転生王女と天才令嬢の魔法革命 1

1章 転生王女様は急には止まれない(1)

「……ふぅ、やれやれだな」

 ごきり、と硬くなった肩をほぐす。目の前には書類の山、今日の目標であった政務を終えた事で気を張っていた緊張がいくぶんか解れるようだった。まったく、国王の仕事は日々どんなにがんっても減る事がないものだな。

「陛下、本日の政務お疲れ様でございました」

「良い、グランツ。そうかしこまってくれるな」

 私にそう声をかけたのは、この国の代表貴族と言っても過言ではないマゼンタ公爵家の当主であり、パレッティア王国のさいしようを務める親友、グランツ・マゼンタ。

 そしてグランツに声をかけられた私が、パレッティア王国の現国王、オルファンス・イル・パレッティアである。丁度、国王としての激務に一段落が付いた所だった。

「グランツ、茶をれよう。お前も飲んでいけ」

「それではごいつしよさせて頂きます、陛下」

「固いと言っているのだ、ここからは国王ではなく友として語らせてくれ」

「……承知した、オルファンス」

 口調をくずしたグランツに私は満足げにうなずく。同じく三十代半ばを過ぎたというのにグランツの若々しさはおとろえを見せない。

 私の方はすっかり白髪しらがなどが目立ち、ろうが原因か、年よりもけて見られるというのに。この差に思わぬ所がない訳ではない。私だってまだ老人と呼ばれるよわいではない。

 グランツの実家たるマゼンタ公爵家の歴史は長い。王家の血をいだマゼンタ公爵家は王家のしようちようである白金色と近しいかみの色を受け継ぐ。だが世代を重ねた事によってその色も王家の色とは異なる色合いとなりつつあった。どちらかと言えば白金と言うよりは銀色に近いだろうか。

 そして、何よりグランツのとくちようはその目だ。赤茶色のそのひとみは燃ゆるほのおを宿したように圧の強いするどさで、見る者によっては目を合わせただけでふるえ上がる。幸か不幸か、この目付きはむすめ息子むすこにも受け継がれているようで、なんともわかりやすい親子だと何度思った事か。

「……子は親に似るものだがのぅ」

 すずを鳴らし、王城付のじよにお茶の用意をさせながら私は溜息と共につぶやきをこぼす。

 私の呟きを聞いていたのか、グランツが対面の席に座りながら視線を向けてくる。

「どうした? また子供についてでも頭をなやませているのか?」

「頭を悩ませなかった事などないわい!」

 からかうようにわずかに口元を上げて問うたグランツに私はいらち混じりに言葉を返す。

 グランツの子供、特に娘であるユフィリアは私も実の娘のように可愛かわいく思っている。

 息子であるアルガルドの婚約者だからというのもあるのだが、それ以上にそう思ってしまうのは実の娘である、あの〝うつけ者〟のだ。

「最近は大人しいが、あらしまえれではないかとせんせんきようきようとするばかりだ」

「アニスフィア王女は、それこそ嵐の申し子のような気質があるからな」

「何おもしろそうに笑ってるんじゃ、私は何も面白くはないぞグランツ」

 ノックの後、侍女が一礼と共に部屋に入ってお茶を淹れて去っていく。淹れたばかりのお茶を飲み、一息を吐く。

「あいつももう十七歳だと言うのに、落ち着く気配が見えないのはどうしたものか……」

「落ち着いてしまえば、それはもうアニスフィア王女ではないだろう?」

めよ、気がる……」

いたし方あるまい。アニスフィア王女のいを許したのは我々なのだからな」

 グランツがゆうな仕草でお茶を口に運ぶ。グランツの言葉に私はにがむしつぶしたように表情をゆがめる事しか出来なかった。ストレスのためか、胃のあたりがずしりと重たくなるのを感じる。苦々しく思いながら、私は深々と溜息をき出した。

「世の中、問題というのはきないものなのかのぅ」

 私はすっかり四十代どころか、五十代にすら見えかねないと言われるほどに老け込んでしまった。王家のあかしである白金色の髪はくすみ、白髪が目立つようになっている。

 顔のしわも気苦労の為か増える一方であり、最近では鏡で自分の姿を見れば気が滅入ってしまうようになってしまった。それだけに国王という重圧と責務は私にとっては負担なのだろう。それなのにようしやもなくめんどう事を巻き起こす実の娘を思えば胃が痛くなる。

「しかし、その気苦労ももう少し楽になるのではないか?」

「む……。それはアルガルドとユフィリアの事か?」

「間もなくあの子達も卒業だろう。今後、本格的に次期国王と次期おうとして立って貰う事が増える。そうすれば自分達でほかを導く機会も増える」

「……そうすんなりと行ってくれると良いのだがな」

「……例のうわさを気にしているのか?」

 私のぼやきにグランツは目を細めながら問いかけてくる。私は返事をするように頷く。

「ユフィリアにもかくにんは取ったが……アルガルドのやつめ、だんしやくれいじようを囲うのは良いのだが節度というものを持って貰わなければ困るな」

「学院内部の情報は入りにくいが、それでも耳に入る程だからな。つまりはそれだけ表に出てしまっているという事に他ならん」

 例の噂というのは、アルガルドがとある男爵令嬢を囲い込んでいるという話だ。ユフィリアがとがめ、何度も注意をしているという話は噂好きの貴族達の間では広まっている。

 貴族学院はその性質上、どうしてもへい的で外部に情報が広がる事が少ない。それでもアルガルドの噂がここまで届くという事は、それだけさわがれているという事でもある。それを思えば胃がじくじくと痛むばかりである。

「……すまん、グランツ。王家が無理を言ってかなえた婚約だったのだが……」

「婚約者の心をつなぎ止めるのもまたユフィリアの務めだ。アルガルド王子も節度を持って貰うというのはごもつともだが、これも良い薬となる事をいのるしかない」

 グランツはたんたんと答えているが、それはこの男が職務に忠実なだけであって愛情がないという訳ではない。むしろ愛するがゆえに次期王妃として立つ事になるだろうユフィリアに厳しい教育をほどこしている。

 表向き、パレッティア王国は平和そのものだ。だが、目が届きにくい所で多くの問題を抱えている。将来を思えば、アルガルドだけでこの国を支えて行くのに不安を感じた私は婚約者として、幼少のころから才能のへんりんを見せていたユフィリアを婚約者として望んだ。

 しかし、どうにもあの二人がたがいにおもい合っているような関係には見えない。どちらにも義務以上の感情はないように見える。別に貴族の婚約ではそれもめずらしい事ではない。

 だが、そんな二人に不安を感じていた時にこの噂だ。流石さすがに私も頭を抱えたものだ。

「しかし、ユフィリアがどうにかすると言ったのだろう?」

「それは、そうだが……王家が望んだこんいんとはいえ、ユフィリアにだけ負担をいるならば婚約を白紙にするしかあるまい」

 簡単に頷く事が出来る訳ではないが、ユフィリアが望むなら婚約を白紙にする事も考えるしかない。元より婚約を望んだのは王家側なのだから、王家側の不始末をしりぬぐいさせたままというのは筋が通らない。

 故にユフィリアに婚約をするかどうかたずねた事がある。それでもユフィリアが自分に任せて欲しいと言った。結局、私はユフィリアの厚意に甘えてしまった事になるのだが上手うまく行っているのだろうか……?

 そんな不安を感じたしゆんかんだった。とつじよ、部屋のとびらが勢い良くノックされたのだった。

「国王陛下! 火急のしらせにございます!」

「火急の報せだと……? 何があった!」

「アニスフィア王女が、例の飛行用どうを使って王城へ訪問されました! 陛下にえつけんを求めるとの事です!」

「何をやらかした、あの鹿娘は!?」

 思わず声をあららげてさけんでしまった。何故、あのむすめは大人しくする事が出来ない……!

「それで、その……」

「その、何だ!? 間を開けるのは止めい、く報告せよ!」

「失礼致しました! アニスフィア王女なのですが、何故かユフィリア・マゼンタ公爵令嬢をどうはんさせており、じようきようを見るからに……ゆうかいしてきたものと思われます!」

 その報告を受けて私は目を回して一瞬、意識がとお退いてしまった。なんとか気を取り直そうと首を左右に振る。それでもき上がるいきどおりは収まらず、声に出てしまう。

「……何をやっとるんじゃ、あのじゃじゃ馬娘ェッ! 今すぐここに連れて来させよ!!」

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