1章 転生王女様は急には止まれない(5)

 とつぜんのグランツ公の謝罪に私でさえも目を見開いてしまった。父上も目を見開いているし、何より反応がすごかったのはユフィリア嬢だった。何を言われたのか理解が出来ないという表情でグランツ公を見上げる。

「お父様?」

「ユフィリア。お前は次期おうとして、マゼンタこうしやく家の令嬢としてじないように努力をしてくれた。だが、最初にお前にそうであれと望んだのは私だったのだろう」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと。確かに何かを伝えようとグランツ公は言葉を重ねる。その姿は公爵というより、不器用な父親のように私には見えた。普段のするどさを隠れさせてこうかいにじませたような表情とこわいろで続ける。

「私が望んだ事にお前がこたえてくれるならば、私は背を押す事こそが正しいと。厳格な父として、マゼンタ公爵家を背負う者として接する事を良しとした」

「……何を、何をおつしやってるのですか!?」

「私は、それが間違いだったのかもしれないと感じている」

 ユフィリア嬢は信じられない、と言うように身を乗り出した。そのまま取り乱しながら首を左右にる。その瞳にはおびえにも似た、どうようの色が浮かび上がっている。

「今の私があるのはお父様の教育のたまものです! そこに後悔などございません! ましてやお父様が間違いなどと、そのような事もございません! すべて至らぬ私がいけなかったのです! 公爵令嬢として、次期王妃として至らないばかりに家の名にどろってしまったおろかなむすめです!」

「愚か者など私の娘にはいない」

 ユフィリア嬢の悲痛なまでの叫びを一刀両断で切り捨ててしまうような強い否定の言葉だった。私も吃驚びつくりしたけれど、ユフィリア嬢はもっとおどろいたようでかたねさせた。ユフィリア嬢はグランツ公の言葉に小刻みに体をふるわせている。

 ぱくぱくと開閉する口は何かを言いたげだけど、言葉にする事は出来ないようだ。言葉をなくしたユフィリア嬢を真っ直ぐに見つめてグランツ公は続ける。

「お前は私の期待によく応えた。それははや、応えすぎる程に、望んだままに。……今はそこにお前の意志があったのかと疑ってしまう。もしそうならば、それは私のとがなのだ」

 たんたんとそう告げるグランツ公の姿は、だんげんからは想像も出来ない姿だった。とてもじゃないけど、あの筆頭貴族と言われたマゼンタ公爵家のグランツ公の言葉だとは思えない。それでも、その言葉は確かにグランツ公がつむぎ出した本心だったのだと私は思う。それでも、ユフィリアじようは受け入れられないとばかりに悲痛に叫んだ。

「何を言うのですか……? おめくださいませ、お父様。そのように仰らないでください。そんな事を言われたらどうして良いか、私にはわからなくなってしまいます!」

「そうだ。お前にはわからないのだ。自分が苦しい時は、助けを求めても良いという事を」

 グランツ公が表情をくずした。僅かな変化だったけれど、だからこそ困ったようにしようしているのがわかってしまった。グランツ公の伸びた手がユフィリア嬢の頭を撫でた。頭を撫でられて信じられないという表情でユフィリア嬢はグランツ公をえる。

「まるでおさなだな、ユフィ」

 不慣れだけれども、ユフィリア嬢を労るような手付きでグランツ公は頭を撫で続ける。まるで普通の親子がそうするように。

「お前の心は成長を止めてしまっていたのだな。苦しい時には苦しい、辛い時には辛いと、そう教える事も出来ないままにお前は大きくなっていた。お前は小さなユフィのままなのだな。私は、ただお前に外面をよそおう事しか教えられなかった」

 グランツ公の言葉にユフィリア嬢の顔が勢い良くゆがんだ。それは泣きそうな、それでいていかりを隠せないような、一言では言い表せない表情に変わっていく。

「お止めください、お父様。いくらご自身の事とはいえ、お父様をする言葉など聞きたくありません……! 咎められるべきは不出来な私なのです!」

 そのユフィリア嬢の叫びが、どれだけ彼女がグランツ公をしたっているのかを示している。その告白は間違いだと、間違っているのは自分だと。そうでなければおかしいと言うように。けれど、そんなユフィリア嬢のうつたえにグランツ公は苦笑を深めた。

「お前が不出来ならば、私もまた不出来なのだろう。親としても、人としてもな。将来、国を背負うだろうお前を想像し、大いなる期待を私は寄せていた。同時に待ち受けるだろう苦難を退けられるようにとおのれを律し、お前に厳しく接して来た。だが、それはよろいまとわせるだけでお前自身という中身をきたえるには至ってはいなかった。情けない話だ」

「お父様……!」

 イヤイヤとをこねるようにユフィリア嬢が首を左右に振る。首を振った勢いでユフィリア嬢の瞳からはなみだこぼれ落ちていく。

 ユフィリア嬢が首を振った事ではらわれたグランツ公の手は、今度はユフィリア嬢の涙をぬぐうようにれた。まるでこわれ物に触れるように。

「私が許そう。王から望まれたこんやくだとしても、お前が降りたいと思うならば私がかなえてみせよう」

「……ッ!」

「だから教えて欲しい、ユフィ。……王妃になるのは辛いか?」

 グランツ公の問いかけにユフィリア嬢がくちびるみ切らんばかりに歯を立てた。しかし、傷を負う前にユフィリア嬢はゆっくりと力をいた。まるで張りめていた糸が切れてしまったかのように。そしてその両手で顔をおおい隠してしまう。

「……申し訳ありません、お父様。もう、私には無理です……」

 ユフィリア嬢は引きりそうなほどに張り詰めた息を吐き出して、消え入りそうな言葉を紡ぐ。それは今にも泣き出してしまいそうな声だった。そんなユフィリア嬢の言葉を受け止めたグランツ公は静かにうなずく。

「そうか……わかった。よく話してくれた」

「……はい。もっと私はお父様をたよるべきでした。親の七光りなどと言われては次期王妃に相応ふさわしくないと、そう思っていたのです」

「その心がけは大事だ。だが、時として人を上手うまあつかうのも良き貴族の務めだ」

「……はい」

 小さく頷いたユフィリア嬢に、グランツ公もあんするように息を零した。そしてグランツ公はユフィリア嬢の肩に手を置いて告げた。

「ユフィ、私からもアニスフィア王女のもとに行くのをすすめる。だが決めるのはお前だ」

「え……?」

「この状況ではらぬせんさくを受けてしまう事はちがいないだろう。そんな中でお前が見つかればどうなるのか、想像するのは容易たやすい事だ」

 今の状況でユフィリア嬢が人前に出れば、それはもうさわぎにしかならない。良くて質問めにされるか、悪くてぼう中傷の的になるだろうと思う。言ってしまえば一大スキャンダルな訳だし、騒がれない方がおかしい。

「……それで、アニスフィア王女の下へ行くのが良いと?」

 力なく顔を上げたユフィリア嬢にしんけんな表情に顔を引きめたグランツ公がちらり、といつしゆんだけ私に視線を向けてから続ける。

「アニスフィア王女の住まいであるきゆうは王宮のしき内ではあるが、はなれに建っている事は知っているだろう。我がしきよりも人目に付きにくい。ましてや王宮敷地内での事だ。何かあれば私もけつけやすく、身を隠すのに適している。さらにアニスフィア王女の提案の一件もある。私はそう悪い話だとは思っていない」

「お父様……」

「お前は今日までよくがんった。一度、公爵令嬢としてでも、次期王妃としてでもない、そんな時間がお前には必要なのだろう。アニスフィア王女殿でんはお前の肩書きを求めてはいないのだからな」

「まぁ、それはそうですけど」

 私がユフィリア嬢を望んでるのはユフィリア嬢個人の資質を見込んでの事だし。グランツ公は私のつぶやきが聞こえていたのか、ユフィリア嬢に見せるように大きく頷いてみせる。

 グランツ公の顔に浮かんでいたのは、やはり父親としての顔だった。娘であるユフィリア嬢の幸せを願う、たった一人の父親の姿だ。

「今後の人生、お前がどう歩むのか少し私から離れて考えてみなさい。ユフィ」

「しかし、それでは家にめいわくを……」

「この程度でらぐ私でも、公爵家でもない。お前は私が信用出来ないのか?」

 父親としての顔を公爵としての顔に切りえてグランツ公はユフィリア嬢に問いかけた。一瞬、息をんだユフィリア嬢はそっと首を左右に振る。

「……いえ、そのような事は」

「であれば、あとはお前の気持ちだいだが……今のお前に決めよと言ってもこくだな」

 ユフィリア嬢から視線を外して、グランツ公が私に視線を移す。私はグランツ公の視線を受けて頷いてみせた。

「どの道、事の真相をつまびらかにはしなければならない。その間に余計なよこやりを入れられるのもしやくだ。ゆえにアニスフィア王女、しばしユフィを預かって頂けないでしょうか? アニスフィア王女の申し出を受けるかどうかは、その間でも、後でも構わないでしょう?」

「えぇ、むしろ私は喜んで!」

 やった! 思わずおどりしそうな程に喜びをめてグランツ公に返事をしてしまった。

 そんな私を見て、父上が頭痛をこらえるような表情をかべて呟く。

「……アニス。たのむから余計な事だけはしでかしてくれるなよ」

「本当に失礼ですね、父上!」

「普段のお前ほどではないわッ!」

 思わず父上の言葉にこうすると、父上につかれ切ったように肩を落とされた。解せぬ。

 ユフィリア嬢もグランツ公にここまで言われれば否定する気もないのか、どこか不安げに私を見つめている。私はそんなユフィリア嬢に苦笑を浮かべながら手を差し出す。

「ユフィリア嬢、短い間になるかもしれないけれどよろしくね?」

「……はい。アニスフィア王女」

「アニスでいいよ。その代わり、私もユフィって呼んで良い?」

「え? か、構いませんが……」

「やった! じゃあ改めてよろしく! ユフィ!」

 おずおずと差し出された手をにぎって、軽く上下に振りながら私はにこやかに笑ってみせた。困ったようにまゆを下げながらもユフィも笑ってくれた。

 いつか、このみが心の底からの笑みになってくれればいいなと。私はそう願わずにはいられなかった。


    * * *


「……本当にこれで良かったのか? グランツ」

 話が纏まり、退室していったアニスとユフィリアを見送った後の話だ。私はグランツにそう問いかけた。グランツは何も言わず、二人が去ったとびらを見つめている。

「これが最善だろう。ユフィが今後、表立って動くには婚約を宣言されたえいきようは大きすぎるからな」

「本当に最善か? あのアニスだぞ? 本当にだいじようなのか?」

「そんなに信用がならないか?」

 ならない、とは言い切れずに口をざす。実際、アニスの発想に助けられた事も多い。てんこうで型破りな欠点こそあるが、それでも補って余りあるものがアニスにはあるのだ。それをなおに認めるのが癪なのは、普段の行いのせいなのだが。

 思わずけんに力がこもってしわが寄るのを自覚する。眉間を指でみほぐしながら深々とためいきく。

「万が一、ユフィがめにされるならば、それはそれで悪くはあるまい」

「グランツ!?」

「可能性の話だ。それにアニスフィア王女にユフィをつけておく事に意味はある」

「何だと?」

 グランツの言葉に一瞬、意図が読み切れずに目を細めてグランツを見てしまう。グランツの視線が私に合い、視線がわされる。

「事と次第によっては、アルガルド王子には降りてもらわなければならんからな」

「…………まさか」

 私はグランツの顔を見据えながら呟きを零してしまう。友である彼の考えを想像するのは容易い。しかし、その浮かんだ想像をまさか、と否定してしまうのはそれだけとつぴようもない事だと私には思えたからだ。

 おどろく私をしりに、グランツはいつもと変わらない表情のまま、しかしひとみには決然とした光を宿していて。それが何よりもグランツの固い意志を表していた。

「必要であれば私は動くぞ、オルファンス。たとえアニスフィア王女がきよしようともな」

 はっきりと言い切ったグランツの言葉に、私はようやく反応をする事が出来た。それもしよう交じりのものにはなってしまったが。

 グランツが想像している事が実現してしまような事があれば、あのうつけ者であるむすめはどんな顔をするだろうか。そんな想像をすれば容易くアニスフィアの反応が思い浮かんだ。

「……あやつは泣いていやがるだろうなぁ」

「だからこそ、今のうちにえさあたえおくのだよ。首輪とも言うがな」

もうじゆうあつかいか」

「むしろちんじゆうでは?」

「違いない」

 あれでも一応、この国の王女ではあるが、その扱いに関しては同意するばかりだ。

 かたすくめて友との会話に応じていると、自然と肩の力が抜けてきた。めんどうな話が転がり込んで来てしまったが、この問題を放置する訳にもいかない。事と次第によっては、グランツが想像している未来が実現してしまう事になるのだろう。

 それはアニスにとっては望ましくない事なのは想像にかたく無い。アルガルドが降りるという事。そしてそれがアニスにとって何を意味するのか。それを想像すれば何とも言えない表情になってしまう。

 そんな私の表情を見て、グランツも私が何を思っているのかを察しているだろう。それでもグランツは、私に笑うような口調で告げた。


「──私は見てみたいのだよ。あのアニスフィア王女が〝国王〟になる姿というのをな」


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