第1話「じつは父親が再婚することになりまして……」(2)
* * *
「着いたぞ。ここだ」
「本当だ。『洋風ダイニング・カノン』って書いてある」
俺と少年は店の前で看板を見上げた。
この店ができたのはちょうど二年くらい前で、俺もたまに
じつは親父の昔の仕事仲間がやっている店で、店内に飾られている雰囲気のいい電飾や小物は、なにかの映画で使われた物を開店記念にと
「じゃあ僕はここで人を待ちますから……」
「そっか。じゃあ俺は先に入らせてもらうよ。──じゃあな」
「あの」
「ん? なんだ?」
「疑ってごめんなさい……」
少年は素直に頭を下げた。俺はまた笑顔を作る。
「そこは連れてきてくれてありがとう、だろ?」
「あ……。ありがとう、ございました……」
照れ臭そうに言った顔がなんだか可愛らしくて、俺は気分良くドアベルを鳴らした。
「一人で来させて悪かったな」
「いいって。それより、ちゃんと間に合ったんだな?」
「ああ。大事な日だし、もう突貫で終わらせてきた」
どこか緊張している親父の雰囲気にあてられて俺まで緊張してくる。
それもそうか。
これから自分の
親父の言葉を適当に聞き流しながら、俺は未来の弟について想像した。趣味や性格や容姿、どんなものが好きで、どんな人生を歩んできたのか、そんなことを。
そうして富永親子を待っていると、しばらくしてそれらしい人影が入り口からこちらに向かってくるのが見えた。
親父が立ち上がって軽く手を振る。俺も親父に
「お待たせ、
「いやいや俺たちも今きたところで。美由貴さん、道に迷わなかった?」
「ええ。──あ、あなたが涼太くんね? お父さんとお付き合いさせてもらっている美由貴です。よろしくね」
美由貴さんは軽くそう言うと、今度は深々と頭を下げた。
第一印象は、若々しいだけではなく礼儀正しい。
再び顔を上げたところをよく見ると、三十歳くらいで時間が止まっているのではないかと思うほどの美女だった。化粧映えのする端整な顔立ちと、明るく染めた髪がそう見せているのかもしれない。
そして柔和な笑顔は母性に
一方で、目のやり場に困った。
子供を産んだというのにスタイルが崩れていない。しかもどこか
要するに、とんでもなく魅力的な
これから母親になる人をそんな目で見てはいけない。わかっていても自然と目が吸い寄せられてしまうのが男の
こんな人と一つ屋根の下で暮らすなんて刺激的すぎやしないか?
そんなことを考えていたら、美由貴さんの後ろからのっそりと付いてくる人影が見えた。
その姿に見覚えがあった。
「あれ? 君はさっきの」
「あ……」
俺が道案内をした、多少生意気で警戒心の強い、あの少年だった。
まさか、彼が俺の弟になる人だったのか。
ということは中学生ではなく俺の一つ下、高校一年生。その割には成長が遅いみたいだ。
「ん? 二人は知り合いか?」
「ああ、うん、まあ……。ちょっと表で会ってね」
俺は気後れしながらも笑顔を作り、
「改めて、俺は
と、右の手を未来の弟に差し出した。しかし──
「あの、最初に言っておくけど
──差し出した右手は
「え……?」
思わず笑顔が引きつってしまう。
「あと、おじさんもそれでよろしくお願いします」
しかも飛び火した。
親父の顔を見ると、「え、あ、うっ……」と言葉を詰まらせている。
慌てた様子で美由貴さんが少年をたしなめた。
「
「どーも」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、ポケットからスマホを取り出して
「あははは……徐々に俺たち親子に馴れてくれたら
親父はそう言ったが、彼は「ですね」と流すように言った。
「と、とにかく座りましょ! ね?」
再婚を目の前にしてなんだか不穏な空気が流れる。
反抗期なのか、反抗する意志をもったやつなのかはわからない。もしかしたらただの人見知りなのかもしれないし、緊張しているだけなのかも。
きちんと謝ったり「ありがとう」を言えるやつだったのは確か。打ち解けたら、あるいは……。
ここは親父と美由貴さんの援護をしつつ、この晶くんとやらの様子を見よう。
その前に、差し出したままのこの右手は引っ込めておこうか。
* * *
その後、俺たちは料理を囲みながら
俺は終始、親父と美由貴さんの話に加わってウンウンと
というか、もはやそうするしかなかった。
この一時間弱、俺や親父が晶に話しかけて返ってきた言葉は、「うん」「はあ?」「はい」「いいえ」「さあ?」「そうですね」「どうでしょう?」だけ。
そんな無愛想でぶっきらぼうな晶に話しかけるのもほとほと疲れ、俺はただ大人二人の話を聞いて相槌を打つだけの首ふり人形に徹することにした。
たまに晶と目が合うが、合ったそばから不機嫌そうに視線を
せっかく兄弟になるのだから仲良くしたいのに、よくはわからないが俺は嫌われてしまったらしい。
そうして顔合わせも終盤に差しかかり、ようやく和やかな雰囲気(若干一名除く)になりつつあった。
だが、そこで親父がなにを血迷ったのか、「はい」と晶にメニューを差し出したのである。
「そろそろデザートを頼もうと思うけど、なにがいいかな?」
ごく
駆け引きも懐柔の意図もない、ただ純粋な思いやり、気遣いからの言葉は、
「今日はそういう気分じゃないんで」
と粉々に打ち砕かれた。
「うぐっ……」
親父は
「ちょっと晶! ──あ、太一さん! 私このショートケーキがいいなぁ、なんて……」
「お、俺も美由貴さんと同じものにしようかなぁ、あははは……」
また大人たちがひたすら
一方の晶は我関せずという感じで、ぶっきらぼうな態度をとったままソフトドリンクをちびちびやっている。
空気が読めないのかあえて読んでいないのかはわからないが、わかったことが一つだけある。
──最初から再婚には反対なんだな、こいつは。
心の底からため息が溢れ出そうなのを我慢して、俺はトイレに向かった。