「何でございましょうか、アニスフィア王女」
「恐らくですけど、グランツ公は𠮟責しようという訳ではないと思います。ですがユフィリア嬢も突然の事で前後不覚になってると思われます。もう少し柔らかく接してあげたら如何でしょうか? それにユフィリア嬢も。突然の事で驚くのはわかるけど、もっと気を楽にして良いんだよ? 私も含めてここにいる人達はきっと貴方の味方だから」
私の言葉を受けてユフィリア嬢が顔を上げる。まるで何を言っているのかわからないという表情で私を見ている。そんなユフィリア嬢に私は笑いかけてみる。
「とりあえず! まず状況を整理しましょう! 父上達も幾らか把握している事もあるのでしょう?」
「……お前がまともな事を言うと釈然とせんな」
「酷くないです!?」
「自業自得だろうが、愚か者が!」
解せない。まぁ、良いけどさ。思わず唇を尖らせてると父上が私に礼を告げて来た。
「アニスよ。お前が貴族学院の夜会に乱入した件は後で追及するとしてだ。偶然とは言え、ユフィリアを保護してくれた事には礼を言う」
「えぇ、本当に偶然でしたけれどね」
「アルガルドへの追及は行わなければならんな。まずはアルガルドに謹慎を言いつけなければ……」
「あぁ、父上。なんか他にも関わってる人達がいたみたいなので、その人達も押さえた方が良いと思いますよ?」
父上が嫌そうな顔をした。懐に手を入れて、中から愛用している胃薬を取り出してる。そのまま薬を飲み込む父上の姿には哀愁が漂っているように見えてしまう。事が事なのもあるけど、私を相手にしてると疲れるんだと思う。流石に自分が悪い自覚はあるよ?
でも本来だったら私はこの件に関しては部外者だ。王族ではあるけど、私は王位継承権を放棄してる身だし。
だから王位に関係するような揉め事には関わるつもりもなかったんだけど、流石に今回は不可抗力というか、事故というか。まぁ、それは後にして。
「事件の内容や経緯を調べるのも大事ですけど、後始末もあります。具体的に言うとユフィリア嬢の今後についてですけど」
「……ユフィリアの今後、か」
父上が心底、悔やむように苦々しい声で呟きを零した。この際、アルくんが告げた婚約破棄の正当性があるかどうかは問題じゃないとして。公の場で起こしてしまった為、この一件が人目に触れてしまっているのが問題だ。
何がダメかって、ユフィリア嬢の今後の結婚についてが難しくなってしまうから。一度口に出してしまった以上、婚約破棄の宣言はなかった事にはならない。そんなアルくんとよりを戻せと言う訳にもいかない。
そうなると次に問題になってくるのがユフィリア嬢の今後だ。婚約破棄なんて社交会では良い嘲笑の的だ。それも次期王妃ともされていたユフィリア嬢なら尚のこと。更には生家のマゼンタ公爵家は公爵の名に恥じない功績を残している名家でもある。
そんなユフィリア嬢が婚約破棄をされてしまったなんて、嘲笑の的にするのには格好の餌食だ。こうなると次の婚約相手を決めるのにも問題が出てしまう。
一度、王家から袖にされてしまった令嬢を婚約させるとなると相手がかなり限定されてしまう。これは大きな問題だ。つまりユフィリア嬢の今後の令嬢人生に致命的な傷を負わされてしまったという訳だ。それも王家側の一方的な都合で。……うん、色々とまずい。
「……ユフィリアの才覚では、下手に外に出す訳にもいかぬ……」
「ユフィリア嬢を外国に嫁に出すのはそれはそれで難しいですね。何せ天才公爵令嬢! 稀代の天才児! 精霊に愛された申し子! ユフィリア嬢のお噂はよく耳にしました!」
ユフィリア嬢は同年代の中でもずば抜けて出来が良い令嬢である。礼儀作法だけではなく魔法や武芸においても優秀な才能を示す、まさに天才児という奴だ。
そこにユフィリア嬢の美貌も加わるのだ。公爵令嬢としての威厳を見せ付ける佇まいに相応しい白銀の髪に白い肌、強いてあげるなら目付きがキツい事が欠点だけど、次期王妃として振る舞うなら威厳なんて幾らでもあった方が良い。
だからこそユフィリア嬢は次期王妃として相応しいなんて声がそこかしこから聞こえてきた訳で。私も噂は良く聞いてたし、遠目で見た時は流石に女としての敗北感を覚えたよね。いや、私は別に女を磨いている訳ではないんだけどね。
自分と懸け離れてるからこその尊敬というか、そんな感じ? 幼い頃から才能の片鱗を見せ付けた結果、ユフィリア嬢は王家に望まれて婚約者になった。その実力は計り知れないと、ユフィリア嬢の凄さはこれでもかと語られている。
だからこそ、外国に嫁に出すなんて事も出来ない。ユフィリア嬢の力がそのまま外国の力になり得るからだ。こうなると、もう目も当てられない。
だからと言って国内に相手がいるのかというと、王家と一度揉めてしまった令嬢と婚約をしても良いという相手がどれだけいるのかという話になる。加えてユフィリア嬢は公爵令嬢なのだから、その身分に見合う相手となると狭い門がただでさえ狭くなる。
端的に言うと、色んな意味で詰んでる状況だ。ちらりとユフィリア嬢へと視線を向けてみると、項垂れて視線を下げたまま暗い影を背負ってしまっている。
無理もない。それだけ王妃教育っていうのは重いものの筈だし。将来、国を背負う者として育てられて、それ以外の多くのものを捧げたに違いないだろうし。私はその責務から全力で逃げちゃったからなぁ。
正直、私が逃げた事で廻り巡ってユフィリア嬢に向かった可能性があって、私としてもこのままユフィリア嬢を放っておけないって気持ちになるんだよねぇ。
指摘するまでもなく父上はユフィリア嬢の今後の展望の暗さには気付いているだろう。
そうなると無言のままのグランツ公の威圧感がちょっと怖くなってきた。でも、簡単に解決できる問題ではないしなぁ。それこそ大きな功績でも立てないと。……ん? 功績でも立てないと? そこで、ぴこん、と音を立てて私の頭の中に名案が浮かんだ。
「父上!」
「なんじゃ、いきなり大きな声を出しおってからに!」
「ユフィリア嬢の今後についてなのですが、認識としましては今後のユフィリア嬢の婚約についてなどで悩んでいると見て良いでしょうか?」
「……それはそうだが、どうした? なんだか凄く嫌な予感がするのだが」
「このアニスフィア、名案がございます!」
明らかに父上が嫌そうにげんなりし始めた。さっきから失礼だよ、父上! すると静かに控えていたグランツ公も私へと視線を向けて来た。グランツ公の視線の圧が強い。穴が空きそうな程に見つめられて居心地が悪い。
「アニスフィア王女、その名案とは?」
「はい。現在、ユフィリア嬢には婚約破棄を突きつけられ、貴族令嬢として決して浅くない傷を負ってしまいました。更にユフィリア嬢は稀有な才能の持ち主。次の婚約者を宛がおうにも相手が厳選される可能性が大きく、なかなか先の見通せない状況かと思います」
「そうなってしまうだろうな。……それで妙案というのは何だ? 何故か途轍もなく嫌な予感がするのだが」
「はは、失礼な。今回の婚約破棄がアルくんの独断で王家側に一方的な過失があったのだとしても、ユフィリア嬢が婚約破棄の宣言を諫められなかった事実までは無くなりません」
今回、アルくんに一方的に過失があったのだとしても、こうなる前に止められなかったんだからと、ユフィリア嬢の能力を疑う声はどうしても出てくると思う。もう事は起きてしまった訳だから、こればかりはどうしようもない。
「こう言っちゃうと、ユフィリア嬢にも責任が生まれてしまうのですが……」
「それは事実かと。実際にアルガルド王子をお諫め出来なかったのは、こちらの落ち度でございます」
「はい。一度してしまった失敗はそう消えません。しかし、失敗を取り戻す事は可能です。その為にはユフィリア嬢に功績を積んで頂けば良いかと思います」
グランツ公は目を私から逸らさずに一言一句、聞き逃しがないように見てくる。奇妙な緊張感が漂う中、気が急いたのか父上が私を胡乱げな表情のまま問いかけて来る。
「……つまりお前は何を言いたいのだ? 回りくどい、結論を申せ」
「では単刀直入に。──父上、グランツ公! 私めにユフィリア嬢を下さいませ!!」