転生王女と天才令嬢の魔法革命 7

オープニング(1)


 肌寒い雨期が終わって、すっかり朝が暖かくなった。

 そんな陽気とは違う温もりを身体に感じて、私――アニスフィア・ウィン・パレッティアは頬を緩ませた。

「……珍しい。今日は私が先に起きたね、ユフィ」

 未だに眠りの中にいる愛おしい人――ユフィリア・フェズ・パレッティア。

 私は彼女の寝顔を見つめた。ただそうしているだけで、汲んでも尽きない愛おしさが胸に込み上げてくる。

 彼女に抱え込まれているものとは逆の腕を伸ばして、ユフィの前髪を払う。ユフィは小さく呻き声を漏らしたけれど、まだ起きる気配がなかった。

「もう光の上月になるんだから、ちゃんと起きられないとダメだよー?」

 パレッティア王国にとって、一年の始まりを告げる大事な月である光の上月。雨期の間に領地に戻っていた貴族たちも戻り、ユフィも女王として忙しくなる。

 正直に言えば、頑張り屋の可愛い恋人はもう少し甘やかしてやりたい。だけど私たちの身分を思えば難しい話でもある。

「いや、だからこそ逆に甘やかせる時に甘やかしてあげた方がいいのかな……」

 周囲に見られることを意識した立ち振る舞いが求められてしまうのが王族というものだ。私は長い間、その責務を放棄していたけど、改めて背負ってしまうと重さと息苦しさというものを強く感じてしまう。

「まだ起きるまで時間があるし、せっかくだから寝かせてあげようかな」

「……なら、その時間を頂いても?」

 一人で呟いていると、返ってくると思わなかった相槌が聞こえた。

 眠っていた筈のユフィが気怠そうにゆっくりと目を開けて私を見ている。

「あっ、ごめん。起きちゃった? ユフィ」

「いえ、構いません。もう起きる時間ですし……」

「もうちょっとゆっくり出来るよ?」

「えぇ。だからアニスの時間を頂こうと思いまして」

 まだ眠気が覚めきっていない目で私を見つめたまま、ユフィが首に手を伸ばしてきた。距離がゼロになり、暫くお互いの熱を交換するように触れ合う。

 それだけで幸せだったけれど、そっとユフィが離れていく。満足げに目を細めて微笑むユフィに、今度は私からキスをしようと思った時だった。

「おはようございます! ユフィリア女王陛下、アニスフィア王姉殿下! 入ってもよろしいでしょうか!」

 ノックの後に次に聞こえてきたのは元気な挨拶だ。

 ユフィに近づこうとした姿勢で止まった私の唇に、ユフィは唇に指を添えた。その仕草が何とも小悪魔っぽい。

「残念でしたね」

「うぅ、時間が過ぎるのが早い。折角早く起きたのに……」

「さぁ、起きましょう。今日も忙しくなりますよ、アニス」

「うん。今日も頑張ろうか、ユフィ」

 触れ合うだけのキスを一つ。それから額を軽く合わせて体を起こす。

「シャルネ! おはよう、入っていいよ!」

「はい、失礼致します!」

 ドアの向こうへ返事をすると、入ってきたのはメイド服に身を包んだ元気な少女。

 かつて視察で訪れた先で出会ったパーシモン子爵家のご令嬢、シャルネだ。

 彼女は離宮のメイドを募集したところ、わざわざ領地から出て志願してきた。

 顔見知りであったことや、私との相性の良さ、そして何より真面目で働き者だったのでイリアが私の専属としてつけてくれた。私としてもありがたく思っている。

「おはようございます、シャルネ。今日も元気ですね」

「はい! それが取り柄ですので! ユフィリア女王陛下も支度の用意が調っておりますので、どうぞ!」

「では、私は着替えてきますね。また後で、アニス」

「また後でね、ユフィ」

 ひらりと手を振って、上着を羽織ったユフィが部屋を出て行く。

 シャルネが一礼してユフィを見送ると、ぴょこんと起き上がった。その仕草がバネ仕掛けの人形のようで、思わず笑ってしまいそうになる。

「それでは、アニスフィア王姉殿下の支度をさせていださきます!」

「うん、今日もお願いね」

「お任せください! イリア様のご期待に応えてみせます!」

 明るいシャルネを見ていると、実家の領地が散々だった頃に比べれば本当に元気になったと思う。実に良いことだ。

 身支度を調えて貰う間、彼女がここで働くようになってからを指折りで数えてみる。

「シャルネが離宮に来てから、もう半年だっけ?」

「はい、そうですね!」

「雨期の間は帰省はしなかったんだよね? 領地は大丈夫なの?」

「私はまだ働き始めたばかりですからね! あと領地のことは心配しないでください! ユフィリア女王陛下の支援もあって、持ち直してきてます。これも大きな被害が出る前にフェンリルを討伐してくださったアニスフィア王姉殿下のおかげでもありますが!」  

「そんなに褒めなくてもいいのに……そっか、パーシモン子爵も頑張ってるんだね」

 かつて魔物の被害を大きく受けたパーシモン子爵領。一時は爵位の返上も考えている程だったけれど、領地の価値を考えれば惜しいということでユフィが復興を支援していた。

 パレッティア王国は今、変革の最中にある。

 そして、私が研究していた魔学を普及させるとなると、今よりも大量の精霊資源が求められることが予想される。

 そんな中で今後、大きな資源地となり得るパーシモン子爵領がこのまま廃れてしまうのは惜しかった。子爵の人柄も信じられる人柄だったから、結果的にこの支援は成功したと言える。

 その縁もあって、シャルネならよく仕えてくれるだろうという判断で今の立場に落ち着いた訳だけど、働き者なので良い縁に恵まれたなと思う。

「本日、アニスフィア王姉殿下のご予定ですが、昼前にティルティ様が診察に訪れる予定となっております」

「あぁ、そうだったね。診察かぁ……」

「はい。午後からはいつもの皆様が研究室に集まる予定となっております」

「そろそろ私たちも動き出さないといけないからね。それじゃあ、ティルティの分の昼食も用意するように伝えておいて。午後の予定にもそのまま参加するから」

「かしこまりました。伝えておきますね!」

 快活なシャルネと話していると、何だか元気が貰えそうだ。私たちに恩義があるという点も大きいけれど、この性格の良さをイリアは評価したんだろうな。

「負けないように頑張らないとね」

 さぁ、今日も一日が始まる。

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