三章 襲撃①

 ぎよしやだいに座るアンのとなりには、シャルの眠そうな顔がある。そしてアンとシャルのすきにわりこむようにして、丸まって眠っているのはミスリル・リッド・ポッド。

 日の出とともに、アンのあやつる箱形馬車は、宿しゆくさいを出た。

 昨夜ゆうべ一晩、ミスリルは喚き続けた。当然、アンもシャルもほとんど眠れなかった。

 喚くミスリルをなだめながら、アンは出発した。

 ミスリルはちゃっかり、御者台に乗っかった。そくのアンとシャルが無言でいると、ミスリルはてつつかれもあったのか、馬車にられる心地ここちよさにぐうぐう眠りだしたのだ。

 気持ちよさそうなミスリルを見おろして、シャルがにくにくしげに言う。

「眠っている間に、投げ捨てるか?」

「それはあんまりだから、やめてあげて。それに投げ捨てても帰ってくるよ、多分。ごくの底までついて来るって言ってたから。彼がなつとくする恩返しをするまで、わたしたち眠らせてもらえないのかもね~。それは困るけど……それを言うと、ジョナスにも困ったわよね……」

 背後からは、ジョナスの箱形馬車も当然のような顔をしてついて来る。

 しばらく馬車に揺られると、アンは太陽の位置を確かめた。

 そろそろ、昼ご飯をねたきゆうけいを取る時間だった。アンは道のわきに連なる林の中に、んだ小川が流れているのに目をとめた。林が開けた所を見つけると、そこに馬車を乗り入れた。

 ジョナスも、静かに馬車を止める。

 アンは荷台の脇につけたたるに水を補給するため、バケツでせっせと小川の水をくみはじめた。

 ジョナスはその様子をしばらくながめていたが、自分も、水の補給をする必要に気がついたらしい。バケツを手にして、小川にやってきた。

 水をくもうと小川にかがみ込んだアンの隣に、ジョナスも同様にかがみこむ。

 気配に気がついて、アンはジョナスに顔を向けた。

 ジョナスはいつにないしんけんな表情で、アンを見つめ返した。そして、ぽつりと言う。

「アン。わかってくれるかい? 僕は君のことが心配だった。それだけなんだ」

 ジョナスは小川に手を入れると、バケツをにぎるアンの手にれた。

 アンはびっくりして、バケツを小川から引きあげてしまった。そんなふうにされても、どう対処していいか困ってしまうばかりだ。けれど彼は彼なりに、やさしく心をつくしてくれている。

「アン」

 呼ばれると、軽いため息がアンの口かられた。

 ジョナスは、いい人なのだ。てつぽうな行動も、アンのためなのだ。

「ブラディかいどうに入ってから、もうすぐ三百キャロンになる。もう四分の一のところまで、来てしまってる。一人で引き返すほうが、危ない。それだったら、いつしよにルイストンまで行った方が安全だから。一緒に行こう」

 するとジョナスは、ぱっとがおになった。

「わかってくれたの!?」

「そのかわり、本当に危険なのよ。それは理解してね」

「でもアンは、戦士妖精を使えきしてるじゃないか。危険はないと思うけど」

「戦士妖精だって、ばんのうじゃないはずだもの。シャルにたよりすぎて、油断しないで」

「それは、わかってる」

 そう言うジョナスの表情からは、いまひとつきんちようかんが感じられなかった。

 ジョナスはおそらく、ノックスベリー村から外へ出たことは、ほとんどない。たまにレジントンへ、買い出しや祭り見物に行くのがせいぜいだったろう。その彼が旅に対して無知なのも、仕方ないかもしれない。

 しかし昨日、盗賊におそわれたばかりだ。もう少し引きまった表情をしてほしかった。

 シャルは昨日あまりにもあっさり、盗賊を追いはらった。そのことで「戦士妖精がいれば、たいしたことはない」というような安易な考えを、ジョナスに植えつけたかもしれない。

 水をくみ終わると昼食をとり、アンたちは出発した。

 そして予定通り、三日目の宿しゆくはく地と決めていた宿砦にとうちやくできた。

 その日の夕食。アンは、ジョナスも一緒に食べるようにさそった。

 いつものように、小さなたき火をいた。

 たき火の脇にかわしきものを広げ、シャルとジョナスとキャシーを呼んだ。

 ミスリルは、呼ばなくとも勝手にやってきた。そして観察するように、彼らの周りをうろうろと歩き回る。

「ジョナスとキャシーに、しようかいしとくわ。彼は、シャル・フェン・シャル。戦士妖精よ。護衛をしてもらうために、わたしがレジントンで買ったの。シャルって呼んでる」

「名前は? つけてないの?」

「今言ったのが、彼の名前よ」

 妖精を紹介されて、ジョナスはこんわくした表情だった。妖精は道具と同様。紹介などされないのがつうだ。しかも使役者が名前をつけないという主義も、今ひとつ理解できない様子だった。

 キャシーはものめずらしそうにシャルを見ていたが、シャルはキャシーなど目に入らないかのように視線をそらしている。

 ジョナスは改めて、シャルをしげしげと眺めた。

「おまえ、戦士妖精にしておくには、もったいないほどれいだね。あいがん妖精でも売れそうだ」

 するとシャルが、冷ややかにこたえた。

「気にいったなら、かかしから俺を買い取るか? けぐあいでいけば、どっちもどっちだから、俺はどちらに使役されても、かまわない」

「シャル!」

 あわてて彼の口をふさごうとするが、口から飛び出した言葉は、もはや回収不可能。

「ま、間抜けって……」

 ようせいから、間抜け呼ばわりされた経験などないはずだ。ジョナスはおこるよりも、ぜんとしていた。

 アンは自分が悪いことを言ったような気分になり、弁解する。

「ご、ごめんジョナス! シャルは口が悪くて、愛玩妖精として売れなかったらしいの。戦士妖精としても、口の悪さが原因で、安値でたたき売られてたし。間抜けだ鹿だって、わたしも散々言われてるから、気にしないで! シャルも、わたし以外の人にそんなこと言わないで。ほかの人は、めんえきないんだから!」

「うん。まあ……アンは悪くないんだから、いいよ。それより、そっちの妖精は?」

 気をとりなおすように、ジョナスがミスリルに視線を向ける。

 ミスリルは出番とばかりに、ずいと輪の中心に出てきた。

「俺か? 俺の名前はミスリル・リッド・ポッド様だっ!! 様をつけて呼んでくれ」

「え、さ、様づけ??」

 意味がわからないというように、ジョナスは目をぱちくりさせた。

「シャルもミスリル・リッド・ポッドも、そろいもそろって、なんでそんな態度なの!? ねぇ、ミスリル・リッド・ポッド。『様』づけしろなんて、どうかと思うわよ。あきらかに、感じが良くないもの」

 たしなめたアンの言葉に、ミスリルはしょんぼりした様子でうなだれた。そしてふらふらと、アンの馬車の方へ歩いていく。

 ジョナスは当然のように、キャシーを紹介しなかった。

 アンの夕食は、水。そしてかんそう肉をうすく切って黒パンにはさんだ、サンドイッチ。それをシャルにもあげた。

 ちらりとミスリルを見ると、彼はわざとらしくひざかかえて、荷台の屋根の上に座って、指先でのの字を書いている。

 ミスリルはやたらうるさいから、昨夜からひどくめいわくに感じていた。

 しかしよく考えれば、恩返しをしようとする心構えは、立派だ。恩返ししようと決めた相手がにくい人間の仲間なので、あんなみようちきりんな口上を並べたてただけだろう。

 ──しやべらなきゃ、とっても可愛いのよね。目とかも、くりくりしてて。

 アンは自分の分のサンドイッチを半分にすると、ミスリルを手招きした。

「おいでよ、ミスリル。これ、あげる」

 ぱぁっと晴れやかな笑顔になると、ミスリルはぴょんぴょんねながらやってきて、アンの手からサンドイッチをひったくった。

 そして真面目まじめな顔で、ひとこと言った。

「俺はミスリル・リッド・ポッドだ。略すな」

「そうだった。ごめんね。ミスリル・リッド・ポッド」

 ジョナスにも分けようとしたが、彼は自分の食事はあるといって、荷台から持ってきた。

 ジョナスの食事は、アンには考えられないほどごうだった。

 葡萄ぶどうしゆりんじゆう。白パンになしのジャムを挟んだもの。肉をめこんだパイを一切れ。母親が、せいいつぱいのごちそうを用意して持たせた、おぼつちゃんのピクニックみたいだった。

 それを見ると、ジョナスが旅に出ることを両親が承知しているというのも、あながちうそとは思えなかった。

 これほど食べ物を細々と取りそろえるのは、家庭の主婦にしかできない芸当だろう。彼は両親に馬車や食料、ついでに護衛まで買いあたえられ、準備を調ととのえてもらって出てきたにちがいない。

 しかしアンダー夫妻はなぜ、息子むすこぼうな行動に協力したのか。さっぱりわからない。

「こんなにごちそうがあるなら、わたしのスープなんていらないわよね」

 思わず、アンはつぶやいた。

 すると、ジョナスのコップに葡萄酒をいでいたキャシーが、くすりと笑って言った。

「当然です」

 ジョナスがキャシーをにらむ。

だまれ、キャシー。アンに向かってそんな無礼な口のきき方は、許さないよ」

 はっとキャシーが顔色を変えた。おろおろと、取りつくろうように言う。

「あ、すみません。ジョナス様。わたし、ただ」

「消えていろ」

 キャシーはうつむいた。その足先からすうっと色が抜け、とうめいになる。ついには全身が消える。ただ彼女が支え持つ葡萄酒のびんだけが、ふわふわとかんでいるように見える。

 妖精には、とくしゆな能力がある。キャシーの能力は、姿を消す能力らしい。

 ジョナスはすまなそうに言った。

「ごめんね、アン。うちの労働妖精は、しつけがなってなくて。君のスープは、美味おいしかったよ本当に。うれしかった」

 使役者として、ジョナスの態度は当然なのかもしれなかった。しかしアンは、キャシーが可哀かわいそうになった。姿が消える寸前のキャシーは、とてもかなしそうな顔をしていた。

関連書籍

  • 銀砂糖師と黒の妖精 シュガ-アップル・フェアリ-テイル

    銀砂糖師と黒の妖精 シュガ-アップル・フェアリ-テイル

    三川みり/あき

    BookWalkerで購入する
  • 銀砂糖師と深紅の夜明け シュガーアップル・フェアリーテイル

    銀砂糖師と深紅の夜明け シュガーアップル・フェアリーテイル

    三川みり/あき

    BookWalkerで購入する
Close