じつは義妹でした。 ~最近できた義理の弟の距離感がやたら近いわけ~

第2話「じつは再婚相手の母娘が我が家に越してきまして……」(2)

   * * *


 ちょっと談笑して、夕方までは荷解きをすることになった。

 俺は晶に家の中を案内し、最後に二階の例の部屋の前に晶を連れて行った。

「──最後だけど、ここ、晶の部屋だから」

「ここが僕の部屋?」

「ああ。隣は俺の部屋。で、向こうが親父と美由貴さんの部屋。廊下の突き当たりはトイレだ」

「う、うん……」

 晶はなんだか戸惑っているように見えた。

 扉の前で立ちすくみ、中の様子をじっと眺めている。

「ほら、遠慮せずに中に入ってみろよ」

「あわっ!?」

 俺は晶の背を押し、多少強引に部屋の中へと入れた。

 日当たりのい南向きの部屋は、レースカーテンの裾から日差しがこぼれていた。その光は光沢のあるフローリングに反射して部屋の隅々を明るく照らしている。

 晶が来る前に窓を開けておいたので、部屋の中はそれほど暑苦しくない。

 それにしても、この部屋を見ていると、うえきょうだいがうちに来て掃除を手伝ってくれた日のことを思い出す。

 もともと雑多な物置状態だったこの部屋は、あの二人のおかげで見違えるように綺麗になった。ひなたはなんでも笑顔でやってくれたし、普段面倒臭がりな光惺も、その日は「次、なにしたらいい?」という積極性を見せてくれた。

 本当に感謝してもしきれない。

 今度ご飯をおごる約束をしたので、なんでも好きなものを食べてもらおうと思う。

 ちなみにだが、俺と親父でフローリングのワックスをかけ直し、ベッドや棚なども新しく購入した。二、三日前にエアコンも新品に付け替えたばかり。

 こんな感じで、晶の部屋は新居同然になっていた。

 ただ、そんなことを押し付けがましく言うつもりもない。

 俺たちは新たな家族を迎えるために当たり前の準備をしただけにすぎないのだから。

 だから晶には光惺やひなたが部屋の片付けに協力してくれたことだけ伝えよう。

「どうだ、感想は?」

 話しかけても応答がない。

 一瞬どうしたんだろうと不安になったが、晶から「うわー……」と感嘆の声がもれた。

「気に入った?」

「こんなにれいな部屋を使っていいの?」

「もちろん。いちおう引っ越し業者の人にはダンボールを端に寄せてもらったから、あとは荷解きするだけで大丈夫だぞ」

「うん」

「家具の配置換えがしたかったら手伝うし、他に必要なものがあったら俺か親父に遠慮なく言ってくれ」

 晶は「ありがとう」と言いながら振り返った。

 俺は、たぶん、油断していたんだと思う。

 だから次の瞬間目に映ったものに、心がすっかりとかき乱された。

 無邪気にはじけて喜ぶ少年のような笑顔を想像していた。

 けれどそこにはな少女のはにかんだ笑顔があった。

 心臓が激しく脈打つ。


 ──不覚にも、俺は晶にとれてしまった。


 気づくと、晶はいつものぶっちょうづらを浮かべ、小首をかしげていた。

「……どうしたの?」

「ああ、いや、べつに、なんでもないよ、ほんと!」

 誤魔化すようにそう言って、近くにあった段ボールに手を伸ばした。

「じゃあ荷解きを手伝うよ。この段ボールから──」

「あぁっ! それはダメ───!」

「え?」

 晶が顔を赤くして急にあせり出した。

 見れば「衣類(その他)」とマジックで書かれている。

 はっとした。その他、というのは下着かもしれない。男子同士でも、確かにそのあたりは気を使う部分ではある。

「あ、ありがとう。あとは僕一人でやるから出て行ってもらえる? じゃあ──」

「え……──」


 ──バタン!


 有無も言わさず扉で隔てられた。

「じゃあごゆっくり……」

 俺はにこやかに扉に向かってしゃべったが、当然返事はない。

 この扉で隔てられたように、晶の心はまだ固く閉ざされていると感じた。

 いやいや、まだ俺たちの関係は始まったばかり。

 気を取り直して、次のことを考えよう。


   * * *


 その日の夕食は美由貴さんが腕を振るい、俺と晶で配膳、おやはなにをしていいのかわからずうろうろ、という感じで始まった。

 食卓にまともな食事が並んだのは久しぶりな気がする。

 俺も親父も料理はいまいちなので、普段は弁当屋の持ち帰りだったりスーパーのそうざいだったりで、飯を炊く以外はおおよそ手抜きをしていた。

 だから余計に感動する。

 こんな風にまともな手料理を食べるのはいつ以来だろう。

 これはさっそく作ってくれた美由貴さんに喜びの言葉を伝えなければならない。

「このハンバーグ美味うまいっ! 美味おいしいです美由貴さん!」

「あ、それはお惣菜コーナーで割引シールが貼られていたのを買ってきたの」

「……え?」

「でも喜んでもらえてうれしいわ。あははは……」

 一瞬で羞恥を通り越し、俺は青ざめた。

「りょ、涼太……プクク……さすがに、それはないだろう……惣菜と手作り、間違えるか、普通……プクク……」

 親父が全身全霊で笑いを堪えている。

 息子の失態を見てフォロー一つ入れようとしないなんて、なんて親父だ。

「それにしてもこのホウレン草のえは癖になるなぁ。さすが美由貴さん、これだったら毎日食べられるよ」

「あ、それもお惣菜コーナーで……。そんなに気に入ったのなら毎日買ってこようかしら……」

「はぐっ……」

 ……ざまあみろ。

「私が作ったのはこの卵サラダとおしる、それとご飯を炊いただけなの。ごめんなさいね、明日からちゃんとするから」

「「はい……」」

 やっぱり、俺たちは親子なんだと実感した出来事だった。

 そのとき、

「く……ふふ……」

 と笑いを堪える声がした。

 俺はそれとなく美由貴さんの隣に目をやった。

 晶が顔を紅潮させ、今にも噴き出しそうになっている。

「晶、どうした?」

「い、いや、なんでも……」

「なんでもって、顔真っ赤だぞ?」

「だ、だからなんでもないって……」

 笑いを堪えているのは明らか。の功名と言うべきか、どうやら俺たち父子が見事にのが晶のツボに入ったらしい。

 俺としては多少恥ずかしいが、ちょっと嬉しかった。

 この調子で晶が少しずつ打ち解けていってくれたらいい。

 ただまあ、空気を読まない、読めない人間というのはどうしてもこの世界に存在する。

 ほっこりとした気持ちで晶を見ていたら、再び親父が口を開いた。

「み、美由貴さん、このお米はうちのじゃないよね? やっぱり米が変わると美味しいなぁ」

「それはうちから持ってきた無洗米の残りで、ちょっと古いんだけど……」

「ぐふっ……」

 また親父はうめき、また俺は青ざめた。

 美由貴さん、あなたはどうしてうちの親父を選んだんですか?

 こんな残念な親父で本当に良かったんですか?

 微妙な空気が流れる中、晶だけが笑いを堪えていた。

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