション高いな?」
「そりゃあのClariSのライブだもん! 気合入るよ! あ〜、でもなんか緊張してきた〜!」
晶はぐっと握り拳をつくって楽しそうにしている。
いちファンとしてだけでなく、ClariSの手伝いができたこと、そして招待チケットをもらったこと、さらにこうしてライブに来たことがよほど嬉しいのだろう。
俺はそんな晶を冷静に見守りつつ、一方で晶と同じようにはしゃぎたい気持ちはあった。
そうしないのは、妹の前で堂々とした姿を見せたいという、兄としての精一杯のかっこつけである。
まあ、ぶっちゃけると、昨日の晩は楽しみすぎてなかなか眠れなかった。
「そういや昨日、風呂でClariSの曲歌ってたよな?」
「ちょっ……聞いてたのっ⁉︎」
「たまたま風呂場の前を通りかかったら聞こえてきたんだよ」
急に恥ずかしくなったのか、晶は顔を赤らめた。
考えてみれば、晶がうちにきて歌っている声を聴いたのは昨日が初めてだった。兄としてはそういう晶の油断が嬉しかったりもする。
「なかなか上手かったぞ?」
「ううっ、不覚……。ついテンションが上がっちゃって……」
「わかる。俺も風呂でアニソンメドレー歌いまくったからな〜」
そう言って晶の頭にポンと手を置くと、晶は「だよね〜?」と言って、照れ臭そうに笑ってみせた。
* * *
ライブが始まる直前のこと。
晶からペンライトを渡された。それはボタン操作でカラーチェンジするタイプのもの。晶に使い方を教わりつつ、こんな話をした。
「あのね、今回のライブは『レッツ・スノーパレード』っていうテーマなんだって」
「パレードか。じゃあお祭りっぽいイメージなのかな?」
「そうかも! 早く始まらないかな〜!」
そんな話をしていると、いつの間にか周囲がパステルピンクとパステルグリーンの光で埋め尽くされていた。
周りに倣って、俺はペンライトをパステルグリーンにする。晶はパステルピンク。晶曰く、このペンライトの色は彼女たちのイメージカラーなのだとか。
「兄貴、始まるよ!」
「お、おう!」
そして緊張と興奮が高まる中、いよいよライブが始まる——
セットリストによると、パレードのスタートに合わせ『Itʼs showtime!!』という曲からスタートするようだ。
ステージに真っ赤なドレスに身を包んだClariSの二人が、ダンサーやコーラス隊とともに登場。この招待席からだととてもよく見える。
会場は一気に華やかに。
そして興奮と高揚に会場が包まれる中、『Fairy Party』『Sweet Holic』と、テンポのいい曲が次々に披露されていく。
晶は終始「可愛い!」「かっこいい!」を繰り返し、ペンライトを元気よく振り、サビに合わせて口パクをしている。
その気持ちは俺もよくわかる。
四曲目の「ヒトリゴト」は、俺も思わず口パクで一緒に歌っていた。
そして間奏になり——
「兄貴! どうしよ!」
「どうした?」
「ClariS可愛いーっ! 歌もダンスもかっこいい、可愛いすぎるーっ! 大好き!」
これほどテンションが上がっている晶を見るのは初めてで、兄としては、また一つ、妹の新たな一面を見られて嬉しい。
一方でバラード曲『ウソツキ』になると、晶はその切ない歌詞と歌声に目頭を熱くしていた。
曲が終わると、晶は「はぁ〜」と一つ大きなため息をついた。
「クララ、お姫様みたい……。ドレスも綺麗だし、ティアラが可愛い〜……」
晶は目元を拭いながらそう言うと、
「僕も似合うかな?」
と、今度は冗談っぽく笑いながら言って、俺の肩にこつんと頭をぶつけた。
* * *
中盤になり、冬の歌がメインになった。
『eternally』『ひとつだけ』『グラスプ』と続き、新曲の『スノーライト』や、冬にちなんだカバー曲が披露された。
カバー曲の『WHITE BREATH』では会場がオレンジ一色になった。
二人の男性ダンサーがステージの上を回りまくって、ペンライトの振り方をやってみせ、俺と晶もそれに倣って激しく振る。
「やっぱテンション上がるねーっ!」
と、晶がはしゃいでいる隣で、俺も熱くなりながらペンライトを振りまくった。
この会場中の興奮と一体感がなんだかとても気持ちいい。
今度はクララのソロの『サイレント・イヴ』。バックコーラスとともに綺麗な歌声と歌詞がじーんと胸に響く。
続く『Butterfly Regret』では、和のテイストを取り入れた衣装でカレンが登場。
こういうのを「艶やか」と言うのだろうか。
扇子を使った妖艶なダンスに、俺も晶も思わず釘付けになる。
「カレンってこういうパフォーマンスもするんだ……」
晶が驚いていた。
「普段はあんなに可愛いのに、すごく大人っぽいしカッコいい〜……」
「ああ、俺も驚いた……」
「二人とも、歌もダンスもすごいな〜……。こういうの、ライブのいいところだよね。普段は曲しか聴かないけど、ライブパフォーマンスもMCもずっと見てられるし聞いてられるよ」
と、晶は楽しそうに笑顔を浮かべた。
「たしかに。今日来て良かったし、また来たいって思った」
「兄貴、まだまだライブは終わらないよ! このあとの曲を見て!」
セットリストにはClariSの代表曲がまだずらりと並んでいる。アニメ主題歌に使われたものばかりで、終盤も非常に楽しみだ。
* * *
そしてライブ終盤——
ClariSの二人はそれぞれのイメージカラーのドレスに着替えて登場した。
バックダンサーとともに『Brave』『border』『again』を歌って踊り、会場はさらに熱気に溢れる。
そして『STEP』『コネクト』『カラフル』——俺が何度も聴いてきたアニメ主題歌の曲が流れると、俺以上にヘビリピしている晶も大興奮だった。
「何度聴いても名曲だよね!」
「だな! 生で聴けてほんと良かった!」
そして曲が終わると、
『冬の思い出を一つ増やすことができました。楽しい時間をありがとうございました』
というファンへの温かいメッセージ。なんだか心がほっこりする。
——いえいえ、こちらこそ。
たぶん会場中がそう思っているのではないか?
俺としては、ライブに来て素敵な思い出ができたこともあるし、これだけはしゃいでいる晶を見たのは初めてで、それもまた良い思い出になった。
そのあとアンコールに応えてもらい、再び登場。
一曲目の『仮面ジュブナイル』では、ちょっと前まで顔出しNGだったころを思い出させるような仮面をして、ミュージカル風に歌って踊る二人とダンサーたち、そしてコーラス隊。
二曲目の『ALIVE』になると、会場は青いペンライトの光の海に包まれる。
そんな幻想的な雰囲気の中、ClariSの二人は最後の最後まで会場を盛り上げてくれた。
曲が終わると、俺と晶はClariSとメンバーたちに精一杯の拍手を送った。送りながら、俺は今の自分の気持ちを整理していた。
楽しくて、嬉しくて、そういう時間はあっという間で——そして、ちょっとだけ寂しくて、でも元気をもらったような、なんとも言えない気持ちが胸から込み上げてくる。
自分ではうまく言葉にできないので、いまだ興奮気味の晶にそれとなく訊くと、
「もうさいっこーーーの気分! ほんと来て良かったーーーっ!」
とのこと。
——最高の気分か。
ほんと、最高の気分ってこういうことを言うんだろうな。
そうしてライブの余韻にひたりながら、俺と晶は会場を後にした。
* * *
「あ〜……終わっちゃったね〜……」
帰りの電車の中、疲れ気味の晶がぽつりと呟いた。
「ほんと良かったな」
「また行きたいな〜……」
「俺も。だからまた行こう」
「そうだね! 僕、ぜったい次のライブも行く!」
その笑顔を見て、俺はまた嬉しくなった。
極度の人見知りで、人前だと借りてきた猫のようになるはずの晶が、今はなんだか力強くて頼もしい。
それだけ今日のClariSのライブが、元気や勇気をくれたのだろう。
「次もライブデートだね〜!」
「そうだな……ん? いや、だからデートじゃ——」
「ちっちゃなことは気にしない!」
「いや、俺たち兄妹にとっちゃけっこう大きな問題だと思うけどな……?」
すると俺の肩に重みがかかった。晶の頭がすぐそこにある。
「兄貴、疲れたからちょっとだけ肩貸して〜……」
「お、おう……」
晶は安心したように目を閉じる。
そのまま眠りにつきそうな晶の隣で、俺はちょっとだけ周囲を気にした。
「ありがと、兄貴……」
「いいから着くまで寝てろ」
「うん……。大好きだよ……——」
その言葉はClariSに向けてなのか、それとも——
揺れる電車の中、静かに寝息を立てる晶を側目に、俺は明日から晶のためにまた頑張ろうと決意した。