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パレッティア王国にはある〝王女〟がいる。
パレッティア王国史最強の問題児、王国一の奇人変人、王族の煮詰めたアク等の様々な称号で呼ばれる王女。彼女こそが、アニスフィア・ウィン・パレッティア。
彼女が行う奇行の数々は月日を重ねる毎にネズミ算式で増えていき、今となっては彼女が起こす騒ぎは、またアニスフィア王女の仕業か、と言われる程だ。
曰く、空を飛ぶ為に風を利用して自分を吹っ飛ばして城壁にめり込んだ。
曰く、風呂を作るといって湯を沸かそうとして全身火傷を負った。
曰く、王都から新たに道を開拓する際に襲ってきた魔物を一人で壊滅させた。
曰く、結婚したくないからという理由で王の心が折れるまで奇行を繰り返した。
叩けばどこまで出てくるのかと、奇行の逸話の数々を持つのがアニスフィアだ。
正に〝キテレツ王女〟。馬鹿と天才は紙一重を行く唯我独尊の奇人。だと。
しかし、それとは別に彼女を言い表す言葉がある。
──〝誰よりも魔法を愛し、魔法に愛されなかった天才〟と。
この国では王族や貴族が当たり前に使える魔法を使えない王女。それがアニスフィア・ウィン・パレッティア王女。魔法を使えないからこそ〝魔法科学〟、略称〝魔学〟を編み出した異端の天才である。
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(えーと、これは不味い状況かもしれない……?)
私、アニスフィア・ウィン・パレッティアは考えた。目の前には着飾った貴族の子息や子女と思わしき子達がいっぱいいて、どう見てもパーティー会場の真っ直中。
私に向けられる視線は奇異の視線そのもので、正直に言えば居心地が悪い。もしかすると久しぶりの大失態かもしれない。
ちょっと飛行魔道具の夜間飛行のテストに出て、星が摑めそうなんてロマンチックな事を考えてたら、制御に失敗して窓に突っ込んだとか。うん、これは流石に許されない失敗なんじゃないかな?
そんな事を考えながら飛行用魔道具の〝魔女箒〟の調子を確かめてみる。よし、壊れてはいない。流石にこれまで壊れてたら泣きを見ていた所だ。まだ私の評判以外に傷ついたものはない! よし、問題なし!
改めて会場を見れば、自分と同じ血を引く弟、アルくんがいた! うーん、アルくんは私の事を苦手にしてるから悪い事をしちゃったなぁ。
(ん? なんでアルくん、そんな守るように私が知らない令嬢を抱き締めてるのかしら?)
アルくんの婚約者の筈のご令嬢は、なんか見下ろされる位置にいるし。んん? これはどういう状況? 気になった私はつい声に出して聞いてしまう。
「ちょっとアルくん。どうしてユフィリア嬢がいるのに別の女性を侍らせてるの?」
「……ッ、貴方には関係ない!」
うん、とても怒ってらっしゃる。いや、怒るだろうけどさ、そりゃ。凄い形相で睨まれてるんだけど。いや、色々と私達の間にはあったから仕方ないんだけど。それとこれとは別の話でしょうに。
私が〝王族として出来損ない〟なのは良いとして、次期国王ともあろうものが婚約者であり次期王妃様の傍にいないのはどういう事なのか、と。そんな疑問から私はユフィリア嬢へと視線を向けてしまう。
「えぇと、ユフィリア嬢? これはどういう事? あれ、妾候補とか何か?」
ユフィリア・マゼンタ公爵令嬢。マゼンタ公爵家のご令嬢である彼女はとても、と頭につけてしまう程に美しい少女だ。その見目の麗しさに溜息を吐いていた者もまた多い。
まるで白い月の光を吸い込んだような、薄い銀色の手触りの良さそうな髪。令嬢らしい白く美しい肌、薔薇のようなピンク色の潤んだ瞳。身に纏っている空色のドレスと合わせて社交会の華と言うに相応しい出で立ちだ。
「え……?」
アルくんから視線を移して呆気に取られていたユフィリア嬢へと問いかけてみる。すると、途端に表情を翳らせて視線を落としてしまった。
「? どうしたの?」
「いえ、その……」
ユフィリア嬢までどうしたの? 思わなかった反応に私は目を丸くしてしまう。大人にも物怖じせずに意見を言える子で、将来の王妃として立派だなぁ、って思ってたのに。
なのに今にも泣きそうというか、あれ、もしかして実際に泣いてた? そんなに私がいきなり窓をぶち破ってきたのが怖かった?
……いや、なんか違うな? それにこの立ち位置と状況、なんか記憶がちりちりとするような気がする。すると、脳裏に過ったものがあってつい口を開いてしまう。
「……あぁ、成る程。言いがかりでもつけられて婚約破棄でもされたの?」
「──ッ!?」
何故、と言うようにユフィリア嬢が視線を上げる。その瞳は驚きで揺れていて、普段は鉄仮面をつけたように変わらない表情が変化してしまっている。
えぇ、どうしてさ。〝前世〟ではそういう〝お話〟があったのは知ってたけど! 実際に現実でも起きるような事なの? いやはや世界はいつだって奇妙だね。私が言うのもなんだけど。あれ、もしかして笑える状況ではない?
「んー、状況を見る限り、ユフィリア嬢が孤立してる感じかな?」
「え、あの、なんで」
「うーん……よし、決めた!」
女の子、虐めるの良くない。どっちに正義があるのかわからないけど、とりあえず仲裁に入ろうか。なんか味方がいなさそうなユフィリア嬢を庇っておく事にしよう。
状況がよくわからないけど追及すれば後でもどっちが正しいのかわかるだろうし。仮にユフィリア嬢に一方的な過失があったのだとしても、私がここで庇っても私に都合の悪いような事にはならないだろうしね。
「さてユフィリア嬢、行こうか。私が攫ってあげる」
「……え?」
「ユフィリア嬢は私に攫われるので、何の責任もなし! さぁ、行こう、すぐに行こう!」
「え? ……え? あの……?」
「という訳で、アルくん! この話は私が持ち帰らせて貰うわ! 後で家族会議ね!」
そのまま呆気に取られたままのユフィリア嬢に近づいて、肩に担ぐように抱える。ははは、ごめんね。本当は攫うならお姫様抱っこなんかが良いんだろうけど、今は両手が塞がれると私が何も出来なくなっちゃうからね!
私がユフィリア嬢を抱えると、ユフィリア嬢が間の抜けたような声を出す。アルくんも焦ったような表情を浮かべ始めた。まぁ、待たないけどね!
「待て、姉上──」
「──それじゃあね、アルくん!」
アルくんに見せ付けるように笑みを浮かべて、私はユフィリア嬢を抱えながら走り出す。
一気に床を蹴り、私がぶち破った窓から飛び出す。そのまま宙に身を投げ出せば、体が重力に引かれて落ちていく。するとユフィリア嬢が元気に悲鳴を上げた。
「ぃ、いやぁぁぁああああああああッッ!?」
「楽しいノーバンジージャンプだよ! 空の旅へようこそ、ユフィリア嬢!」
手に持った〝魔女箒〟を足にひっかけるようにして摑む。同時に勢い良く魔力を注ぐと、そのまま空を滑るように下がりつつあった高度が地を舐めるようにして上昇していく。
ユフィリア嬢が悲鳴を上げたままだけど、このまま父上の所に訪問と行きましょうか!
* * *
魔法に愛されなかった王女がいた。王族や貴族なら誰でも得意、不得意はあっても使える魔法をまったく使えなかった彼女は蔑まれ、後ろ指を指されて嘲笑の的になった。
だけど、それでも彼女は魔法を愛した。そして彼女が行き着いたのは〝魔法と同じような効果を、或いはそれを越える魔法の道具〟を生み出す事。
これは後の歴史で様々な偉業と奇行の数々を残した王女の伝説、その一幕である。