じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第2話「じつは再婚相手の母娘が我が家に越してきまして……」(3)

   * * *


 夕食後、それぞれタイミングを見計らってに入っていった。

 俺も親父も普段はシャワーだけで済ましていたが、今日からちゃんとお湯を張るらしい。

 湯船にかるのなんて親父と銭湯に行くときぐらいだから、なんだか嬉しい。

「涼太くん、お風呂空いたわよ」

 部屋でダラダラと漫画を読んで待っていたら、美由貴さんが呼びに来てくれた。

「じゃあ、いただいてきま……──」

 言葉を失った。

 美由貴さんは、湯上がりの上気した肌が透けて見えるナイトウェア姿だった。

 目のやりどころに困って視線を落とす。

 ところが今度は美由貴さんの脚が目に入った。

 肉付きのいい太ももは美容オイルを塗ったせいか潤沢で、引き締まった膝やくるぶしはたるみという言葉を知らず、五本の足の指はなにかの細工品のように繊細かつ整然と並んでいる。

 まるで理性から本能へのスイッチを踏みつけて強制的に切り替えるような脚だ。

 そんな脚と、俺はほんの少しだけにらめっこをしていた。

「あの、涼太くんどうしたの? 私の脚になにかついているかしら?」

「い、いえ、すぐに行きます……」

 なんとか踏みとどまった俺は、いそいそと風呂に行く準備を始めた。

 それにしても、俺だって健全な男子高校生なのである。

 美由貴さんにはもう少し自重して欲しい。ほんと。


 一瞬脳裏をよぎったよこしまな考えを洗い流すべく、俺は風呂に急いだ。

 中に誰もいないことを確認して脱衣所の扉を開く。

 我が家の風呂場の脱衣所には洗面台と洗濯機置き場が設置してある。顔を洗うのも、洗濯をするのも、ここで全部済ますことができるので楽だ。

 Tシャツを脱ぎ、洗濯かごに放り込もうとしたとき、はたと俺の手が止まった。

 洗濯かごの中。

 おそらく美由貴さんがさっきまで着用していたであろうがあった。

 まさかとは思うが、次に俺が入るように促したのは意図的だったのか、と邪推してしまう。

 いや、今日半日一緒に過ごしてわかったことは、美由貴さんが天然だということ。

 俺は見て見ぬ振りをして洗濯かごにTシャツを放り込み、ハーパンをパンツごとずるりと落とした──と、そのとき扉の向こうに誰かが立った。


 ──トントン……


 まさか──

「ごめん、僕だけど……」

 予想していた人物ではなく晶の声だった。

 俺はほっと胸をろし、「入っていいぞ」と返答した。

「ごめん、まだ入って──」

 扉を開けて顔を出した晶が一瞬で固まった。

「どうした? 先に風呂に入りたかったか?」

「あ、あああ、ああ、あの、その……」

 晶は小刻みに震えていた。顔色は赤くなったり青くなったりとせわしない。

「俺、もう脱いじゃったし次で──」

 次の瞬間、扉は勢いよく閉められ、ドタドタと走っていく音が聞こえた。

 よくはわからなかったが、先に風呂に入りたかったのかもしれない。


 それから俺は久しぶりに湯船に浸かり、水滴のまっている天井を見上げた。

 この家で、これから家族四人で暮らしていく。

 そう思うと、やっぱりなんだか感慨深い。

 ──が去ってからは男二人でなんとかやってきたが、新たな家族を迎えての再出発か。

 もちろん、家族が増えれば問題も比例して増えるかもしれない。

 けれど、互いを尊重し合い、支え合えば、きっとそういった問題も解消できるはず。

 こんなことを考える役目は本来親父なんだろうが、あの親父のことだからそこまで考えていないだろうな、絶対。


   * * *


 風呂から上がり、着替えたついでに歯を磨くことにした。

 四本並んだ歯ブラシから自分のものをとり、チューブから歯磨き粉をしぼって乗せた──と、また控えめなノックがした。

「……も、もう上がった?」

 またもや晶だった。今度は扉越しに話す。

「もう上がった」

「……服は?」

「もう服着てるよ」

 すると脱衣所の扉がゆっくりと開かれ、晶が恐る恐る顔を出した。

「次、風呂入るか?」

「あ、うん……。か、借りるね」

「借りるじゃなくていいんだぞ。ここはもう晶の家なんだし」

 俺がそう言うと、晶は気まずそうに頰を赤らめ、左肘のあたりをしきりに撫でた。

「ありがと……。──あと、さっきはごめん……」

「なにが?」

「だから、い、いろいろ、見ちゃったし……」

 晶はさらに顔を紅潮させる。

「ああ、あれか? 俺は全然気にしてないぞ?」

「そ、そんな、見られて気にならないの!?」

「そりゃまあ家族だったら裸くらい普通だろ?」

 美由貴さんの場合はべつとして。

「ふ、普通なの!?」

 プールの更衣室や銭湯に行けば裸を見られるのは当然だ。そもそも男同士ならそこまで気にする必要もないだろうに。

 ただ、晶の場合は男性不信というのもあって、そういうものに抵抗があるのかもしれない。

「でもまあ俺の方こそ悪かったな。次からは気をつけるよ」

「う、うん……。そうしてもらえると助かる……。ありがとう、涼太くん……」

 なんだか他人行儀に聞こえた。

「そうだ、俺のことは兄貴って呼んでくれ」

「アニキ?」

「ああ。涼太って名前呼びでもいいし、兄ちゃんとか兄さんでもいいけど、できたら兄貴の方がうれしいな」

 兄を貴ぶと書いて『兄貴』。なんていい響きなのだろう。

「……それじゃあ、兄貴で」

「おう!」

 また少し打ち解けたところで、俺は歯を磨き始めた。すると──

「……あの、じゃあ兄貴、出てってくれる?」

「ペッ──え? 俺、まだ歯磨きの途中なんだけど……」

「僕、風呂入りたいし……」

「俺のことは気にしなくていいぞ? 歯を磨いたらすぐ出てくから──」

「い、いいから早く出てって!」

 俺は歯磨きも半ばで風呂場から追い出されてしまった。


 仕方なくリビングのソファーで歯を磨きつつ、晶が風呂から上がるのを待っていたが、これが意外と長風呂でなかなか出てこない。

 けっきょく、台所で口をすすいで俺は部屋に戻った。

 それにしても晶は同性でも本気で裸を見せ合うのは嫌なようだ。

 やはり心配になる。

 これから先、修学旅行や温泉旅行なんかに行った際、晶はいちいちあんな反応をしてしまうのだろうか?

 そう考えるとあのままではいけない。大人になっていくにつれて晶は困ることになるだろう。

 文字通り、俺がひと肌脱ぐしかなさそうだな。機会をうかがって兄弟で背中を流し合うとするか。そこまでの関係になるまでにどれくらい時間がかかるかわからないが……。

 そんなことを考えながら、俺はその日、早めに眠りについた。


   * * *


 ──記憶である。

 記憶の中で小学生時代の俺は暗く冷たい廊下をそっと歩いていた。

 リビングの扉の隙間からもれ出る声に引き寄せられるように中をのぞくと、そこにはおやと、母親だった人がテーブルで向かい合っていた。

 親父はひどく怒っていて、母親だった人がうつむいていた。

 俺は声を押し殺し、中の声にそっと耳を傾けた。

「彼がね、子供は要らないって言うの……。それで──」

「涼太は俺の子供だ。俺が引き取るに決まってるだろう!」

「でも涼太は──」

「くどい! 出て行きたかったら出て行け! そして二度と涼太に近づくな! 涼太は俺が育てる! ……──」


 そこで俺は目覚めた。

 また、あのときの記憶か……。

 十年くらいった今でも、たまにあのときのことが鮮明に思い出されることがある。

 押し付け合いにはならなかった。

 それ以上めることにもならなかった。

 俺は、ただ「要らない」と言われた。

 夢に出てくるほどあのときの光景は俺のトラウマになっているのかもしれない。

 陰鬱な気分を振り払ってスマホを引き寄せると、まだ四時を少し回ったところだった。

 起きるにはまだ早い。もう一度寝よう。

 ところで晶はどうだったのだろう?

 美由貴さんたちの離婚の話をどう受け止めたのか。

 夢に見るほど、晶が傷ついていなかったらいいが……。

 再びまぶたを閉じると、今度は晶と初めて会った日のことが思い出された。

『──メンデルの法則には血が通っていない、ってところかな?』

 晶もいつか、その言葉の本当の意味に気づく日がくるのかもしれない。

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